BOX
※暴力、残酷、流血表現があります。 R18G
知性も理性もない愛が痛い(物理)攻め、シュート
×
なんでも受け入れ過ぎ無自覚ドM受け、茶太郎
---以下準備中---
境界線の向こう側
▼01 たとえばこんな、いつもの朝
「うわぁあっ!!」
【たとえばこんな、いつもの朝】
「テメ、おいふざけんなよ!!」
「うーん……ちゃた、うるさい」
朝、目を覚ましたら同居人が血だらけの格好で俺のベッドに潜り込んで眠っていた。この上ない悪夢だが、こんな事は実は初めてではないという事もまた悪夢だ。
「シーツが血まみれじゃねえか……これ誰の血なんだよ」
どうせこのバカにはわからないんだろうけど、一応聞いてみる。
「んん……おれ」
「……はぁ?」
そうしたら意外な答えが返ってきて一瞬ぽかんとしてしまった。おれ……って、それはつまり。
「おまっ、怪我したのか!?」
慌ててどこだと尋ねるが、このバカはそんな俺を無視して「ねむい」と布団を被りやがる。
「おい待てどこ怪我したんだって!これ全部お前の血か?結構な量だぞ!」
「あたま」
「頭は元々事故ってんだろ!」
もういいから見せろと袖を捲ってみるが腕は無傷、腹も無傷。
「どこだよ?」
尋ねながら顔を覗き込んで異変に気が付いた。左目が無い。
「おい、どこで落としてきた」
頬に手を添えてこっちを向かせる。閉じたままの瞼を持ち上げてみてもやっぱり無い。
「だからけがした、あたま」
「わかったからよく見せろ」
確かに目からも出血したみたいだ。でもこの大量の血はやっぱり他の原因があるだろう。次に足を触ってみると反射的に頬を思いっきり殴られた。
「っぐ!!いってえなテメ!」
怪我診てやろうとしてんだろうが、と怒鳴るとバカはまさにションボリという顔になった。
「とりあえず左目!それ替え持ってくるから、ズボン脱いどけ。どうなってんのかちゃんと見せろ」
朝っぱらから全く……。そうは言っても放ってはおけない。こいつがいないと俺はこの街で生きていけねえし。
棚からアタッシュケースを取り出して開くと、その中にはいくつもの義眼が入っている。よく割れるわけではないが、色々用意されている。まあ、一種のコレクションなんだろうか?
「あ、もしかしてお前あれ無くしたのか」
気に入ってると前に言ってたやつがない。だからなんとなく機嫌悪いのかな。仕方なく適当なのをひとつ選んで戻るとベッドの上はますます殺人現場みたいになっていた。
「おい、起きろよ」
ズボン脱いでねえし。面倒だからナイフを取り出して膝下を裂いてみると足首からふくらはぎにかけて派手な切り傷がついていた。切られたというよりは、どこかに引っ掛けたような荒い傷だ。見てるこっちがゾワゾワするくらい痛々しい。
「大丈夫か?おい、ショット?」
何が不満なのか、ぶすくれているバカの頬をペチペチと叩く。
「はやく目入れて」
「それは後。まずこっち止血するから」
シーツを足に巻きつけて寝返りを打たせるとバンッと銃声がして俺の頬を何かが掠めた。何か、じゃない。銃弾だ。
「ぎゃあ!何アブねぇもん持ったまま寝てんだ!外して寝ろって言ってんだろ!」
人に対して使うべきじゃない威力のデザートイーグルを素早く奪い取ってサイドテーブルに置かせる。
「あれ?お前……あっちの銃は?」
いつも後生大事に背負っている、俺には理解出来ない変な趣味の銃が見当たらない。大事にしてた義眼も銃も無くしてきたっつーのか。
「うー……」
「ショット?」
グズる金髪の頭を撫でてやる。
「なあ、どこで無くしてきたんだ?」
「どっかのみち」
「お前は本当に馬鹿だなぁ」
きっともう見つからない。不法建築に次ぐ不法建築で折り重なった建物と歪んだ道だらけのこんな街じゃ落とし物なんか一瞬で失くなっちまうんだから。
ショットの瞳に合わせた青緑の義眼をその手に持たせて消毒液を取った。薄めてお使いくださいって書かれてるけど、面倒でそのままぶっ掛ける。
「あー!!」
「っるせぇ!」
ジタバタする足を抱えるように押さえつけて更に消毒液を染み込ませた。
「ばか!ばか!」
「馬鹿はてめぇだこの野郎、喚くな!」
適当に拭いて包帯を巻くとすぐ白い布に赤が滲んできた。意味ねえなこりゃ。後で剥がしたらかさぶたごと取れるだろうな。
「朝からまったく……他のは?かすり傷か?」
拗ねてる背中をポンポンと叩いて聞くと振り向きザマに睨まれた。
「ほら目入れてやるから、こっち向け」
持たせてた義眼を受け取ってグイッと肩を引くとそのまま首に巻きつかれる。最近のこいつは妙にベタベタと距離が近くて鬱陶しい。
「離れろ」
「はやく」
「この体勢じゃ無理だろってば」
引き剥がすとショットは文句ありげに口を尖らせた。
「なんだ文句あんのかこら」
「はやく」
ったく、デカい子供だな。
ショットの左目には 歪 な傷跡がある。と言っても、それはもう随分古い傷だからよく見ないとわからないくらいのものだ。よく見れば二本、額から頬にかけて肌が線状のケロイドになって薄赤く盛り上がっている。
「ちゃた、いっしょ寝よ」
「こんな汚いベッドで寝られるか」
ああ、シーツを通り越してマットまで血が染み込んでるに違いない。買い換えるか、この馬鹿の部屋と交換するか……そんな事を思案しながら、俺はとりあえず朝飯を作るためにキッチンへ向かうのだった。
▼02 慣れというモノの恐ろしさ
俺は 山代 茶太郎 。それ以下でも、以上でもない。ただの一般人の茶太郎。国籍はユナイト。
生まれも育ちもここ。ワノクニの言葉なんて「コンニチハ」と「オタク」しか知らない。あ、「オツカレサマ」も知ってる。あれはなかなか面白い言葉だ、うん。
でも黒い髪に黒い瞳……おまけに俺のコンプレックス、父親譲りの上を向いた鼻。これは国関係ねぇけど。小さい頃はよそ者とからかわれて育ったものだ。どこから来たんだかと何度も聞かれたし、面倒だからそのまま誤解させてある奴らもいる。
「ちゃたぁ」
短く切りそろえている髪はくせ毛を隠すため。
「……はぁ……」
反対にショットといえば、金髪蒼眼、色素の薄い白い肌に高い鼻、長い脚……ブロンドは馬鹿だとかも言われるが、俺からしてみりゃ羨ましい。悪口なんて大半は 僻 みなんだろ、どうせ。
「お呼びですかミスターシュート」
「ドーナツたべたい」
「はー?無理無理、今は街が荒れてんだから俺は外に出ないぞ」
「なに」
「ったく……普段なんでも食うくせに、こんな時に限ってリクエストすんな」
そんな俺が今住んでいるのは"ゲートの外"と呼ばれる法外地区、スラムの更に端の端。不法滞在している外国人や犯罪者、社会でうまく生きられないような他に行く場所の無いやつらの行き着く場所。ここは守るべき治安さえない、ある意味では自由な場所だ。
生きたきゃ生きろ。死ぬなら死ね。だから殺されたって文句は言うな。そんな感じ。
スラムにはまだ一応整備された道や駅も残ってるが、ゲートの外は勝手に建てられた家とも呼べないような小屋がぐちゃぐちゃに乱立してて、道らしい道もない。
そんな場所で古いアパートを占領してこのバカと同居中。その 経緯 はまぁ、今はいいだろう。
かつて冴えないどこにでもいるサラリーマンだった男が、とある事件をきっかけにこの街に居座る事になって、命の危険を回避するために 強そうな奴
に付き纏ってるうちに、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっちまった……つまり成り行きってことだ。まあそんなの、この広い世界じゃきっとよくある話だよな。
「ドーナツ」
「無理だって、今日は」
俺は銃なんか扱えねぇし、"こんな時"はほとんどこのアパートから出ない。まあ、ショットの連れってだけでそうそう手出しはされないと思っていいんだが……巻き込まれ事故だってあるワケだし。
普段から普通に道を歩いてるだけでも、すれ違ったばっかのやつが数秒後に刺し殺されてたり、刺し殺してたり、むしろ刺し殺そうとしてきたり。そんな事だってある。
とは言ってもモチロン本当に毎日がそんなわけではない。そうだとしたら、さすがに街から人間が消えちまう。少し犯罪率が高くて悪いことをしても法的に罰される心配が無いってだけで、基本的にはここだって普通の街だ。
法に準ずるような住人による暗黙のルールも存在してる。ま、人が集まると自然とそうなるんだろうな。
だから俺もこれまで、それなりには怪我もさせられてきた。それは主にショットの馬鹿な所に原因があって、つまりは"巻き込まれ事故"ってこった。
てか思い返せばこいつのせいで負った怪我ばっかかもしんねえ。
「ちゃたなんで」
「また今度な」
今日はそんなこの街に暮らす 13〜19歳 のガキ共…… 所謂
ストリートボーイズのチームの新しいリーダーが決められるらしく、街は大荒れだ。さっきから遠くでも近くでも銃声が鳴り止まないし、前にも何かでガキ共が揉めてた時はこんな世界の終わりのような場所までわざわざ警察が介入してきたくらいだ。あれは酷かった。
何日も続く銃声にショットが妙に興奮しちまって、まあ、その、いろいろあって、なんだかんだで俺の肋骨と右手の指が何本か折れて。今となっては笑い話……じゃない。これもまたいずれ話そう。
そんなわけで巻き込まれない為におとなしく家でダラダラしていると、突然バンッと扉が開かれて誰かがアパートの敷地内に入ってきた。追われてるらしい。
廊下に顔を出すと来訪者と目が合う。
「お……なんだ、クレイグ。お前もこのお祭りに参加してたのか」
「茶太郎さん!ここは、そっか、アンタらが縄張りにしてたんすね、すんません」
「いいぜ逃げてんだろ、裏口も開いてるからさっさと通れよ」
息を切らせたクレイグに笑いながらそう言ったが、ショットに遠慮しているようでそれ以上は足を踏み入れない。この街の連中は縄張り意識が非常に高いんだよな。ここならではのルールってのがあるんだろう。
「待て!」
「げっ」
「ちょっ、室内での乱闘は禁止!」
廊下を通り抜けられたって構わねえが、部屋の中で撃ち合いは勘弁だ。なんて言う暇さえなく見たことのない顔が飛び込んできた。
「おいおいおい!」
そいつは床に寝そべったままドーナツドーナツ言ってるバカを飛び越えて、何を勘違いしたのか俺に襲いかかってきた。
「待て待て待て待て!俺は無関係だ!」
「おい、その人は関係ねえ!」
「うっせぇ!」
慌てて逃げようとしたが、後ろから首を締められる。
「ぐ、ぅ……!」
銃口が見えてゾッとしたその時。
「はなせ」
そうショットが言うと場は途端に静まり返った。
「はやくはなせ」
俺の頭に銃を突きつけてんだからクソガキの方が有利だ。ショットは丸腰なんだからな。それなのにまるで肉食獣に睨まれた兎みてえにガキ共は二人揃ってガタガタ震えてる。
「ちゃたに触るな」
前の揉め事で俺が怪我させられたのを結構根に持ってたらしい。いや、あれ半分以上はお前のせいだぞ……と思ったけど、キレたショットは俺も怖いから黙っておいた。
ショットはゆっくりと立ち上がって足元に置いてある自分の銃を拾い上げた。それでもまだ構えすらしない。
「いますぐ出てけ」
ショットの一言でガキ共は弾かれたように部屋から出て行った。
「……」
「もう出てったよ、ありがとな」
銃を手で押さえて降ろさせると、ショットは甘えるように俺の腰に腕を回してくるから、こんな時くらいは受け止めてやる。
ショットはパッと見では小柄に見えるが、それでも俺より頭ひとつくらいでかい。
「ちゃた小さくなった」
「なってねーよ」
頭に顎を乗せられて腹が立った。言っとくが、俺だってチビではないんだぞ。更に腹が立つのが、細く見えるくせにちゃんと筋肉はついてて、ウェイトが意外とあるって事だ。
「……むかつくからドーナツしばらく禁止」
「なんで」
いや、むしろだらしなく太らせてやろうか。
▼03 シューティング・スター
寝て起きて、なんとなく過ごす。それが毎日。ああ……洗濯物が溜まってきた。
「下のコインランドリー行ってくる」
どこか遠くで銃声が響いている夜。自分の部屋があるってのに今日も勝手に俺のベッドで丸くなってる同居人に一応声を掛けると腰に巻きつかれた。
「一緒にいく」
「はぁ?いいから待ってろよ、すぐ戻るし」
このアパートの1階は馴染みのおっさんが経営するコインランドリーだ。むしろここに住めばいいと言ってくれたのはそのおっさんだ。 洗濯物が無事じゃなかったら返金してくれるってサービスが最高で、今まで5回くらい返金してもらってる。こんないい店は他に無いな。
そもそも当たり前に無事で済むコインランドリーがいいけど、そんなのはこの街にはねえんだから、無いモノねだりをしても仕方がない。
「おい離せって」
巻きつくショットの腕を押しても引いても一向に離してくれる気配が無い。
「なんなんだよ、行くんならさっさと起きて準備しろよ」
頭を叩くと唐突にシャツを捲り上げて、ベロリと腹を舐められた。
「うわぁっ!!こら!」
何してんだ、ばかじゃねーの!と突き放して取り落とした洗濯物を拾い上げる。すると今度は後ろから抱き寄せられた。
「なんなんだって!あーもーだったらさっさと着替えて来いよ、いちいち言われなきゃ用意もできねーのか?てかこうしてる間に行って帰ってこれんだから待ってろよ」
「おれちゃた好き」
「はあ?」
「ちゃた好き」
「はいはい」
急に珍しい事言い出してなんだよ、分かってるよ。と甘えるガキの頭を軽く撫でてから腕を引き剥がして部屋を出ようとすると、乱暴に頭を掴まれた。で、そのまま振り向かされて上から覆いかぶさるようにキスされた。
その時俺の口からは「!?」って表記するに相応しい声が出たに違いない。
「いきなり何してんだ!馬鹿か!!」
「好きだからこうする」
「同意の上でだろ!!」
今度こそ遠慮なく殴り飛ばすとショットは壁にぶつかって転んだ。俺はその隙に逃亡。
――ああ、他人の唇ってあんなに柔らかかったんだっけ……って、俺は童貞か!
「おっさん、馴染みのよしみっつーことでこれ洗っといてくれ!俺ちょっと出る!」
「出るってお前、一人で大丈夫なのか」
「遠くには行かねー!」
ショットが追ってきたら嫌だったけど、追って来なくてもなんとなく嫌だったから、一目散に逃げ出した。
***
ガタガタの道を駆け抜けて、ユナイトの法が働く地域までやってきた。何度か会ったことのあるやる気のなさそうな見張りの警官に軽く挨拶をしてゲートを抜けたらそこから先は歓楽街になる。
「……はぁ……」
ゲートの向こうとそう変わりはしねえけど、ここは一応俺でも安心して歩ける場所だ。とにかく頭を冷やそうと歩き出した。
――ちゃた好き。
キスされた後、ショットの雰囲気がいつもと違うのに気付いて怖くなった。今更あんな程度のことでこんなに動揺して、カッコ悪……俺。
「はー……もう、なんなんだよ……」
俺はゲイじゃないし、あいつもあんなこと言ったのもしたのも初めてだし。いや、でも、もしかして前からそうだったのか?
バカで世話の焼ける同居人だって思ってたし、あいつも俺のこと家事してくれる便利な奴みたいに考えてるんだろうなと思ってた。
そりゃ気付けばもうそれなりに長く一緒に暮らして、最近はただの他人よりは仲良くなったと思ってたけど……まさかそんな、あんな。
「………」
いや、ちょっと待った。もしかしたらあいつ、寝ぼけてただけとか。
「うーん……でもなあ」
「ちょっとお兄さん、女の子探してる?」
こっちは考え事をしてるってのに横からグイグイ話しかけて来る鬱陶しいキャッチの男を無視して歩き続ける。
「ちょっと見て行ってもいいじゃん、ほら、結構イイ子ばっか揃えてんだよ」
「……」
「おい、無視かこら」
「うるせえな、消えろ」
念のためいつも護身用に持ってるナイフを抜き、顎に当てて睨んでやると男は舌打ちして消えて行った。なにもかもがうざったい。
空気は淀んでるクセにネオンだけはキラキラと輝かしくて騒がしい街にうんざりして踵を返した。
そもそも、今更あの馬鹿にキスされたくらい、もうどうでもいいじゃねえか。
「はー……馬鹿馬鹿し、帰ろ」
***
「送ってくれてありがとな」
「危ないっすよ、茶太郎さんだけであんな遠くまで。しかも丸腰で……」
「一応ナイフは持ってるよ」
「人を傷つける勇気なんか無いくせに」
たまたますれ違ったら心配してアパートまで送ってくれたクレイグに礼を言う。この前の諍いで負傷したのか包帯だらけだが、まあ元気そうだ。
コインランドリーで洗濯物を回収して2階の部屋に戻ると、ショットが床の上にうつ伏せでぶっ倒れてた。
「おい、こんなトコで何やってんだよ」
寝るならベッドで寝ろ、と起こす。
「ちゃたもう帰らないおもった」
「そうしたらお前、餓死するだろ」
思わず笑っちまうと、ガキみたいに安心した顔で首に巻きついてきた。
「おこらせたごめん」
「怒ったんじゃねーけど……まあお前なりに何かを反省したならよし」
フワフワの髪を撫でてやる。あー、俺、案外こいつにこうやってくっつかれんの、嫌いじゃ無いのかも。
***
それから俺は昼過ぎに目を覚まして、飯食って。朝からどこ行ってたのやら大量の金を持って帰って来たシュートに「俺もまあまあお前の事好きだぞ」とお返しに伝えたら、あの馬鹿「わー!」と叫んで消えたっきり、3日戻って来なかった。
▼04 コウノトリからの贈り物 1/3
「うわ、死んでる」
コインランドリーのおっさんが死んでた。昨夜、なんか下が騒がしいと思ったんだ。撃たれて刺されて床も壁も血だらけで、洗濯どころじゃねえ。
強盗か、恨みか……洗濯機もボコボコに壊されてて使えそうにない。原因なんて知る由もないが、なんだかんだと長い付き合いだったから非常に残念だ。
だから俺は仕方なく金を払って掃除屋を呼び、臭い死臭を消してもらった。で、これまた仕方なくゲートの内側のコインランドリーに向かった。
その途中でふと目にした、コンビニエンスストアのスタッフ募集チラシ。
「………へえ」
――よし、俺、ショットのヒモやめよ。
退屈しのぎって言っちまえば間違いない。正直金には困ってない。歓楽街にあるコンビニになんとなく好奇心が湧いたってのが本音かもしれねえ。
「ここ、見ての通りこんな場所だからさ、酒やら薬やら酔ってる客とか来るけど、殺されても大丈夫?」
店長からの質問はそれだけだった。
***
「俺、明日からちょっと働いてくるな」
「?」
「ゲートの内側にあるコンビニで」
さして興味もなさそうにショットは俺の作った飯をモソモソと食い続ける。
「朝から昼過ぎまでいねえけど、ちゃんと飯食えよ」
「へへ……」
どうしてイエスかノーじゃなく笑うっていう返事が来るのかわからねえが、まあ反対してる訳じゃ無さそうだからよかった。
「ちゃた」
「んー」
パン食ってるっつーのに、突然机越しに胸ぐらを掴まれて唇に噛みつかれた。
「こら」
こら。こら。犬かお前は。と頬を舐められて引き剥がす。
「やめろって、ん……ぅ……」
ガシャガシャと皿もコップも気にせず机に乗り上げて俺の首に腕を巻きつけてキスし続けるショット。
こんなんじゃムードも何もねえけど、別に嫌なわけじゃ無いから困る。いや、それより困ってるのは……。
「っは……ショット」
「なに」
こいつがキスだけで満足できるインポ野郎ってこった。せっかく俺がその気になって腰に手を回して声色を変えて……ここまでわざとらしく誘ってやっても、きょとんとして全く応えやがらねえ。一体なんなんだ!
「お前さあ……なんなの?それ」
項垂れてため息を吐く。
「なに。もっかい。ちゅ」
「この馬鹿……」
***
まだ日も昇る前に目を覚まして、欠伸をしながら着替えて、初出勤。グースカ寝てる布団の塊に一応「いってくるぞ」と声を掛けるが、まあ返事は無い。
またひとつ欠伸を漏らしながらドアを開けると見覚えのある二人組がいた。長い金髪のツインテール少女と、その上に肩車されてる栗毛のチビガキ。
「あれ、起きてるー」
「何やってんだお前ら、こんな朝早くから……」
「私たちいっつもこの時間だよ、ちゃたろーが遅くまで寝過ぎなんだ、ね、兄さん」
「アホヅラしてペラペラ喋るな、バカ」
相変わらず可愛げのないガキ。こいつらはリディアとオーサー、多分この街で1番若い。リディアの手に紙が掴まれてるから新聞配達的なアルバイト中だろう。ぐしゃぐしゃだけど。
「ちゃたろーも買ってよ、5ドルだよ」
「高いし。ショットに言えよ、あいつだったらなんもわからずにホイホイ金出すぜ」
「どうせまだ寝てるんだろう、あのクズは」
コイツはこの調子で誰にでも喧嘩を売る12歳のクソガキで、ついでに言えばリディアは17歳。オーサーは8歳の時にここに来たらしいが、リディアとつるんでなかったらとっくに殺されて骨さえ残ってないだろう。
まあ、でも今はその日稼ぎで立派に生きるこのガキ共はこの辺りじゃちょっとした有名人だ。その話はまたそのうち。さっさと行かねえと仕事に初日から遅刻しちまう。
「じゃあな」
「どこ行くのー?」
「つまんねえヨタ話を配って回るより簡単で割のいい仕事だ」
再度じゃあな、と繰り返せばリディアとオーサーは去って行った。その後ろ姿をなんとなく見つめる。
リディアは頭は弱いが、とんでもない怪力で瞬発力のある"運び屋"だ。オーサーを肩車してる状態でも軽々と100メートルを12秒で走り、建物の小さな突起を掴んで屋根まで飛び上がる。
ボロのバラック群の屋根を駆け回ってたまに破壊しては恨まれてるみたいだが。
「いいなあ、あの足」
俺も運んでもらいたい。
***
そんな訳で生意気なクソガキ共と別れた後はゲートを抜けて、まっすぐコンビニに向かった。
「はよーございまーす」
手動ドアを押して入ると店内には店員も店長もいない。床に血だまりがあった。それは引きずられたような跡をバックルームまで残している。
「はよーございまーす」
もう一度挨拶をしながら裏に入ってみると店長と店員が誰かの死体を見つめて何やら話していた。
「ああ、ちゃんと来たね」
「じゃ、俺これで上がります」
「はいおつかれ」
とりあえず入って。と言われたから死体を跨いで奥に入る。
「制服はこれ。で、給料は日払いね。一日が終わる時に渡すから、生きててね」
じゃあ店に出よう。と背を押されて店内に出た。閑散としてるコンビニだ。俺が都会で働いてた時に目にしたコンビニと言えば、棚には商品がたくさん、雑誌コーナーには常に一人は客がいて、レジには店員が二、三人いて、その横にすぐ食べられる暖かいフライドフードが用意してあって……。
でもここはまあ、何も無い。歓楽街だからコンドームだけは大量にあって笑える。
「ま、バーコード通して出た金額分もらえばいいから」
「うっす」
レジ見ててくれたらいいよと言って店長はどっかに消えた。俺はそこらにあった椅子を引いて来て座り込み、カウンターに肘をついて外を見た。
太陽が昇ってきて、泣きながら吐くおっさんや血を流しながらフラフラと歩く女が何人も店の前を行き過ぎるのをぼんやりと眺める。
「……」
そんな風にぼーっとしてると時々客が来て、大体が飲み物を買って去って行く。水商売っぽい女とか、ホストっぽいチャラ男とか。
救いようのない馬鹿だし、あの街を一歩でも出たら即刻捕まるような重大犯罪者だけど、それでもショットの方がずっと生き生きしててまともに見えるなぁ。とか考えた自分に思わず笑った。
「いらっしゃい」
その時、扉が開いたから目線を向けると子供が一人で入ってきた。こんな所に珍しい。これから学校に行くのか、ちっさい体に似合わないサイズの、やけにでかい鞄を背負っている。
なんとなく動向を見守っているとジュースのコーナーで立ち止まり、財布を覗いてしばらく迷ったあと、何も買わずに出口に向かった。
「いってらっしゃい」
なんとなくそう口にすると子供は少し驚いたように振り返って俺を見た。あんまり見つめるから言ったことが恥ずかしくなって「何も買わねえならさっさと出てけ」と吐き捨てた。 パタパタ出て行ったガキの背中を見ながら、オーサーよりもっと幼い……10歳くらいか?なんて考えた。
***
シケた給料をもらって家に帰るとショットが抱きついて来た。
「……離れろ。暑い」
「おそい」
「バイトだっつったろ」
「なんで」
「どうせ毎日ヒマなんだよ」
このままじゃ脳みそに苔が生える。
「腹減った。なんか作るから離れろ」
どうせお前もまだ食ってねえんだろ。そう言っても離れない。最近こいつ甘えたが酷いな。
「ショット、あっこら」
「ん、んー……」
戯れるように何度もキスされて、下唇を甘噛みされて腰がゾクゾクする。ああ、もうまじで、無理。
「っは……、も、馬鹿」
「血のにおい」
「ああ、酔ってて暴れる客がいたんだよ」
一発殴られて頬の内側が切れたんだった。その傷をショットの舌がなぞって、ピリピリと痛みが走る。
「ん……っん、はぁ……シュート……」
思わず力が抜けて凭れると顔中にキスが降ってくる。
「そろそろやめろって、おい、こら」
だからテメーは犬か!と押しのけると今度はその手まで舐められた。
「ぎゃあ!!」
慌てて転ぶと覆い被さられて、逃げようとしたけど後ろから腰に腕が回された。ショットの顎が左肩に置かれて耳に熱い息がかかる。
「あ」
思わずブルッと身震いして俯いたまま固まってると頭を撫でられた。
「……っは……あ、シュート」
「ちゃた」
ああ、やっぱ俺が下なんだ?とか思って、もうそれでもいっか……と身を任せるつもりでいたのに。
「よくわかんない」
「……は?」
そう言ってショットの手が俺の腹や胸に触れる。でも全然エロい感じじゃなくて……。
「っ 擽 ってぇんだよ、この馬鹿!ああもう……ばーか!!」
下から抜け出して顔面を思い切り殴ってやった。
***
「なあオーサー、好きだって言いあって一緒に暮らしてる奴と触り合ってキスして、その後することって何だよ」
「セックス」
「おっ……お前はお前で恥ずかしげも無くはっきり言うよな」
12歳のガキでも知ってることを知らねえなんて、どこの宇宙人だあいつは。
「大方予想は付くが、あのクズの抜けっぷりは果てがないんだから、お前が全部教えてやるしかないだろう。ヤリたいんならな」
「う……うるせー、ガキのくせに……」
こいつ、リディアとヤッてんじゃねえの……なんて想像してげんなりした。
「そんなくだらんことをいたいけな12歳児に相談するためにわざわざ俺を探しに来たのか」
「自分で言ってりゃ世話ないな、悪かったよ今度なんか奢る」
「おい」
立ち上がって歩きかけた背に話しかけられて振り返る。
「あいつ、勃つのか?」
笑いながらそう言い放った純粋無垢な天使の顔をしたクソガキを睨みつける。
「可愛くねー……」
「何を言ってる。俺は天使みたいだろ」
「ああ、顔面だけな」
***
翌日、相変わらずレジでぼんやり過ごしてるとまたあの子供が来た。そしてやっぱり何も買わずに出て行く。扉をくぐる前に振り返って俺を見たから、仕方なく「いってらっしゃい」と言ってやると嬉しそうに笑いやがった。……懐くなよ。
俺がペドフィリアだったらどうするつもりだ。全く。最近の子供は。教育がなってねえ……のはウチの馬鹿も一緒か。
コンドームを買って行った男女を恨めしく睨みつける。あーー。心が荒む。ばっかみてぇ。
▼05 法の外でも法の番犬
少し時を遡ることになるが、これはとある面倒な男との出会いの話だ。
リドル・J・J・クーパーはかつて法に忠実で犯罪と不正を絶対に許さない熱い男だった。今も熱血漢ではあるが、法に忠実かと言われると少し首を傾げる。
そして奴は俺より"すこーしだけ"背が高くて、短く切り揃えた黒髪に黒い瞳。鼻が高くて目はくっきりした二重で、いつでも険しい表情してるもんだから迫力に気圧される。ただし、中身を知らなければ。
そんなリドルは、俺とショットがまだ根城を作らずに転々と生活してた頃、唐突にこの街に現れた。
「なんか騒がしいな」
妙なざわめきを察して広場の方に行くと、警官の格好をした男が複数人によってたかって取り押さえられていた。
「離せー!!」
「どうどう」
道ゆく人々は物珍しげに警官を横目で見てはすぐに興味を失って立ち去って行く。
「貴様!5年前に暴行事件を起こしたアラン・マクベニー!」
「そうだったか?もう忘れた」
「あっ、お前は3ヶ月前、裁判の最中で姿を消した強盗殺人犯のヒューズ・アンダーソン!」
「お前、プルプル震えながら強盗だけだっつってたじゃねえか!ははは!」
「すげえな、よく顔だけでスラスラと罪状まで」
「なあなあ俺はわかるか?俺!」
「知ってるさ、連続通り魔のケイシー・F・ウォルフ……」
その様子を建物の影からじっと見ているとショットが後ろから一緒になって覗いてきた。
「ちゃた、なに?」
「よくわかんねえ。現役の警察官みたいだ。なんでこんなトコに」
理由はわからねえが、関わらねえ方がいいってのは間違いない。厄介そうな事には関わらないって決めてんだ。だから俺はさっさとショットを引っ張って立ち去ろうとしたのに。
「あぁあーっ!!」
警官がこっちを見て一際でかい声を出し、その場の視線が俺たちに集まった。
「お前を探していたんだ、セオドール・A・ブラッドレイ!!」
そう名前を呼ばれた瞬間にショットは銃を抜いて構えようとした。
「ストップ!馬鹿な事はやめろ!!」
あんなトコに撃ち込んだら周りの奴らに当たって、大騒ぎになるかもしれねえ。俺は慌てて止めようとしたけど、目がイッちまってるショットに左頬を殴られて壁に頭を思いきり打ち付けた。
「っう……!!」
びっくりした。ショットに本気で殴られたのは初めてだった。普段がどれだけ加減されてたのかわかる。殴られた頬と打った頭がズキズキ痛んでグラグラと目眩がした。
「ブラッドレイ、貴様を逮捕する!!」
そんな俺なんか知ったこっちゃないと捕まえられたままの警官がそう叫ぶと、辺りは爆笑に包まれた。
「笑うな!あのゲートさえ潜れば俺は正式にお前たち全員を捕まえられるんだぞ!」
「はっはっはっは……!こりゃ面白え」
「おい離してやれよ」
「ショットに勝てるか試させてみるか」
「セオドール・A……」
警官がもう一度その名を口にしようとするとショットが引き鉄を引いた。だが珍しく動揺してるのか狙いは外れて、近くでバカ笑いしていた野郎の足に掠める。
「いでぇ!!」
「はははは、撃った撃った、ショットが怒ってるぞ」
「なんだあいつ、ちゃんと人の子だったんだな」
「うわ、こっちに来る」
「殺されっぞ!」
ギャーギャー騒ぎながら蜘蛛の子を散らしたように野郎どもは走り去って行った。その背中に何発か腹いせのように発砲して、ショットは警官に近づいていく。
「お前を絶対にゲートの向こうに引き摺り込んで、法に従って裁いてやる……!」
立ち上がった警官がショットにそう言っているのを聞きながら俺はとうとう目の前が真っ暗になった。
***
ふと目を覚ますとさっきの警官が俺の顔を覗き込んでいた。
「あれ、あんた殺されなかったのか」
「開口一番それか。俺はリドル。リドル・J・J・クーパー」
「……山代 茶太郎」
なんとなく自己紹介しあって、ショットはどこだ。と辺りを見回した。
「リドル、あんたあいつを捕まえるためにわざわざこんなトコまで来たのか?」
「そうだ」
それって、むしろファンとも言える熱狂さだな。……なんて言えば腰元のモノで殺されそうだ。
「あいつ、どんな犯罪を犯したんだ?」
この際だから、なんとなく本人には聞けなかったことを聞いてみる。
「は?何にも知らねぇのか?」
「テレビで放映されてる事は知ってるよ」
都会にいた頃から俺はショットの顔を知っていた。猟奇事件や未解決事件なんかの特集で絶対に指名手配の写真がテレビショーに映るからだ。ちなみに、そこで紹介されるのは毎回こんな感じの内容。
――当時6歳だったセオドール少年は母親と継父に虐待の末に殺されそうになったが、ただの果物ナイフ一本で二人ともを返り討ちにした上に、保護しようとした施設の人間までをも攻撃し、何人もの職員に重体を負わせ逃走。
この時、まさか6歳児の犯行とは思えないほど、正確に動脈や腱が狙われていたらしい。まるで彼は危機に瀕した野生動物のように、誰に教わるでもなく敵の急所を的確に感じ取っている……などと専門家がコメントをするのも毎度の事だ。
それからすぐに捕まったものの、彼を折檻しようとした警察官が後日、勤め先の交番の前で首だけになって発見される事となる。しかしこの警察官に関しては児童虐待、ペドフィリアの証拠が見つかり、この事件は過剰防衛で、情状酌量の予知もあるのではないか……とも一部では議論されている。
その後どうやって一人で生きてきたのか、12歳の時に一度、平日の昼間から退屈そうに街をフラついていた所をただの非行少年と勘違いした警察に補導され、大人しく生活指導を受けている。
そのまま施設へ入れられる事となり、2年間だけ精神科の通院と保護観察を受けながら真面目に学校へ通ったらしいが、ある日突如として残虐な暴行事件を起こしてそのまま忽然と姿を消し、16歳の時にスラム街で薬の売人をしていた時に同業者も纏めて警察に一網打尽にされ初めて少年院へ。
するとそこで何があったのか、受刑者たちの大半がたった数ヶ月のうちにショットに心酔してしまい、まるで信者のように。果てには大暴動の末に彼を含む数十人が脱獄……それ以降の足取りは依然として掴めないまま。
この暴動は看守、受刑者合わせて何十人もの死傷者を出す前代未聞の大事件となった。他にも余罪は数え切れず、逮捕されれば懲役100年以上……実質の無期懲役は間違いないだろう。
――と、いうもの。
しかしテレビ的には足取りは掴めない、などと言っているが、"ゲートの外"にいる事はこの国に住む者なら誰だって知っている。 それどころか最近ではSNSで時々盗撮写真が流れてきたりもするほどだ。都会育ちの若者たちの間ではゲート周辺はカッコウの度胸試しスポットなのであった。
そして奴はそのルックスも相まってか現実に会ったわけでもない相手にまで謎のカリスマ性を発揮して、数年前には狂信者のような模倣犯が現れた事もあった。
更に女子高生たちはまるでアイドルかのように指名手配写真を携帯に保存しては色めき立つ始末。そんな理由もあってか「余罪は数え切れない」とはよく耳にするものの、実際に全部でどれだけの犯罪を侵したかは誰も知らないのだ。また模倣犯が出ては困るんだろうし。
「……じゃあそれ以上は知らん方が良い」
リドルはそう呟いて少し考えた後、小さく付け足した。
「環境が悪かったとか、同情的な意見もあるがな。テレビではまだ優しめの事件だけを報道してるだけだ。あいつは元々頭がイカれてるんだ、生まれ持った犯罪者なんだよ」
よくわからんが、奴は俺の予想を遥かに超えるくらいのクレイジー野郎って事なんだろうな。
「で、そんなあいつは今どこでなにやってんだ?」
「ふと気付いたらアンタが地面に倒れて動かないから大慌てして、見ててやるから冷やすもん持って来いよっつったらどっか走って行ったぜ」
あんたすごいな。と言われて驚いた。
「親さえも平気で殺してきたあいつが、あんたが失神してるだけで泣き喚きそうなくらい取り乱してたんだぞ」
「……あ、そ」
なんとも言えない情報だ。どうやって懐かせたのか、なんて聞かれても困る。
「で、お前……リドル?はせっかく追ってきたあいつに会えたのに、銃さえ抜かなかったんだな」
「俺は法に従って生きる警察官だ。どんな極悪人だろうが、法で裁く。私刑を与えるあいつらとは違う」
また面倒くさい性格だなぁ。ショットと足して割ればいいのに。なんて思ってるとバタバタ足音がしてショットが現れた。
「ちゃた!!」
「おー」
見ててくれたっつーのに、リドルに「ちゃたからはなれろ」と偉そうに言うから笑う。
「何もされてねえから安心しろ」
「ちゃた、死んでない」
「おかげさまで」
言うとぎゅうぎゅう抱き締められた。で、肝心の冷やすモンは見つからなかったのかよ。相変わらずバカだな。
「じゃあ茶太郎、今日の所は帰る。俺、また来るからな」
「お、おう?」
なんで俺に言うんだ。
――もしかして、面倒な奴に懐かれたかも?
それが、リドルとの出会いだった。
▼06 コウノトリからの贈り物 2/3
慣れるほど無い仕事にも慣れてきた頃、同じく"あのガキ"の来訪にも慣れてきた。
「おはよ!」
「おう、今日も早いな」
「いってきます!」
「おーいってらっしゃい」
ただそれだけを言うために店に顔を見せるあのガキ。シドニーっていうらしい。あと常連といえば、もう1人。
「うーす、しっかり働いてるかー茶太郎」
「お前もガキみたいに毎日毎日顔を見せに来んなよ」
「いいじゃねえか、数少ないまともな客だろ?」
警察官のリドル。何故かこいつにまで俺はすっかり懐かれちまってる。ここで働いてることがバレてから通われてうんざりだ。別にショットの情報を聞き出そうとかしてるわけでもないみたいだけど。
「なあ、今日は何時に終わんの」
「さあな」
「どっか行こうぜー、奢るからよ」
「金には困ってないっつの……」
それより、あんまこいつと仲良くしてたらショットが拗ねるのが面倒だ。
「あ」
そういえば忘れてた。
「なんだ?」
「別にお前に報告しなきゃいけねえことでもねえけどよ、俺とショット……」
「言うな!」
「はあ?」
「なんとなくわかったからそれ以上言うな、聞きたくねえ!!」
買ったモンを放り出して走り去ったリドルの背を見送って、置いて行かれたパンを食べた。聞きたく無いか。友達(?)がゲイ宣言するのは嫌か。
「あーあ……」
ゲイねえ。ゲイ……。でも俺ら本当に"ゲイ"なのか?キスならしてるけど……まあ、それだけだしなぁ。いや、正直に言えば俺はショットに欲情してるんだけど。ショットはしてんのか、あんまわかんねぇ。
「う……」
もしあいつが本当に"知らないだけ"なんじゃなく、そもそもの「好き」の種類が俺とは別モノなんだったら、なんて。自分で考えておいて普通に落ち込む。
***
バイトを終えてアパートに帰ると部屋は空っぽだった。ショットが消えるのはよくあることだ。早けりゃ数時間、遅くても3日後には腹が減ったと帰って来る。
俺はいつだってそれを待ってんだよなぁ。あいつも、帰ったら俺がいるのが当たり前だと思ってんじゃねえのか?ずっとそうだ。なんでそんな事気付かずにいたのか。
「……よし、たまには俺だって家出してみよう」
それであのバカが少しでも取り乱すといい。俺はそんな思いつきでナイフと財布だけを持ってアパートを出た。
店主がいなくなってすっかり寂れちまったコインランドリーを横目に大通りへ出る。長らくきちんと舗装されてない道路には所々亀裂が走り、足元を掬われないように気をつけながら歩かなきゃならねえ。
今じゃすっかり慣れた強面のハグレ者と軽くやり取りしながら、とあるバーの上でそこのマスターが経営している貸しアパートの一室に辿りついた。
「おーい」
「なんだよ、家賃は先週払ったろ」
「俺だよ、茶太郎」
名乗ると中からガシャガシャ音がして、すごい顔のリドルが現れた。
「ちゃ、茶太郎!?いきなりなんで?」
「いいから泊めろよ」
ズカズカと部屋に押し入るとリドルは慌てて後ろをついてきた。
「と、泊めろって……ブラッドレイは?」
「知らね。もう俺あいつ好きじゃ無くすことにしたんだ」
あいつが俺のありがたみに気付きやがるまで、世話だってしない。
「好きじゃ無くすってなんだそりゃ、小学生かよ!てかお前つい今朝……」
「いいんだバカバカしい。やっぱこんなのはやめやめ」
カビ臭いベッドに断りもなく横になるとどっと眠気が襲ってきた。朝早くから働いてっから……。
「なあ茶太郎、何があったんだ?」
「なんもねえよ、なんもねえから嫌なんだ」
目を閉じてうとうとしながら俺はだんだん愚痴っぽくなってきた。
「俺ばっか求めてるみたいで悔しい……てか、恥ずかしいんだ……。あいつの"好き"は幼稚園児並みだ。今時ガキのオーサーだってセックスくらい知ってる。下手すりゃしてるのかも。……いや、きっとショットだって知ってるけど俺には欲情しねえんだ。そういうことだ」 何言ってんだ俺、酒にでも酔ってんのか。そう自分でも思ったけど、口からポロポロそんな言葉がこぼれ落ちて止まらない。
「……茶太郎」
リドルの低い声に驚いて目を開けると、思いの外その顔が近くにあって、何か言うより先にキスされた。
「っ……、ん……!!」
驚いて押し返そうにも、のし掛かられて逃げられない。
「んんーー!!」
殴ろうと振り上げた腕も捕まえられてしまった。おい、まじでなにやってんだよ。息が苦しくて思わず口を開くとぬるりとした他人の舌が口内に入ってきた。
遠慮無くそれに全力で噛み付くとさすがにリドルは俺から身を離したけど、拘束する手の力は緩めてくれない。
「っは……、はぁっ……!何すんだよ、もー離せ……」
声が震えてた。気持ち悪い。意味わかんねえ。
「俺だったら、そんな思いさせない」
「はああ!?」
「俺は、茶太郎に欲情してる。抱きたい」
首に吸い付かれて全身に鳥肌が立った。
「やめろ、リドル!これ以上は冗談じゃ済まねえぞ!!」
「冗談じゃない。ちっさくて可愛い。上向きの鼻も、ハスキーな声も好きだ」
「まじでやめろ……っ、てめぇ、離せ!!」
抵抗すればするほど力の差を見せつけられて、リドルがいつもよりデカく見えた。
「は、離してくれ……っ」
怒りのせいか、怖がってんのか、気付いたら半分泣きそうになってた。クソ、情けねえ。それでもリドルは止まらなくて、俺の両腕を纏めて片手で押さえつけ、もう片方の手で体を触ってくる。
「っやめろ、離せ、まじでイヤだって!!」
リドルの腹を蹴ってなんとか抵抗していると、突然ドアの方から派手な破壊音がした。リドルは俺を押さえつけたまま、空いてる手で咄嗟に腰から銃を抜いて構える。
「……ショット」
俺はベッドの上で放心したまま来訪者の名を呟いた。バカのクセにタイミングだけは完全にヒーロー。いや、この野郎まさか見計らってやがったんじゃねえのか?でなきゃなんの思し召し。ああ、神様。
「ちゃたをはなせ」
「嫌だ」
リドルが返事と共に引き金を引き、数発の発砲音の後、静まり帰った部屋に火薬の匂いが漂う。その間も痛いくらいの力で俺の手は押さえつけられたまま。
ショットの頬からうっすら血が流れ出した。その後ろの壁には新しい穴が空いてる。
「まじで殺したいくらい気に食わねえ……セオドール・A・ブラッドレイ……」
「……」
リドルはショットを殺さない。それが警官としてのプライドだって前に言ってた。ショットもそれがわかってるからか構えないし、銃口から逃げない。でも今回ばっかりは殺すんじゃないかと少し思った。
だからショットがそこに立って話し続けてるのを見て正直ホッとしちまった。
「……ショット」
身じろぐとリドルはようやく腕を離してくれた。肩が外れそうになって痛かったけど、ゆっくり起き上がって近寄ってきたショットの首に抱きつく。
「俺、お前なんか嫌いになろうと思ってたのに。やっぱダメだ。お前が死んだら俺はダメだ」
「よくわかんない」
「もういいよ、お前馬鹿なんだもん」
最悪だ……って不貞腐れてるリドルに詫びを入れて俺は住み慣れた廃アパートに帰ることにした。なんとも短い家出だったな。
***
「……」
なんかもう、うまくいかねえなあ。あれからもショットとは相変わらずガキの付き合いだし、シドニーはコンビニに顔を出さなくなった。
「茶太郎!」
「なんだよ、暇人。税金泥棒」
「制服は着てるけどもう辞職したっつーの!」
「は?それ制服着てたら怒られるタイプなんじゃねえの」
「うるせえ一般人」
「あー俺もいよいよ一人くらい殺すか。お前とか」
「個人的に逮捕してやるよ、牢屋は俺の部屋」
「うっざ……」
そんな会話に今日何回目かのため息を付くとリドルがカウンターに凭れて顔を覗き込んできた。
「仕事の邪魔すんな。買うもん買ったら帰れ」
「客なんていないだろ」
元気がないなとどさくさに紛れて頭を撫でられそうになったけど、容赦なくその手をはたき落とす。
「あ、客っつったら……客じゃねえけど、いつものガキが来なくなったんだ」
こいつに言ったってどうにもならないけど。そう思いつつ漏らしてみると思いの 外 リドルは知ったような顔をした。
「ああ」
「……。おい、なんだよ」
「いや、知ってるぜ。シドニーだろ?」
「なんで知ってんだよ」
「ここらで子供なんか珍しいからな。なんかあいつの母親……ジェニーって売春婦。偽名かもだけどさ。ま、それはどうでもいいけど。うまく金持ち捕まえて都会に消えたって」
「シドニーは?」
「さあ」
「おっまえ……それでも元お巡りさんかよ!警察官のプライドとやらはどうした!!」
「うっせーうっせー!こんな街で哀れなガキの一人や二人助けてもキリがねーんだよ!まじで!!」
「シドニー!!」
勢いで店を飛び出そうとしたら腕を掴まれた。
「お前わかってんのか?」
「うるせえ、悟ってアガったご隠居警官の忠告なんざ、ありがた過ぎて鼻血が出る!」
「アガってねえ!!思い知らせてやろうかコラ!」
「ばーかばーか!不能になっちまえ!!」
日頃の恨みとリドルの腹を思い切り蹴飛ばして俺はシドニーを探しに歓楽街へ駆け出した。もう俺は俺のやりたいようにやってやる。
***
シドニーはゲートの前にいた。"拾ってください"って書いたプレートを冗談みたいに背中に背負って、石を積んで遊んでた。
「……こんにちは、子犬くん」
「わんわん」
「温かいミルクと柔らかい毛布が欲しいかい」
「そんなもんいらないよ、育ててくれる手さえあれば」
俺はシドニーの手を引いてアパートに帰った。よし、バイトは今日限りでやめることにする。
これから俺は"お父さん"になるんだ。
▼07 コウノトリからの贈り物 3/3 ※R18
「とと!」
シドニーは、ショットをとと、と呼ぶことにしたらしい。で、俺のことは「とーちゃん!」と。あえて家族らしくしないといけないのか、と何度か尋ねたけど、モチロンだとしか答えない。
――ま、悪い気もしないな。
「ちゃたのこども?」
「ちがうわ!!」
馬鹿の頭を叩くとシドニーはあっけらかんと答える。
「ジェニファーの息子だよ」
「ジェニーって聞いてたけど」
「ヘレンの時もあるし、アスランの時もある。時には女王様、時には生娘、俺の母さんはお客の好みに合わせて怪盗百面相なんだ」
「下品な話だ」
それに下世話だ。もうその事は口にするなと頭を撫でてやるとショットも真似をしてシドニーを撫でた。
「おれたちの子供?」
「いろいろすっ飛ばしてこんなでかいガキが現れるのは困るなあ」
子供ができてセックスレスになる夫婦はいるけど、セックスレスから子供ができる夫婦なんてねえだろ。いや待て、我ながらどっから突っ込めばいいものやら。
「ばかばかばか……」
「子供はね、男と女の間にしか産まれないんだよ!俺は二人に育ててもらう養子だけど、実の子じゃないよ!」
「ようし」
「ま、不自由はさせねえよ。この街なりに」
「ちゃた、こどもどこから来る?」
「あとでな」
教育に悪い。なんて思ってるとシドニーがカラカラと笑い声を上げた。
「そんなことも知らないの!"ガキ"だなぁとと」
「ガキ」
少し傷付いてるショットに思わず噴き出して笑うと首に巻きつかれた。
「なんで笑う」
「うぐっ、離せ離せ」
「あのねー、子供は男と女がいーっぱい触りあったら産まれるんだよ!」
「ちゃたといっぱいちゅーしたからうまれた?」
「いっぱいちゅーしたの?」
「したかも」
ああ、本当に馬鹿。
***
俺、この街で暮らし始めてから一日に20回は馬鹿って口にしてる気がする。もはや口癖だ。
「な……もう離せってば」
「んー」
シドニーは俺のベッドに寝かせた。だから今夜はショットの部屋のベッドで寝てる。二人で。暑いし狭いし、埃くさい。
それなのに後ろから腰に手を回して執拗にひっついてくるショットの息が首にかかってゾクゾクした。
「おい……ショット」
離れろと言い聞かせるように名を呼ぶ。そうすれば甘えたように額を肩に押し付けてくる。こいつの子供みたいな仕草が俺は割と好きだった。
「……ったく……」
「教えて、ちゃた」
「また今度な」
すぐ隣の部屋でシドニーが寝てるのに、そんな事できるかっつーの。
――はあ。うまくいかねえなぁ。
せっかくこいつが"ソノ気"になれば、俺が嫌な状況で。きっと明日になったら忘れてるんだろう。新しいおもちゃに夢中で、シドニー連れてピクニックに行こうなんて目を輝かせるに決まってる。俺の欲求不満はまだまだ続くんだな……。
「……って、うわっ、こら……ショット!」
「"あのとき"この辺さわられてた。なに?」
「な……な、何って」
"あの時"ってのはリドルに襲われた時の事だろう。スルスルと足の付け根を撫でられて思わず吐く息が緊張に震えた。
「言ってた、むりやりセックスしようとしたって。セックスは子作りだって。じゃこどもほしかった?」
「わかったからそれ以上頭の悪い発言をするな……」
あのクズ警官、いらねえことばっか吹き込みやがって……。もしシドニーに聞かれたら。 「おれ、ちゃたさわりたい」
「っは……あ、こら、もう離せって……!」
やばい。勃ってきてる。手を掴んで止めさせようとしたけど、ショットが急に乗り上げてきて口を塞がれた。
「んっ、ん……ふ」
「ちゃたとちゅーするの、きもちい」
両手で顔を押さえられて、熱い舌が入ってくる。柔らかい金髪が額や目に触れてくすぐったい。
「う、んん、んぁ……はっ」
もうそれ以上は抵抗する気になれなくて、ショットの首に抱きついて応えた。
「はぁ……シュート」
離れた唇が寂しくて思わず舌を伸ばして追うと、ぢゅ、とその舌先に吸い付かれる。
「ん、んん……」
「ちゃた」
「……へ?」
ボーッとしてたから気付くのが遅れたが、いつの間にかショットの手が俺の下半身にあった。
「あっ、こら馬鹿」
「なにこれ、ちゃたのちんこ」
「うるせえ!」
空っぽの頭を叩いても何のダメージにもならない。というかデカイ声を出してしまった。ここ壁薄いんだ、ああ、シドニーのやつ、絶対起きちまってるだろ……!
「どうなってる見せて」
「ちょっ、おいこら、ショット!」
小声で怒鳴って膝を蹴り上げてみたけど容易く止められて、むしろそのまま足を開かされた。
「うわっストップストップ!わかったから!」
必死で訴えるとさすがのパーにも伝わったみたいで、ようやく動きを止めてくれた。
「わかったよ……毛布持ってついて来い。別の場所で教えてやるから……」
言うとショットはウキウキしながらついて来た。
***
ここは廃アパートだから部屋ならいくつもある。1番離れてる部屋の扉を開けて、俺は床に座り込んだ。
「……じゃあ、保健体育の授業を始めます」
「わー」
パチパチパチ……と静かな部屋に虚しい拍手が響く。
「まず、人間には性別があります。男と男じゃ何回キスしても子供はできません……」
真夜中に何やってんだ、俺は。
「ちゃたのココどうなってる?」
「ええいわかった!俺もこんな話には何の意味もないことはわかってた!」
ズボンの前を開けようとしてくるショットを引きずり倒して上に跨った。
「寝てろ。お前はただ、大人しく寝てろ」
風呂入ってねえなあ……とか思いながらショットの首に吸い付いた。服を脱がせながら胸元や腰周りを撫でても笑うばっか。
「へへ、へへへ」
「笑うな、ムードがねえ」
「だってちゃた」
ショットが膝を立てて俺のモノを押して来た。
「なにそれ、へんなの」
「……るせー」
悪いかよ。ショットに触れてるだけで興奮しちまってんだ。これでも一応、好きな相手なんだからな……。
「腰浮かせろ」
ズボンとパンツを合わせて脱がせるとふにゃちんが現れた。おい、ちょっとくらい反応しろよ。
「それ、おもしろい?」
「全然」
黙ってろ。と言って覚悟を決め、ソレに舌を這わすとショットの足がピクリと反応した。
「う……え、ちゃた、きたない」
「知ってる」
「なんでちんこなめる」
「まじでうるせえ」
チラ、と視線を上げると目が合った。その瞬間体に火がついたみたいに熱くなった。俺、見られながらショットのモン咥えてる。……変態。
「……ん、ん……ふ……」
口の中のモンはなんとなく反応してるかしてないか。なのに俺は咥えてるだけでイッちまいそう。我慢できなくてショットの足に腰を擦り付けながらしばらく夢中でフェラしてると不意に名を呼ばれた。
「……え、あ」
「ちゃた……」
そうしてショットの手が頬に触れて、グイと無理やり顔を上げさせられる。
「っあ、何……」
ふと気付くとショットの息が乱れてて、見たことの無いギラギラした目付きで俺を見てた。それにいつの間にか手の中のモノもすっかり固くなってた。
「っん」
溶けたような青緑の瞳が目の前にある。今、俺たちが何してるのかも知らない馬鹿のくせに、こいつ一丁前にオスの顔して。
「ちゃた、なにこれ、おれ、ふ……っやば」
「は……えろ」
思わず惚けて呟くとショットに押し倒された。
「きもちい、ちゃた……もっと触ってほしー」
「サルかよてめーは」
笑いながら手を伸ばすとショットの手も真似するように伸びてきた。破っちまいたいほど煩わしく感じながら服を脱いで、ズボンもそこらに放り捨てる。
「いいぜ、よくわからねえままでも。お前は俺の真似してろ……」
ショットのを掴んで上下に動かしてやると最初は不器用に真似してたけど、すぐ俺の上に落ちてきた。
「はっ、はぁ、はぁ……っ」
「もうギブかよ、お子様」
「んー……」
上下交代だ、と上に乗り上げると抱きつかれた。お互い汗ばんでて、ペタペタと気持ち悪い。
「こどもできる?」
「俺とお前じゃ無理」
キスすると何故かショットは笑った。
「ん、ちゃた……っ」
「なんだよ」
「なんか、んん、もれそう」
「ちげえよ、いいから出してみろ」
お互いのを合わせて腰を振ればショットはイヤイヤをする子供みたいに首を振って不機嫌な顔をする。
「きたね……ちゃた、はっ……もらすー」
「違うっつってんだろうが、我慢すんな」
ムードも何もねえ、最低。もう思わず笑いながら追い立てるとショットが一瞬ピクッと跳ねて、俺の首元にしがみついてきた。
「あ……、あっ、あ」
「我慢すんなってば、大丈夫だから」
俺ももうイけそう。
「んんー……っ」
ドロ、と手にぬめった感触がして、俺も同じくらいに吐き出した。
「っは、う……、はぁ……っ」
「はあ……ショット君、今のが射精です」
息を切らして放心してるショットにふざけてそう言えば、初めての快感に若干潤んでる目がこっちを向いた。
「しゃせー……?」
「子供ができる種を出したってこと」
「じゃあうまれる?」
「それは無理だな」
「気持ちかった」
「素直な感想だな」
「これセックス?」
「うんにゃ、これはただのヌキ合いだな」
二人とも倒れこんだまま、そんな間抜けな会話をする。眠たいのか、ショットの呂律が回ってなかった。
「このまま寝たら風邪、ひく……」
「んん」
だめだ、俺も眠い。トクトク言ってるショットの心音が聞こえる胸の上で寝たらだめだと思いながらも意識は薄くなってった。
▼08 イノセントすぎだろって 1/2
ふ、と目を覚ますと部屋が明るくなり始めていた。シャワーすら浴びずにあのまま朝まですっかり眠ってしまったらしい。
「やべ……」
床で寝たせいで体がバキバキだ。ゆっくり起き上がるとスル、と左手首を掴まれた。
「んー、まだ夜……」
「もう日の出だっつーの」
少なくとも俺だけでも身なりを整えないと、と手を離させて立ち上がる。シドニーが起きてくる前になんとかしねぇと。
「お前も体痛くなるぞ、もう遅いだろうけど」
グッと伸びをすると肩と腰がポキポキと音を立てる。とにかくシャワーを浴びてシドニーを起こして、朝メシ食って、ゲートまで送り出したら二度寝しよう。ちゃんとベッドで。
シャツを脱ぎながらベッドルームを覗いてみるとシドニーはまだ眠っているようだった。俺たちが一晩中いなかった事に気付いていないだろうか。
「……」
いや気付いてるよな、きっと。引き取った初日だってのに。
「はぁ……」
洗濯物カゴに適当に服を突っ込んでシャワーを浴びる。ともすると昨晩の事を思い出してしまいそうになったから、慌てて朝メシをどうするか考える事に集中した。
「シドニー、そろそろ起きろよ」
「起きてるぅ……」
ぐずぐずしているシドニーから毛布を奪い取ると不服そうな声が上がったが、無視してパンをトースターにセットする。
「起きたら家にいるって良いなぁ」
当たり前のことを呟きながらボサボサの髪のままシドニーが洗面台に歩いて行った。
「ほんと、屋根があって、ベッドがあって、そのうえご飯まで出てくるなんて」
ちなみにこのトースターはリドルが古くなったからってくれたやつだ。まだまだ使えるのに、贅沢なやつ。
「じゃ、気をつけて行ってこい」
「ありがと!」
朝から元気よく走ってったシドニーを見送ってやれやれと踵を返す。
「ねむ……」
とにかく二度寝だ。ベッドで寝たい。朝だって言うのに、どっか遠くでは喧嘩のような騒ぐ声が聞こえてくる。どいつもこいつも元気な事だな。
***
どれくらい寝てたのか、腹が減った感覚で目が覚めた。キッチンにロクなもんがねぇからとにかくパスタを茹でる。肉が食いてえとぼんやり考えながら「レトルトのミートソースは肉とは言えねぇ」と誰にとも無く呟いたりした。
食べ終わったあと、洗濯物たまってるし、昨日の毛布も洗わねぇとな……と思い端の部屋に行くとショットはまだ床で寝ていた。
「おいショット、体痛くなるぞ」
毛布を寄越せと引っ張れば不満げな声が上がったが無視して引き抜く。
「ほら、そろそろ起きろって」
ショットを起こそうと横にしゃがむと腕を引かれて逆に倒されてしまった。文句を言おうとしたけど、ご機嫌そうに頭を撫でられて恥ずかしくなる。
「……こら、やめろってば」
「お昼寝しよ」
「お前はずっと寝てんだろうが……ぅわっ」
ぐるっと仰向けにされて、ショットに押し倒されてるような形になった。
「ちゃた、触りたい」
「あ、あのなぁ……!」
ど直球に言われて思わず顔がカッと熱くなる。
「んっ……」
唇をベロリと舐められて、その舌の熱さにマジで興奮してんじゃんとおかしくなる。
「だからサルかよテメーは」
「なに」
仕方ねぇよな、昨日知ったんだもんな、と思うとこいつが思春期男子に思えてきた。
「何でもないから……分かったよ、ほら」
もう一回キスしようと俺から誘った瞬間、シドニーの声が響いた。
「ととー?とーちゃーん?」
「やっべ!もう小学校終わる時間か!」
ショットを押し退けて慌てて俺は廊下に飛び出す。
「シドニー!悪い、ここだ」
「あ、とーちゃんただいま」
「お邪魔してまーす」
部屋に戻るとリドルとシドニーがリビングで談笑中だった。
「ああ、送って来てくれたのか、ありがとうリドル」
「ひとりで歩いてたからビックリしたよ」
「ごめんなシドニー」
小さい頭を撫でて抱き上げる。
「じゃあ帰る。あいつが来たら厄介だし」
「おお、そうだな。じゃあな」
改めて礼を言うとどさくさに紛れて頭を撫でられた。
「おいこら」
「じゃ」
パタンと扉が閉まった時、抱っこしてるシドニーの腹がくぅ、と鳴った。
「パスタでいいか?」
「なんでもいいよ」
***
いつの間にどこかへ行っていたのか、シドニーを寝かしつけたくらいにショットがガシャガシャと騒がしい音を立てながら帰ってきた。
「なんだそれ?」
「いろいろ拾った」
ほとんどガラクタに見えるけど、錆びたナイフや銃のパーツみたいだ。研いだり組み合わせたらいくつかはまともな武器になりそう。 「ちょうどいい暇つぶしになりそうだな」
「うん、ちゃたが嬉しいと思ったから」
「嬉しい嬉しい、ありがとな」
こういう細かい作業は好きだし、ガキどもに売れば臨時収入にもなる。どんなのがあるかガラクタの山を漁っているとショットはシャワーを浴びに行ったみたいだった。
歯を磨いてるとシャワーから出てきたショットが裸のまま腰にまとわりついてきた。
「服を着ろ服を」
「んー」
「寝てんのかこら」
めちゃくちゃ湿ってるし、とホカホカな体を押し返して口を濯いでからベッドに潜り込む。しばらくして、ちゃんと服を着たショットも横に入ってくる。
「ちゃんと髪乾かしたか?」
「んー」
触ると案の定、濡れたままだ。
「せっかく綺麗なのに、傷むぞ」
せめて、と首にかかったままだったタオルで水気だけ拭いてやる。心地好さそうに目を閉じてじっとしている様子がなんか可愛くて、キスすると抱き寄せられた。
「お、っと」
「へへ」
ちゅ、とわざと音を立てながら軽いキスを返されてついムラッときた。
「……あーもう」
サルは俺の方かも、と思いつつショットの腕を引いて立ち上がる。
「昨日の部屋で待ってろ」
「うん?」
「いいから」
グイグイ背中を押すとよくわかっていない顔をしたまま、それでも素直にショットは廊下を歩いて行った。
そして俺は我ながら何してんだ……と思いつつ"念入りに"シャワーを浴びて、寝てるシドニーのベッドをこっそり確認してから部屋に向かった。
***
「おい、寝てんなよ」
「だってちゃた、遅い」
「それは悪かったけど」
持ってきた毛布を敷くと床で寝ていたショットは早速その上に寝返りを打って来た。
「あるのと無いのとじゃ大違い」
「そりゃどうも」
俺もいそいそとその隣に腰を下ろす。なんか今更照れてきた。シャワーを挟んで冷静になったせいだけど、準備は必要だし……。
「ちゃた?」
「なんでもねー」
熱い頰をペチ、と叩いて誤魔化すと唐突に手首を引かれて後ろ向きに転げた。
「いてっ」
肩も捻ったし。
「早く」
「わかったから」
情緒も何もねぇんだから、こいつは。妙な照れを感じつつ、頰にキスしてみる。ショットは逃げもせず追いもせず、ニュートラルな表情で黙ってるからこっちも反応に困る。
耳元の髪を擽るように指で遊ぶと少しだけ笑ったように見えて、唇にキスをした。
▼09 イノセントすぎだろって 2/2 ※R18
「ん、んっ……」
そうして何度か軽いキスを仕掛けると、ショットの方から舌を絡ませてきた。思わずうっすらと目を開けると青い瞳がじっとこっちを見ててギクッとする。
「おまっ、キス中の顔をジロジロ見んな!」
ガバッと起き上がって背中を向けるようにして 蹲 った。俺「んっ……」とか言っちゃって、ああもう絶対に変な顔してた自信しかない、羞恥心で一気にまた冷静な自分が戻って来た。でもショットは狼狽える俺なんかおかまいなしで、背中から覆いかぶさってくる。
「ちゃたおこってる、なんで?」
「怒ってるっつーか、恥ずかしいから目は閉じてくれよ」
「えー」
「いっ!!おい、こら!」
唐突に耳に齧り付かれて、千切れるんじゃないかと思うほど強く噛まれた。
「いてぇって……っ!!」
抵抗しようにも両手とも捕まえられてしまって、俺の力でこいつの手を振り解けるはずもなく。
「ショット!い……っ痛い……!!」
それでもどうにか逃げようと足に力を込めた瞬間、噛まれていた耳が解放されて今度はベロリと舐められた。
「ひっ、あっ!!」
急な刺激に思わず大声が出てしまって、慌てて唇を噛んで耐えるとそのままショットの舌は耳の裏から首筋に動く。
「ん……っショッ、ト……、あ、やめっ……」
既に息が絶え絶えの俺はなんとか静止の言葉を口にしてみたけど、案の定止まってくれるわけもなく、それどころか今度は首筋に噛みついてきた。
「ぐぅっ……」
何らかの痛みを予想はしてたから大声は出さずに済んだけど、勝手に体が跳ねる。押さえつけられてる手首も折れそうに痛いし、耳からは血が垂れてきたし、コレ死ぬかも。と思いながら無抵抗のまま目を閉じた。
コイツはまじで野生動物みたいなもんで、抵抗するほど余計に興奮させてしまうだろうと思ったからだ。
***
「……う、ぅ……っ、い、てぇ……って……」
床にうつ伏せに倒されて背中に乗られて、噛まれて舐められて、すっかり首も肩も血だらけになった頃、急に手を解放されて仰向けに転がされた。
「は……あぅ……」
痛みに耐えて息を殺してたせいか、酸欠で意識が朦朧とする。痺れてあんまり感覚のない手をヨロヨロとショットの首に回してみた。
「満足……した、か?」
「ちゃた」
興奮した低い声で唸るように名前を呼ばれて、本当に食い殺されるかもと笑った。それでもシャツを捲り上げて脱がそうとすると、熱かったのか素直に自分から脱いで俺のシャツも脱がそうとしてきた。けど直ぐに面倒そうに破かれる。
「ちょ……こら」
まあいいけど、変な格好になった。昨日とは違って既に大きくなっているショットのズボンを押さえてみる。
「でけ」
もう完全MAXじゃんと笑うとショットは途端に困ったような顔になって、俺にスリスリと甘えてきた。
「苦し……ちゃた」
「だろうなぁ、こんな状態で」
お前なんにも分かってないんだもんな、と呟きながらズボンを脱がせてデカくなってるモノを 扱 く。
「っ……ふ、う」
人生で二度目の刺激にすっかり大人しくなったショットをまじまじと観察しながら、俺自身も興奮してきた。でも今は先にこいつを攻めまくってみたい。
あちこち痛む体を起こし、我ながら驚くほど抵抗もなく、それを舐めて口に入れる。舌を絡ませるように喉の入り口まで飲み込むとピクッと口の中で動くのが分かった。
「んん、んぐ……っふ……」
あんまり奥まで入れると嘔吐感が襲ってくるから、適当にやめて先を舐めるだけにしていると急に頭を雑に掴まれてビビった。
「……っん、う……?」
無理やり喉の奥まで突っ込まれるかも……と身を硬くしたけど、予想とは逆に勢いよく離されて、そのまま仰向けに倒される。
「おわっ」
「はぁっ、はぁ……っちゃた……」
「あ、う……」
スリスリと腰同士を擦り合わせるように動かれて、思わず俺も反応する。
「ショット……?」
「うー、ちゃた、よく分かんないけど……こうしたい」
自分でも何がしたいのかよく分かってない様子におかしくなって、俺もとにかく脱ごうとズボンに手を伸ばすと首も肩も引き攣るように痛くて倒れこむ。
「いってぇ……」
脱がして、と言うと素直に言う事を聞いて手伝ってくれたけど、そもそもの原因はこいつだから礼は言わない。ズボンから足を引き抜いて、こいつ相手だと抱き合うだけで一苦労だなと息をつくとガバッと抱き込まれた。
「うわっ!いてて……」
「ちゃた、これどうしたらいい?」
「ちょっと待て!待て待て!」
何にも知らないくせにソレをケツに押し付けられて心底びっくりする。分かってんのかこいつ!?
「うぅー、ちゃた、ちゃたぁ」
「く……っ甘えた声を出すな!堪らなくなるだろ!」
撃沈した体の下から這い出して、慌てて用意しておいたローションとゴムを投げ渡す。
「ちょっと我慢しろ、説明すっから!」
「説明いらない」
「説明いる!」
とは言うものの、俺だってさっさとヤりたい。とにかく最低限これだけは、とゴムの箱を乱暴に開けた。
「どうせお前がそっち側なんだろうと思ったから、俺の方はさっき準備してきた!そこはいいよもう!んで、お前はコレ!」
「なにこれぇ」
ショットに1つ手渡すとポイと投げ捨てやがる。
「捨てんな!」
拾ってもう一度持たせるとグズグズ言いながらも袋を破いた。
「あんま弄んな、使えなくなるから」
その間も萎えてなかったのが救いだ。気分が冷める前にさっさと準備を終えねえと。てか、俺は萎えたけどな。
「こっちを上で、このまま……」
無事にゴムを付けられたので一安心してローションのフタを開ける。
「なんかコレやだ」
「外すなよ!」
両手に大量に出して、めちゃくちゃに塗る。
「冷たい」
「我慢しろ……はぁ……お前、止めろっつっても止まらないんだろうな」
我ながら何してんだってくらいフロで慣らして来たけど、こんなんモチロン初めてだから怖い。こいつ絶対に暴走すると思うし。
「ちょっと待てよ……」
膝立ちになって、後ろをほぐす。散々慣らしておいたから、ローションをつけた指はすんなりと入った。
「っう……うー、くそ……」
「ちゃた?」
意外にも心配そうな声で名前を呼ばれて、ふと顔を上げると目が合った。
「だ、大丈夫だから……」
ちょっと恥ずかしくなって横を向くと抱き寄せられる。俺の手に手を重ねるようにしてショットが触れてきた。
「っあ、ショット、待っ……!」
「何これ」
「う……」
ヌル、と俺のより太くて長い指が遠慮なく体内に突っ込まれて全身が勝手に震えた。
「あっ、あ、待て、ショッ……!」
あまりにも無遠慮に中を確かめるようにかき回されて、思わずショットの頭にしがみつく。
「ふ、ぅ……く……んんっ!」
違和感が凄くて無意識に逃げようと足に力が篭るけど、少し身動いだ瞬間、肩口に噛み付かれた。
「ぐ……っ!!」
血が止まったばかりの傷口をまた開かれて、ヒリヒリとした痛みが頭に響く。思わず離れようと身を引くと獲物を逃すまいとする肉食獣かのように尚更に歯を立てられて、押し問答の末に二人ともドタッと転んだ。
「はっ、はぁっ、はぁっ!ショット……」
左足を持ち上げられて、左腕と一緒に抱き込む形で固められる。無茶な体勢に息が苦しい。また血が流れ出した肩を舐めながら、いつのまにか体内を 弄 る指は3本に増やされてた。
「うっ、ぐ……っあっ、あ!」
「ちゃた……ちゃた」
「あ、ショット、もう、いいからっ」
自由な右手でショットの手を掴んで止めさせる。口にも頰にも俺の血がついてベトベトのショットにキスをした。
「分かるか?ここに……」
ショットのを掴んで誘導すると返事もなくグッと押し付けられて、思ったより抵抗なく先が入り込んできた。
「は、ぁっ」
それでも、初めて経験する衝撃に俺はもう何の余裕も無くて、シーツを力一杯掴んで目を閉じて耐える。痛くは無いけど、違和感が半端無い。
「あう……っ」
「はぁ、ちゃた……」
乱暴に腰を掴まれて、グイグイと奥まで侵入される。
「あ、あっ……ストップ!そ、そこ……っ」
何かに当たるような感じで、侵入が止まった。でもまだ多分半分くらいしか入ってない。
「待っ……くる、し……っく、あっ!!」
すると不意にグッと揺すられて、腹を突かれた反動で勝手にでかい声が出た。
「待、あっあ!待て、って!ふっ、あっ!」
突かれるたびに勝手に声が出る。自分の情けない声を聞きたくなくて、どうせこいつは言ったって止まらないんだからと俺は口を閉じた。
「んっ、う、ぐっ」
「うまく入んない」
「ぅわっ!」
グルッと視界が反転して、うつ伏せにされた事に遅れて気付いた。そして間髪入れずに今度は後ろからまた挿入される。
「っく……!うっ、う……!!」
角度が変わって、さっきより奥まで入ってきた。
「は、あ、うぅっ……待て、ショットぉ……!」
「むり」
ズルっと引き抜かれて、息をつく暇もなく今度こそ一番奥まで一気に貫かれた。
「ぅあ……あ、あぁっ!!」
腰を掴む手に力が篭って、爪が食い込む。
「い、たっあっ、あ、あっ」
力任せに揺さぶられて開いたままの口から情けない声が漏れるけど、息が苦しくて閉じれない。ローションのせいでグチュグチュと腰同士がぶつかる音が滅茶苦茶に響き渡った。
「あっ、はぁっ」
勝手に生理的な涙がボロボロとこぼれて、だんだん視界が滲んでいって……。
***
「ぐぇっ」
それからは気を失ってたみたいで、ショットがのしかかってきた重みで潰されて目が覚めた。
「はぁ……はぁっ……」
「……どけ、ショット、重い」
そんで抜け。と言うと素直に体を離してふにゃちんが俺の中から抜けていった。
「うぅ」
抜ける感じが気持ち悪くて鳥肌が立つ。血とか汗とかで汚い毛布に倒れこむと抱き起こされた。
「ちゃた、生きてる?」
「ああ……死ぬかと思ったけど」
全身が弛緩してるような感覚で力が入らない。フルマラソンを走った後みたいに息も落ち着かなかった。
「つ、疲れた……」
「ちゃた、きもちかった」
「そりゃ良かった」
目に見える範囲だけでも、手首は紫色に鬱血してるし、腕も腹も足も噛み傷だらけだ。こいつは獣か。
「うー……」
首もひどい事になってるんだろう。ジンジンと痛む。触るのも怖くて、目を閉じて現実逃避した。
「はぁ……フロ……連れてって」
***
「いででで」
どこもかしこも痛い。そんでダルい。腕が重い。
「疲れた……まじで……」
壁にもたれながらなんとか体を洗ってシャワーを止める。服を着るのすら億劫で、パンツだけ履いてベッドに倒れこんだ。ショットはどこだ?と思って目だけで探すとキッチンの方から歩いてきた。
「ショット?」
「ちゃた顔色わるいから、みず」
「ま……まじか」
普通に考えたら、傷の手当て、後片付け、看病までして欲しい所だが、こいつのことだから何一つ当然のごとく期待していなかった俺にとって"あのショットが俺の体調を心配して水を汲んできた"という事実があまりにも衝撃だった。
「ありがと……」
と言いつつ、腕が疲労と痛みでプルプル震えて起き上がれない。折れてないだろうな、これ。なんとか苦労して起き上がるとコップを手渡される。
「……ありがと」
もう一度礼を言うとご機嫌そうにニッコリと笑いやがるから俺もちょっと笑った。
「うわっ」
さて寝ようと思ったら、シャワーで温まったせいで血管が開いたのか、身体中の傷という傷からジワジワと血が滲んでいた。ベッドシーツも赤く汚れている。
「あーやっちまった……明日考えよ」
と言っても、もうすぐ日の出の時間だ。
一緒に帰ろう
▼10 見たくない、聞きたくない
会うなり、リドルは俺を見て「うげっ」と言った。
「なんだよ」
「野生動物に襲われたって訳じゃないんだろうな」
「残念ながら人間だよ」
うわーっと叫んでしゃがみ込んだバカを相手してる余裕はない。身体中が筋肉痛やら謎の痛みやらで酷い状態だ。シドニーを送って行った帰り道、リドルに会っちまったのだった。
"あれ"から丸一日経ってようやく立ち上がれるようにはなったものの、首は鬱血だらけだし噛み跡だらけだし、手も麻痺してるみたいにうまく動かないし声はカスカスだ。
ちなみに、昨日はシドニーを送ってもいけなくて一日中看病してもらってた。喧嘩したって言っといたけど、「そっかそっか!」と笑われてガックリだ。
「……はっ!もしかして、俺が教えたからか!?」
「今更かよ」
あー痛ぇと言いつつも別に怒ってはいない。むしろ感謝してる。想像の20倍は怪我したけど、正直俺は痛いし苦しいし、ちっとも気持ちよくも無かったけど、そういうんじゃなくて、そりゃ……望んでた事だし。
「あっ」
気を抜いたらカクンと膝の力が抜けちまって、地面に手をつくとリドルが駆け寄ってきた。
「おい!茶太郎、お前まじで大丈夫かよ!?」
「いっ……!!」
立ち上がらせようと握られた手首が痛すぎて振りほどくことさえできずに唸って耐えるとすぐに離される。
「わっ悪い、ここもやられたのか」
許可もなくサッと袖を捲られて、変色して腫れてる手首が晒された。
「おいこれ、折れて」
「いいから放っとけって」
「……!!そっちも見せてみろ!ああ、てか、来い!」
乱暴に肩に担がれて焦る。
「あっ、うわ、おい!てめ……こら、リドル!!」
力の篭っていない抵抗をしてもさすが元警官の体はビクともしなかった。
***
「ほら全部見せろ、ちゃんと手当するから」
「逃げねぇからそんな威圧すんなよ……」
案の定リドルの部屋に連れて来られてイスに座らされた。俺が逃げねぇからと繰り返すとムスッとした顔で救急箱を持って来る。
「とりあえず手首にはこれ」
氷を渡されて両手首に押し当てると首にも冷たいモノが当てられた。
「わっ」
「悪い、沁みたか」
「いや、ビックリしただけ」
もう傷は塞がり始めてパリパリになってるし。
「……本当に酷いな」
痛ましいモノでも見るかのように呟かれて思わずため息が出る。
「手首は?」
「折れてはいねぇよ、多分……ヒビかな」
とはいえ安静にできる環境でも無いし、なかなか治らないだろうなと肩を落とす。
「……なんで、こんな事するんだよ」
「別にあいつも俺の事を殺すつもりで怪我させたんじゃねえし。ただ、加減を知らなくて」
「それでもさ」
優しく腕を撫でられて、痛くない人肌との接触に不本意ながらホッと息を吐いた。
「……俺だったら……絶対に優しくしたいよ」
無理やり襲おうとして言えることじゃねぇけど、と笑ってリドルは立ち上がった。
「送ってく」
***
部屋に着くとまだ午前中なのに珍しくショットが起きていた。リドルと一緒にいる俺を見るなり乱暴に腕を引き寄せられて、反応も間に合わずにドタッと床に転がる。
「うわっ、あ!」
咄嗟に手をついてしまって、一瞬だけ左手首に全体重がのしかかった。明らかに今までと違う痛みに 蹲 る。ああ、折れたかも。
「っぐ、ぅ……!!」
「おい!!」
ショットは駆け寄って来ようとしたリドルの前に立ち塞がって威嚇するように睨みつけた。
「ちゃたに触るな」
「テメー何を考えてんだ、怪我人だぞ!!」
いつもはすぐに引き下がるリドルが珍しくショットを押し退けて駆け寄って来た。
「茶太郎っ、大丈夫か?どこが痛い?」
「はっ、はぁっ……ひだ、り……クソ、あー……折れた、っかも……」
痛みのショックで冷や汗が出て、息が苦しくなる。勝手に涙も出てきたけど、なんとか耐えた。リドルの手が落ち着かせるように背中に触れた瞬間、俺はショットに首根っこを掴まれて、リドルは反対側に蹴り倒される。
「ちゃたに触るな!」
「お前……っいい加減にしろ!!痛がってんだろ!!」
凄い剣幕でブチ切れたリドルにショットは勢いを削がれて少し冷静になったみたいだ。こいつにこんな風に扱われ慣れ過ぎていた俺も「そんな怒ることか?」とビックリしてしまう。
「茶太郎はモノじゃねぇんだよ!生きてて、お前みたいな馬鹿力が雑に触れたら傷がつく!お前に乱暴に扱われて、ちゃんと見ろよ、あちこちボロボロだ!そんなに好きなんだったら……何よりも大切にしろよ!!」
パッと振り返ったショットと目が合って、その目が心配そうに見えて、気が緩んだのか俺は思わずポロポロと泣いてしまった。
「あ……っ?や、こ、これは別に」
「ちゃた、泣いてる」
サッとしゃがんだショットが慌てたようにグイッと俺の手首を掴んだ。
「う、い……っ!」
耐えたつもりだったけどビクッと体が反応してしまって、驚いたように手を離される。
「ご、ごめん、ちゃた、痛い?」
「ショット」
「どこが痛い?ごめん、ちゃた、泣いたら嫌だ」
「だ、大丈夫だから、ちょっと待て」
涙が流れ出したら止まらなくなっちまって、恥ずかしくて顔を伏せた。
「茶太郎、ちゃんと病院に行こう」
気遣うように肩に触れられて、そっと引き寄せられた。リドルの肩に頭を預けるような体制になって、思わず安心する。
「連れてくぞ、いいな。このまま放っておくと変に治って、手が元通りに動かなくなるかもしれない」
「ちゃた……」
聞いたことのない、ショットの不安で堪らないって声。 「よく見ろ、ブラッドレイ、お前がやったんだぞ!この腕も、首も!お前が茶太郎を泣かせてるんだぞ!!」
「リドル、いいから」
正直、今は早く病院に連れて行って欲しかった。
「ちゃたぁ」
「ごめんなショット、すぐ帰るから」
待ってろよと言い聞かせて、リドルに肩を借りて部屋を後にした。
***
ゲートの中には病院もちゃんとあるけど、世の果てみたいな歓楽街なわけだから医者にかかる人間のパターンも知れている。
「熱烈なお相手なんですな」
呆れたように傷の手当てをしながら「ま、ほどほどに楽しみなさいよ」と言われて何も言い返せず羞恥に頷く。見せられたレントゲンでは手首の骨を横断するヒビが入ってた。
「少しだけズレていますな。折れた後に手を付いたりされましたか?」
「……あー、はい」
「あなたね、DVはしてる側もされてる側も依存になるんですから、早めに別れなさいね」
ズバズバ言う人だな!と思いながらも全く反論できないから黙っておいた。
▼11 大切にしろよ ※R18
あれから2ヶ月くらい経って、ポッキリ折れてた左手首もようやく繋がる頃、ここ数日ずっと姿を見せなかったショットがフラリと帰ってきた。
「あ、とと!」
「おいシドニー、まだ髪濡れてるから」
「見て見てこれ」
シドニーは嬉しそうに机に置いてあったテスト用紙を手に取る。
「100点とった!」
「すごい」
親バカみたいで恥ずかしいから口にしたことは無いが、シドニーは頭が良い。何でもすぐに覚えるし、ひとつ教えたら応用もできる。
「この問題みんな間違えたんだよ!ここがね……」
ショットは椅子に座って、シドニーを膝に乗せてやって話を聞いていた。
「でも俺、この言葉がよくわからないまま問題を解いちゃったんだよなー、これってどういう意味?」
シドニーが指差したのは「後悔する」という単語だった。
「おれ、もじ読めないから」
「とと読めないの!?」
「うん」
ほとんどまともに学校に行ったことが無い上に、元々の頭も悪いんだしな。そんな人間がいるなんて、というくらいに驚いているシドニーがおかしくて笑う。
「ちゃんと学校に通えて、文字を教えてもらえる事を有り難く思えよ?」
***
テストで良い点を取った所にショットが帰って来て構ってもらえて、ずっとはしゃいでいたシドニーは唐突にエネルギーが切れたようにショットの膝の上で寝てしまった。
「急に寝たな」
「こどもだから」
「お前が言うと笑える」
ベッドに運ぼうと手を伸ばすとやんわりと止められる。いつもなら何かある時は遠慮ない力加減で適当に掴まれるのに、その仕草に驚いた。
「ど……どした?ショット」
「ちゃた、まだ手痛いと思ったから」
おれが運ぶ、という事なんだろう。シドニーを抱き上げるとガガガと雑な音を立てながらイスを動かして立ち上がり、ショットは寝室へ入って行った。
こいつに気を遣われたりするのに慣れてなさすぎて、行き場のなくなった手をどうすれば良いか悩む。
「……ちゃた?」
俺がまだ戸惑っているとさっさと戻って来たショットに変な目で見られた。こいつに変な目で見られたら人間終わりだ。
「なに」
少しだけ笑って首を傾げる仕草がなんか可愛くて、ついキスでもしてやろうと近寄ると予想外に逃げられた。
「おい、なんで逃げるんだよ」
「だって、おれ力つよいから」
ショットの言葉に思わず笑うとブスくれて睨まれる。もしかして、この2ヶ月ちっとも触れてこなかったのはリドルに言われた事をずっと気にしてたからなのか?
「はは、もういいから、そんな事」
手を伸ばすと今度は逃げられなかった。不機嫌そうな頰に両手を添えて、引き寄せてキスをする。
「痛い時は言うから」
「……うん」
***
お互いに慌ててシャワーを浴びてきたから、触れた前髪から水滴が滴り落ちるけど、当然のように気にも留めない。
「……ん、ん」
久々に触れる体温にすぐ頭がぼやけてしまって、俺は後で思い出して恥ずかしくなるだろうなって思いつつも、甘えた言動が我慢できなかった。
「ん……ショット、早く、もっと」
「ちゃた、待って」
「待てない」
前は一方的に攻められるばっかだったけど、今回はおどおどビクビクしてるショットを俺が攻める形になって、正直すげー興奮した。耳を甘噛みしてから、首筋に舌を這わす。
「ん、ふ……こしょばい」
そのまま鎖骨の近くに軽く吸い付いてみると腰に回された手がピクッと反応した。
「っは……う」
「お前、そんな可愛い声出せるのな」
ショットが感じてんのが嬉しくて、もどかしいくらいの刺激を何度も繰り返す。でも調子に乗ってるとスルッと服の中に入ってきた手に腰を撫でられて思わず反応してしまった。
「あ、あっ、待て、今は俺が」
「おれも触りたい」
あっという間にショットの両手が服の中に入ってきて、主導権を握られてしまう。前回とは打って変わって痛くしないようにと気をつけているんだろう、触れるか触れないかくらいの優しさで身体中を撫でられて、絶妙な擽ったさに声が……。
「は、あっあ……あっ」
腰や背筋に指が触れる度に体が勝手に飛び跳ねてしまう。ショットはそれを面白がるようにやめてくれない。
「やめっ……あ、あっ、ぁう……っ」
ショットの首に縋るような格好で刺激に耐えていると耳を甘噛みされた。
「……っ」
一瞬その後に続く痛みを覚悟して反射的に体を硬直させたけど、そのまま優しく舐められて驚く。
「はぁ……っ、あっ待っ」
「ちゃた」
ちゅうちゅうと首筋に何度も吸い付かれて、ただそれだけなのに、めちゃくちゃ気持ち良くて。
「あ、あぁっ、ぅ……く……っ」
「ちゃた、きもちー?」
両腕を掴まれて、ゆっくりと仰向けに倒される。
「……気持ち……っ良い……」
改めて聞かれて改めて答えるなんて恥ずかしすぎたけど、ショットが不安そうだったからちゃんと答えた。
「そっか」
「うわっ!」
ガバッと服をめくり上げられて、慌てて腕を引き抜く。その直後にまた首筋に熱い舌が押し付けられた。
「あっ!んん……!」
でかい声が出てしまって慌てて口を閉じるけど、あちこち撫でられて、舐められて吸われて、どんどん理性が擦り切れていく。
全身が性感帯になってしまったみたいに、どこに触られても勝手に体がビクビクと震えて止まらない。
「は、ぁ……あっ」
「ちゃた、かわいい」
「ばか、お前、も……しつこ……」
その指が軽く俺の乳首に触れたけど、なんとなく変な感じがするだけだ。
「ちゃた、ここは?固くなってる」
「ん……え、別に何にも……」
でも次の瞬間そこに赤ん坊みたいに吸い付かれて、視覚的なモノがやばかった。
――俺の胸にショットが吸い付いてる。
そう自覚した瞬間、ゾクゾクと背筋に痺れるような感覚が走った。
「や、めっ……あ、あっ!」
俺の反応を楽しむように、ショットはわざとピチャピチャ下品な音を立てて攻め立ててくる。
「……はっ!あ……!!」
やばい、なんか、感じてきたかも。
「す、ストップ、待て、ショット!」
慌てて止めさせようと手を伸ばしたけど、止める前に反対側に触れられて、誤魔化しようもなく感じてしまった。
「あ、あぁ……っあ、ん、く……っ!!」
そんな所で感じてしまったのが妙に恥ずかしくて、腕で顔を隠す。
「はぁ、ちゃた……っ、どうしよ、かわいい、ちゃた」
「や……やめ……」
「かわいー」
顔見せて。と何回も頼まれて顔から火が出そうだったけど、こいつは諦めないなと観念して腕を下ろすと興奮してオスの顔をしてるショットと目が合った。
そうしたらもう、悔しいけど、抱かれたいと思っちまったんだ。
「も……っ、いいから……」
***
もういいと言ったのに、あれから20分経ってもまだショットは俺を攻めるのを止めてくれない。そろそろ頭が溶けちまいそうだ。吐息が触れるだけでも全身が反応してしまう。
「あっ、あ、ショット……っ」
いつのまにか俺だけが全裸に剥かれてて、ショットは上さえも脱いでないのに。
「も、いいって……ぇ」
散々ローションで慣らされて後ろもグズグズになってるのに、ショットはまだ不安そうに愛撫を続けようとする。
「あ……う、ぅ……!もう、止め」
「ちゃた、すごい開いてる」
「あっあ……!そこ、やばい、からっ」
腹側を押すように指をグッと押し入れられて、気持ちいいのに、物足りない。もっと、奥……。もっと……。
「はぁ……も、早く……!」
うつ伏せになって両手で広げるようにしながら懇願したら、ゴムを着けてるのかしばらくゴソゴソと背後で動く気配がしてから、ようやくショットのモノがゆっくりと押し入ってきた。
「あ、あぁ……っ!あ……!!」
久しぶりの感覚に目の前がチカチカする。腹の中いっぱいに異物感が広がって、熱くて、苦しくて。
「あぅ……う……っ」
「はぁ、はぁっ……ちゃた、きもち……」
後ろから抱き込まれて腰と腰がくっついた。 「腹……ん中、あつ……」
ショットのが入ってる。溶けた頭で、半分寝言みたいにそう呟いた。腹を手で触ってみる。挿入の違和感にはまだ慣れないけど、この中に今ショットのが入ってんだと思うとめちゃくちゃに興奮した。
「や、ば」
「う……ちゃた、動いていい?」
頷くとグッと腰を押し込まれる。
「は、う」
「ちゃた」
「うっ、ぐ……」
首筋にショットの荒い息がかかって、こいつも余裕なくなって来たな、とか考えてると奥まで入ってたモノが一気に引き抜かれた。
「あぁ、あ……っあ……」
ゆっくりとピストンされて、揺さぶられて、こんな屈辱的な格好ないって思うのに、違和感だけじゃなくて、ちゃんと気持ち良くて。
「あっ、あっ、あぁっ」
開きっぱなしの口から腹を突かれるたびに勝手に声が出てしまうけど、気持ち良すぎて耐えられない。
「あっ、はう……っ」
少しずつ動きが早くなって、腰がぶつかるたびにパチュパチュと音が響く。だんだん腰を掴む手の力も強くなってきたけど、今はそれすら快感の元にしかならない。
「あ……!あ、っく……ぅ……!」
どうしよう、気持ちいい。気持ちいい。それしか考えられない。グズグズに溶かされて、焦らされて、ようやく身体中が満たされて、こんなにされたら、もう……。
なぜか勝手に涙が出てきて、止められずに喘ぎながら泣いてると急にショットの動きが止まった。
「ちゃた!?」
「っあ……なに」
ズルッと名残もなく繋がってたモノを引き抜かれて物足りなく感じる。でもショットはそれどころじゃないって顔で、俺は肩を掴まれて仰向けに寝かされた。
「どっか痛い!?なんで泣いてる?」
「あっいや、ちが……っこれは」
ちゅ、ちゅと溢れた涙に吸い付かれてちょっと照れる。
「……その……気持ち、良くて」
「ほんと?」
「本当だからっ……早く、もっと」
強請 るとグイッと両足を持ち上げられて、すげぇ格好で挿入された。真上から体重をかけられて、目の前がチカチカする。
「あ、あ、ふか……っ」
「っく……ちゃた」
「う、っあ!ぁあっ!」
繋がってる所が丸見えで、目をそらしたいのに衝撃的すぎて思わず見てしまう。
「はっ、あっショット……っ、あっ、イキそ……」
また涙が出てきてもショットは止まらなくて、むしろ興奮が増したような顔をしてしがみついてきた。
「はぁっ……ちゃた、ちゃたろ……」
グルル、と耳元でショットの喉が鳴って、興奮しすぎて唸るって本当に獣だなこいつはと笑えてくる。必死な顔を見てやろうと首を捻ると、衝動を 堪 えるように自分の腕に噛みついてるのが見えた。
「ふっ、う……あっ、ショット、ここなら、噛んでっ、いい」
傷がない辺りを指差して見せると即座にガブリと噛み付かれて、俺マゾじゃないハズなんだけど、痛みを感じた瞬間に達してしまった。
「あっ!ひっあ、あっ……あーっ」
腰を持ち上げられてる格好のせいで、自分の精液が胸元にかかっちまったけど、身体中に力が入らなくてもうどうでもいいと思う。
「ちゃた……ぁ」
「うっ、く……っも、むり……」
「おれもいきそう」
「ぅわ!」
更に押しつぶされるような格好で上から押さえつけられて、俺ってこんなに体柔らかかったんだ、とか思ってる余裕さえなく激しく揺さぶられて。
「あ、あっあっ、うっ、ぐ、ぅ……っ」
腹が破れるって思うくらい突かれまくったかと思うと、中でショットのがビクビクと何回か震えて、それに合わせて腰をグイグイ押し沈められた。
「っう……く、う……っん……」
「はっ、はぁっ、はぁ……っ」
本能って感じだな。どんなに奥深く種付けしても俺は孕まねえけど。てかゴムしてるし。
「はぁ……うー……」
「重いって」
早くどけ、と肩を押すと素直に離れて隣に寝転がった。
「……ごめん、ちゃた」
「なんで謝んの」
「またケガさせた」
肩に触れられて、血が出てた事に気付く。
「別にいいって」
いいって言ってんのに、落ち込んだ顔をしやがるから頭を撫でてやる。
「ちゃんと気持ち良かったから」
笑うとガバッと抱きつかれて、汗が冷えた体はちょっと冷たかった。
「ちゃた、すき」
「知ってる」
「すげー好き。大事にする」
「恥ずかしい事をシラフで言うなって」
しかもちんこ丸出しでな。と言うとようやくショットも笑った。
▼12 都会へ行こう 1/5
「シドニー、都会の方に行ってみるか」
「え!ほんと?」
シドニーが夏休みに入って退屈そうにしてたから、前にそんな話をチラリとした事を思い出して誘ってみた。
埃を被らせてばかりだったスラックスとシャツを久しぶりに引っ張り出して、袖を通す。ちょっとヨレてるけど、まあ放置してたわりにはマシだろう。一応昨晩から干しといてよかった。
「どうやって行くの?」
「スラムの東側に駅があるだろ?そっから電車でずっと行くんだ」
歯を磨いてたシドニーの頬にキスをして抱き上げるとキャアと楽しそうな声が上がる。
「めちゃくちゃ久しぶりだ。どこ連れて行こっかな」
動物園、水族館、遊園地。でかいスクリーンでゆったりと映画を見るのも悪くない。俺の実家で何泊かして、やりたい事全部、行きたい所全部、遊び回ろうか。
二人でああでもない、こうでもないとわーわー話してると珍しくショットが起き出してきた。
「ちゃた、どっか行く?」
「うるせえ甲斐性なし」
「かいしょ?」
舌を出してべーっと言ってやると、俺が腕に抱いてるシドニーの目を左手で覆ってそれに食いついてきやがった。
「……っん!?っんんん!!」
右手で腰を抱かれてて逃げられねえ。ってか、本気で逃げようとしてない俺も重症なんだよな。
「おれも行く」
解放されるなり飛び込んできた言葉に思わず聞き返す。
「っは、はあ……?」
「おれも行くう」
駄々をこねるようにシドニーごと引っ付いてきたショットにため息をつく。
「……まあ、いいけどさ……」
***
伸ばしっぱなしの金髪を綺麗に梳かして、義眼と傷を隠すように斜めに流した。服は綺麗めの俺のパーカーとジーンズ。堂々としておけば、まあ大丈夫だろ。と思いつつドキドキしながらゲートへ向かう。
「あれ、茶太郎?珍しいな」
「おー」
ゲートには警察官の常駐する監視塔も"一応"あるからかゲート前はバラック群が無く少し開けてて、水の出てない噴水もある。かつては人で賑わう広場だったんだろう。
この辺りは昔ウロついてたから、顔見知りも多少はいる。
「どこに行くつもりだ、そんな有名人つれて」
「里帰りだよ」
「呑気なトコ水を差すが気をつけろよ、街じゃ未だにそいつの顔写真があちこちに貼られてるんだぜ」
親切な忠告に礼を言って、少しげんなりしつつ駅へ辿り着くと三人分の切符を買った。
「……まずどっかで帽子でも買うか」
シドニーと楽しそうにしているショットを手招いて改札を通る。数年前までは日常的に見ていた駅のホームもなんかすげえ懐かしい。
「首都まで遠いから、寝とけ」
ガラガラの車内に乗り込み、シドニーを膝に乗せた。いつもならこの時間はまだ寝てるショットは座るなり眠そうに大きな欠伸をして、ズシッと俺の肩に凭れてきた。
俺、シドニー、ショットの順で座ればいいんだけど……せっかくならショットの隣がよかったから。なんて、恥ずかしいから言わないけどさ。
「俺、電車って2回目なんだ」
「へえ?」
「母さんが一回だけ、隣町に連れてってくれた」
喋りながらシドニーの柔らかい髪を撫でていると俺もウトウトしてきた。窓の外は天気もいいし、なんかすげー平和な感じだなあ。
スラムから離れるごとに乗り降りが増えて、次第に景色も賑わい出す。
「うわー、でっかい駅が見えてきた!」
俺の上で膝立ちして、シドニーは窓の向こうに見えるビル街を見つめた。
「ああ、ここで降りるからな」
「降りれる?」
「ほとんどの人がここで降りるから、流されるように歩けば降りれる」
ブレーキの感覚がずしっと掛かって、眠っていたショットの頭が俺の首に埋まった。
「そろそろ起きろよ、降りるぞ」
ショット。そう呼ぼうとしてハッとやめた。目に飛び込んできた指名手配の写真。
――セオドール・ブラッドレイ【通称シュート】
今、平和な顔して俺に凭れてる男の顔写真が、目の前に立っている高校生くらいの少女のスマホケースに貼られてた。
「……」
相変わらずの人気だこと。アイドルにでもなりゃよかったんだ。善悪もわからないまま武器なんて手に入れたから。まあ壮絶な人生を背負ってる割に綺麗な顔してるから人気なだけなんだろうけど。
にしても、犯罪者の指名手配写真をスマホケースに貼ってるなんて、流石に変な女だな……と思ってチラリと顔を覗き見るとパチッと目が合っちまった。
「っ……」
すぐにサッと逸らしたけど、何か変な感じがした。でもここで降りなきゃなんねぇから慌ててショットを起こす。
「起きろって、えっと……テッド」
「んあ」
頬をペチペチ叩くとショットは煩わしそうに前髪を分けようとしたから慌ててその手を掴んで止めさせる。
「ほら、降りるぞ」
ふと見上げるとさっきの少女が俺たちの方を見てたからドキッとした。けど、動き始めた人混みに押されて彼女は電車を降りて行ったし、念のために俺は別の扉から二人を連れて駅へと降り立った。
もしかしたら、似てるな……くらいは思われたかもしれねえけど、まさかと思うだろうし、きっと大丈夫だ。はあ、ここまで来るだけでドッと気疲れした。
「さて、とりあえず俺の実家にでも行ってみるか」 久しぶりに家族にも会いたいし。
***
「ちゃた」
久しぶりの都会が不安なのか手を繋いでくるショットに仕方なく応じてやる。公然とこんな行動を取るなんて……俺はこういうの気恥ずかしくて、学生時代のガールフレンドともしたことない。愛情表現してくれない、そういうトコが嫌いってフラれたんだけどな。性分なんだから仕方ないだろ。
せめてシドニーを間に挟めたらいいものの、はしゃぎ回って捕まえられない。ここは危険なスラムでもないから、あまり離れるなよって言うだけに留めた。
「なんでさっき、なまえ」
「お前が有名人だからだよ」
「……"それ"はいやだ」
ショットの本名はセオドール・A・ブラッドレイ。テッドはセオドールの略称。ちなみにミドルネームであるAはアシュリーだってテレビショーでは言われてたハズだ。
こんな人生を歩んでるこいつの本名が|神の贈り物《セオドール》だなんて、皮肉にもほどがあると思う。
「そか、わかった。じゃあテオなら?」
「じゃあちゃたは……たろー?」
「やめろよ」
即座に否定するとなんで?と首を傾げられる。太郎は嫌だ、太郎は。
「あれだ、ジョン・スミス的なやつだ。山田花子、山田太郎」
「えー?」
こんなこと教えたら余計に太郎って呼びやがるに決まってる。あーあ。なんて思いつつ面倒だからどうでもいいや、とも思った。こいつバカだからすぐちゃたに戻ってるだろ。
「たーろ」
「俺は有名人じゃねえから本名で大丈夫なんです」
「なんか食べる」
「もうすぐ家だから我慢しろ」
スルリと絡められた指に慌てて手を離す。
「そうだよ、もうすぐ家だからあんまベタベタすんな。近所に噂が立つだろ」
「じゃあちゅーする」
「なんなんだよ、お前いっつもそんなことしねえじゃん」 無視して進もうとしたけど、乱暴に腕を引かれて立ち止まった。
「おい……」
誰かに見られるかも。そう思いつつどこか不安げなショットが心配で拒みきれず俺たちは路上でキスをした。
「……ほら、行くぞ」
照れ臭くて、まだ元気の無いバカを置いてさっさと歩き出す。まあイヤでも付いてくるだろう。
「ちゃたぁ」
「さっさと歩けよ」
▼13 都会へ行こう 2/5
「茶太郎!?本当に茶太郎なんだね!?」
家の扉を開くと、お手本のような驚き方をしながら母親は俺に抱きついてきた。
「なんで連絡のひとつも寄越さずに!!スラムで殺されたってアンタの会社から連絡が来て、空っぽの棺桶の前で葬式だってしたし、労災と退職金と保険金だってもらっちまったんだからね!」
「それでリフォームしたのか」
「おかげで新築みたいになったよ」
まあ上がりな、と促されて中に入る。
懐かしい気もしたが、中はすっかりリノベーションされて別の家になっていた。そこでやっと母親は俺の背中の子供と後ろに付いてきている男に気付いたかのように目を見開いた。
「その子は?」
「スラムで拾ったんだ、懐かれてさ」
「そっちの人は?」
「テオ、スラムで一緒に暮らしてる……えと、同居人」
「こんにちは」
ショットはたどたどしく挨拶をしてぺこりと頭を下げた。なんだ。挨拶を知ってるのかこいつ。
「ええこんにちは、挨拶が遅れてごめんなさい、茶太郎の母の美代です」
「ミヨ?」
「よろしく」
「どうも」
母親は握手をしようと手を出したが、ショットは俺の後ろにサッと隠れてしまった。
「ごめん、人見知りなんだ」
「あらそう」
面食いな母親は特に気を悪くした様子もなく、ショットをまじまじと観察する。
「とてもスラムで暮らす人には見えないわね、ハリウッドスターみたい」
「ハリウッドみたいな日々を送ってるよ」
「やっぱり危険な場所なのね。どうして帰ってこないの」
やぶ蛇だったなとアゴをかく。
「シドニーを拾っちまったからな……」
「別にいいわよ、連れて来たら。ね、そんな危ない場所で暮らすのはやめて帰ってらっしゃい」
ダイニングに通されて椅子に座る。シドニーはまだよく寝てたから、ソファーに寝かせた。
「あー……でも、こいつと暮らすのも楽しくてさ」
隣に座ったショットを指さすと母親は一瞬考えた。
「……アンタ、スラムでどうやって暮らしてるの?」
「ショ……こいつ、テオがメシとか服とか調達してきてくれるから、俺は家事してる」
「アンタ、そういうのヒモって言うのよ!」
「役割分担してるだけだっつーの!」
「テオさんが危険なスラムで働いてる間、アンタは家でのうのうと……!」
「俺もたまには働きに出てるよ!それにこいつ別に働いてなんか……」
あ、またやぶ蛇だった。慌てて口を噤むけど、母親はコーヒーをドリップしていた手を止めて顔を青くした。
「まさか、泥棒……犯罪……」
「あー!なんていうか、スラムの向こうは自由の国なんだよー!!」
あははー、と笑って見せると思い切りはたかれた。
「スラムの向こうって……アンタ今どこに住んでるのよ!!」
「……ゲ、ゲートの、外……」
母親はポットを置いて包丁を握る。
「ちょ、ちょっとちょっと」
「その人……誰なの?」
「ただの同居人だって!」
「顔をよく見せて!!」
母親が叫んだ瞬間、驚いたシドニーが飛び起きてショットは俺を守るように前に飛び出した。
「待て、ショット!!」
わかってると言いたげに睨まれて立ちすくむ。
「んー、とと……?」
「はぁ……母さん、落ち着いて。そんな包丁1本で勝てる相手じゃないから」
「この家に何をしに来たの!?」
「ただの里帰りだよ、その……連れてきてごめん。ほら、早く包丁を離して」
「脅されてるの?茶太郎、こっちへ来なさい!」
母親が俺に手を伸ばしてきたから咄嗟に避けた。今俺に触られると、ショットが暴れるかもしれない。
「本当にただルームシェアしてるだけの友達なんだ、別にここで暴れさせるつもりもないし、何か盗んでやろうなんて思ってない」
「……」
ショットもやめろ。と後ろから手を掴む。
「ただの里帰りだって、な?」
母さんが何もしなかったら、こいつも何もしないから、ほら、と後ろでその手を纏めて見せる。
「人殺しを家に泊めろって言うの?」
「無理ならモーテルにでも泊まるよ」
「……いいわ、やめなさい、そんな目立つこと……」
母親はようやく包丁を離してくれて、自分を落ち着かせるように淹れたてのコーヒーを飲んだ。
***
「写真で見るよりも何倍も綺麗な顔してるのねぇ」
「本人は自覚無いみたいだけど」
ミーハーな母親はイケメンに弱くて助かった。さすがに対面した時はパニクったみたいだが、今はすっかり慣れて見とれている。
「目の色も珍しくて綺麗ね、 孔雀眼 っていうのかしら?そっちの左目は義眼なの?」
「あんまジロジロ観察するなよ」
「あら、ごめんなさい」
「ととの左の目はいろいろあるんだよ」
俺の膝に座ってミルクを飲みながらシドニーは楽しげに話す。
「普通の青じゃなくて、緑にも見えるから、高いんだ」
「ええほんとに、見る角度で色が違って見えるわ」
「だからジロジロ見るなって……」
慣れない扱いにショットは借りてきた猫のように大人しく固まっている。
「ごめんなさいね、まだ混乱してて……まさか茶太郎が生きてて、あのショットを連れて来るなんて」
おばちゃん殺されても本望だわ、などと気持ち悪いことを言いながら母親は1枚の写真を持ってきた。
「なんだこれ……ショット?」
雑誌か何かの切り抜きらしい、それは返り血を浴びたショットが朝日に照らされてぼんやりしてる写真だった。
「まるで映画のワンシーンじゃない」
「なに切り抜いて保存してんだよ」
「ファンの間では生写真は高額で取引されてるのよ!」
「ファンってなんだよ!知るか!」
俺には腹減ったな……くらいの事しか考えてなさそうに見えるこの写真も、ファンの間では「憂いを帯びた殺人鬼」として人気を博しているらしい。フィクションじゃねえんだぞ。
「あー写真撮って友達に自慢したいわぁ、でも警察に通報しなかったことを咎められるかしら」
「いくらでも撮れば。警察呼ぶと殺すって脅された事にしたらいいんだから」
呆れて席を立つ。俺の部屋に行こうかとシドニーを連れて行こうとしたらショットに腕を掴まれた。
「なんだよ、ショットも行くか?」
こんなうるさいのと二人っきりは嫌だよな、と笑えば母親は何よ。と睨んできた。
「おばちゃん、ごはんなに?」
「シチューのつもりだけど、好きなものはある?」
「こいつ何でも食べるよ」
「アンタには聞いてない」
「この変わり身の早さだよ……さっきまで包丁まで持ち出してショットの事を怖がってたのは誰だっつーの」
ショットはシチュー楽しみだと笑って俺にぴったりくっついてきた。
「おい……」
「ちゃたの部屋、行く」
後ろで母親が気合入れて作るわ!と燃えていたが、無視して廊下を進んだ。
▼14 とと と とーちゃん ※R18
俺の母親は売春婦。父親は薬のバイヤー……かもしれない。もしくはオショクカンリョウ、もしくはそこらのホームレス。もしかしたらちょっと前に死んだゲートの外のコインランドリーの親父かもね。
で、今。俺の面倒を見てくれてるのはセオドール・A・ブラッドレイ……シュートって呼ばれてる悪い人と、山代茶太郎っていう、普通の人。
引き 鉄 さえまともに引けない弱虫な、俺のとーちゃん。シュートはその彼氏で、俺のとと。人類最強の殺人鬼。なんちゃって?
「いってきます!」
「待て待て」
危ないから、と言ってとーちゃんは毎日俺をゲートの内側まで送ってくれる。どうせならととがついてきた方が安全だけど、こんな時間に起きてる姿を見たことがない。
「夏休みはまだなのか?」
「あー、来週からだよ、ちょっと遅いよね」
「夏休みになったらどっか行こうか」
「え、どこどこ?」
「とりあえず都会の方かな」
驚いた。俺、生まれてこのかたスラムか自由都市――無法地帯のコトをここの人たちはそう呼んでるみたい――しか知らないから。
「都会?」
「ああ、首都に行ってみよう。実家にゃ姉もいるんだ。結婚して出て行ってなければ」
子供好きだったから、喜ぶかも。そう言うとーちゃんを見つめる。知らなかった。
「とーちゃん……都会で産まれたの?」
「首都産まれ、首都育ち。エリート大学を出て大手とまではいかねえけど、それなりの企業に就職。んで、ま……、いろいろあって今はこんなトコだ」
でも、悪くねえよ。と呟くとーちゃんはちょっと遠い目をしてて、多分、ととのコトを考えてる。
恋する乙女みたいだ。俺の方が恥ずかしくなっちゃう。
「でも俺……着て行く服がない」
「買えばいいさ、どうせこの辺りじゃいいの売ってねえし、行ったついでに合う服買おう」
「いいの?」
「当たり前だろ。金はあるんだけどよ、ショットはあんなんだろ、一緒に出掛けてくれるお供が出来て嬉しいんだ」
笑うとーちゃんがエリートサラリーマンに見えてきた。うー。
***
「うー……」
「どうしたの?シド」
さらりと長い金髪が視界に入る。
「……新しいとーちゃんができた」
「え、よかったじゃない!」
「俺と別の世界から来たような人なんだ。どうすればいいかわかんなくて」
「難しいのねえ」
呑気なクラスメイトに愚痴ってみてもどうにもならない。
「お父さんってかっこいい?」
「かっこいいよ、ととはね。でもとーちゃんは東の方の顔をしてる」
とーちゃんだってダサくはないけど、ととの方がイケメンって言葉がしっくりくる。
「え、お父さん2人いるの?」
「恋人なんだ、男同士で」
「えーっ!やだー!」
やだ、って言われても困るよ。俺も最初はビックリしたんだから。でも仕方ねえじゃん。子供は大人に育ててもらわなきゃ生きていけねえんだから。
「エッチとかするの?」
「してたよ」
「男同士ってどうやるの?見た?」
おませなシェリー、優しさで返事をすればどんどん突っ込んでくる。俺は知らない、と適当に流してうつ伏せた。
「ねーねー、教えてよ」
「うるさいなー、ちょっとイチャイチャして、違う部屋に行っちゃったからわかんねーよ」
本当は知ってる。気になって寝れなくて、部屋を覗き見てた。ととととーちゃんは裸で抱き合ってて、なんかモゾモゾしてた。でもそれだけ。
噂に聞くお股に"入れる"?みたいなことはなかった。間違いなくあれがエッチなことだったのはわかるけど、シェリーが聞きたがってるモノじゃなかった。
とと達は時々夜中にその部屋に行っちゃうけど、追いかけたのは最初の日だけ。
「かっこいいパパの方が男役?」
「わかんねえって……」
「ねえ、見たい」
驚いた。顔を上げると真剣な表情のシェリーがいた。
「見たい」
***
夜。こっそりアパートを抜け出してゲートまでシェリーを迎えに行った。半分、来ないんじゃないかって思ってたけど至って真剣にシェリーはそこにいて、クリクリの目を月の光に輝かせて立っていた。
二人でドキドキしながら危険な自由都市を駆け抜けて、音を立てないようにコインランドリーの裏手の階段を上った。
とーちゃんたち、どうしてるかな。ゆっくり扉を開いたらそこは空っぽで、カモフラージュに膨らませてた布団もそのままだった。
「……とーちゃん?」
返事もない。俺はドキドキしながらシェリーの手を引いて、前に二人がエッチしてた部屋の方に近寄った。
「シド?」
「しっ」
足が止まる。声が聞こえた。とーちゃんの声だ。
――あ。あっ。あ――
苦しそうな声。シェリーを見たら興味津々って顔をしてた。
「ねえ近付いてみようよ」
「え、うん……」
扉の前までくると、声がもっと鮮明に聞こえてきた。 「あっ……あ、ぁ……はぁっ、あ!」
「ちゃた……っちゃた」
思わずカッと顔が熱くなった。オスの声だ。低くて掠れてて、荒い息を吐くのと一緒に話してるような声。
俺が戸惑ってるのも無視してシェリーはドアをゆっくり開いた。
「……」
「ちょっ……!シェリー?」
「大丈夫よ、夢中で気付きそうにないわ」
手招きされて好奇心に勝てず、一緒に覗き込む。俺は心臓が飛び出るかと思った。薄暗くてあんまり分からないけど、とにかくとーちゃんがととの下に倒れてて、逃げようとするみたいな体制で苦しんでる。
「え?え?」
「へえ……」
「へえって、何あれ、大丈夫なの?」
喧嘩しないで、と止めに入ろうかとシェリーを見ればその目は怪しく光っていた。
「大丈夫よ、ああいうものなの」
「だって……」
「あなた売春婦の子供なのに、何にも知らないのね」
「な、なんだよ……」
もう何言ってるのかわからない。でも、なんとなく二人の様子を見続けてしまった。
「っふぁ……!あ……っ、く、あっ」
「ちゃた、気持ちいい?」
「無理、う……っ、そんな、余裕ねえって、は、ぁっ」
ととが動く度にとーちゃんの足がピクピク痙攣してて、逃げようとしてるのに、ととがその肩に噛み付く。
「あ、ぁあ……、はぁ……!」
とーちゃんの声は泣いてるみたいに聞こえた。辛そう。どうしてそんなに我慢して、そんな変なことするの。なんか変だよ。
「っん……」
「はぁ、あ……ぅ……」
そのうちドサッと二人とも重なったまま倒れこむ。
「はぁ……はぁ……」
で、イヤそうに押さえる手を無視してととはとーちゃんのお腹側に手を回した。今度は何してるんだろう?
「も……やっ、め……」
「おれだけだったから、ちゃたも」
「あ、はっ……あっ……も、いいって……」
今度はそんなに苦しそうじゃないけど、やっぱり嫌そうに見える。
「ちゃた、こっち向いて」
「ふっ、う……ん、シュート……」
そしたら急に二人がキスしたから、何でか凄く恥ずかしくなって思わず声が出た。
「わっ」
「声を出さないで」
シェリーにギロリと睨まれて、慌てて手で口を押さえる。
「ん、んん……」
ととに押さえつけられるような格好のまま、とーちゃんの体がビクビクッと跳ねた。何か痛い事でもあったのかと思ってビックリする。
「っはぁ……はぁっ……!」
「よかった?ちゃた」
「はっ……この、馬鹿……」
二人は裸のまま抱き合って、しばらく息が整わないみたいだった。あんなに辛そうでそんなに疲れるのに、どうして変なことするの?今すぐ聞きたいけど、覗いてるのがバレると怒られそうで怖かった。
「……シェリー、そろそろ戻ろうよ」
「ええ、ありがとう」
何故か大満足してるシェリー。俺にはわからない。知らない、見てみたいなんて言ってたけど、何か知ってるみたいだ、女の子ってちょっと怖い。
***
「シド、あなたのお父さん二人共かっこいいじゃない」
「でもあえて言えばととの方がかっこよかったでしょ」
「ととってどっち?タチ?ネコ?」
「ネコ?」
「あら、あら、やだ、気にしないで……うふふ」
▼15 都会へ行こう 3/5
シドニーは俺の部屋を見て感動しているようだった。
「すっげー!物語の中にある子供部屋みたいだ!」
他の部屋はすっかりリノベーションされているっていうのに、俺の部屋だけは俺がここを出ていった当時そのまま残されていた。少々淡白に感じる所もある親だが、こういう所はやはり親なんだなと思う。
「これなに!?」
「ミニカー、集めるの好きだったんだ」
シドニーの視線の先には棚に並べられたミニカーの数々。持ってってもいいぞ、と言ったが壊すからと手に取らない。
「とーちゃん、ここで寝てたの?」
「中学を出るまではな」
高校からは遠い学校に通うことになったから、叔母の家に住まわせてもらって、そのまま大学からは一人暮らしをしていた。説明するとシドニーはかっこいいと呟いた。
「別にそういいもんでもねえよ」
シドニーとそんな話をしているとずっと大人しくしていたショットがひょこひょこと部屋の壁に近寄るので、何かと思って横まで歩いていく。
「どしたショット?」
「これ、ちゃた?」
そこには俺の小さい頃の写真が貼られていた。うーん、我ながらなんとも可愛い子猿だなと思う。
「おう」
「こっちも?」
横の棚の上に置かれた写真立てを手に取るショット。
「あ、そっちは親父」
答えるとショットは写真と俺をしばらく見比べて何か納得したようにへらっと笑う。
「なんだよ」
「にてる」
言うと思った。苦笑すると首に巻き付かれた。
「お……おいこら、シドが」
「寝た」
気付けば確かにシドニーは俺のベッドに寝転がって眠っていた。
「いい?」
「……ん……」
唇が触れる直前、見計らったようにドアがノックされたので俺は慌ててショットを押しのけた。
「ご飯よ」
「うわぁっ!」
「ちゃた」
「こら、ばか!やめろ!」
壁に頭をぶつけたというのに、しつこくまとわりついてくる腕を必死で 抓 って追い払う。
「んー……とーちゃん?」
「どうかしたの?ケンカしないでよね、いい歳して」
バタバタと攻防を繰り広げてるとドアが開かれて呆れた顔で見つめられた。
「け、ケンカじゃねえよ……こいつがバカなだけ!」
「ちゃたがイジワル」
「ごめんねぇうちの子が」
母親はショットの味方だ。息子が襲われてるっつーのに!などとは言えるはずもなく、不機嫌な顔をして誤魔化す。
「ああもう……ブロッコリー入れんなよな」
「あら、まだ食べられないの?こんな大人になっちゃだめよシドニー」
「オレなんでも食べるよ!」
「偉いわねぇ」
シドニーは母親に抱き上げられて嬉しそうにその首にしがみついた。
***
翌朝、気持ち良さそうに眠りこけているショットを放置して俺とシドニーは近所の公園に散歩しに出かけてきた。遊具を見ては喜び、散歩している犬を見ては喜び、ただの噴水を目にしただけで感動して言葉まで失ってしまったシドニーに俺はむしろ少しだけ悲しくなったが、とにかく嬉しそうな様子には満足だ。
「そろそろ帰ろうか。腹も減ったし、ショットも起きてくるだろ」
「うん!」
午後は大型ショッピングモールに行って買い物でもしようと話していた。
「映画を観るのもありだけどな、いいのやってるかな」
当然シドニーは映画なんて観たことも無いから、好きそうなやつがあれば観せてやりたい。暗闇に巨大なスクリーン、大音量の音響に驚かないかは少し心配だけど。
「あそこなら小さい動物園も入ってたはずだ、シドなら入園料まだ無料かも」
「おれ、ウサギ触ってみたい!」
「よし!んじゃ行くか」
まだ寝てたショットを叩き起こして母親がアジアンマーケットで買ってきたフォーをみんなで食べてから、久しぶりに車のハンドルを握った。
「シートベルトは絶対に着用な」
「ちゃた、おれ"しぼーほけん"入ってない」
「誰がお前に教えてんの?そういうジョーク」
「?」
***
モールに着いた俺たちはまずシドニーの服を買う事にした。ずっとボロボロの服を着てるのが恥ずかしいみたいだったから。
「ごめんな、貸してやるにもサイズがなくて……お前だけずっとその服で」
「いいよ!こんな風に新品の服を買ってもらうなんて初めてなんだもん!」
子供服の店に入ると明らかにウズウズしている様子のシドニーに好きに見てきて良いと言えば嬉しそうに目を輝かせて店内を歩き回り始めた。ここはスラムじゃない。子供が一人で思う存分にはしゃげる世界だ。
「他の人にぶつかるなよー」
「うん!」
俺は俺で気になる物を手に取ってシドニーに似合うだろうかと脳内でイメージする。
「なあコレ良さそうじゃねえ?」
「シドには大きい」
「すぐデカくなるよ、あのくらいのガキは」
こっちも良いな……と隣にかけられてた同じ服の色違いに手を伸ばせば、ショットの腕が後ろから回されて腰を引き寄せられた。そのまま肩に頭を乗せられて、サラリとブロンドが頬に触れる。
「おい、テオ?」
「……」
「どうした」
気分悪いか?と聞いてもふるふると首を振るだけだ。明らかに元気がないが、ついて行くって言ったのはこいつだしな。
「とーちゃん!」
「気に入ったのあったか?」
「うん、これ欲しい!」
「いいよ。これも羽織ってみてくれ」
そうして何着かシドニーの服を選んだ後はショットの目立つ瞳を隠すために伊達メガネを買ったりした。本当はサングラスにするつもりが、あまりにも嫌がったので断念したのだった。
買い物が落ち着いたら次はロッカーに荷物を全部預けてモール内にある室内動物園へ行くことにした。
「ライオンいる!?」
「そんな大きいのはいないんだ。でもウサギと触れ合えるぞ」
期待してる割には小規模でガッカリしないかと心配だったが、ショットもシドニーも小動物とのふれあいコーナーで大いに楽しめたようだった。
「テオ、お前は粗雑なんだから触るなよ。そっと膝に乗せるだけな」
「うん」
「とと、可愛いね!」
「うん」
そもそもショットの近くには寄ってさえ来ないんじゃないかと少し思っていたが、意外にも動物に好かれるタイプだったみたいで気付けば取り囲まれていた。
「こいつちゃたに似てる」
「どいつ?」
「これ」
手のひらサイズの小さな霊長類を指差すショットの頭をスパンと叩くと「おれコイツかわいいと思ったのに」と文句を言われたが、シドニーがケラケラ笑うので睨みつけておいた。
***
レストランで食事をしてから家に帰り、シドニーをゲストルームへ寝かしつけた俺たちは少し夜風に当たるため外へ出た。
「……なあ」
「んー」
「お前、やっぱちょっと変だよ」
長旅で疲れたか?と聞いても首を振るだけだ。話したくないなら無理に聞こうとは思わないが、こいつに隠し事をする脳なんか無いに決まってる。
「うまく文章にならなくていいから、感じてる事そのまま言ってみろ」
街灯の下を歩きながらその横顔をチラリと見る。相変わらず元気が無さそうだ。
「……おれ、ここいやだ」
「ここ?俺の家か?」
「ちがう。ちゃたが行くとこ、ついて行こうと思った。でも」
言葉を探すように立ち止まったショットに合わせて俺も足を止める。
「なんか、なんか……いやな気持ちになる」
「もしかして……俺がテッドって呼んだせいか?」
ここへ来る途中、あの後からこいつの元気が無くなったような気がして聞いてみた。
「……」
「そうなんだな」
何かを思い出しているのか、ショットは無言のまましばらく固まっていたかと思うと両耳に手を当てた。
テッド……セオドールという名前なら、親にもテッドと呼ばれていた可能性は高い。リドルと初めて会った時にフルネームを叫ばれてブチ切れていた様子からしても、こいつにとって"名前"というのは深い記憶を呼び起こすトリガーになっているんだろう。
少し考えればわかっただろうに、軽率に愛称を口にした事を謝りたいと思った。
「……テオ、その」
「そこのお前たち、こんな時間になにをしてる」
「っ!!」
――しまった、こんな時に。見回りの警察官だ。
「あ……あの、すぐそこの家の者なんですけど、酔い覚ましに歩いてて」
「身分証明書は」
「今ほんとに手ぶらなんです、あの角の家です」
こいつ酔っちゃってて……とショットの肩を引き寄せて俺に凭れさせる。頼む、頼むからじっとしててくれ。心臓がバクバクで手汗が滲んでくる。
「……二人とも若そうだな。早く家に戻りなさい。夜遊びはほどほどに」
「は、はぁい、すみません……」
警察官は俺たちが家に入るまでじっとこちらを見ていたが、本当に俺がその家の扉を開けて中に入るのを確認するとそれ以上は追及して来なかった。
「……っはぁ……!!心臓に悪い……!」
「……」
ドッと全身から冷や汗が噴き出す。隣のショットを見るとさっきまでの元気のなさとはまた違う空気を纏っていて、その目は完全に据わっている。そう……明らかにショットは"イラついている"ようだった。
どうもこれはまずいことになったなと思いながら、俺はショットに胸ぐらを掴まれて部屋へ連れ込まれるのだった。
▼16 都会へ行こう 4/5 ※R18
部屋に入るなり床に投げられて、受け身も取れずにドタッと転がった。このバカに今どれくらい理性が残ってるのかは分からないが、とにかく後ろ手にドアを閉めるくらいは出来たらしい。
「……待て、シーツだけ取らせてくれ」
シャツを脱ぎ捨てながら近寄ってくるショットに起きあがろうとしながら静止の声をかけるが、靴を履いたままの足で腹を踏みつけられる。
「う……っ」
とにかくされるがまま大人しく床に背中をつけ、抵抗する気はないと示したけど、食ったもんが逆流しそうになって口を手で押さえた。
「う、ぐっ……ショット、逃げねえ……から」
足は退けられたけど今度は髪の毛を鷲掴みにして無理やり起こされて、首が変に捻れた。小動物くらいならひと睨みで殺せそうな眼光に、さすがに「怖い」と思う。
「ちゃた……脱いで。おれ、やぶっちゃうから」
「わかった」
でもショットの口から人間の言葉が出てきた事に少しだけ安堵した。まだ喋れるだけの理性はあるらしい。
シャツのボタンを外している間、ショットは俺の首に顔を埋めて匂いを嗅いでるようだった。今日一日あちこち出かけて風呂入ってないから色んなニオイがすると思う。
「……いっ……!」
熱い舌が押し付けられて、無遠慮に噛みつかれた。首の中の筋が抉れるような感覚がして体が反射的に逃げかけたが、余計に酷くされると知っているから動かずに耐える。
「はっ……はぁっ、ショット……い、痛……い」
「……」
「服……っ脱ぐ、から……」
「うん」
首が締まって喋りにくい。もう一度「痛い」と言えばゆっくりと離された。シャツを脱ぎながら軽く首に触れてみたけど、まだ血は出てなかった。
とはいえ、今夜は怪我は避けられないだろう。それどころかもはや明日の朝に生きてたら御の字だと思おう。それから床やシーツは洗えるけど、血がついたら誤魔化せないマットレスを汚さないかどうかだけが今の俺の心配事だった。
床に押し付けられて足や背中が痛いくらい今更どうだっていい。どうせ何も分からなくなるに決まってんだ。
「っあ、ぅわ!!」
「はやく」
「待っ」
立ち上がってズボンのファスナーを下ろしているとまた髪を引っ張られてベッドに上半身だけうつ伏せで投げ出された。そしてまだ靴も脱いでないのに、無理やりズボンも下着もずり下される。
「ちょっ、靴!このままじゃ足抜けねぇって!」
そう叫んでも声はマットレスに吸い込まれる。グイグイと頭をベッドに押し沈められて息ができない。
乱暴に靴ごと全部引き抜かれたかと思うと肩を掴んで仰向けに転がされて、間髪入れず顔の真横にショットの苛立ちに任せた拳が叩き込まれて背筋が凍った。こんな風に顔面を殴られたら間違いなく鼻が潰れるだろう。
「っあ、ぐ……!!」
真正面から喉元に噛みつかれて、喉仏がゴリゴリと音を立てた。息が詰まる。今のショットは興奮にも疲労にも、感じる刺激の全てにイラつくらしい。
平常時でさえ俺がこいつに敵うわけもないけど、それでもなんとかして気持ちが落ち着くまではガレージに閉じ込めるべきだったかもなと少し後悔した。
それでも顔面を殴られないだけまだ俺は大切にされてるなと思ってしまう辺り、こいつに対する期待値の低さが我ながら笑える。
「は、……っは、ぁ……!」
とにかく噛まれている場所と掴まれてる肩が痛すぎて今自分がどうなっているのか分からない。息が出来ないから当然声も出ないし、血が頭に巡ってないような感じがする……と思った瞬間に視界がグルンと回転して俺は意識を失った。
次にハッと目を覚ますと俺は床に倒されてて、ついでに左顔面が灼けるように痛くて鼻血がダラダラ流れてた。
「うっ、あ……っ?」
さっき喉を噛み潰されたせいで、息を吸うたびにヒュウヒュウと不快な音が鳴るし、声がガラガラになっていた。酸欠なのか頭があんま働かなくて、とりあえず地面に手をついて起きあがろうとすると後ろから羽交締めにされる。
「ショッ……ん、あっ?あっ、あっ」
なんか勝手に声が出ると思ったら、俺は四つん這いでショットのをハラん中にぶち込まれてて、滅茶苦茶に犯されてた。絶対にケツ切れてると思うけど、他の所が痛すぎてよくわかんねえ事だけが救いだ。
「ん、ん……ぅ」
上半身を起こされて膝立ち状態で後ろから首元に噛みつかれるとブツブツッと皮膚の裂ける感覚がした後にぬるい血が首から肩を伝って腕を流れていく。
痺れててあんま感覚が無かったけど俺の手はすっかり血だらけになってて、これは後片付けが大変だぞ……なんて、絶対にそんな事を考えてる場合じゃないのに妙に呑気に思った。
「ふ、う……っ、く……っ」
腰にショットの爪が食い込んで、腹の奥まで打ち付けられる。ああ、中に出されてる。こんな事になるだなんて思ってなかったからゴムもローションも持って来てねえし、持って来てたとしても今のショットに使わせるのはどうせ無理だっただろう。
痛くて苦しくて、酷い血の匂いにぐらぐらした。俺いまどんな顔してんだろ……。
「あ、あ……う……」
朦朧としてる俺とは反対にふうふうとショットの興奮した息遣いが耳元で聞こえきて、どうやらまだまだ終わりそうにないなと気が遠くなった。
さっきイッたハズだけど完勃ちのままのソレが出入りする度に中に出された精液が溢れて足を伝ってくのを感じる。いや、血かもしれねえけど。
休む間もなく揺さぶられ続けて、体を起こしていられなくて後ろのショットに凭れかかると壁に叩きつけられた。
「うぁっ、あ!!」
歯が欠けたんじゃと不安になったが無事でホッとしたのも束の間、そのまま壁に押し付けられる格好になる。
「はぁ、あっ、はぁっ……は、ショット、ショ……ッ」
「……ちゃた」
「あ、ぁ……っ?はぁ、ショット……?」
不意に名前を呼ばれたかと思うとズルリとペニスが抜けていって、正気に戻ったのかと期待した。けど、また床に引き倒されて足を開かされて今度は正面から挿入された。
「あっ、ぐぅ……っ!」
「ちゃた……ちゃた」
「あっあ、あっ!ぅああっ!」
角度が変わって、イイ所に当たる。さっきまでは感じる余裕なんか無かったし、今だってもう死ぬ、まじで殺されるって思ってんのに、俺のモノも勃起してきた。本能ってやべぇ。
「ひ……っ、ぐ、うっ……!」
「はぁ、きもち……ちゃた」
「そ、かよ……っ!う、ぁあっ!」
ショットの頭にしがみつくような格好で激しすぎるピストンに耐える。母親の寝室もシドニーが寝てるゲストルームもここから離れてるからある程度の音は心配しなくてもいいが、ともすれば絶叫してしまいそうだった。
理性が擦り切れてく。痛い、気持ちいい、怖い、死ぬ、苦しい、辛い。気持ちいい、気持ちいい。
「あっあ、あぁ……はぁ、あ、う……っ」
また意識が遠のいて、一瞬だけトんでた。けど、バキッと嫌な音が身体中に響いて、脳天に電気が貫いたような衝撃に全身がビクビクと痙攣して目が覚めた。
「っい、ぎ……!!……っ!」
ショットが俺の鎖骨に喰らいついて、骨を噛み割っていた。激痛にまだ痙攣し続ける俺の体内に遠慮なく大量の精子を注ぎ込んでくる。そして俺は悲鳴を押し殺してぐしゃぐしゃに泣きながらイッちまった。
***
気がつくと窓の外は薄明るかった。どうやら朝が来る前には解放してもらえたらしい。
「う……生き、て……た……っ、ゲホ、ゲホッ」
声はガラガラで、息もしにくい。そしてショットの姿は見えない。床や壁は血だらけで、左目がボヤけてる。右の鎖骨が噛み砕かれちまったせいで右腕は使えそうに無い。
とにかくズボンを拾い上げて苦労しながら履いた。少し動くだけで全身がバラバラになりそうなくらい痛いし、筋肉痛だし、外傷も酷い。動く度に乾いた血がパラパラと剥がれ落ちた。
当然ベッドの上にまで血は飛び立っていたけど、シーツを剥がすとなんとか中のマットレスは無事だった。
▼17 都会へ行こう 5/5
無駄に丈夫で良かった。親に感謝だ。俺じゃなかったら、3回は死んでてもおかしくないと思う。
窓の外がだんだん明るくなってくのに焦りながらなんとか床と壁を拭いて、汚れた雑巾とシーツを中身が見えないゴミ袋に突っ込んだ。
その間にも左顔面はどんどん腫れ上がってく感覚がするし、折れてる鎖骨が熱を帯びてジンジンと激痛で治療を訴えかけてくる。
「はぁ……はぁっ……」
何回も中に出されたらしく、ハラもグルグル痛ぇし、気を失ってる間に一体なにをされたのか、背中もずっとヒリヒリしてる。多分だけど、この感じは引っ掻き傷だ。あの獣め。
本当なら指先ひとつ動かしたくない生き地獄のような状況だってのに、こんな姿が母親に見つかっちまう前にここから退散する必要がある。
「う……、くそったれ……」
ガクガク震える足腰を叱咤して、左手だけで荷物をまとめて玄関へ向かう。んで問題のあいつ、どこ行きやがった。
「ふぅ……」
探しに行くにしても、一体どこを……。そんな事を考えてたら、ちょうど扉が開かれてショットが帰って来た。
「ちゃた?」
「は、ぁ……ショット」
つい安心すると膝の力が抜けちまって、床にへたり込んだ。そんな俺を見てショットもしゃがんだかと思うと、左顔面をベロリと舐められる。
「おい、やめ」
「ちゃた、腫れてる」
「1週間もすりゃ治るよ」
潰れて酷い声だなと思ったけど、それよりショットの顔色が悪い事の方が気にかかった。
「……早く帰ろう。疲れたろ」
「うん……」
荷物持ってくれるか?と話していると、シドニーが自分の荷物を全部手に持って走ってきた。
「とと、とーちゃん!」
「シド」
「置いてかないでよ……」
「……シドニー、あのな」
「やだ!!」
正直、このままシドニーはここに置いて行こうかと悩んでいた。俺の母親のどんぶり勘定の事だ。ガキが一人増えたって大して気にもせず育ててくれるだろうし。あんな、いつ殺されるかもわからねぇような場所で生きるよりずっと良いに決まってる。
そんな俺の考えてた事なんて、聡明なシドニーには元からバレバレだったんだろう。昨夜の騒ぎも聞かれてたかもしれない。俺たちに置いていかれないよう、荷物をまとめていつでも飛び出せるようにしていたみたいだ。
「俺、あそこでととととーちゃんと暮らせて幸せだよ!本当だ!!」
「……悪かったよ、俺たちは家族だもんな」
「うん」
「一緒に家に帰ろう」
「うん!」
***
人の少ない時間帯とはいえ、誰ともすれ違わないわけじゃない。
「……やっぱ俺、そんなやばい?」
顔を見てはギョッとされる。朝とにかく血を流そうとシャワーを浴びた時に鏡を見たけど、首も顔も内出血で青黒く変色してた。
家にあった鎮痛剤をバカほど飲んできたから歩けるくらいには痛みは誤魔化されてるけど、怪我による発熱と薬の副作用と寝不足と貧血でまっすぐ歩けない。
「うん、とーちゃんゾンビみたい」
「まじでゾンビくらいの気分だぜ」
声までそうなんだから、立派なもんだ。ああそうだな、今日の俺はゾンビなんだ。周りの視線はもう気にしないでおこう。
なんとか運良く警察に見つかって職質されるような事もなく電車に乗り込み、「いでで……」と年寄りくさい声を漏らしながら椅子に座る。朝イチで空いてて良かった。立ってたらそのまま気絶してたに違いない。
「はぁ……はぁっ……」
「苦しい?とーちゃん」
「ああ、ちょっと、疲れたな……」
吐きそうになって目を閉じる。ぐるぐると酷いめまいにまっすぐ座っていられなくて、左隣にいるショットに凭れかかった。
「ちゃた、痛くしてごめん」
「はは、今更……」
置いていかれなくて安心したのか、シドニーもショットの膝の上でうとうとしている。
「朝……どこ行ってたんだ」
「知らない、おきたら外にいた」
「そっか」
コイツ、たまに夢遊病っぽいから、ふらふら外に出ちまったのかもな。とにかく苛立ちに任せて俺以外の誰かに暴行を加えたりはしてなさそうで安心した。
都会 はお前には嫌な思い出が多すぎるよな……と呟いて、俺は眠りに落ちた。
***
ショットをちゃんと連れ帰るようにシドニーに頼んで、俺は病院へ立ち寄った。
「うわーーっ!ゾンビかと思った!!」
「うるせ……」
「おい、その左目見えてんのかよ!?」
「あんま見えねえけど、潰れてはいねえよ」
頭に響く大声で騒いでるのはリドルだ。こいつも何かで怪我をしたのか、右腕に包帯を巻かれてた。
「右腕どうした、動かねえのか!?」
「うるさいって」
「声もガビガビじゃねーか!またアイツだろ!!」
「ああそうだよ」
騒ぐ声に医者が診察室からヒョコヒョコと出て来て「治療するから入りなさい」と手招きする。
「まじで今日こそは許さねえ、あの野郎」
「お前が怒る必要ないだろ」
「茶太郎が怒らねえ代わりに怒ってんだよ!!」
「俺がいいっつってんだろ、いいんだよ」
リドルは俺の肩に手を置こうとしたが、どこにどんな怪我をしてるか分からないから気を遣ったんだろう、両手を広げた間抜けなポーズのまま固まる。
「あのな……プレイって呼べる域を越えすぎなんだよ、その調子で許してたら近々まじで殺されっぞ」
「わかってるよ」
もういいから帰れ、ショットに喧嘩売りに行くなよ、と釘を刺すとリドルは至って真剣な顔で見つめてきた。
「お、俺……茶太郎が望むならSM勉強するけど。ちゃんと安全な方法で」
「俺ァ M じゃねぇよ。"あいつだから"何でも許してんだ」
「絶対マゾだろ!!」
「黙れ。この際だからハッキリ言っとくけど、たとえショットが死んでも俺はテメーのモンにはならねーから」
ショック死しているリドルを放置して俺は診察室へ向かった。
***
安静にしろと入院を勧められたが、ありったけの鎮痛剤と解熱剤をもらえるだけもらって帰宅した。部屋に入るなりショットに抱きつかれる。
「鎖骨折れてるから、手は腰に回してくれ」
喉の骨が折れてなくてよかった。もし折れてたら腫れて呼吸困難で死んでたよと医者に言われたのだ。「どうせ病院に連れていく脳もないんでしょ、あなたのパートナー」と言われてやっぱりズバズバ言う人だなと思ったけど、その通りだから笑っておいた。
「シドニー、メシ後でもいいか?」
「うん、眠いから寝てる」
「ちゃんと布団被れよ」
寝室に歩いてくシドニーを見送って、俺はショットを甘やかしてやる為に別の部屋へ移動した。
「……嫌な事たくさん思い出させちまったな」
「だいじょうぶ」
「ごめんな」
いつでもお気楽でおかしくもねーのに笑ってて、何を言ってもフラフラしてばっかのこいつが、都会に行ってからずっと妙に大人びてる感じでどうも調子が狂う。
「早くいつもの調子に戻れよ、大人しいお前見てると変な気分だ」
こいつはシドニーの前でも平気でベタベタ甘えてくるけど、それを思う存分甘やかす姿を俺は見せたくない。でも本当はいつだって好きにさせてやりたいと思ってんだ。
「ちゃた、本当はあそこで暮らしたい?」
「いや、そんなことねぇよ」
疑うように顔を覗き込んでくるショットに笑った。
「意外とここの無茶苦茶な暮らし、俺に合ってんだ」
そうすると嬉しそうに飛びつかれて、何ヶ所か傷が開いたような気がしたけど気にせず受け止めた。
「好き、ちゃた」
「……俺もお前が好きだよ」
こいつが何者でも、何をしでかしてたとしても、好きになっちまったもんは仕方がない。思いは呪いだ。ここまで来たら、俺たちは"共犯"ってわけ。
だからここで生きていく。こいつとシドニーと一緒に。
「お前、シャワー浴びてこい。臭いぞ」
「んー」
▼18 好きだとか、嫌いだとか
その日はシドニーが来週の遠足で電車に乗って隣町まで行くと言うから、いつもより小ましな服でも買っておいてやろうかと財布にそこそこの金を入れて歩いてたんだ。
そしたらそんな時に限って、俺の顔を知らない(というかショットと俺がつるんでると知らない……ってとこが重要)ガキどもに狙われてしまった。普段なら大して金も入ってない財布くらいくれてやるんだが、今日はこれが無くなったら困るしなぁ。
「だから持ってないって……」
「何も持ってないワケねーだろ」
相手は三人で、持ってるのはナイフだけみたいだ。だからって俺に撃退できるハズもなく押し問答を続ける。
「ケガしたくなかったら持ってるモン出せ」
「やめろって、もう行くから」
伸びてきた手を押し退けて歩き出そうとしたけど、当然捕まえられて更に行く手を阻まれた。
「ほらもう捕まえたから諦めろよ」
「お前らこそ諦めろって……」
どうしたもんかなぁ。なんて思っていると見覚えのある横顔が路地を通り過ぎてったから思わず名前を呼んでみた。
「おいリドル!」
「てめぇこら、人呼んでんなよ」
グイッと肩を引かれて壁に押し付けられたけど、もう頭の中は「ラッキー」しかなかった。ちゃんと聞こえてたみたいで、リドルはひょっこりと路地から顔を覗き込ませた。ありがてぇ、今だけはアイツが天の使いにさえ見える。
「よぉ」
「あれ、なんだ茶太郎?」
「ちょっと困ってんだよ」
ガキどもは体格の良いリドルが現れて少し迷っているようだったが、威勢良く俺にナイフを突きつけてきた。
「お前ら二人とも動くな!」
「なに、カツアゲされてんの茶太郎?ラッキー」
するとガタイの良い一人がリドルの言葉に反応して近寄って行く。
「なにがラッキーだこら、おい?」
まじで刺すぞ!ともう一人が叫ぶのと同時に俺は目の前にあるナイフを握る手にしがみついた。
「っあ、てめ……」
「ラッキーだろ、こんな所でっ……!」
俺がナイフ野郎と取っ組み合っている間にリドルは素早く他の二人をノックダウンして加勢しにきてくれた。
「茶太郎にイイところ見せられるなんて、なぁ?」
「はいはい」
デレデレしているリドルの下でまだ10代くらいに見えるガキは威勢よく騒いでいる。
「く……っ、離せ!」
「ほら、早くごめんなさいしろよ」
「わかったから離せって!」
リドルが離してやると、敵わない事がわかったからか暴れることもなく大人しく仲間二人を抱き起こして肩を貸してやる様子に俺はちょっと感心した。
「仲間を放って逃げないんだな」
「……別にあんたら、俺を捕まえてどうにかするつもりじゃないみたいだし」
「捕まえてどうするってんだよ、警察もいないこんな街で」
「……報復、とか……」
「ははは」
なぁ?と振り返るとリドルがギョッと驚いたような顔をして俺の腕に触れてきた。その手には血が。取っ組み合ってた時に切られてたらしい。必死で気付かなかったし、別に今もそんなに痛くない。
「こいつら、半殺しにするか……殺すか、しかないな」
「おい」
リドルはにこやかにガキの胸ぐらを掴む。ちょっとビビった顔をして、それでも観念して黙っているガキの様子に可哀想になってその手を止めた。
「おいやめろリドル。それでもお巡りさんかお前は」
「元だけどな」
「ほら、もう行けガキ共」
早く行けと手で追い払うジェスチャーをすると仲間に手を貸して少し歩き始めてから、そいつは何か言いたげに振り返った。
「……悪かったよ。その、あんた……」
俺が何か返事をするより先にリドルがその背中を蹴り飛ばす。
「興味ねぇから!クソガキ!」
「てめぇと話してねぇよクソ野郎」
その後簡単に止血をしてもらってから、暇してたらしいリドルは心配だからとついてきて、なんだかんだと一緒に街まで行って、一緒にあれこれ見て、普通に友人と遊ぶみたいに楽しんでしまった。
「ありがとな、リドル。なんか久しぶりに誰かとこうやって遊んだ気がする」
「こちらこそ楽しかったし」
帰りの電車でシドニーに買った服を少し見返してみる。大したブランドではないが似合いそうなのを選んだつもりだ。
「気にいってくれると良いな」
「気にいるさ」
駅から出て歓楽街を抜けると人通りが急激に減っていって、俺たちは更にその先のボロボロの鉄柵を越えて、吹き溜まりに帰ってきた。
「住めば都とか言うけどさ、ほんと、こんな場所でも帰って来たとか思っちまうもんだな」
「住めば都ってそういう意味の言葉だったか……?」
「そんな感じだろ」
「あー!」
ぶつくさ喋っていると、どこからともなく女が降ってきて少し驚いたけど、案の定リディアだった。
「ちゃたろーだよ兄さん!こんにちは!」
「おーこんにちは」
「ああ、バカ警官と一緒にいたとはな」
リディアに肩車されながら相変わらず偉そうな態度のオーサーに見下される。
「……な、なんだよ」
「 あのクズ がお前を探してたぞ」
そう言いながらオーサーは左目を指さした。
「は、ショットが?なんで?」
出かけるとは言わずに出てきたけど……別にいつも「今日はどこで何する」だの報告しあってるわけじゃねえし。ただ今日は絡まれた上にリドルとあれこれ見て回ったから、いつも洗濯や買い物で留守にしてる時間よりは遅くなったかな。
「そこまでは俺の知った事じゃない。が、機嫌の悪いアイツに出歩かれるとこっちとしては、ただただ迷惑なんだ。面倒な事になる前に早く顔を見せておけよ」
「じゃあね!」
ひょいひょいとリディアはオーサーを肩車したまま建物の壁を登って行った。わざわざ屋根の上ばっか歩くのはなんでなんだろうな。バカと煙は高い所が好きだからかな。
もしショットの機嫌が悪かったら面倒なことになるって言ってんのに、心配だからとか言ってリドルは部屋までついてきた。
「結局はこのパターンな」
「シドニーの顔もたまには見たいしさ」
まあ助けられたのは事実だし、服も一緒に選んでもらったから……くらいの軽い気持ちで一緒に部屋に入るとショットとシドニーは並んで仲良く昼寝中だった。
「おーい、ただいま」
「んー、とーちゃ……?」
「おう……って、うわ!」
首にショットの腕が巻き付いてきて、引き寄せられたかと思うと口に噛み付かれた。つまりキスだ。
「かえれ」
「んなっ……」
俺から離れるなりリドルにそう言い放って、またキスしようとしてくるから流石に止める。シドニーは「ひゃー」と言ってどっかに行っちまった。
「おい、ショット……あれ?」
ふと見ると前に無くした義眼とよく似た色のがハマってる事に気付いた。なんだ新しくしたのか。
「なぁこれ」
「はやくかえれ」
よく見たくて頰に触れてみたけど、リドルが居ることがよっぽど嫌なみたいでゴキゲン斜めだ。
「俺は茶太郎と遊んでたんだし、テメーじゃなくてシドニーと喋りに来たんだよ」
「うるさいかえれ」
「ショット、ガキみてぇな事ばっか言ってんなよ、リドルはさっき俺を助けてくれたんだ」
一旦体を離して駄々を捏ねてるショットを少し落ち着かせようとしてみたけど完全に逆効果だった。
「こいつ、ちゃたにひどいことしたのに!」
「それに関しては無防備に飛び込んだ俺も悪かったし、骨折ったお前が言うな!」
ショットは"あれ"がどういう事だったのかを理解してしまってから、一層リドルが嫌いになったらしい。
「ちゃたにさわるのおれだけ!」
「そ……っ!そりゃ……」
俺だってそのつもりだけど。普通の大人はそんな恥ずかしい事を公然と口にしないんだよ。リドルも流石に困ったように押し黙っている。
「……とにかく威嚇すんのはやめろ。あの時の事はとにかく、リドルはそんなに悪いやつじゃねぇから」
それに、「茶太郎に酷いことをした」と、そうリドルがショットに説明したのなら、それは奴の自戒の念の現れだろう。
まあ男なら、好きなやつが突然家に来て自分のベッドに寝転がって、欲求不満だなんて騒がれたら据え膳かと思ったって仕方がないと……我ながら思うし。
「なんでちゃた……ちゃた、おれきらい?」
予想外の言葉に思わず笑いそうになったが、遅れてイラッときて頭をポカリと叩いた。
「お前なぁ……これは誰が好きとか嫌いの問題じゃねぇだろが!俺がお前を特別に思ってるとしても、だからって問答無用でどんな時でも味方につくとは思うなよ」
間違ってることは間違ってるって言うさ。俺はいつもこいつを甘やかしてばっかだけど、学ぶべき事は学んでほしい。
「むずかしいこと言う!」
「難しくない!」
「ちゃたおれの事きらい」
「嫌いにはなってない!」
「でもそいつの味方する」
「あーもーガキか、このバカ!」
「ちゃたがバカ!!」
「お、おいこんな事でそんなガチな喧嘩すんなよ……」
「チッ……行くぞリドル!知るかこんなやつ!」
まだぎゃーぎゃー喚いてるバカを放って扉を乱暴に閉めた。
「茶太郎、いいのか?」
「いい。少しは大人になってもらわなきゃ困る」
今後、俺が誰かの味方をする度に拗ねられたらたまったもんじゃない。こんな街だとはいえ、ショットに孤立してほしいわけでもない。普通の人間関係が築けるくらいには、精神的に成長してほしい。
「あー、あれも愛情表現なんだとは思うけど」
「お前はどっちの味方なんだよ」
しきりにショットを気にかけるリドルに思わずツッコむと苦笑で返される。
「いや、あいつ本当に野生的で本能的だからさ……」
それはそうだ。だから裏も表もないし。
「頭悪い分、やっぱそれだけ純粋なんだってのは分かる……だから、うーん……俺はもちろんアイツが大嫌いで憎んでるけどさ……調子狂うな」
俺はショットの事を幼稚だと思ってたけど、リドルの言葉で少しだけ思い直した。
「純粋……ねぇ……」
「むしろ茶太郎、あんなに素直に真正面から好きだって全身で伝えられて、よくケロッとしてるな」
ショットの言動をそんな風に捉えていなかった俺は衝撃で気が遠くなった。
「は……、あ!?」
「いやだってそうじゃん」
「そっ!!そう……なの、か……!?」
いや、わかってたつもりだったけど……なんていうか……。ジワジワと体が熱くなって、恥ずかしさで爆発するかと思った。
▼19 痛みも含めてクセになる? ※R18
今度は一体どこで誰に何を教わってきたのか。シドニーを見送って帰って来たら珍しく起きていたショットにシャワーを浴びようと提案されたかと思うと、かれこれ1時間くらい、俺は風呂場の中で緩い愛撫を受け続けている。
「あっ、あっ、待て、もう……っ」
「まだ」
「しつ、こ……はぁっ、は、あ……」
もう声も枯れて、疲れ果てて、情けない声しか出ないのにまだやめてもらえない。直接的な刺激の無いまま優しく身体中を撫でられて、舐められて、甘いキスをされて。 手が下腹部に伸びると期待に腰が揺れる。そこを触ってほしくて擦り付けてしまう。
「や……いやだってば、も、もう」
恥ずかしいのに、もう限界で恥も外聞もなく欲しがってしまう。
「あ、あっ!もう、触ってくれ……って、ぇ……」
俺はこんなに乱されて、全裸で、汗だか先走りだかよくわからないモノでもうぐちゃぐちゃになってるのに、ショットはまだ腰にタオルを巻いたまま涼しい顔で首筋にキスを落としてくる。
「ずっとさわってる」
「あっ、ちが…やめ、ふあ…っ」
暖かくてぬるっとした舌が首筋を、耳を舐めて、水音が直接頭の中に響いてくる。耳の中まで舐められて、くすぐったいようなゾクゾクするような妙な感覚に襲われて、思わず体が跳ね上がった。
「っ……あっ!ん、ぅ……!!」
強すぎる刺激にビクビクと全身が震えて、耐えきれず逃げ出そうとしたけど俺の力でこのバカを押し返せるわけもなく。
「やっ、あ!ショッ、ト……!!あっ、あっ!」
ただ舐めているだけなのだろうが、その水音があまりにもダイレクトに聞こえるせいで、とてつもなく下品な事をされている気分になってくる。それが余計に恥ずかしくて、なのに強烈な刺激に体は喜んでいるみたいにビクビク痙攣して。
「ス、ストップ……!ほん、っと、に……やめ、っあ、あ!や、め……っ!」
――おかしくなる、おかしく、なる…!
「あっ、あぁっ、あっあ……あっ!!」
のぼせてクラクラしてきて、本気で倒れそうだと思ったからどうにか必死で顔を押し返すと、さすがに離れてくれた。
「はぁっ……あ、はぁっ……それ、まじ、やめ……」
息が上がって上手く話せない。
「……ん、ぅ……」
優しくキスされて、まだ息は苦しかったけど大人しく応える。
「ちゃた」
「っはぁ、あ、ぅ」
苦しくて息を吐こうと大きく口を開けば熱い舌が遠慮なく口内に入り込んできた。
「あ、ん……ぁ、ふ」
舌先をくっつけ合わせるように俺も舌を伸ばす。目を開けるとショットの青緑の瞳も俺をじっと見ていて恥ずかしくなった。目は閉じろって言ったのに。
「ん、ん……」
ふいと視線を逸らして体を捩ると少し乱暴に顔を押さえつけられた。
「ふぁ、んっ、ん、く」
「ちゃた」
我慢できずに揺れる下半身にはまだ触れてもらえず、しかしようやく、その手が胸元を撫でて乳首に掠めた。
「ぁ……っん、んぅ……!!」
普段ならそんな場所ほとんど感じないのに、散々焦らされた今日は自分でも驚くほど大袈裟に体が反応してしまう。
「あ……ぁ、あぁっ」
首に吸い付きながら優しく触れられて、全身に電気が走るような感覚に襲われる。
「あっ、あっ、やば……っ、は、うぁっ」
「さわるのだめ」
「う……、ショット、たのむって……!」
無意識にペニスに伸びていた手を捕まえられて、鋭い眼光で睨み付けられた。もう無理、辛い、早く触ってくれ。そう言いたいのに、敏感になりすぎている胸元に舌が這わされて何も言葉にならない。
「あ……、あ、あっ……!!」
乳首にその舌が触れたかと思うとぬるぬるした口内に包まれて腰が勝手にガクガクと揺れる。
「あ、あっ、あぁっ、は、あぅ……っ!あっ、あっ!」
バカになったみたいに勝手に声が漏れて、風呂場でそれが反響して、恥ずかしいのに止められない。それどころか、もはや自分の嬌声にまで興奮してしまう。
過ぎる快感と物足りなさから逃げ出したくて、必死でショットの頭を掴んで耐えた。
「ショット、あっショット……!あっあっ、もっ、むり……むりっ」
「いきそ?」
「いくっ、いく……!!いっ……!!」
もうイキそうなのに、決定的な刺激が足りなくて寸止め状態だ。
「ひっ、あっ、も……つら……っあっ!」
触って欲しい、触って欲しい、触って欲しい。
「ショットぉ……!!」
とうとう涙が出てきて、潤む視界のままショットを見下ろすと俺の胸元に吸い付きながら見つめ返されて、その光景に目眩がした。
「うっ、あ……!ショ……ッ!あっあ!」
空いてる手で胸元を優しく撫でながら反対側は痛いくらいに噛み付かれて、俺は一度も前に触れられないままドプドプと射精してしまった。
「あっ……あぁっあ、あぁ、あーっ」
勝手に腰が揺れるのが止められなくて、情けない声が漏れる。
「あ、はっ……あー……はぁっ、はっ……」
まだビクビクと揺れ続ける腰と、勢いなくトロトロ吐き出される精液にこの上なく恥ずかしくなったけど、指先ひとつ動かせないほどの疲労感に襲われてショットの腕の中に倒れ込む。
「はぁ……っ、はぁっ、ふ……はぁっ……」
「ちゃた、つかれた?」
「そりゃ……疲れ、た……っ」
けど、ショットはまだ……。軽々と抱き上げられて風呂場から連れ出され、脱衣所にへたり込むとタオルで全身を拭かれる。
「はっ、はぁっ、はぁ……っ」
「ちゃた?」
「ちょい、のぼせた……はぁ、う……っみ、水……」
心臓がバクバク鳴ってるのが耳の奥で聞こえて、息が整わなくて、素っ裸のままぜぇぜぇ言ってるとショットは慌ててキッチンから水を汲んで走ってきた。なんとかそれを受け取り飲んでると、気遣うように抱き上げられてベッドに下ろされる。
「ふぅ……」
ショットもまだ濡れてるのに、俺の体を引き続き拭いてくれて、疲れた体に乾いた柔らかいタオルが心地良くて目を閉じた。
「ちょっとやすむ?」
「いや……もう平気だ」
「ほんと?」
「あぁ」
散々取り乱したのが恥ずかしくなってきたが、また熱い手がスルリと肌に触れてきて、俺もその胸元に手を伸ばした。
「こっち」
「え、あ……」
ショットはベッドに敷いたタオルの上に座って、グイッと俺を持ち上げると向かい合わせで膝の上に座らせた。そしてその手は俺の背中や腰を撫でて更に下へ降りていく。
パチッと背中で何かのキャップを開けるような音がして、しばらくゴソゴソと背後でショットの手が動く気配がしたあと、冷たいローションの付いた手が触れた。
「わっ、つめた……」
「ん、すぐあったまる」
それを両手で広げるように腰周り全体を撫でられて、ヌルヌルとした感覚が広がる。
「は……あ……シュート……」
やがて少し強めの力で臀部を掴まれたかと思うと、指先がチュポチュポとアナルに浅く出入りしているのがわかった。
「ん……く、んっ、ふぅ……あっ、あ、は……っ」
受け入れる事に慣れてきたそこはさっきの前戯ですっかり緩んでいて、抵抗なくショットの指を迎え入れている。むしろ、もっと欲しいと言うようにうねっているのが自分でもわかった。
それなのにショットは何度も何度も浅く指を抜き差しするだけで、また優しく体を撫でたり、尻を揉んだりと焦らしてくる。
「あっ……あ、ん、ん……!」
たまに深めに指先が侵入してくる度に、俺の体はそれ以上を期待してビクリと震えてしまう。でもそれ以上の刺激はなく、またすぐに指は引き抜かれてしまって……。
「はっ……ぁあ、あ、あっ……」
堪らず目の前の首にしがみついて、もっと、早く、と言ってしまいそうになる。代わりにショットの首筋に吸い付いて、噛みついて、物足りない刺激から逃れようとした。
「ちゃた……」
「……っあ、ああっ!あっ、あっ……ぅあ!」
ようやく深めに指が二本差し込まれて、腰がガクガクと揺れるのが止められない。もっと……もっと、欲しい。
それなのに、その指は俺の体内から去ってしまって、アナルがヒクつくのがわかった。
「はぁっ、はぁっはぁ……っシュート、俺っ……もう、もう」
さっきイッたのに俺はまたフル勃起してて、ガクガク腰が揺れる。
――欲しい。奥に、欲しい。腹ん中を突いてほしい。
「シュートぉ……!」
またローションを付けたショットの親指がプチュッと下品な音を立てながら挿入されて、グリグリと腹側を押すように刺激された。
「ん、ぐっ……う、あ、あぁ……あっ!あぁあ……!」
強くグッグッと何度か押されて、腹の中にショットの指が入っている事を生々しく実感する。ズルッと親指が抜かれたかと思うと、今度は一気に三本くらいの指が当てられたのが分かった。
「や、やば……はぁっ、あっ!スト……ップ……!」
待って、待ってくれと懇願しているのに、容赦なく一番奥まで差し込まれて、グチャグチャと卑猥な音を立ててハラの中をかき混ぜられた。
「あっ、あ!あっ、あ、あぁーっ!!」
空いたままの自分の口から勝手に上がる悲鳴をどこか他人事のように聞いて、俺は全身を激しく痙攣させながらまた吐精してしまう。
「だっ……あっあっ、あっ!やっ、ひぅっ……おかし、く……っなるっ、う……!」
ドロドロとペニスから漏れるように精液が吐き出されて、恥ずかしさに泣きそうになってるのに信じられないくらい気持ち良くて、頭がおかしくなる。
その間もショットは手を止めてくれなくて、俺の腹からは下品な水音が響いている。あまりの刺激に目の前がチカチカして、恐怖すら感じる。
やめてくれ、止まってくれと泣きながら頼んでも無駄で、ナカから腹を押されるのに合わせて、ドプドプと精液がまた吐き出される。
「っあ、ぁ……?やば、なん、かっ……漏れそう…!」
慌ててショットの膝から降りて立ち上がろうとしたけど、うつ伏せに組み敷かれて、思い切り首に噛み付かれてまた激しく体内をかき回された。
「あぁっ!待て、ショッ……!あっ、あっあっ、ひ……っ!!」
漏れそうだと思ったのは所謂"潮"というやつだったみたいで、俺は経験したことのない脳天まで突き刺さるような衝撃に目を回した。
「ちゃた、ちゃた?」
「ふぅ……ぁ、あ……っ?」
一瞬だけ失神していたらしい。今、何本の指が入れられているのか、もはやわからない。緩みきったアナルは易々とショットの両手の指を何本も受け入れていた。
無遠慮に広げられたり、指をバラバラに動かされたり、激しく出し入れされたり、散々好き勝手に弄られて……逃げることも出来ず、俺は意識が戻った瞬間、今度こそその場で粗相をしてしまった。
うつ伏せになってたから、自分の腹の下に漏らしてしまったものがジワジワと広がっていく。
「う……っ、いやだっ、あっ……や……」
恥ずかしくて、信じられなくて、ただ首を振る。ショットは俺の小便が止まるのをしっかり見届けてから、下に敷いていたタオルを外して適当に床へ放り投げると俺の体から指を引き抜いた。
当然そんなもの意味もなく、シーツまで沁みてしまっている。
「ばか……見る、なよ……っ」
そして抱き上げられたかと思うと風呂に連れてってくれるのかという淡い期待は裏切られ、仰向けに寝かされてまた指を突っ込まれた。
「ぅあ、待てっ……て……!!」
片足を持ち上げるような格好で蹂躙される。
「汚れた、からっ……!あっ!ぁあ!」
濡れた腹を舐められて、驚愕と羞恥で混乱する。
「やめろ!!まじありえねっ」
俺の腹部に顔を埋めてるショットの喉がグルグルと鳴っているのが聞こえた。こいつはどういうわけか興奮しすぎると猛獣のように唸るんだ。
「おい、なにっ、コーフンしてんだよ……っ!」
そんな事言いながらダラダラと先走りを溢す俺も所詮同類なのかもしれない。
「はっ……あっあ……あ」
ゴム着けろって何回も教えたけど、今日はダメそうだ。腰を持ち上げられてグズグズに溶けてるそこにゆっくりと熱い塊が入ってくる。
「あ……っう……」
「ちゃた……気持ちよさそう」
「くそっ、はぁ……っ見んな、馬鹿」
浅い所をグリグリ押されて堪らなくなる。なんで今日こんなにしつこいんだよ、こいつ……!
「は、早く……早く動けよ、シュートっ……!」
「ん」
腕を伸ばして首にしがみつくと満足げな返事が聞こえて、腹の奥まで熱が広がった。
「はぁ、あ……あぅ……」
「く、ぅ……っちゃた……」
そこからはショットも俺の反応を見て面白がる余裕なんか無くなったみたいで、ぎゅうぎゅうと抱きついてきて 蕩 けた間抜けヅラで腰を動かしてやがる。
「ふぅっ、ちゃた、きもちい」
「っはは……必死……」
俺はなんかそれが可愛くて、たまにはいつもの仕返しと首筋に噛みついてやる。
「ん、ん……っぐ、うっ」
「ちゃた、も……すぐ、いきそ……」
「んんっ」
揺すられながらも舌を這わせるのに夢中になってると手首を掴まれてベッドに 磔 にされた。
「ちゃたろー……っ」
「あっあっ、待っ、う、ぐぅ……っ!」
ガツガツと思いっきり腹を掻き回されて「外に出せ」と何度か叫んだつもりだけど、言葉になってたかどうか定かではない。
「そと、にっ……あっ、あっ」
「むり……」
「あ、あ……このっ、馬鹿、やろ……」
珍しく一回で満足したのか、ショットはふうと息をついて俺の中から出て行くとさっさとシャワーを浴びに行っちまった。
……いや、普通は一回で終わるモンなんだけど、普段のあいつが絶倫すぎんだよな。
「くそ、だりー……」
このまま意識を手放してしまいたかったが、シドニーの学校が終わるまでにシャワーを浴びて迎えに行かねぇと。今は一体何時なのかと時計を見ると帰ってきてから3時間も経っていてげんなりする。
「 爛 れてる……爛れた生活すぎる……」
最近はこんな風に、ただ食欲と睡眠欲と性欲を満たすだけの日々だ。人間こんなんでいいのか?と自問するけど、いいんじゃね?と思えてくるから恐ろしい。いや、やっぱ少しくらい働くか。人の親として。とりあえず後片付け……と思って、今日は流血沙汰にならなかった事に今更ながら驚いた。
「……」
絶対に物足りなくなんかない。俺はブンブンと頭を振って汚れたシーツをベッドから剥ぎ取るのであった。
「ってかこのマットレスどうすんだよ!!」
流されて回ってく生活
▼20 そんな事も分かんねぇのか
最近、気がついた事がある。ショットがどれだけバカなのかって事だ。
「茶太郎さん、これ修理できます?」
「見せてみ」
一緒にガラクタを漁って使えるモンを探してたクレイグが全然壊れてるように見えない拳銃を渡してきた。
「うん、直せそう」
「そういうのってどこで覚えるんすか?」
「工業系の授業もある学校だったんだよ。一応、電気系統もそこそこ触れるぜ」
「へぇ……」
あんまりピンと来てなさそうな返事に「俺、頭良いんだ」と冗談めかして言えばクレイグも笑った。
「そろそろハラ減りましたね」
「そうだな」
ウチ来るか?と誘ったが、この街のガキ共はどうもショットが怖いらしい。まあ当然っちゃ当然か。あいつワケわかんねーもんな。
「ハラが減ったら、何か食うよな?」
「何当たり前の事言ってんだよ」
スラムのカフェでリドルと一緒にエッグサンドを頬張りながらそんな事を聞く。クレイグと解散した後ウロウロしてたらゲートで他の警察官と談笑してる所を見かけて、一緒にメシでもどうだと誘ったんだ。
「いや……ショットがさ」
「んだよ、せっかく茶太郎から誘ってくれたと思ったら結局あいつの話かよ」
「まあ聞けって。俺、気が付いたんだけど」
「あ!!てかお前らこの前、電車乗って首都に行ってたんだって!?」
「聞けよ」
「警察は何やってんだよ!捕まえろよ!!」
「おい聞けよ」
こいつが何でこの街に引っ越して来たのか忘れてたけど、そういえばショットを捕まえるためだったな。
「てかなんでそんなあいつに執着してんの?」
「あいつの脱獄事件の時に俺の父親が大怪我して引退を余儀なくされたんだよ、これは復讐だ!」
「へえ」
「へえは無くね?一応3時間くらいは語れるドラマがちゃんとあんだけどよ」
「いらねえ。てかそれなら何で辞めたんだよ、おまわりさんじゃないと正式に捕まえられねぇじゃん」
「あいつを追いたいって言い続けてたら危険因子扱いされて遠くに転勤させられかけたから辞めてやったんだよ」
「あ、そ」
まあ、ゲートの外にいるやつをわざわざ追う必要もないとは思う。特にショットは過去にデカい事件を起こしはしたものの、突かれない限り爆発しないって事は周知の事実だ。実際、ここでもう何年も大人しく暮らしてるんだからな。
ここに住んでスラムや都会の方にちょこちょこ顔を出しては犯罪行為をするようなやつはすぐ賞金がかけられて、オーサーとリディアの餌食になってるし。
そう、実はオーサーはどんなに離れてても対象が動いてても絶対に狙いを外さない凄腕のスナイパーだ。それがリディアっていう俊敏な足を手に入れて、あいつらは幼いながらに向かうところ敵なしの賞金稼ぎだった。
「お前が無闇やたらと犯罪者どもをゲートの向こうに追い出しちまうから、最近は商売上がったりだってオーサーがキレてたぜ」
「俺の前に現れるから悪いんだ。それにちょうど今ゲートの見張りが元同期のやつでさ。得点稼がせてやりてーじゃん」
「そのうち後ろから刺されるぜ」
まあ、そんな理由もあってか警察はこのゲートの外側にわざわざ介入してまで犯罪者を追ってくることは基本的に無いみたいだ。リドルはそんな警察の内情に失望したんだろうな。
「そういや奴にも賞金はかけられてるのに、なんであのガキ二人はブラッドレイを捕まえねえんだ?」
「お前それまじで特大ブーメランだぞ」
「……隙がねぇんだよ」
「理由わかってんじゃねえか。オーサーたちも別に仲良しごっこしてるわけじゃねぇ、単純にあいつに勝てないんだよ」
ショットはいっつもフラフラしてるけど一応たまにはちゃんと鍛えてる事も俺は知ってる。まあそれ以上に生まれ持った野獣性が強すぎるとは思うけど。
どんなに油断してるように見えても、本気で銃口やナイフでも向けようものなら、次の瞬間には殺されてる自信があった。
「……で?なんなんだよ、あいつの話がしたかったんだろ」
「ああ、そうなんだけど……あいつ、どうも自分の欲求が理解できてねえ気がするんだよな」
「はあ?意味わかんね」
俺は最近のあいつの言動を思い返す。
***
ある日、ショットが「なんかイヤ」と意味不明な事を言いながら床に寝転がってぐずぐずしてた。
「なんかってなんだよ、イライラしてんのか?」
「うーん」
そういやしばらく何か食べてる姿を見てない気がするし、冷蔵庫の中も全く減ってないなと思って、念のため確認してみた。
「なあショット、お前最近なんか食った?」
「んー……」
俺の知る限りでは3日くらい何も食べてないように見える。外で食ってるなら知らねーけど。
「お前さ、しばらく何も口にしてなくね?」
「昨日はちゃたの血のんだ」
「吸血鬼かテメーは」
そんなんで腹が膨れるワケがないだろ。一応人間なんだから。
「なんか食えって。お前ハラ減ってんだよ」
冷蔵庫にあったチーズを口に突っ込むと大人しくなる。気分じゃなかったら「いらない」とか言って吐き出しかねないなと思ったけど、どうやらモノが口に入ると空腹を理解したらしい。
「もっと」
「もうすぐシドも帰ってくるから、晩飯にするよ」
そう答えると珍しく「おむかえに行ってくる」と出かけて行った。
またある日は夜中に帰って来たかと思うと寝てたのにいつもの"ヤリ部屋"へ引きずられて投げ込まれた。
「なんだよぉ寝てたのに、背中擦りむいたし……」
「ただいま」
「おかえり。いや、なんで今言う……ん、ん……」
起き上がると顔中にキスされて、そのまま覆い被さられてシャツを脱がされてあちこち舐められて、あー朝までに終わるかな……なんて考えてるとズシッと胸元に体重がかけられて、思わぬ衝撃に「ふぐっ」と間抜けな声が出た。
「お、重いって……おい、ショット?」
「んん」
「どした……寝てんのか?」
覗き込むとすぅすぅと安らかな寝息を立てながら爆睡してて、なんだこいつ眠かったのかと、脱力して重い体をなんとか持ち上げてベッドに寝転がらせてやって……ってのはまぁ、どうでもいいんだけど。
***
「……ハラ減ってイライラしたり、眠くてムラムラしたり?眠いが理解できなくて泣く赤ん坊と同レベルかよ」
「ああ、まさにそういう感じ」
心の中にあったモヤモヤを的確に表現されて頷いた。そうそう、あいつって赤ん坊みたいなんだよな。
「それさぁ……」
「ん?」
「のろけ?」
「……っはは!やべ、そうかも!」
俺、あいつのそういう所を可愛いと思っちまってて、無性に誰かに話したかったんだよな。これって、立派なのろけだ。自覚すると恥ずかしくて涙が出るほど爆笑する。
「くっくっ……あんな奴の事、のろけるって」
「おい、いい加減にしろよ!お前ここ奢れよな!」
「悪い悪い、自覚なかった」
伝票を手に取って席を立つと憤慨しながらリドルが「いいよ払うよ」と奪い取っていった。
「にしても、茶太郎、ハラ減ってるあいつにあんま近付くなよ」
「なんで」
「もし性欲と取り違えて襲われたらまじで食われんぞ」
「……」
あいつ既に俺の肉片いくらかは食ってそうだな……と思うと変な乾いた笑いが出て来た。血と精液から始まり、汗も唾液も、あらゆる体液はすでに飲まれまくってる事だし、この前はとうとう小便まで舐められたしな。
「……はっ」
「おい、黙るなよ」
「なんでもねーよ」
「特殊プレイはほどほどにしろ?まじで」
「俺はいたってノーマルだっつの」
「無自覚なのが余計にホンモノなんだって!」
▼21 猛獣注意、興奮させないでください
「いいよ、俺そういうの興味ねーから」
「だからなんでだよ!」
シドニーを送り出した後、コインランドリーに向かって歩いてるとどこからともなく現れたリドルが持って来たSMバーのチラシを投げ捨てる。最近出来たらしい。ポールダンスやストリップショーはあったけど、SMバーってのは確かに無かったかもな。
「こういうので正しいSMを学んどけ?お前らのはいろいろ間違ってるから」
「ずっとお前だけが間違ってんだよ」
ほらオープン記念で緊縛ショーだって!と言われて無視して歩き続ける。俺は洗濯しに行くんだ。
「わかった……お前ほどになるともうボディサスペンションとかじゃなきゃ満足できねぇんだな」
「あーもーうるせーな!ついてくんな!帰れよお前!」
お前を真っ当な世界に連れ戻したいんだ!と言うやつが持ってくるモンがSMバーのチラシとは、世も末だ。いや、この街が世の末なんだった。
「ヤツも興奮して正しいSMを学ぶ気になるかも」
「いや、あいつを意図的に興奮させようとすんじゃねーよ」
「それもそうだな」
ただでさえどこにスイッチがあるか分からねえ危険なやつなのに、わざとそんな事して殺されたら目も当てられねえ。
「てかマジで帰れ。あいつ、お前と会った日は機嫌悪くなんだよ」
当然のようにコインランドリーにまで一緒に入って来ようとする暇人に振り返って"利用者以外立ち入り禁止"の看板を指差した。
「え、お前らってその日一日、誰と会ってたとか報告しあってんの……?」
「ドン引きしてんじゃねぇよ!報告してるわけねーだろ!」
多分ニオイとかでバレてんじゃね、と言うとリドルはゲラゲラ笑った。
「まじで犬!」
「そうだな、人の姿をした犬だと思えばあいつへの理解が深まると思うぜ」
「生憎、微塵も理解したくなんかないね」
去っていく背中に中指を立てておいた。
***
ゴウンゴウンと回る洗濯機をぼんやり見つめながら、謎の液体に濡れてカピカピになってる3年前の雑誌をなんとなく捲る。最近、シーツを洗う回数が増えすぎだ。
「あー爛れてる……」
ボディサスペンションね……。俺はキョーミねえけど。ショットが縛られたり刺されたりして宙吊りにされてたら、割と大盛況の見せ物になんじゃね?と想像してくつくつと笑う。
そもそも、そんな事したら絶対、日頃から恨みを抱いてるやつらに秒で蜂の巣にされちまうだろうな。
――でも縛られてるショットはちょっと見てみたいかも。めちゃくちゃ怒って睨み殺されそう……。
「……あ、やべ、よだれ垂れてた」
あほな妄想をしてたらピーピーと洗濯の終わった音が鳴り響いて、口元を慌てて拭った。
「お」
「あ、ちゃた」
乾燥まで終わって、大量の洗濯物とシーツを両手に抱えて外に出るとぼーっと歩いてるショットがいた。
「お前、こんなトコで何してんの?」
「ごあいさつ行ってた」
「どこに?」
「へへっ」
よくわかんねーけど機嫌が良いみたいでヨシ。シーツ持てと押し付けたら文句も言わずに受け取った。
「今日の昼メシ何がいい?」
「からいの」
「辛いのがいいのか?珍しいな」
そんな会話をしながら歩いてるとよく知った後ろ姿が見えて声をかける。
「よぉクレイグ、前の銃ちゃんと使えてるか?」
「茶太郎さん!」
声をかけた相手はにこやかに振り返ったが、俺の隣にいる猛獣を見て一気に表情が引き攣った。それに、一緒に立ち止まって振り返った他の三人にもどうも見覚えがある。
ああそうだ、少し前にカツアゲしてきた三人組だ。別に何も盗られずに済んだから根に持ってねえけど。
「なんだ、そいつら友達か?」
「え、会った事あるんすか?」
そう聞きつつも、クレイグはチラチラとショットを見て間合いを取っている。出来れば早めに退散したいってのがヒシヒシと伝わってくる。
若いやつらの間ではきっと、いつ切れて噛みついてくるか分からない危険人物って感じなんだろう。ま、普段から俺のいない所では実はそんな感じなのかもしんねーけど。
「前にちょっとな、仲間割れしてなくて良かったよ」
「……そりゃどーも」
クレイグは「こいつら最近ここに来たんです、尖ってて危ないから、色々教えてやってて」と教えてくれた。こいつなんでこんな優しくて人当たりが良いのにこの街にいるんだろうな?
「お前んとこのチームに入れるのか?」
「いや、一回入ったらもう死ぬまで抜けられないんで」
サラッと言うが、とんでもねー事だ。若い三人はバツが悪そうに視線を逸らしている。しかしこいつらにもこの街で生きていくしかないそれなりの理由があるんだろう。
「ストリートキッズも楽じゃねえな、コンビニでバイトでもすれば?」
「ちゃた」
「ん」
会話に飽きたのか少しイラついたような声音で呼ばれて、その声にガキ共はビクッと驚いたようだった。振り返るとショットに横から首を雑に掴まれてカエルみたいな声が漏れる。
「ぐぇっ!」
「早く行こ」
「分かったから、そういう時はせめて服か腕を掴め!」
人間には持っていい場所と持っちゃダメな場所があるんだよ!と説明したが分かってなさそうだ。
「またなクレイグ!」
「茶太郎さんって、すげーよな」
最近、リドルといいクレイグといい、ドン引きされた目で見られる事に慣れ始めてる俺がいるな。
***
辛いの、なんかあったかな……とキッチンの戸棚を漁ってると何かのロープが出てきたから、ふと魔が刺してシーツを取り替えてるショットに後ろからこっそりと近寄った。
出来るか?って聞くと「できる」って言ってたけど、どう見てもぐちゃぐちゃだ。まあやろうとしてくれただけで及第点だな。こいつは赤ん坊なんだから。
「おりゃ!」
絶対に気付かれてないわけ無かったけど、なんとなく俺がコソコソしてるのを感じ取ったのか振り返らずにいてくれたショットの温情に甘えて遠慮なく捉えさせてもらう。
「ん、なにこれ」
「いいからここ持て」
「いまシーツやってるのに」
「ごめんて」
文句を言いつつもロープの端を素直に持つショットに思わず笑いながらそれをグルグルと2周だけ巻きつけた。
「はは、逮捕逮捕」
「おれ……これいやだ」
「あ、おいっ?」
そんなキツく巻いたつもりは無かったしいつでも自分で外せる状態だったのに、ショットの体が突然ぐらっと傾いたから慌ててベッド側に倒れさせた。
「ショット……ショット!」
すぐロープを外して、浅く早い呼吸を繰り返すショットの頭を撫でる。俺、またなんか余計な事を思い出させちまったかも……。
「……」
「ショット、悪い!もう外した、もう大丈夫だから」
ベッドに伏せたままの頭を落ち着かせるように撫でてると、しばらくしてその手を握られた。その指先がすげー冷たくて、何かに怯えてる小さい子供みたいに見えてくる。
まさかコイツにこんな弱点があったとは。二人きりの時に知れて良かった。
「抱きしめていいか?」
「ん」
確認を取ってからそっと肩に触れるとショットから抱きついてきた。そのままベッドの上でしばらくハグをする。
「落ち着いたか?ごめんな」
「……からいの、食べる」
「ん。すぐ作ってやるから待ってろ」
頬と左目にキスしてやると漸くヘラヘラ笑ったからホッとした。
そんな事があったせいか無関係かわかんねーけど、その日の夜はちょっとだけ激しめだった。ちょっとだけな。ただ、やっぱり無闇にコイツを興奮させるべきじゃねえ……と思ったのは紛れもない事実だ。
▼22 お前ってそんな事してたの?
街に出て必要なものを買い込んでると、ふと気になった。あいつってたまにドカドカ金持って帰ってくるけど、これってどこの何の金なんだ?
銀行口座を持ってるようにも見えねえし、そもそもゲートの外にATMなんか無いしな。あいつの事だから気にしても仕方ねえくらいに思ってたけど、一旦気になり始めるともうどうしようもない。
ここ1週間くらい姿は見てないものの、たまに着替えに戻って来てる形跡があるので生きてるらしい。次に会った時に聞いてみるか。と考えながら卵をカゴにつっこんだ。
部屋に戻るとリビングで学校の宿題をしてたシドニーが「おかえり」と声をかけてくれた。
「ショットは?」
「さっきバタバタ帰って来たけど、またどっか行っちゃった」
ついでに頭を撫でられたのか、くしゃくしゃになってるシドニーの髪を整えてやる。
「あいつって、普段どこで何してんだろな」
「この前ちょっと聞いたよ」
「何を?」
荷物を机に置いて買ってきたものを整理してると、シドニーが一枚の紙を持って近寄って来た。どうやらそれも宿題らしい。
「ごりょーしんのお仕事について聞いてみましょうって言われたから」
「なんだ、俺には聞いてくれてねーじゃん」
「とーちゃん働いてないの知ってるもん」
その通りだけど改めて言われると傷つく。
「た……たまに稼いでるよ!」
「知ってる。ガラクタ修理して売りつけてる」
「書くなそんな事!」
しかも母親の欄じゃねえか。
「はぁ……。で?ショットは何て言ってたんだよ」
「えーとね」
「ととって、何の仕事してるの?」
「しごと?しごとしてないよおれ」
「じゃあ生活費はどうなってんの?」
「?」
「お金!どうしてるのって!」
「もらう」
「誰に?」
「いつも行ってるとこ、銃も 義眼 も金もくれる」
「ととはニート……と」
シドニーの宿題の紙には確かに"ニート"と書かれていた。
「結局なんも分かってねーじゃん!あいつがどっかの誰かの世話になってる事しか!」
「どっかの誰かの世話になってるって事が分かったね」
父親が"ニート"で母親が"ガラクタを修理して売りつけてる"と書かれたシドニーの宿題に頭を抱える。
「こんなの提出したら児相行きだ!シドニー、一緒に暮らせなくなるぞ!」
「大丈夫だよ、前回は父親は"いない"で母親は"売春婦"だったし、クラスのみんなもそんな感じだよ」
「これだからこの辺りの奴らはよぉ!」
とりあえず、ショットがどこの誰に良くしてもらってんのか確認しておきたい。もしかしたらマフィアとかかもしんねーから、ヤバそうならもういいけど、別に。
そっから出てる金で生活してんだから、俺だって無関係じゃねぇんだよな……。
「ショットが帰って来たら家族会議しような」
「それって凄く家族っぽいね!」
***
真夜中、ガタガタと物音で目を覚ますと頭から血を流したショットが帰って来た。
「んん……静かにしろよ、夜中だぞ」
「ねむい」
服まで血だらけだ。でも傷はそんなに深くないみたいで、もう血は止まってた。
「腹減ってるか?」
「どうだろ……わかんない」
髪をかき分けて傷を確認してると嫌がるように仰け反って逃げられる。こいつって痛覚あんま無いのかな。全く無いわけじゃないのは知ってるけど。
「あのさ、お前に良くしてくれてる人って誰?」
「よくしてくれてるひと?」
「えーとな……誰が金くれてんだ?」
「 首領 」
「やっぱマフィアなんだろ!!」
「やっぱって何」
やべ、デカい声が出た。シドニーを見るとよく眠ってて安心する。こいつももう深夜の騒音にすっかり慣れてきたな。
「会う?」
「えー……いや、うん……その人、怖い?」
「ちゃた前から会ってみたいって言う」
「おいそれ断ってんのかよ!?」
「いつも忘れる」
俺が断ってると思われてんじゃねーだろうなと冷や汗が出るけど、そもそも俺の存在を知られてる事に背筋が冷えた。どういう関係なんだよ、俺はどういう立ち位置だと思われてんだよ。
「あーマフィアの金をバカスカ使っちまってたよ……死ぬまで知りたくなかった」
「行く?」
「今は夜だから、明日にでもな……」
そうして俺はマフィアへの"ご挨拶"に付き添う事になったのだった。
***
翌日、学校の無いシドニーに家で大人しくしてるよう言いつけて俺はショットと一緒に出かける準備をしていた。
「もし何かあればリドルんトコに走れな」
「とーちゃんはどこ行くの?」
「お化け屋敷」
「よく分かんないけど、怖いトコって事だね」
「そゆこと。じゃあな」
頭を撫でてやるとシドニーは嬉しそうに目を閉じる。額にキスするとショットも真似をして同じようにキスをした。
あのアパートに腰を落ち着けてからはゲートの外側を無闇にウロつく事も減って、久々にコインランドリーとゲートへ向かう以外の道を歩いた。
「ショット、今日は茶太郎も一緒か」
「……」
「おいショット!ちゃんとメシ食ってんのか?」
聞こえてないハズがないのに、ショットは基本的に話しかけられても返事をしない。まあ俺が話しかけても半分くらいは返事がないけど、他のやつらには更に顕著だ。
でも街のやつらは気を悪くする様子もなく遠巻きに、それでも気さくに声を掛けてくる。それもそう、もし機嫌が悪かったらうっかり殺されかねない。
初めて会った時はまさにそんな感じだった。それはまた追々。
そんな風に声を掛けられつつしばらく歩いて、割とデカい建物の前でショットは立ち止まった。扉は仰々しい装飾付きで、こんな荒廃したスラムの更に奥地にあるとは思えない存在感だ。明らかに普通じゃ無い。
「ここ」
「おお、ちょっと待て心の準備が……おい!」
戸惑う俺を無視してショットはノックすらせず目の前の扉を引く。
「あれ、どうした今日は」
「ちゃた連れてきた」
入り口にいた男は俺を見て「どうもいらっしゃい」と事も無げに言うとすんなり通してくれた。こいつ、顔パスなのかよ。
「……え、お前ってここの構成員だったりする?」
「こうせいいん?」
「いいよ、この奥にいる人に聞くから」
その方が早そうだ。
慣れた足取りでショットが向かったのは3階だった。
「珍しいな、何してんだ?」
「よお、そいつが噂の"ちゃたろー"か?」
ここでもショットは周囲の呼びかけを平然と無視するもんだから俺もだんだんいつも通りの気分になってきた。
そしてある扉の前で立ち止まって、近くに立ってるやつに一声かけた。
「入ってい?」
さすがにボスの部屋に入る前には確認を取れと怒られたんだろう。多分、どこを通るにもそれは言われてるハズだが、こいつの頭ではここで確認を取る事を忘れないのが精一杯だったと予想できる。
「いいぜ。確認できて偉いな」
ショットが扉を開くと内線らしき受話器を手にしていた恰幅の良い男がこっちを見た。
「ああ、ちょうど今入ってきた。いい、いい。構わん」
入り口に立ち尽くす俺とは対照的にショットはズンズンと部屋の中に踏み入って、おそらく 首領 らしき男に声をかけた。
「ちゃた連れてきた」
「まあ座れ」
男の口元は朗らかに笑っているが、目は凍りつくほどに冷たい。しかし怒っているわけではなさそうだ。
「急に来てすんません」
「どうせこいつに振り回されてんだろう」
「はあ」
応接用らしいソファに促されて座ると、ショットも隣に座った。
「さて……まず、この街で暮らしていくにはウチへ挨拶をしなきゃなんねーのは知ってるか?」
「……」
知ってて来ねぇわけがあるかよ。
「ってのは冗談だが、ある程度の住人の把握はさせてもらってる」
笑えなさすぎる冗談に一瞬心臓が止まったが、てめぇこの野郎と言えるはずもなく黙っておいた。
「行き過ぎた事をしてなけりゃ何も言わねえ。あの元警察官の野郎もな。ただ、ここら一帯の治安はウチが維持させてもらってんだ。それだけは知っておけ」
「……分かりました」
「そう畏 るなよ、シュートから聞いてんじゃねえのか」
こいつに複雑な交友関係を俺に説明するだけの脳みそがあるとお思いで?と言いたくなったが、首を振って答えるだけに留めた。
「なんだ、それじゃ説明もなしでいきなりこんなトコに連れて来られたわけか。てめぇもなかなか肝が据わってるじゃねえか」
「……ショットがいるんで」
これじゃ虎の威を借る狐のような言い草だったなと思ったが、なんとなく言っておかなきゃいけない気がした。
「ははは!違ぇねえ、それが分かってんなら上等だ」
首領が近付いて来るとショットが立ち上がった。
「何もしねぇよ、威嚇すんな」
「ちゃたに近づくのはそこまで」
「わかったわかった」
この態度を見るに、こいつはここの構成員ってワケでは無いらしいな。
「俺はシュートを実の息子みたいに思ってる。そいつの大事な相手となれば、絶対に手出しなんかしねぇってのによ、いつまで経ってもこいつの信用が得られないってのは寂しいモンだぜ」
なるほど、こいつと一緒にいるとガキ共が近寄ってこない理由が今更わかった。何かあっても身を守れない弱っちい俺に自分以外の人間が接触するのが嫌なんだな。
もし相手が突然ナイフや銃を抜いたり、俺に飛びかかってきても対処できる距離までしか接近を許す気は無いらしい。ガキ共は俺にあんまり近付くとショットがキレそうだって肌で感じてるんだろう。
だとするとリドルの存在が許せない理由もよくわかった。……おい、つーかそれって……"独占欲"じゃね?
「わかったから座れ。ここで話そう」
首領は「まず俺たちの話をしなきゃなんねえな」と言って、こんな昔話を聞かせてくれた。
――その時、首領はひとり息子と喧嘩中だった。だから、下手を打って警察に捕まった息子の保釈金は支払わなかった。親父に似て頑固だった息子も決して頭を下げたりせず、そのまま監獄行きになった。そこでそいつはショットと同室になったらしい。
二人はすぐに仲良くなって、生意気な田舎マフィアの息子だってボコられそうだったそいつをショットがよく助けてくれたりもしたらしい。
それで反感を買って挑んでくる他の受刑者も片っ端から叩きのめしたもんだから、ショットの強さが監獄に知れ渡るのにそう時間はかからず、二人に手を出す奴はいつの間にかいなくなった。それどころかその強さに心酔した奴らがショットを勝手に祀りあげて、脱獄計画が練り上げられていった。
首領の息子は脱獄中に酷い傷を負っちまって、それでもなんとかここまでショットを連れてきた。
そして、ショットにどれだけ助けられたのか、こいつがバカだけどどんなに純粋なやつなのか……それを死に際に何度も訴えて、逝っちまったらしい――
「しょうもねえ奴らに利用されないように、面倒見てやってくれって、あの頑固な息子がこの俺に"こいつを頼む"って何度も言ったんだ」
「……そうか」
「だから、シュートは俺の第二の息子みたいなモンなんだよ」
それに、そんな理由が無かったとしてもこいつ可愛いじゃねえか、悪巧みする脳もねえ筋金入りのバカでよ!と言って首領は豪快に笑った。
まあ……わかる。こいつは妙に人の心を掴むのが上手いというか、人たらしというか。裏表が無いからなのか。
そりゃ親の事とか、その後の事も……ここに来るまでは色々あったんだろうけど、少なくともこの街ではこいつは周囲から愛されてる。こんなゴミ溜めみたいな場所だけど、そんな風に生きていける場所が見つかって良かったなと心底思った。
「そいつがこの街をウロついてくれるだけで抑止力にもなってんだ。組が動けば大事になるから、助かってる」
よくわからねえが、縄張り意識ってやつかな。こいつもよくあちこちフラフラしてるみたいだし、一応そういうのがあるのかもしれねぇ。たまにデカめの怪我して帰ってくんのは正直心配してんだけど。
「だから生活費はいつも渡してやってる。その金なら気にすんな。息子が世話になった礼だ」
そして立ち上がると窓の下を指差す。
「それに、何も考えてないような顔しながら、シュートは息子の月命日にいつも墓に来て何かを語り合ってる。こいつは本当に" 身内 "思いなやつだ」
思わず隣のショットを見た。首領の話を聞いてるのか聞いてないのか、キョトンとした顔で見つめ返された。
「お前そんな事してたのかよ……」
「なに」
正直、俺とシドニー以外のやつにそんな風に心を許すショットが想像できない。
――もしかしてショット、そいつの事好きだったのかな。
そんな事を一瞬考えて慌てて思考を切り替えた。いやありえねえ、これはまじでだせぇ。
「お前がこいつにちゃんとメシを食わせてやってくれてるのも知ってる、礼が言いたくてよ。だから連れてこいってずっと言ってたんだ」
「ああ、そういうこと……」
漸く全ての合点がいって、俺は安堵に胸を撫で下ろした。
「それにしても、そろそろあの元警察官にはここに"挨拶"に来てもらう必要があるな」
さっきからょこちょこ話に出る"あの元警察官"ってのは、間違いなくリドルの事だろう。
「あの程度の奴にシュートが捕まるわけがねぇが……それでも、もしこいつに本気で手出ししようもんならウチが黙ってねえってこった」
ああ、なんて分が悪い戦いなんだ。俺はリドルに心から同情した。
▼23 世話してんのか、されてんのか ※R18
そろそろシドニーを迎えに行かねえとな……と思いながら昼寝をしていると、突然ショットに仰向けのまま首だけベッドから落とされて口に突っ込まれた。もちろん、ナニをだ。
「ちょっ!?ん、ぐっ……うっ」
角度のせいか、いつもより深く侵入されて吐きそうになる。それに逆さを向いてるから、頭に血が昇って気持ち悪い。
「待て、はぁっ……この体勢……嫌だ」
ショットの腰を掴んで止めさせると、ギラついた目と目があった。ああ、ちょっと普通じゃないみたいだ。これはまずい。
「ちゃたもっと口あけて」
「んん……!」
さすがに言う事を聞くわけにはいかないと歯を食いしばったが、バカ力で容赦なく開かされて一気に奥まで突っ込まれた。
「ん、ぐ……っ!……っ!!」
喉が無理やりこじ開けられて、ゴツゴツと喉仏の辺りを叩かれる。強烈な吐き気に体が勝手に仰け反 った。
「……!っう、んぶ……っ」
息が出来ない。胃から競り上がってきたモノがショットのブツに堰き止められて、喉で滞留してる。
――死ぬ、まじで死ぬ!!
溺れるより苦しくて、頭の血管が切れんじゃねえかってくらい顔が熱くなって、必死でショットの足にガリガリと爪を立てた。
そっから先の記憶はない。ああ、死因がちんこで窒息死なんてまじで最悪。地獄で笑いモノにされるに決まってる。セオドール・A・ブラッドレイ、俺はお前をあの世で恨む。
「とーちゃん」
「うわぁ!!」
状況が理解できなくて飛び起きた。飛び起き……俺、生きて……る?うん、生きてるみたいだ。で、隣にシドニーがいて……シドニーが……。
「……もしかして、何か片付けてくれたりしたか?」
「うん、とーちゃん吐いた?」
「シドニー……」
「ん?」
俺はベッドから降りて床に頭をぶつけながら"ドゲザ"をした。
「まじでごめん!!」
せめて服を着てたのが不幸中の幸いすぎる。
「いいよ、母さんのゲロの処理で慣れてる」
「んな事に慣れんな。もう忘れろ」
てか、問題はそれ以上に……。
「まじでごめん、これだけはお前にはさせちゃいけねえと思ってたのに」
"これ"ってのはつまり、情事の後始末の事だ。シドニーはまだ10歳……いや何歳になっても自分のガキにさせるのは絶対に違う。
「うーん、別に俺は二人が仲良くしてるのはいいんだけどさ」
な、仲良く……。と変な汗が出る。
「おう……」
「死なないようにだけ気を付けてね、せめて俺が独り立ちするまでは」
「はい、すんません」
なんだこの情けないにもほどがある説教。てかあの野郎はどこ行きやがったんだよ。
***
その日の夕方、どっかからか帰って来たショットをとっ捕まえて別室へ連れ込んだ。シドニーに聞かれないように指導をするためだ。
「あのな……セックスした後、俺が気絶してたら最低限の後始末だけまじでやってくれ」
「あとしまつ?」
「壁とか床とか、汚れたところを拭いて、俺に下着だけでいいから履かせてくれ」
「わかった」
「んで、出来ればベッドに優しく寝かせてくれ……」
「わかった」
ほんとに分かってんのかなぁ……と不安になるが、何度でも教えて覚えさせるしかない。
「……あーあとな、その……」
これはリドルに前に教えられた事だ。"セーフワード"を決めておけって。だからSMじゃねえって言ってんだけど、もし本気でヤバい時にコイツの暴走を止める事ができるなら……。
「俺がまじでキツい時、 赤 って言う。ちょっとヤバいなって時は 黄色 って言う。気付いてくれるか?」
「……」
ショットは無い頭をフル回転させて俺が言ってる事を理解しようとしてるみたいだった。
「俺が 赤 って叫んだら、死にそうって意味だ」
「わかった」
さっきみたいに口を塞がれちまったら意味がねえけど、セーフジェスチャーまで今決めて伝えたら、こいつはきっと混乱してどれも覚えられないだろう。
これだけは理解して、本当に危ない時に少しでも冷静になってくれればと思う。果たして俺がまじでヤバい時にこの言葉を思い出せるかどうかも問題だけど。
「とにかく、シドニーに迷惑かけるのはダメだ」
「シド?」
「さっき俺が吐いちまったモン、あいつが片付けてくれたんだよ」
それが何故ダメなのか分かってなさそうだし、どうせ無駄だとは思うが「俺たちはあいつの保護者なんだ」と説明した。
「ほごしゃ」
「あいつの面倒を見る責任があるんだ。面倒を見られてちゃいけねぇんだよ」
人の話なんか全く聞いてなさそうに見えるけど、真剣に向き合って話せばこうして聞いてくれる。時間はかかるけど、理解しようとしてくれる。だから俺は根気強く向き合う事にしてるんだ。
「……ちゃた」
「何……ん、な……なんだよ」
「ちゃた、好き」
唐突にキスされて、首に巻きつかれる。
「ん、んん……な、ん……っ」
軽く唇を重ね合わせるだけのキスを何度も繰り返す。
「ショッ、ト……あ、うぁ……?」
そのうち頭を掴んで上を向かされて、指で口をこじ開けられたかと思うとショットの唾液を流し込まれた。
「えぅ、ん、んぅ……」
なんで突然こんなサカってんだと不思議に思いつつ、抵抗せずにそれを飲み下す俺は俺でちょっとこいつの獣っぽさに影響されてるよなと思う。
「……ちゃんと飲んだよ」
「ん」
舌を出して誘ってみるとペロリと舐められた。ザラついた感触にゾクゾクと鳥肌の立つような感覚がして、腰が抜けそうになる。
「好き」
こいつはいつでも素直だけど、好きをわざわざ言葉にされるのは珍しい。都会に行って帰って来た時以来か?なんて考えて、こいつにいつ好きって言われたか記憶してる自分に苦笑した。
「どうしたんだよ、何かあったか?」
「ちゃたむずかしい事もおれに話す」
「そりゃお前に分かってほしいから話すよ」
「……」
ショットは字が苦手だから、こいつの頭の中で俺の言った言葉がどう聞こえてるのか俺には想像できない。あんまり長い文章になると難しいみたいだけど、短い言葉はちゃんと理解してくれる。
だから俺は言い方や伝え方を変えて何回も説明したりするわけなんだけど、それがどうも嬉しかったらしい。
前にリドルとの件で喧嘩した時は難しい事を言ったと拗ねてたが、あれはまあ……リドルが居る事に対してイライラしてたんだから仕方ないか。
「お前だって、俺の言葉は聞き逃さないように頑張ってくれるじゃん。俺もそれが嬉しいよ」 「うん」
俺がよく話しかけるからか、出会った頃よりはこいつの喋りも上手くなってる気がするし。本当に赤ん坊の成長を見守ってる気分だ。
「だから、俺の言葉を聞いてくれな」
「わかった」
素直に頷くショットが無性に愛しくてなって、俺はその頬にキスをした。
▼24 お前の特別の特別になりたいよ
シドニーを学校に送り出して帰ってくるとアパートの前でショットが俺を待ってた。目が合うとフラフラと手を振られて驚く。
「どうした?」
何かあったかと駆け寄れば「ロアに会いにいく」と言われて一瞬何の事かわからなかった。
「……あ、 首領 の息子さんか!」
「そう。ちゃたもいく?」
「え、いいのか?だって……」
お前の特別な人なんじゃ……そう思ったけど、わざわざここで待ってまで俺を誘ったのは、一緒に行きたいっていうこいつなりの意思表示だよな。
もしくは、前に首領から話を聞いた事で俺が興味を持ったかもと考えてくれたのかもしれない。
「だって?」
「いや、なんでもない。ちょっと待ってろ」
見るからに手ぶらなショットはまあ毎月行ってんだから良いとして、俺は初めて行くから一応供えられるように酒を一本手に取った。
「なにそれ」
「礼儀だよ」
***
首領の息子、マウロア……"ロア"の墓は首領の部屋から見下ろせる中庭にあった。きちんと手入れされている芝に、親の愛を感じる。ショットに聞くとここは首領の個人宅らしい。それもそうか、そんな簡単にマフィアの拠点が知れるわけもない。普通はボスの家もだと思うけど……まあこの街は治外法権
だからな。
「……」
ショットは「これがロア」とだけ言うと墓の前に座り込んで、真剣な顔でずっと黙っている。
どうせこいつの頭の中の事は俺にはわかんねぇし、何を遠慮しても仕方がねえから、俺は俺の好きなようにやるしかない。それも慣れたモンだ。
「ちょっとズレろ」
「ん」
しばらくしてもまだ"語らってる"つもりらしいから、俺はそんなショットを少しだけ押しのけて墓を見下ろした。
――アンタが、こいつの親友か。
マウロア……確か、永遠って意味の言葉だ。本当に親父に愛されてたんだろうな。
「ちゃた、座る?」
「ああ、そうだな」
腰を下ろすと柔らかい芝生が心地良かった。
「……仲良かったんだってな」
「うん」
「好きだった?」
「うん」
少し考えた後、ショットは左目に触れた。
「あの時、おれは目をなくして、ロアは死んだ」
「その目……その時にやられたのか」
「……まもれなかった」
自分で聞いておきながら、心臓がぎゅうと苦しくなった。もうこの世にいねぇ相手に嫉妬するなんてマジでくだらねえ。でも、今もロアがもしも生きてたら、こいつの隣にいるのは俺じゃなかったかもしれないと思うとやっぱり何も感じずにはいられなかった。
「死んだ相手にゃ敵わねえな」
「?」
二人が"恋仲"だったかどうかは分からねぇし、そんな事はどうでもいい。ただ、これから先、きっとショットの中で、ロアは一番の存在として生き続ける。それは、二人が最高の親友だったまま時が止まってるから。
「ショット……俺は、お前が一番の特別だよ」
「おれも、ちゃたがトクベツ」
「ありがとな」
俺はこの言葉がもらえるだけで満足しなきゃならねえんだと思う。それ以上は望みすぎなんだろう。
***
まだロアに何か伝えたいみたいだったショットを置いて俺は先に帰ってきた。一人で帰るのを心配されたけど、日も明るい時間だし、一応はナイフも持ってる。
それに、今は少し一人になりたかった。
「はー……」
シドニーを迎えに出るまで、あと2時間くらいある。ちょっと寝るか……とソファに寝転がったけど、目が冴えて眠れない。
あんな穏やかに、何十分もあのショットがじっと黙って座り込んで。今までも毎月ああして、あそこで過ごしてたのか。俺には到底入り込めそうにもない絆を見た気がした。
俺は都会で暮らしてた頃から実の親父の墓参りにだって一年に一度しか行ってなかったし、軽く挨拶をして、掃除をして、適当に近くに腰を下ろしてメシを食って、アッサリ帰るだけだ。
「ちゃた」
「わっ!」
気付いたら俺は相当考え込んでいたらしい。いつの間にか帰って来ていたショットに抱きつかれて大袈裟に驚いてしまった。
「お、おかえり」
「ちゃた、なんか変」
「考え事してただけ……ん」
不意にキスされて大人しく受け入れる。右手を上げてショットの左頬に触れると、その手に手を重ねられてじわりと暖かくなった。そのまま左目の傷に軽く触れると瞼が閉じられる。
ロアに庇われたのか、それともロアを守ろうとして傷を負ったのか、詳しい事は分からない。ただ、目を失うよりもロアを失った事の方がずっと悲しかったんだろう。それだけは分かる。
「こら、俺さっき帰ってきたままで汚ねぇから」
戯れるように鼻に噛みつかれて、頬や瞼を舐められて、やめろと押し返すけど当然そんな事で離れるコイツではない。
「きたなくない。全部なめたい」
「……はぁ、もう好きにしろよ」
もしかしたら、コイツなりに慰めてるのかもしれない。俺が死人に嫉妬したりなんかするみっともない自分を恥じて、しょんぼりしてるから。
今度は掴んだ俺の手を丁寧に舐めて指を甘噛みされて、いや、慰めるとかじゃなく、この野郎ただ俺の体を口に入れたいだけか……?と考え直す。
「もうすぐシドニーを迎えに行くから、それ以上はダメだ」
「わかった」
服を脱がそうとしてくる手を止めると大人しく引き下がって、また顔を舐められた。そのまま顎も首も舐めてカプカプと噛みつかれて、仕方ねぇなと頭を撫でてやる。
「ショット。ありがとな、今日……親友に会わせてくれて」
「なんで?」
「お前の大切なモンを見せてくれたのが嬉しいんだよ」
説明するとなんとなく分かったのかまたキスされた。
「ちゃたに隠すこと何もない」
「うん、嬉しいよ」
このままくっついてたら俺の方が我慢できなくなりそうだったから、サッと体を起こしてメシを作りにキッチンへ向かうのだった。
▼25 まさに手負いの獣って感じだな
ショットが何日も奥の部屋から出てこない。出かけてて姿をしばらく見ない事はあるけど、こんなに部屋に篭ってんのは初めての事だ。
学校が終わったシドニーを迎えに行って帰って来ても、やっぱり部屋から出て来た様子は無かった。
「おい、ショット」
さすがに心配で部屋の扉をノックする。
「体調でも悪いのか?」
怒らねぇかなって不安もありつつ、再度声をかけてからそっと扉を開いた。
ずっと換気もしてないのか、篭っていた空気が流れ出す。ショットはベッドの上で丸くなっているようだった。
「ショット」
「おれいまひとりがいい」
布団の中から聞こえた声は酷い鼻声で、どうも風邪を引いたんだろう。珍しいこともあるもんだ。昔、俺に懐いてくれてた近所の野良猫が怪我をした時にずっと細い路地の奥に隠れて全く出てこなかった事を思い出す。
俺は病院に連れて行ってやりたいと思ってるのに、ありがた迷惑って感じだった。野生動物はああやって自分の免疫と体力で怪我や病気と闘うんだろうな。
「わかった。何か食うか?」
「……」
気が立っているみたいだから、部屋の入り口に立ち止まったまま声をかける。返事はないけど、何か食いやすいモンでも作ってきてやろうと踵を返した。
「とと、いた?」
「いた。調子悪いみたいだ」
噛みつかれるかもしんねーから近付かないでおけとシドニーを抱き上げてキッチンへ向かう。
「あいつは今、手負いの獣なんだ」
「ておい?」
「シドニーは風邪の時、何なら食べれた?」
うーん……としばらく考えた後、シドニーは「やっぱりチキンスープかな」と答えた。
***
ドアをノックして、少しだけ開けた隙間からスープを床に置く。
「ショット、ここにスープ置いとくから、起き上がれそうだったら食えよ」
返事は無いかもしれないけど、一応何か反応があるかもしれないと待った。
「……」
でも部屋の中は静まり返っていて、もしかしたらよく眠ってるのかもしれない。明日の朝にスープが減ってるかどうか確認してみよう。そう思って俺はドアを閉じた。
「じゃ俺たちもメシにするか」
「うん!とと、早く良くなるといいね」
「そうだな」
首領 の話では、ショットが街をウロついてる事がこの街の治安維持に一役買っているという事だった。前に首都に行った時も3日間不在にしてたわけだし、さすがにこの程度の不在で治安が悪化する事はねぇと思うが……。
「シドニー明日は休みだよな?外に出る時は絶対に俺と一緒にな」
「明日はずっとここで宿題する予定だから大丈夫だよ」
偉いな、と頭を撫でると嬉しそうに笑う。俺が宿題を見てやる必要もなく、本当にしっかりしたガキだ。
「この時間ならまだ薬局開いてるかな」
「スラムの薬局は深夜でも開いてるよ。"せいりょくざい"を売ってるんだってさ」
「あ、そ……」
物覚えが良いってのは、良くも悪くもあるな。こいつに余計な事ばっかり教えやがったと思しき以前の保護者を脳内でボコっておいた。
***
「ちゃたろー!」
「リディア、オーサー、久しぶりだな」
ゲートの近くで二人とすれ違って挨拶を交わす。
「3日前に首都で強盗事件を起こしたバカ共が こっち に逃げ込んで来てな。なかなか良い臨時収入になった」
「流石だな」
「いちもーだじんにしたよ!」
リディアの手には札束が握られていて、大事に閉まっとけよと言うと腰につけたポーチに捩じ込んだ。
「馬鹿、一網打尽は違う。何人かには逃げられた。まだ近くをウロついてるハズだ。ここの"ルール"も知らん奴らがな。気をつけろよ、茶太郎」
「……!」
いつも誰のことも馬鹿呼ばわりしかしないオーサーに珍しく名前を呼ばれて、真剣に心配してくれているのだと感じ取る。
「この数日"ヤツ"の姿を見ない理由は今は追及しないでおくが、しばらくは街が荒れる可能性がある」
「ああ、ありがとな。気をつけるよ」
「ふん」
洗濯が必要ならあの馬鹿犬にでも行かせておけ、と言われて苦笑する。リドルの事だな。子供にまで犬呼ばわりされてるとは、不憫なヤツ……。
「ちゃたろー、ほしいモノがあったら言ってね」
「そういえばお前らこそ、これから冬どうすんだ?棲家あんのかよ」
「心配不要だ。うまくやってるさ」
オーサーが言うならそれは事実なんだろう。こいつは変な強がりは言わない。
「お前になら構わんが、 ヤツ に仮を作るのはごめんだ」
それでも、もし本当に困れば頼れよと言えばオーサーとリディアは軽く手を振って去っていった。
***
あいつがこんなモン飲むかどうか分からねぇが、風邪薬を買って帰るとシドニーは机で宿題をしながら寝落ちたみたいだった。
「シド、歯磨いたか?」
「うん……」
「じゃあベッド行こうな」
抱き上げるとズシリと思い。もう11になるもんな。誕生日いつか知らねえけど。
シドニーを俺のベッドに寝かせて、そろそろこいつ用の部屋を作るべきだなと考える。それはそうと、今はショットの事だ。とりあえず明日の朝まではそっとしておこうと思ってたが……正直、気になる。
せっかく薬も買って来たしな。それを渡すためにな。と自分で自分に言い訳をしてショットの部屋のドアに近寄った。
「……」
当然だが、静かだ。やっぱり声をかけるのはやめておくか。そう思ったけど、何か物音が聞こえた気がして少しだけ開けてみた。
「ちゃた」
「なんだ、起こしたか?」
「……」
少しマシになったのか、布団から顔だけだしてるショットに歩み寄る。スープは一応ベッドサイドまで持ってきたみたいだが、手付かずだった。
「食欲なかったか?」
「たべなくてごめん」
「そんな事いいよ」
触れてもいいかと確認を取ってから元気のない頭を軽く撫でる。熱はそんなに無いみたいだった。
「……俺もここで一緒に寝ていいか?」
なんとなく、寂しがってる気がしてそう聞いてみると無言のまま隣を空けてくれたから立ち上がる。
「出かけてきたままだから、着替えてくるよ」
「そのままでいい」
「ダメだ」
「ちゃた、ここにいて」
こいつに甘えられるのは嫌いじゃない。でも、風邪を引いてるやつの隣に汚れた格好のまま潜り込むわけにはいかなかった。
「いい子にしてろ」
額にキスをすると不服そうな瞳で睨まれた。
▼26 甘い軟禁生活 1/2 ※R18G
オーサーに忠告されてたのに、呑気に一人でコインランドリーに出た俺は見事に見たことのない野郎三人組に取り囲まれていた。
でももうアパートの入り口だし、適当にあしらって逃げちまおうと目の前の男を押し退けようとしたが、腕を掴まれる。
「どけよ、何も持ってねぇって言ってんだろ」
「こら逃げんな、いいから全部よこせ」
こいつらが"首都で強盗事件を起こした奴ら"だろうか、頭の悪そうな若者ばっかりだ。後先考えずに「金は持ってるヤツから奪えばいい」くらいに思ってんだろうな。
「いい加減にしとけよ」
さすがにこの街に住んで2年近くなると、本気で人を撃った事のある人間と、銃を脅しの道具にしか思ってない人間の区別はつく。
「本気で撃つわけねぇと思ってんのか?」
「ああ思ってるね。分かったらどけ」
腕を振り解こうと力を押し問答していると、一台のバンが真横に停まった。
「おい!お前ら何やってんだこんな目立つトコで!」
「何って、こうでもしなきゃ……」
「とりあえず乗せろ!さっさと逃げんぞ!」
「は?おいフザケんな!!」
とりあえず乗せるのは違うだろ!何かに追われてるなら俺の事は置いていけよ!と抵抗したらハラを殴られた。
「っぐ……!」
「ちゃた?」
その時、頭上から声がした。
「ショット!」
騒ぐ声で起きたらしい。見上げるとまだ本調子じゃないショットが寝ぼけた顔で2階の窓から顔を出してた。普段のあいつならこんな場面を見た瞬間に覚醒してるハズだけど、まだ頭がボヤけてんのかもしれねぇ。
俺は髪を掴まれて押さえ込まれて、口も塞がれそうになって、無理やり車に乗せられながらなんとか咄嗟に「 赤 !!」とだけ叫んだ。これが一番端的に状況を伝えられる言葉だ。
最近ようやく不本意にもこの言葉がお互いに浸透してきた所だったんだが……まあそれはいいだろ。まさかこんなタイミングでも使う事になるとはな。
「うるせえ、騒ぐな!」
車のドアが閉じられて思い切り殴られた。鼻血が噴き出したけど後ろの奴に押さえ付けられてどうしようもない。口の中が切れて血の味が広がる。
「出せ!」
その瞬間、車内にガンと重い音が響いて天井が少し 弛 んだ。ショットが飛び降りてきたみたいだ。おいいくら2階っつっても大丈夫かよと心配になる。
「振り落とせ!」
やめろ、と言おうとしたが口を塞がれててモゴモゴと間抜けな声が漏れただけだった。
でも車が動くより先にショットがボンネットからフロントガラス越しに運転手を撃って、強烈な.50AE弾の威力でガラスは粉々に飛び散った。およそ人体を撃つ目的で作られていないそれは簡単に頭を貫き、ヘッドレストも貫通して後部座席の背もたれを撃ち抜いた。おい、下手すりゃ俺に当たってんぞ。
「うわ……うわぁ!」
肉を抉りながら突き抜ける性能のある.50AE弾が貫通した頭は打ち込まれた側の傷は大した事は無いが、後頭部がスイカのように割れて車内に血飛沫を撒き散らす。さすがに躊躇なく仲間の一人が目の前で撃ち殺されてガキ共は真っ青になった。
「やめろ!こんなとこでンな銃ぶっ放すな!!」
言ったって聞くわけがない。それどころか間違って俺も殺されそうなくらいにブチギレてやがる。
「な、なんだよこいつ……っ!!」
「ショット、待て!」
腰が引けながらも助手席に座ってた奴と俺を殴った奴が車から飛び出したが、銃を構えるより先にあっけなく撃ち殺された。
「おい、お前も殺されたくなかったら放せ」
「うるせぇ!」
それを見ていた最後の一人は俺を押さえ付けたまま器用に腰のナイフを抜き取って顎の下に押し当ててきた。
「やめとけって!!」
「来るな!!」
開いたままのドアからショットが顔を覗かせたかと思うと、俺を盾にして隠れてる奴の腕や脇腹、隠れきれてない部分を正確に撃ち抜いた。耳元で断末魔が上がる。
「っ……!」
押し当てられたナイフが首に食い込むのが分かって、ピリッと鋭い痛みの後に切れた部分がスーッと冷たくなった。でも俺を掴んでた力はすぐに失われてナイフも取り落とされた。
ショットに腕を力任せに引かれて、そのまま背後で弾が尽きるまで銃声が鳴り響く。
「よせ、ショット……もう死んでる」
胸元に頭を預けながら顎に触れると血が垂れてた。後からズキズキと痛みが酷くなる。裂傷とまではいかないかもしれないが、どうも傷口がパックリ開いてるみたいだった。
「はぁ、はぁ、は……っ」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、その背中を宥めるように何度か叩く。
「わり……心配すんな、はぁっ……大丈夫だ」
鼻血を舐められてやめろと殴りつけた。
とにかく車から離れて、この死体をどうしたもんか悩んでいるとタイミング良く先日首領の家にいた男が現れた。
「後始末はこっちでするから気にしなくていい」
「……あ、そ」
肩に触れるショットの手に痛いほど力が込められて、警戒してるのが分かる。
「うちの首領は揉め事が嫌いでな」
そう、マフィアは基本的に何事も"話し合い"で決める。誰を処刑するか……なんて事さえも。派手に撃ち合ったり殺し合ったりするのはストリートキッズ共くらいだ。
「これ以上ここを無闇に荒らすつもりなら、ウチが始末する予定だったんだが……下手に取り逃した。すまん」
「……」
別に謝られる事でも無いと思ったけど、とにかくさっさと傷の手当てをしたくてこれ以上話を広げないために黙っておいた。
「怪我は大丈夫か」
すると不意にそいつが近寄ろうとした瞬間、ショットが俺の首根っこを掴んで背後に隠した。地面に引き摺られて腕が痛い。ホントにこいつは……。
「いでで」
「ちゃたに近づくな!!」
「おっと悪い悪い、分かったよ」
そいつはサッと両手を上げて敵意のないことを示すが、当然そんな事で警戒が解かれるハズもなく。「ちゃんと手当てしろよ、金が必要だったら言ってくれ」と言い残して立ち去る背中をしっかり見送ってから、俺はショットの肩を借りて部屋に戻った。
「とーちゃん!」
「シド……」
この騒ぎを中で聞いていたんだろう、心配そうな顔で俺に駆け寄ってきたシドニーに対して、ショットが壁を思いきり横手で殴って激しく威嚇する。
「っぅわ!!」
ボロい壁に穴が空いてガァンと派手な音がアパート中に鳴り響いた。さすがのシドニーもビビった顔で後ずさる。
「と、とと……」
「っおい、何してんだやめろ!シドニーだって!」
「……」
だめだ、キレすぎてて危ない。ギリギリの所で一応シドニーを認識できてはいるのか手は上げずに済んでるけど、フーフーと怒りに息を荒げるショットの目はどこも見ていない。
「……シド、危ないから下がれ」
「うん」
それにショットの拳も心配だった。壁を感情のままに殴ったんだから、骨でも折れてやしないかと。
「しばらく俺に近付かない方がいい、今のこいつは子持ちの母グマだと思ってくれ」
「それ凄く分かりやすい」
刺激しないようゆっくりと下がって、シドニーは「俺こっちの部屋から出ないようにするね」と言ってくれた。本当にこいつは聡明で助かる。
それから、俺はいつも主にセックスする時に使ってる一番奥の部屋に連れて来られた。本心ではとにかく傷を消毒したいが、今はこいつを落ち着かせる方が先だろう。
「……ショット、もう大丈夫だ」
鼻血は止まったけど、顎の下からはまだボタボタと血が止まらない。それでもショットは俺の胸元に抱きついたまま離れそうにない。
「おい、頭が血だらけになってんぞ」
こいつがそんな事を気にするわけもないか。俺は嘆息してベッドに寝転がる。
「とーちゃん、洗濯物は部屋に入れといたよ。救急箱、部屋の前に置いておくね」
「え……ありがとう、シド!」
ドアの向こうから聞こえた声に思わず驚いて顔を持ち上げる。首の傷がピリッと痛んだけど、ちゃんと聞こえるように声を張って礼を伝えた。
でも俺が そうして他所 に意識をやったのが気に食わなかったのか、両手で頬を掴まれて首の傷に舌を這わされた。
「あ、こら、やめっ……!」
軽く舐めるだけかと思いきや、グリッと開いた傷に熱い舌が 捩 じ込まれて焼けるような痛みが頭に響く。
「うっ、あ……!!やめろ、ショット!」
「ちゃた、ケガさせられたの、いやだ」
まじで敗血症になるから……と本気で押し返すと離れてくれてホッとする。
「ショット……あのな、心配かけて悪かった。助けてくれてありがとう。きちんと手当てしたら治るから、部屋の前にある救急箱を取らせてくれ」
「……わかった」
ヨロヨロと起き上がってドアへ行く間もショットはずっと俺の腕を掴んだまま、救急箱を拾ってベッドに戻ると後ろから抱えられる形で座らされて、水道で傷を洗うのも、もはやトイレに行く事さえも許可制になった。
――こうして、気が付いたら終わりの見えない"軟禁生活"が始まっちまったワケだ。
▼27 甘い軟禁生活 2/2 ※R18
軟禁生活が始まってから、3日くらい経ったと思う。ショットの気分が落ち着くまでは部屋から出られそうにないけど、清潔にしないと傷が悪くなって危ないと説明してなんとかシャワーだけは浴びる事に成功してる。
それにしても……寝る時はずっと抱き枕みたいにガッチリホールドされてるし、トイレもシャワーも引っ付かれて、文字通りまじで"四六時中ずっと一緒"だ。こいつの前で放尿する事にも不本意ながら慣れちまった。
「なあ……そろそろシドニーを学校に行かせてやりてぇんだけど」
シドニーとはまだドア越しでしか話せない。ショットが絶対に会わせてくれないからだ。心配で今は自分以外のヤツと会わせたくないんだろうけど、このまま俺とこの部屋で心中するつもりか?こいつは。
「心配かけたのは本当に悪かったよ。でも俺はペットの小鳥じゃないんだぜ」
わかるよな?と言えば無言のまま抱きつかれる。
「……だって」
その目は俺の首を見つめてて、切られた傷を気にしてるみたいだ。
「はぁ……そもそもな、お前だって俺にいっぱい傷痕残してんだぞ?」
俺は思わず笑っちまいながら服を捲って腹を見せる。
「ホラちゃんと見てみろよ」
今まで数え切れないくらい、食いちぎられた痕は全身ケロイドになってて、俺はそれを見せつけるように服を脱ぎ捨てた。
「コレ、普段は目立たねぇけど酒飲むと真っ赤になるんだよ。知ってたか?」
付けられたその傷痕をひとつひとつ撫でながら言えば、ショットの目に興奮した熱が篭っていくのがわかる。まったく、こいつの加虐性は天性だな。
「ここは皮膚が薄いから、特に痛かったな……焼けるみたいだった」
そう言って煽るように鎖骨の上の皮膚を撫でると肩を乱暴に掴まれて、ベッドに押し倒された。
「……腹減ってんじゃねーの」
ずっと俺から目を離さないで、飲まず食わずで。それは俺だって一緒だけど。俺も、コイツと四六時中ずっと一緒にいて"どうかしちまった"のかもしれねぇな。
「喰えよ」
そう言うのとほとんど同時に右腕に噛みつかれて、ショットの鋭い犬歯が肉に突き刺さった。
***
「ちゃた、ちゃた……」
「ふっ、う……っ、なん、どうした」
腰を振りながら甘えるように名前を呼ばれて、ショットの頬に両手を添えた。顔面中、俺の血でドロドロだ。
「っはは、あっ、イイ、男になッた、なっ」
腕から垂れた血が額に落ちて、目を閉じると舐められた。舌につけられたピアスが当たる。くすぐったくて笑うと今度は肩に噛みついて、流れる血を啜られる。
「ちゃた、ふぅ……っちゃた」
「な、んだよ……って、うっん……んっ」
そんなショットの頭を抱え込んで足も背中に巻きつけると、お互いの素肌が密着した。汗やら血が冷えて一瞬冷たかったけど、少しくっついてるだけですぐ暑いくらいになった。
「あっあっ……っく、いく……っ」
密着したままピストンされるとショットの腹に俺のが擦れる。前からも後ろからも感じて、俺は耐えきれずイッちまった。
ピクピクと痙攣するのに合わせて、体内のモノを俺の体が勝手に締め付けてるのが分かる。ショットは黙ったままじっと動かず、そんな俺の直腸の唸りを感じてるようだった。
こいつとのセックスはいっつも長ぇから、さっさとイッちまうと後でしんどいってわかってんのに今日も耐えられなかった。
「はっ、はぁっ、あー……そんな、まじまじ見んなよ……」
「ちゃた……」
まだショットのは硬いままだったけど甘えるみたいにキツく抱きつかれて、俺も抱きしめ返す。
「ど、した……今日は」
随分甘えてくるな、と思いつつそれも悪い気はしない。ただどうしたのかは気掛かりで、話してみろと促す。
「ちゃたがなぐられるの嫌だった」
拗ねたように口を尖らせてそう言うショットに思わず笑っちまった。
「はは、お前も俺に乱暴するじゃん」
「おれだってしたくない……」
「冗談だよ、お前が俺を傷つけようとして乱暴にしてるわけじゃないのは分かってる」
こんなでも、本当に俺のことを大事にしたいと本気で思ってくれてる事はちゃんと知ってる。きっと一生懸命に大事にしてるつもりで、これがコイツの限界なんだろう。
それは俺の希望的観測ってワケじゃなくて、普段の態度からも分かる事だ。例えば他の人間を半径2メートル以内には絶対に入れたがらない所とか。極端なんだよな。
***
さっさと好きなように動けって言ってんのに、俺の反応を楽しむようにじっくり責められて、俺はだんだん意識がボーッとしてきた。
それなのにさっき出して萎えてたモノはもうガチガチに勃ってて、ショットの手でずっと弄られてる。
「あ……あ、は……っく、あ、あっ」
後ろは後ろでゆっくり中を探るように抜き差しされて、身体中に鳥肌が立つ。声が勝手に出て、足が空中を蹴って、頭がバカになっちまったみたいだ。
「ん、ぅあ、あ」
「ちゃた、きもちい?」
「気持ちいい、気持ち、よすぎ……て、やば……」
そんな事したことないクセに突然スルリと両手に指を絡められて、照れ臭く思いながら俺もその手を握り返した。
「あっ、あっ、あぁっ、はぁ……っ」
向かいあったまま手を握り合って、キスをして、抱き合って、こんな確かめ合うようなスローセックスなんかしちまったら、もう……。
「あ、あっもう、おれっ」
「ちゃた……ちゃた」
「ショット、ショット」
「ちゃた」
恥ずかしいくらいに何回も名前を呼び合って、血と汗だくになって、俺たちは必死に抱き合った。
「ショット……はぁ、あっ、好き、好きだ……っ」
「うん……ちゃた、もっと言って」
「好きだ、お前がっ……」
グッと背中に腕が回されて、少し持ち上げられるような格好で更に深く貫かれる。
「は、ぁぐ、う……っ」
「おれもちゃた、あいしてる」
「は……あ!?」
突然の言葉に驚いたけど、同時にそれまでの穏やかさが嘘みたいに激しく責め立てられて脳みそが溶けちまうかと思った。
「うぁっあ!あぁ!待っ、待て、ショッ……!」
さっきなんて言ったんだよ、愛してるっつったのか?なぁ、もう一回言ってくれよ。俺も愛してる……そう言いたいのに息も吸えないくらいに好き勝手されて、俺はもう意識があるんだか無いんだか分からねぇような状況で。
「あぁ、あっ、ショット、い……いく、いくっ……!」
「う、ん……ちゃた……っ」
苦しいくらいに抱きしめられて、背中に爪が立てられて、俺は情けないくらいガクガク震えながら精液をぶちまけた。いま腹の奥でショットもイッてんなって分かったけど、もういいや……と文句は言わなかった。それより、こんな血と精液まみれの愛の告白なんかあってたまるかと思いつつ、かつてない充足感に浸ってしまった辺り、やっぱ人間惚れたら負けなんだな。
「は、あ……も、むり……後始末、頼んだ……」
「うん、わかった」
顔中にキスされながら、俺は限界がきて気絶するように眠った。
▼28 あいつと一緒にいる理由
「茶太郎、シドニー!」
シドニーとスラムの方向に向かって歩いてると声をかけられて立ち止まった。
「よお、リドル」
「よ!リドル!」
「今から学校か?」
そのまま三人でなんとなく並んで歩く。
「お前、いつまで無職なわけ?」
「無職って言うなよ!街の便利屋さんやってんだぜ」
たまに資材みたいなものを担いで歩く姿を見ると思ったら、大工の真似事でも始めたらしい。
「力仕事は得意そうだもんな。不器用そうだけど」
「茶太郎に言われたくねえ」
「俺は器用だよ」
元気に学校へ走ってったシドニーを見送って「じゃあな」と自然に解散しようとしたが、当然のようについてくる。こいつって邪険に扱われて落ち込むような繊細な心をどっかに落として来ちまったのか?
「お前……可哀想な奴だな」
「急になんだよ!」
おかしくて笑うとリドルは咳払いをして話題を切り替えようとした。
「……それより、しばらく会わなかったじゃねぇか。今度こそあのバカに殺されちまったんじゃねーかって心配してたんだぞ」
「殺されはしねーけど、軟禁されてた」
あいつ、まだピリついてるからお前あんま近寄るなよ、と距離を取る。
「軟禁!?何がどうしたら軟禁されるような事になるんだよ!」
「先に言っとくけど、そういうプレイじゃねえからな」
「うっせーよ!」
俺が簡単に事のあらましを説明するとリドルは余計に声を張り上げた。こいつって普通の声量で話せないのか?
「それ軟禁ってレベルじゃねえって!立派な監禁だって!!」
「仕方ねーだろ、あいつなんだから」
「なんでそこまで許すわけ?どこに惚れてんの?」
ど直球すぎる質問に俺は思わず 咽 せた。
「ほっ……!ゲホ、ゲホッ!バカ、惚れてるって」
「惚れてんだろ、何照れてんだ」
じとっと睨まれて笑う。
「いや、そうなんだろうけど、その、なんつーか……流されていつの間にやら……だよ」
そしてつい最近ショットに言われた「愛してる」が不意に脳内に蘇って顔が熱くなった。誤魔化すように口元を片手で覆って目を閉じる。
「なにニヤついてんだよ、腹立つなぁ……お前らってそもそもどうやって知り合ったワケ?」
「大したドラマなんかねーぞ」
――あれはもう3年近く前の話になるのか。
支社に出張する事になったのは良いが、経費削減の波に押されて俺と上司は格安のスラムを通るルートで移動するハメになった。
「んで、こっからどうすんすか?」
「迎えの車が来るハズなんだが……」
「どっかで強盗にでも遭ったんじゃ」
担当が迎えに来るからこの地点で待てと言われて、営業してんのかどうか分からないボロボロのガソリンスタンドの近くにもう2時間近く突っ立ってるが、車なんか1台も通らない。
ここまで乗ってきたタクシーの運転手は「ここらは危ないぞ」と言い残して猛スピードで去ってっちまったし。
「困ったな……」
「あ!車来ましたよ」
「いやアレじゃない。ありゃタクシーだな」
しかし二人とも目を見合わせる。これはもう、捕まえて乗っておいた方が良いのではないかと。
「一旦、駅まで戻るか……」
「そっすね」
乗り込んだタクシーの運転手はあんたら運が良かったなと笑った。
「普通はこんなトコ、1日待っても野良タクシーなんか拾えねぇんだぜ」
「そうでしょうね、なんせ2時間も」
「ちょ、これどこ向かって……」
呑気に話してる上司の言葉を遮って窓の外を見ると、明らかにどんどん荒廃してる方へ進んでる。
「停めてくれ!」
「悪いな、分け前をもらう約束なんだ」
「おい!!」
迂闊だった。さっき言われた通り、こんな場所に野良タクシーなんか来るはずが無かったんだ。
車はゲートを越えて行く。ここらのタクシーは強盗防止に運転席と後部座席が完全に遮断されていて、どれだけ騒いでも停めてくれそうにはなかった。
ゲートの外は無法地帯で有名だ。ここでは人殺しさえ咎められないって聞く。持ってるモンを全部盗られるだけならまだしも、そのまま殺されて野晒しの死体になる未来だってあり得る。
「金なら渡すから、やめてくれ!」
「もう遅い」
車が停まったかと思うと、10代と思しきガキ共が扉を開けて俺と上司を引き摺り下ろした。
「さて……現金どれくらい持ってる?」
額に銃が押し当てられて走馬灯が脳裏をよぎる。その時、背中に衝撃が走って前に倒れ込んだ。突然の事にガキ共は反応が遅れたみたいで、俺も状況を理解するのに一瞬時間が掛かったが、どうも上司に蹴られたらしかった。
「おいアイツ逃げたぞ」
「はは!ヒデー奴だな!」
何人かが走って追いかけて行く。俺は地面に転がったまま、今度こそ死んだと思った。
「持ってるモン全部出せ」
「……」
殺した後に死体から好きなだけ漁ればいいだろ……なんて言えるはずもなく、震える手でポケットから財布や携帯を取り出す。このわずかな時間で打開策が無いか考えたが、当然何ひとつ思いつかなかった。
それを渡した瞬間、ガキ共のうちの一人が「うわっ!」と情けない悲鳴を上げたかと思うと「逃げろ!」と叫んで、突然そいつらは俺の事なんかすっかり忘れたみたいに一目散に逃げ出して行った。
「は、え?」
一体何事かと視線を動かせば真横に血だらけの何かが立っていた。どうも人間らしい。いや……本当に人間か?とりあえずあいつらの反応を見るに、まともな奴では無いことは確かだ。
俺はそいつを刺激しないよう、じっとしたまま息を殺して通り過ぎてくれることを願った。あの時ショットに俺が見えてたのかそもそも見えてなかったのか、今となっては分からねえけど……とにかく殺されずに済んで次の日を迎えたわけだ。
「……え、それが初対面?」
「まあ、初対面はそれだったな」
「会話すらしてねーじゃん!」
あの後、携帯もカバンも奪い取られた俺は帰る方法すらなくて、とりあえず道さえも分からずフラフラして、ポケットに残ってた小銭でパンを買って……。
見るからに何も持ってないからか絡まれないし、幸い無意味に殺されるような事は無く。
「これからどーすっか……とか思いながらとりあえずパン食べてたら、道端でショットがぼーっとしてたんだよな」
昨日助かったの、なんだかんだでコイツのおかげだよなと思って「パン食うか?」って話しかけたんだった。
「茶太郎って最初から割と頭のネジ外れてたんだな」
「はぁ!?俺はまともだろ!おかしいのはアイツ!」
「その流れでパン食う?って話しかける奴は普通じゃねーから安心しろ」
▼29 怖がらせてごめんな
湿気のせいか、夜中に寝苦しさを感じて目を覚ますと、隣で寝ているショットも 魘 されてた。
こんな時間に大人しく寝ているのを起こすのもどうかと悩みつつ、あんまり苦しそうだったら声を掛けようかとその寝顔をぼんやりと眺める。
少し窓でも開けるか……と悩んでいると突然ガバッとショットが起き上がって思わず「おわっ!」と大きな声を出してしまった。
「ビビったぁ……ショット?」
髪で隠れて表情が見えない。ただ何かに怯えているように見えて、そっとその背中に手を伸ばす。
「怖い夢でも見たか?大丈夫だ、ほら……」
でも触れる直前に力任せに弾かれて、爪が当たったのかガリッと手首に痛みが走った。そのままショットはベッドから飛び降りて部屋の隅に行くと腰に手を伸ばす。
「……っ、はぁっ……はっ……」
「ショット、大丈夫だ」
ようやく視線が交わったかと思えば、知らない人間を見るような目をしていて、相当混乱してるみたいだ。更にホルスターが腰回りに付いていないのに気が付いて、余計にパニックになったようだった。
知り合ったばかりのショットはどんな時も絶対に銃を手放さなかった。それが最近では外して眠るようになっていたのだが……。
「俺はお前に危害を加えない」
今のこいつに言葉が理解できてるか分からない。それでもなるべく穏やかに声をかけるが、ショットはサイドテーブルにある銃に気が付いて素早くそれを手に取るとその銃口を迷いなく俺に向けた。
「……ショット」
少しでも動いたら殺される。分かってたけど、俺はついベッドから降りて手を伸ばしてしまった。薄暗くてほとんど分からないけど、ショットが泣いてるみたいに見えたから。
「大丈夫だ」
「……っ」
引き鉄に当てられた指に力が入るのを感じ取って、ああまずったな……と思ったが、一瞬ショットの目に戸惑いが走って銃口がブレた。そしてバンと派手な銃声が一度だけボロアパート内に響き渡る。
全身に衝撃が走って一瞬どこを撃たれたのかさえ分からなかったが、どうも弾は横っ腹を掠めたみたいだった。それでも内臓を内側からぶん殴られたみたいなショックと肉の抉られた痛みにガクッと膝をつく。
「う、ぐ……」
「……っあ……ちゃ……ちゃた、ちゃたっ!!」
その銃声で目が覚めたのか、ショットは聞いたことのない悲痛な声で俺の名前を叫びながら駆け寄って来た。銃声で流石に目を覚ましたらしいシドニーも駆け寄ってくる。
「ちゃた!!」
「とーちゃん!!」
「大丈夫だ、かすっただけ……」
腹を押さえてたらグイッと抱き寄せられて、ショットの肩に頭を預ける形になった。
「ちゃた、ちゃたぁっ」
「悪い……俺が、考えなしだった」
お前が怖がってるって分かってたのに、俺なら大丈夫だって、どっか自惚れてた。それでこんな顔させて……。
「俺の、自業自得だから……っ、そんな、顔すんな」
すぐにシドニーが清潔なタオルを持って来てくれて、傷口に当てる。あっという間に血が染み込んじまってどうしようも無かったけど。
「ふっ……ふぅっ」
「ちゃた……っ」
「だい、じょうぶ」
撃たれたショックのせいか手も吐く息も勝手に震えちまう。二人を安心させてやりたいのに。
「とと、病院の場所わかる!?」
頭を振るショットにシドニーはパッと立ち上がると「俺、多分覚えてるから……ついて来て!」と走り出した。ああ、まじでなんて頼りになる奴なんだ。
「悪い、立てそうにねえ」
どこをどう持てばいいのか分からないみたいでオドオドしてるショットの首に腕を回して、足を脇に抱えるみたいに持てば走れるだろと教えてやった。
「ちゃた、ちゃた死んだらいやだ」
「っふ……ぅ、ごめんな……ショット」
***
傷口にタオルを押し付けるのと痛みに耐える事に必死になっていると無事に病院へ辿り着いたみたいだった。シドニーが無遠慮に入り口の扉をガンガンと叩く。
「先生!開けて!!」
「ウチは夜間診療やってないよ」
「でも対応できるようにここに寝泊まりしてるんでしょ!」
「勝手にそう言われてるみたいだけどね、ただここを家代わりにしてるだけで」
「いいから早く!!」
仕方ないなあとボヤきながら医者は俺を見て「今回はDV?プレイ?」と聞きながら扉を開けた。
「どっちも、違……」
「はいココに乗せて」
ストレッチャーに乗せられて、汚れたタオルを問答無用でゴミ箱に捨てられる。衛生観念どうなってんだ。
「派手に抉れてるけど内臓は無事だね、弾も残ってないし」
ちゃちゃっと処置するから、さっさと帰って。と言われて「お願いします」と声を絞り出した。
「ストップ、君は入らないで」
医者はシドニーを待合所のソファに座らせるとショットを病院の外へ追い出そうとする。
「なんで!」
「絶対バイキンだらけだから」
「バイキン」
「騒ぎそうだし」
あまりの言い草に思わず笑うと腹から血が噴き出した。
「ショット、大人しく待ってられるか?」
「うん」
俺がチラリと視線を投げかけると、シドニーがショットの手を握って自分の隣へ座らせる。
「おとなしくさせてます!」
「ああそう」
処置室へ運び込まれる俺をあんまり不安そうに見つめるから、魔が刺してつい馬鹿な事を聞いてしまった。
「俺が死んでも、毎月墓に会いに来てくれるか?」
「いやだ」
そしてまさかの即否定に絶望していると、ショットが立ちあがろうとするのでシドニーが慌てて止める。
「ちゃた死んだらいやだ!」
「とと、追い出されちゃうよ!」
なんだそういう事か……と安堵しつつ、意地悪な質問をした罪悪感と泣き出しそうなショットの姿に、今すぐ抱きしめてやりたいと思った。
そして俺の頭上ではストレッチャーを押しながら「だから死なないってば」と医者が呟いていた。
ストックホルム 症候群
▼30 こいつはただの野生動物じゃない
シドニーの宿題を見てやってると帰ってきたショットが珍しく興味ありげに覗き込んできた。
「お前も勉強するか?」
「むずかしい」
これが"シドニー"と名前を指さすと「ちゃたは?」と聞かれたのでカンジで"茶太郎"と書いて教えてやったら紙とペンを持って隣に座ると一生懸命に書き始める。
「ちゃ、た、ろ」
「か……可愛いやつ……」
「イチャイチャするなら他の部屋に行ってね」
宿題を見るのも忘れてそんなショットの様子をじっと眺めてると横から鋭くツッコまれて恥ずかしくなった。
「おーい茶太郎」
不意にどこからか呼ばれた気がして顔を上げると、窓の下から声が聞こえたようだった。
「なんだ珍しいな」
見下ろすとリドルがこっちを見上げてた。
「今晩、俺が住んでるトコの1階のバーがイベントやるんだってよ、一緒に行かね?」
「へぇー……」
最近外で飲んだりしてないな……と少し考える。
「行かない」
するとショットが俺の横に並んで窓の下を覗き込むと勝手にそう答えた。
「テメーを誘ってんじゃねぇ!」
「ちゃた行かない」
それだけ言って俺を室内に引っ張り込むと窓をピシャリと閉めるから、つい笑ってしまう。窓越しにギャーギャー騒ぐ声が聞こえてきたけど、無視しておいた。
「なんだよ、妬くなよ」
「あいつはダメ」
「あいつとじゃなきゃいいのか?」
「?」
そういえば、こいつが飲んでるところ見た事ねぇな。酔うのかな、なんて好奇心が湧いてきた。
「一緒に行かね?バー」
「……うん」
そうと決まれば話は早い。シドニーに「宿題が終わったら今日は夜更かしだぞ!」と伝えたら大喜びではしゃいでいた。
***
いったい何のイベントなのか不明だがバーは割と賑わっていた。ショットが来た瞬間に少しだけ緊張が走ったが、俺とシドニーが一緒にいるのを見て「まあいいか」という雰囲気になってホッとする。
「茶太郎、久しぶりだな」
「ショットも一緒なのは初めてか?」
「ああ、こいつって飲むの?」
「いやオレは見た事ねぇな」
何人かに話しかけられつつ、カウンターにショット、シドニー、俺の順で三人並んで座るとシドニーが元気に「俺コーラ!」と叫んだ。
「俺はジンにしようかな、ショットは?」
「ちゃたの一緒の」
口に入るモンの味にこだわり無さそうだもんな、血とか……と思った直後に下品な思考に飲まれそうだったので慌てて注文した。
それからショットは大人しくチビチビ飲んでて、俺とシドニーはなんでもない事を話して楽しく過ごしてた。
「もう無くなるな、次頼むか?」
グラスが空になってるのに気がついてそう尋ねるとコクリと頷くので、酔ってんのかまともなのか分かんねーなと思いつつ、暴れそうな空気はないので新しい酒を注文してやった。
「それでさ、隣のクラスのやつが……」
どれくらい喋ってたのか、俺は3杯くらい飲んで気分も良くなってきて、ショットはボケーッとしながらもう5杯くらい飲んでる気がした。興味あるのかないのか、前を見つめて無表情のまま頬杖をついて……楽しそうに喋るシドニーの声を聞いてんのかな。
なんて思ってたその時、ショットが不意に何かを呟いた気がした。
「ん、何か言ったか?」
俺の言葉にシドニーも振り返る。そしてショットがもう一度口を開いて発したのはどうも別の国の言葉のようだった。
「……え、今なんて言ったんだ?」
「とと?」
俺たちの声なんか聞こえてないみたいに表情を変えないまま、ショットは更に何事か話し続けている。
「ショット?おい……どうした」
「なんだ何言ってんだ」
「俺わかんねぇ、もっと西の国の言葉だな」
「誰かわかるか?」
その様子に興味を持った数名が取り囲んできて言葉を聞き取ろうとしていると、一人が「あ、俺の母国語だ」とショットの隣に座った。
そして続く独り言に何事か返すが、しばらくして「ダメだこりゃ」と立ち上がる。
「会話が成り立たない。こいつ多分、意味わかって言ってねぇよ、まるで壊れたテープレコーダーみたいだ」ららは 「どんな事を言ってんだ?」
「……ニンナナンナの歌詞と、お前は逃げろ、ありがとう、親父に会わせてやる、そんな言葉をぐちゃぐちゃに呟いてる」
「ニンナナンナ?」
「俺の国の子守唄だ。イヤに流暢で気味が悪いぜ」
まだブツブツ言ってるショットが心配になって肩に触れようとしたら周りに止められた。
「待て!トリップしてるこいつを無闇に刺激するな」
「ああ……」
確かに、正気じゃないショットが何をやらかしても不思議じゃない。俺は念の為にシドニーと席を交換した。
"お前は逃げろ"そして"親父に会わせてやる"……もしかして、これらはマウロアの言った内容なんじゃないか?マフィアといえば西の国が発祥だとも聞くし、そっちの言葉を話していたとしても納得がいく。
「ショット……」
それにしても、いったいどうしたんだ。
「こいつがそうか」
「え?」
急に言葉が変わった。今度は俺にも分かる言語だ。
その目は遠くを見たまま、意識はハッキリして無さそうにみてる。もしかして酔って寝てるような状態になって、夢を見てるのか?こいつ夢遊病っぽい時あるしな……。
「そう、これがテッド、放っといていいよ」
続いた言葉に俺はサッと酔いの醒める気持ちがした。これは会話だ。おそらくショットの母親と継父の。
「腹立つんだよ。物覚え悪いし、あんま喋んないし」
「……ショット」
本当にテープレコーダーみたいだ。普段のショットとは全く違う、流暢で粗雑な話し口調。
「気持ち悪い、可愛くないガキ産んじゃったな」
「おい、ショット!」
胸がズキッと痛むような感覚がして、思わずショットの手を掴んで名前を叫んでた。またパニックになって撃たれるかも。怪我なんて慣れてる、もうそれでもいい。この夢からこいつを醒めさせたかった。
「ちゃた?」
すると慌てて距離を取って身を守ろうとした周囲の奴らの温度感とは正反対にキョトンとした顔でショットは俺を見つめる。
「大丈夫か……?お前、今、何か夢を見てたか?」
「ん……おぼえてない、夢みてたかも」
「覚えてないならいいんだ」
俺はもう酒を飲む気分なんかじゃすっかり無くなっちまって、さっさと支払いを済ませると二人の手を握って店を後にした。こいつには二度と酒なんか飲ませない。歩きながら俺は何故か勝手に涙が出てきて、悪態を吐きながら帰った。
「ちゃた、おこってる?」
「怒ってない」
「でも泣いてる」
悪いけど一人で支度して眠れるかとシドニーを部屋に帰らせてから、俺はどこかの部屋に入るのも[[rb:煩 > わずら]]わしくてアパートの廊下でショットに抱きついた。
「お前が泣かないから」
「おれ悲しくないよ」
泣いてると涙を舐められて、そのままキスされる。
「ふ、う……」
「ちゃた、泣いたらいやだ」
気持ちが落ち着かない。ショットの首に顔を埋めて泣いてると抱き上げられて、奥の部屋に連れて来られた。
「ちゃた」
「……もしかしてお前って今までに聞いた"音"全部覚えてんの?」
「?」
この予想は合ってる気がする。本人でさえ無自覚だし、記憶してる音……言葉の意味は理解できてないけど、きっと全部が鮮明に記憶されてるんだ。無意識の時にそれが勝手に口から再生されるくらい。
こういうのって、もしかしてサヴァン症候群……いや、 超記憶力 ってやつか?こいつは目に見えたものを覚えるのが極端に苦手な代わりに、耳に入った音を全て記憶してしまうんだろう。
そうだとしたら、忘れてしまえばいいようなクソッタレな過去も、こいつの脳には鮮明に記憶されちまって一生消せないって事だ。名前を呼ばれると不機嫌になるのは、予想通りやっぱ嫌な思い出と直結してたからか。
母親と継父にどんな風に扱われて、どんな言葉を浴びせかけられていたのかなんて、簡単に想像がつく。いや、俺ができる程度の想像なんかより酷い内容かも。名前を呼ばれる事がトリガーになって、そういう"嫌な音"がフラッシュバックするのかもしれないな。
***
「よーぉ茶太郎!」
クレイグと廃材漁りをしに行くと、同じく工具でも探しに来たのかリドルがいた。
「あの日、結局バーに来てたんだって?しかもブラッドレイも一緒に!」
「あー、ちょっと来い」
俺はリドルの腕を掴んで、クレイグから会話が聞こえないように小声で話す。
「あいつの事、本名で呼ぶのはやめてくれ、頼む」
「な、なんでだよ」
いつもなら「嫌だね!」と速攻で断られそうなモンだが、俺が真剣に伝えたから一応理由を聞いてくれた。
「本人のいねぇトコで勝手に話すのは気が引けるが……」
「別に漏らしたりしねえよ」
「あいつ、今までに言われた言葉とかすげー覚えてるみたいでさ」
「ああ……残念ながら理解はしてなさそうだけど、言葉自体はやたら覚えてるよな」
こいつにも覚えがあるらしい。そういえば前に色々聞いたとか言ってたな、例の子作りの件で……。
「そう、それ。まじで尋常じゃないレベルの話みたいなんだ」
「……それで?あいつは名前と過去の記憶が直結するから、口にすんなって事か?」
「理解が早ぇじゃねえか」
だからって、目の敵にしている奴を通称で呼ぶのはポリシーに反するのか渋る。
「なあ、別にシュートって呼ぶ必要はねぇよ。オーサーだってあいつの事は"クズ"呼ばわりだしな」
「まあ……」
「頼むよ、お前にとっては憎い相手かもしんねーけどさ、俺にとっては大事な奴なんだ。わかるだろ?辛い思いをさせたくない」
小っ恥ずかしいこと言ってんなと思ったけど、ちゃんと伝えるべきだと思ったから言い切った。
「……あーもう、わかったよ!」
うんざりしながらも了承してくれたリドルに礼を言って、その後は三人で仲良くゴミ山を歩き回って宝探しに勤しむので合った。
▼31 意外と適応力あんだよな、俺
「ん」
「なんだよこれ?」
路上で見知らぬヤバい奴と分け合ってパンを食べてたら何かゴソゴソした後に|徐《おもむろ》に金を渡された。メシ代のつもりか?
「いらねーよ、安いパサパサのパンを半分やったくらいで」
そう言ったがそいつは聞いてんのか聞いてないのか、何も返事をせず立ち上がって歩き出した。
「変なやつ」
まあくれるモンは貰っとくか……とヨレた金をポケットに突っ込む。これで明日も食えそうだな。
幸いまだギリギリ凍える季節でもねえから、今日の所は適当な軒下に横になってホームレスの真似事をしてた。いや、これって既に立派なホームレスか?
「あー……シャワー浴びてー……」
ボヤいても一人だ。ここどこなんだよ、まじで。あんま無闇にウロつくのも怖いしなあ。とりあえず日が暮れていくのを眺めながら、こんな路上で寝転がりながら意外とリラックスしてる自分に気が付いて「才能あるんじゃね?」とくつくつ笑った。
「なぁアンタ、何やってんすか」
「あ?」
不意に話しかけられて顔を上げるとまだ若そうな野郎が立ってた。
「なんだよ、金ならねーぞ。金目のモンも何にもない」
「見りゃ分かるよ。アンタ都会の人?なんでこんなトコに……」
何も持ってなくてもここで寝るのは危ないっすよ、と言われたが余計なお世話だ。
「帰り道もわかんねーんだよ」
「ゲートまで案内しようか?」
「はぁ?」
なんだこいつ。何が目的だ?と思っても爽やかすぎて裏があるのかどうかわからない。
「気にしなくていいっすよ、俺も行く方向なんで」
「……んじゃ頼む」
この際、どっか攫われて内臓を売られたとしてももう諦めるしかないな……と思考力の低下してる俺はそいつにホイホイついて行く事にした。
「俺、クレイグっていいます」
「茶太郎」
クレイグはマジでただの親切野郎だったみたいで、本当に俺をゲートの近くまで連れて来てくれた。
「ありがとな」
そう言って、さっき貰ったなけなしの金を渡してやろうとすると断られる。
「そんなつもりじゃないんで」
「じゃあコーヒーでも奢るよ、時間あるか?」
ゲートの内側に見えたボロいコーヒースタンドを指せば「お言葉に甘えて」と笑いかけられた。
「ところで、これくらいの身長の金髪のやつ、わかるか?」
「え……他に特徴あります?」
「血まみれで現れて若い奴らに怖がられてた。知ってる?」
そう言うとすぐ「多分シュートでしょうね」と返されて、俺の頭の中で点と点が繋がる。
「あいつが!」
「なんすか?」
こんなトコに知り合いなんかいるハズがねぇのに妙に既視感があったんだが、何回もテレビや張り紙で見た顔だったからだ。ゲートの外にいるって噂はマジだったんだな。
「いや、この金あいつから貰ったから、実質このコーヒーはシュートからの奢りってこった」
「ど、どういう事っすか」
俺の言葉にコーヒーを噴き出しそうになったクレイグに思わず笑う。それから帰りの電車賃が無いことに気がついたけど、この親切なボウヤに言うとコーヒー代を返されそうだったのでにこやかに見送っておいた。
「さて……これからどうすっかな」
結局、ゲートの内側とはいえこの辺りの治安も大して良くは無さそうに見える。見張りをしてるやる気のなさそうな警察官に金を貸してくれなんて言おうモンなら殴られそうな気がしてやめておいた。
夜の歓楽街はギラギラ眩しくて、路地裏は室外機から出てくる臭い空気とゲロと謎の液体や倒れてる人間とネズミで最悪。
結局行くあてもなく、ゲートの外の方が眠れる場所ありそうだなと俺はまたフラフラと足を踏み入れた。案の定、どこか遠くで銃声が鳴ってる事を無視すれば"こっち側"は嫌に静かで、人の気配も無い。
人目につかない場所を探してここで夜を明かしてから、また明日どうするか考えよう、と俺は道に迷わない程度にゲートから離れて物陰を探した。
「ん?」
すると暗闇で何かが動いた気がして、俺の靴がジャリッと音を立てた瞬間に何者かに胸ぐらを掴まれた。
「ぉわ!!」
そのままドッと壁に押し付けられて、爪先立ちになる。気道が狭まって息が苦しい。
「……あ、お前」
「?」
突然襲いかかってきた相手は例の"シュート"だった。俺を覚えてるのか、覚えてないのか、ただ無表情でじっと見つめられる。
「なあ、シャワー浴びれる場所知ってるか?」
こいつ会話できんのかな?と思いながらも、昼間にパンをやると金を渡してきた辺りからして、完全なイカれ野郎ではない想定で聞いてみる。
「……」
「シャワー、浴びたいんだよ」
抵抗せず敵意がない事を示すと思ったよりすんなり手を離してくれて、軽く 咽 せたけど歩き出した背中を慌てて追いかけた。
「なぁ、案内してくれんの?」
一応尋ねるが返事はない。でも怒ってるようではなかったからとりあえずついて行く。多分、こいつと一緒にいたら襲われなさそうだなと思ったし。
しばらく歩いてたどり着いたのはどうやらコインランドリーだった。薄暗くて営業時間外みたいに見えるけど、機械の電源は入ってるみたいだ。
「ん」
声を掛けられて振り返るとシュートは奥の扉を指さしていた。
「あ、これコインシャワーか?」
まじで連れて来てくれたのか、ダメ元だったのに。タオルとかは無さそうだから、濡れたまま元の服を着るしか無さそうなのが嫌だけど。
「やべ……金ある?」
笑いながら聞くとジロッと睨まれる。表情がないから、睨んでるように見えるだけかもしんねーけど。落ち着いて見るとその左目はどうも義眼のようだった。
「いや貰った金でコーヒー飲んじまったんだよ、悪い」
そしたらどういう感情なのかわかんねーけど急に物凄い力で胸元を押されて、バランスを崩した俺はシャワールーム内に転がった。
「ぎゃあ!なんだよ!」
一瞬、怒らせたかなと思って身構えたがカラカラと軽い音が響いて、俺の胸元に何枚かコインが置かれてたのに気が付いた。地面に転がったそれらを拾い上げる。
「くれんの?」
聞いても返事はない。でもシュートは転んだままの俺を跨いでズカズカシャワールームに入ってくると横にある機械を指さしてこっちを向いた。
「それ、入れる」
「ああ……そしたらシャワーが出んのな」
「ここ」
「分かったよ、ありがとう」
なんかお礼にやれるモン無いかなと思ってポケットを漁るとコーヒーについてきた小さいクッキーが出てきた。
「ありがとな、まじで」
それを手に乗せてやるとまたジッと見つめられたけど、シャワー浴びるから出てけと追い出した。
▼32 愉快な路上生活
シャワーを済ませた後はインナーをタオル代わりにしてとりあえずトランクスは裏表を逆にして履いた。汚れてるけど仕方なくスラックスとシャツだけを身につけて、ジャケットは手に持ったままシャワールームを出ると意外にもシュートはまだそこにいた。
「おい?寝てんのか?」
その顔を覗き込んだ瞬間、パッと目が開いたかと思うと首を乱暴に掴まれる。
「ぅげっ!」
「……」
突然の事に頭が一瞬パニックになったけど、次の瞬間には背中から床に叩きつけられて首を締め付けられて息が出来なくなった。
頭に血が回らなくなって、落ちる……と思った時、状況を思い出したらしいシュートはあっさり手を離して俺を解放してくれた。
「っう……ゲホッ、ゲホッ!!」
せっかくシャワーを浴びたのに、汚い床に倒されたせいで絶対に汚れたと思う。でもとりあえず立ち上がって咳き込みながら余ったコインを返した。
「ありがとな、これ」
でもなかなか受け取らないから、無理やりポケットに突っ込む。
なんかすげー疲れて、そのままコインランドリーのベンチに横になるとシュートも近くに腰を下ろした。
「なに、お前もここで寝んの?」
もしかしたらさっき会った場所で寝てたのかもな。起こしちまった上にここまで案内させて、悪い事したな……と思いつつ、眠気に勝てなくてベンチは譲らずにそのまま寝落ちた。
しかし後から分かったけど、こいつは座ったまま寝るのがデフォルトみたいで譲る必要はそもそも無かったらしい。
それから次の日もなんとなく一緒にいて、次の日も、その次の日も……シュートは俺が付き 纏 っても怒らない、というか良くも悪くも大して興味が無さそうに見える。
生きるのが苦手そうなのがつい気になっちまって、メシや傷の手当てやら世話を焼いてるウチに、いつの間にかここに来て1週間が経ってた。こいつ今までどうやって生きてきたんだ?
その間に歓楽街の方に消毒液を買いに行ったり、着替えを買いに行ったり、何度も帰るチャンスはあったのに、どうも俺は意外とここが気に入っちまったのかもしれねえ。
「茶太郎さん!」
「ん?おお、クレイグ!」
「なんでまだここに居るんすか!?」
朝メシのパンを買って紙袋を小脇に抱えながらシュートのトコに戻ろうと歩いてると見覚えのある好青年に話しかけられた。
「帰る金が無くて戻ってきて、そのままズルズル」
「パン買う金あるんじゃないすか!」
「いや、コレは俺の金じゃなくて……」
なんて話してたら突然クレイグの目線が俺の背後に伸びて表情が硬く引きつった。
「ち、茶太郎さ……」
「おわっ」
後ろから腹を引き寄せられて驚いたが、更に頭の上にゴツッと硬いモノが乗せられた。多分アゴだな、こりゃ。
「なん……シュート?」
「おそい」
俺に興味無さそうだと思ってたけど、一応は個として認識されていたらしい。
「はは、なんだ心配したのか?」
まさかな、なんて思って言ってみたけど意外と本当にそうだったりして。
「……」
「メシにするか」
目を白黒させてるクレイグに「またな」と手を振ってメシを食うのに丁度いい場所を探すために歩き出すとシュートも素直についてきた。
水の出てない噴水に腰掛けてパンを二つ紙袋から出す。
「どっちがいい?」
「……」
パンじゃなくて俺をじっと見つめるから、聞こえてる?と聞いてみたけど返答は無い。慣れたモンだ。
「俺はこっちなんだけど」
そう言って片方を掲げると反対側を取ってモソモソと食べ始める。俺はそのポケットに釣り銭を返して自分の分を食べ始めた。
「お名前」
「ん?」
「お名前はなんて言いますか」
まるで決まり文句を丸覚えしたみたいな質問に俺は笑いながら「茶太郎だよ、ちゃたろー」と答える。そしたらシュートは口の中で何度か俺の名前を繰り返した。
「……ちゃたろー」
「そう、お前は?」
知ってるけど聞いてみた。こいつが自分を誰だと紹介するのか興味があった。でも待てど暮らせど返事はなかったから、答えたくなかったか、もう俺との会話に興味を失ったか。
まあ、そんな感じで俺とこいつは気が付けば当たり前のように一緒に行動するようになっていった。
***
コインランドリーのベンチに座ってあいつがシャワーを済ますのをぼんやりと待つ。
「おう茶太郎、生きてたかよ」
「おかげさまで」
何度か会話した事のある見るからにワルなゴツい男に手を挙げて返事をする。昨日は謎の熱血警察官がこの街に現れて、俺はショットにぶん殴られて脳震盪を起こしたんだった。
「あの警官は?」
「さあ……仕事してんじゃね?」
あの後、その警察官……リドルは「また来るからな」と言い残して帰って行った。
「あんなのがウロついてたらショットがまた暴れるぜ」
「それは困るなぁ」
そろそろ寒くなってくる時期だし、身を隠す為にも家を探さねーとな……なんて思う辺り、いつの間にかすっかりここの住人になっちまってる自分に笑う。
するとシャワールームから出てきたショットが俺と話すそいつに気がつくや否や殴りかかったからビックリした。
「おいテメーなんだ急に!」
銃は俺が預かってて良かった。
「ストップストップ!俺ぁ別に絡まれてたワケじゃねーから!」
「備品を壊したら現金で弁償だからな」
コインランドリーのおっさんが雑誌を読みながら忠告する。昨日からショットはピリピリしてて、俺を殴って気絶させたのは自分だっつーのに、俺に近寄る人間に威嚇して回るから喧嘩になるんじゃねえかとヒヤヒヤする。
「降りろてめぇ殺すぞ!ショット!!」
「ちゃたに近づくな!」
「さっさと拠点見つけねぇとな」
マウントポジションでまだ威嚇し続けてるバカを引き剥がしながら独り言のように呟くとコインランドリーのおっさんが「上なら空いてるぞ」と言った。
「なんだお前ら路上生活なのか?」
「そうだよ、だからいっつもここでシャワー借りてんじゃねーか」
「この上、誰も使ってねえよ。しかも水道ガス電気は生きてる。誰が管理してんのか謎すぎていつ止まるかわからんが」
「え、アンタは?」
「俺はこの階しか使って無いんだ、ショットが上に住んでたら悪ガキ共もそうそう悪さしに来ねえだろうし、助かるぜ」
そんな訳で俺とショットはコインランドリーの上で暮らしてく事になった。
▼33 そしてあなたは眠りにつく 1/3
――リンチに合うのも慣れたもんだ。
切れた口の中に滲み出た血と混じった唾液を床に吐き捨てる。
「チッ……」
自由時間に労働をして小銭を稼ぐのもジムで汗を流すのも図書室で本を読むのも、俺にとっては自由じゃない。どこへ行っても文句をつけられて殴られて追い出されるからだ。
看守どもはニヤニヤ笑ってそれを見てるだけ。ああいいさ、誰かに助けてもらおうだなんて思ってない。そう、親父にだって。
「新入りだ、喧嘩するなよ」
せっかく独房で、自分の牢屋だけは安息の地だったってのに。ウンザリしながら顔だけ扉に向けて驚いた。
「……まだガキじゃねーか」
「これでも16だ」
まじか?| 13,14歳 くらいにしか見えねえ。栄養が足りて無いのかヒョロヒョロの手足に着けられた手錠が痛々しい。
「おいたすんなよ、殺されるぜ」
「……」
確かにガリガリの体に伸びっぱなしのブロンドはパッと見で女に見えなくもない。だが俺はそういう"弱いモンいじめ"が大っ嫌いなんだ。鬱陶しい看守の背中を睨みつけた。
「はぁ……よろしくな。俺はマウロア」
そいつは聞いてんのか聞いてないのか、無反応だった。
「おい聞こえてんのか?」
すると「?」と言わんばかりに首を傾げて、髪の間から青い瞳が覗く。俺はそのあまりの綺麗さに思わずビクッとしてしまった。それはただの青じゃなくて、緑色にも見えた。
あんまり綺麗なその瞳が痩せた顔にギョロギョロくっついてるから、ちょっと不気味だと思ったけど態度には出さないように努めたつもりだ。
「……な……名前、なんていうんだよ」
それでも何も答えない。もしかして口が利けねぇのか?と思ったが、ゆっくりはっきりもう一度言ってみる事にした。
「俺はマウロア。あなたのお名前はなんて言いますか?」
これじゃバカにしてるみたいだなと思ったけど、キョトンとして気にして無さそうだから別にいいか。音に反応するって事は耳は聞こえてるみたいだ。言葉がわからないのか?
「あー……お前のこと、皆はなんて呼ぶ?」
「カディレ」
俺の質問が分かったというよりは、何を聞きたがってるのかを察したような感じだった。
「 カディレ ?」
多分本名じゃない。というか、そんなワケがあってたまるか。こいつにその意味は分かってないんだろう。
「……わかった。俺はお前をシュートって呼ぶ。"カディレ"から派生して生まれた言葉のうちの一つだ。でもこっちの方がずっとカッコいい意味なんだぜ」
「……」
そんな事を話してるとちょうどベルが鳴って夕飯の時間になったので新入りに説明してやる事にした。
食堂に行くと点呼を取られて、トレーを受け取って配膳口へ向かう。時間通りに食堂に来なかったらとっ捕まえられて懲罰房行きだ。
「メシの後はシャワーな。それが済んだらさっさと自分の牢屋に戻ってさっさと寝る」
「……」
クソ不味い飯を受け取って二つ並びに空いてる席を探したがどこもまばらだ。なんか不器用そうな奴だけど、流石に一人で大人しくメシを食うくらい出来るか。
「おいロア、近くに来んじゃねえよ」
難癖をつけられるのもいつもの事。無視して空いてる席に座るとガタッと音を立ててそいつは俺の胸ぐらを掴んできた。
「くせぇんだよ、田舎モン」
「騒ぎを起こすと懲罰房行きだぜ」
看守がこっちを睨みつけている。こいつもいちいち突っかかってきて、大した暇人だな……なんて思ってたらガシャッと大きな音がして周囲の視線がそっちに動いた。
「おい!スープが掛かっただろ!」
「?」
どうやらシュートがトレーを乱暴に置いたせいでスープが飛び散ったらしい。
「なんだコイツ、新入りか?クソガキ!」
「待て待て!手が滑ったのか?シュート、ほら謝っとけ」
俺は殴られ慣れてるけど……なんて思った瞬間、ゾッと背筋が冷えた。シュートの瞳がまるで肉食獣のように見えたからだ。
「待……」
「テメーの同室か?マウロア!良い度胸してんな新入りを使っていつもの仕返しか?」
だが奴らの怒りは運良く俺に向かったから、とりあえずその場は俺が殴られるのに少し耐えるだけですぐ全員懲罰房行きになって済んだ。
***
懲罰房で一人鞭打たれた背中の痛みを感じながらさっきのシュートの瞳を思い出す。ああいう目をしてる奴らを知っている。何の感情も無く人を殺せる目だ。
「……」
それに、俺はあの瞬間、もっと本能的にただ恐怖を感じていた。殺される……そう思いさえした。あんなヒョロヒョロで弱そうな奴相手に。
牢屋に戻るとシュートは床に座って寝てた。
「おい、こっち使っていいぞ」
そう言って二段ベッドの上を指差す。ペラペラのマットにギシギシうるさい骨組みの最悪なベッドだが、それでも床に座って寝るよりずっとマシだろう。
「?」
「ここで寝ろ」
もう一度説明しても全然ダメだ。俺はちょっと笑っちまって、じゃあ下がいいか?と聞いてみた。
「ねる」
そう言って床に座ったままシュートがまた顔を伏せるから、俺は慌ててその腕を掴んでここ!ベッドで寝ろ!と言い聞かせた。隣の牢屋からうるせぇと怒鳴られたが気にしない。
「分かるか?お前はここで寝ていいんだ」
横にならせて毛布をかけてやるとしっかり目を開けたままだったから、そっと手で閉じさせる。
「目は閉じとけ。ほら、そしたらいつの間にか眠れるだろ?」
翌朝、様子が気になって早く目が覚めた俺はベッドの上で膝を立てて座った状態で眠るシュートを見て、こいつは寝転がって眠った事が無いのかもしれないと思った。
「シュート、これはお前のベッドだ。こうやって寝転がって寝ていいんだ」
「これはおまえのベッド」
「違う、お前ってのはシュートの事。これはシュートのベッド」
とにかく栄養を摂らなきゃなんも頭に入らねえな。お前は脳みそをもっと育てた方が良さそうだから、とにかくなんでも食え。と言って俺は朝食のベルが鳴るのと同時に食堂へシュートを引っ張っていった。
▼34 そしてあなたは眠りにつく 2/3
事件が起きたのはそれから3日後の事だった。
シュートは多分、共同生活ってのをマジでした事が無いみたいで、とにかく"粗雑"だった。
ドスドス足音を立てながら歩くし、扉の開閉もとにかく力任せ。コップを机に置けばダンと音が鳴る。食べ物をこぼしても気にしないし、汚れた手で何でも触る。
でもそのひとつひとつを丁寧に説明すればちゃんと理解して、すぐ忘れちまうものの……矯正する努力は本人なりにしているようだった。
「マジで何にも知らねぇだけなんだな」
誰にも何も教えてもらえずに生きてきたんだと分かる。言葉もあまり発しないが、理解は出来るみたいだ。俺には"会話"っていう概念が欠落しているように見えた。これも経験で埋めていけるのだろうか。
まだたった3日だってのに、俺は生きるのが下手なこいつの事が放っておけなくて毎日甲斐甲斐しく世話をしてやっていた。
だから、それをネタにまた絡まれたんだ。
「おいロア、その新人貸してくれよ」
「……」
自由時間にシュートと図書室へ行こうと廊下を歩いてると、そう声を掛けられた。俺は心底不愉快で見向きもしなかったが、行く手を阻まれる。
「えらく可愛がってんじゃねえか。なあいいだろ?俺にも貸してくれよ」
「何を勘違いしてんだか知らねぇけどな、こいつは」
ガッと勢いよく正面から口やアゴの辺りを雑に掴まれて上を向かされた。首が痛かったが何でもない顔で無反応を貫く。
「勘違いしてんのはテメーだ。誰が口答えして良いっつったんだ、あ?」
そのまま腹を殴られてシュートを逃すべきかと悩んだ瞬間、何かが目の端で動いたと思った直後、変態ヤローの側頭部にはシュートの手錠が食い込んでた。
辺りにはゴッと鈍い音が一発だけ。声を出す間もなくそいつは白目を剥いて地面に崩れ落ちたが、シュートは更に手を伸ばして何かをしようとしている。
「シュート、止まれ!」
廊下の中途半端な場所で、幸い誰にも見られていなかった。面倒事を避ける為に俺はシュートの腕を掴んでその場を離れた。
「大人しくしてなきゃダメだ。誰かを殴ったりしたら、それだけここから出られる日が遠くなるぞ」
中庭に出てそう言い聞かせたが、相変わらず分かってんのか分かってないのか、よく分からない反応しか返ってこない。
「シュート、あのな……」
「ロア、痛いとおもった」
そう言いながら腹を触られる。俺が殴られたのを見て、守ろうと思ったみたいだった。
「こんなのは慣れてるからいいんだ。俺は辺鄙な地域で幅利かせてる田舎マフィアの息子だから、仕方ねーんだよ」
自分で言いながら情けなくなる。チクショー、本当は親父もファミリーの皆も、嫌いじゃねえのに……。
「とにかく、お前の力は強すぎるんだ。ガキの喧嘩じゃ済まねえ」
初日にこいつに対して感じた"あの恐怖心"は間違いじゃなかった。シュートはどうやら、只者じゃない。もし俺が武器を持ってても絶対に敵わないだろう。
そうして夜になれば、まだベッドに横になってうまく眠れないシュートに俺はファミリーの故郷の子守唄を歌ってやった。
――天使が見えるかしら、あなたを天国に連れ戻そうとする天使が――
***
そんな風にしてあっという間に3ヶ月が経った。
いくら隠そうとしても、シュートの並外れた戦闘能力……いや、もはや殺傷能力と言うべき力が知れ渡るのに時間は掛からなかった。誰かが俺にちょっかいをかける度にそいつは半殺しにされて、今では近くに寄ってくる奴すらいなくなった。
問題を起こしても看守は何故か見ないフリ。シュートの怒りが収まるのを待って、怪我人の救助をするだけだ。
「なあ、なんであいつ野放しなんだ?」
唯一気さくに会話が出来る看守にコッソリ尋ねてみた。
「手出ししたら殺されるからだよ。お前と仲良くなってくれてマジで良かったぜ」
まるで猛獣だな。いや、そうか。あいつは猛獣だと思えばいいのか。つまり人間の檻に一匹のライオンが放たれてるような状態って事だ。そりゃもう刺激しないよう遠巻きにしておくしかない。
……おい、それと同室にされた俺は怒っていいのか?
「俺は猛獣使いじゃねーぞ」
「似たようなモンだろ」
刺激されなけりゃ至っておとなしいシュートは中庭のベンチに座ってぼんやりと空を眺めている。
こんなクソッタレな場所のゴミみたいな食事でもこいつには余程マシな食い物だったようで、初めて会った時とは比べものにならないくらい最近のシュートは健康的になっていた。
それでも16にはあまり見えなかったが、こりゃ変態警官に手を付けられそうになったと言われても納得の美少年だと思う。俺にそんなシュミはねーけど。
栄養の足りてるシュートは目力が更に増して、本当に宝石みたいな瞳をいつも煌めかせてた。
「ロア、ちょっと来いよ」
「おー」
今までデカい顔をしてた野郎がシュートの登場ですっかり権力を失い、俺には会話を楽しめる相手が少しだけ増えた。
ただ良い事ばっかでもねえ。無口で見た目が綺麗で誰よりも強いシュートはこの監獄内で異質な存在だった。その特殊性はおかしな方向にも働きかけ、どうも最近はまるで教祖のように崇められているフシさえあった。
「なあシュートの髪の毛が欲しいんだよ」
「はあ!?」
「一本だけでいいから!」
「何言ってんだ、気持ち悪ぃ!」
「なんだよ、独り占めすんなよ!」
こんな事も珍しくはない。とにかくシュートに関する何かを手に入れようとする奴が後を絶たなかった。それをどうする気なのかは聞きたくもないから知らねえが。
そのうち大規模な脱獄計画が囚人間で囁かれるようになって、その首謀者がシュートだって話になってた時は流石に聞き流せなかった。
「おい、あいつがそんな事を計画するわけがねーだろ!」
「シュートならやれるさ」
「放っといてやれ!!このまま大人しくして、2年もしたら仮釈放が決まるかもしれねえんだよ!」
「そんなモンに甘んじる奴じゃねえよ」
俺たちを巻き込むな、と何度も忠告したが流れは止められず、とうとうシュートを中心人物に設定した脱獄計画が勝手に実行されることになってしまった。
▼35 そしてあなたは眠りにつく 3/3
そりゃ酷いモンだった。奴らはシュートが純粋無垢な馬鹿なのを知ってて、まんまと脱獄計画の首謀者として利用しやがった。どうせ「ロアが看守に折檻されてる」なんて言ったんだろうな。シュートが暴れてるとなれば、大慌てした看守たちの意識は一気にそこにばかり向かう。
しかしそれは情けなくも捕まえられちまった俺のせいでもある。俺を囮にシュートを怒らせて最初の火種を撒かせたあと、結局は滅茶苦茶な乱戦だ。
「ロア!」
「悪い……止めようとしたけど、俺なんも出来なかった」
「ロア、ケガしてる」
適当な奴の牢屋に縛られて転がされてた所にシュートがやってきて、ロープを解いてくれる。その手にはどこかで手に入れてきたらしいナイフが握られてて、ああもうこいつの無実を主張する事は出来なくなっちまったと絶望した。
「……行くしかねぇ、俺たちも」
「?」
「護送車を奪うって言ってた。騒ぎを追うぞ」
あちこちでサイレンが鳴ってるが、鉄扉は開きっぱなしで想像以上に念入りな脱獄計画が水面下で動いてたんだなと驚く。
大半は既に外へ出ているようで、見張り台からの狙撃音が建物内にまで聞こえてきた。
「止まれ!」
狭い室内では跳弾の危険性もあるからか無闇に発砲はしてこない。だがその手には電気の流れる警棒が握られていて、足元には何人もの気絶した囚人たちが転がっている。
「ここまで来たらもう止まれねぇんだよ!」
大量の囚人が逃げ出しているおかげで完全に警備は手薄になっていた。俺とシュートはほとんど駆け抜けるだけで外へ出る事に成功したが、5台の護送車は全部がもう動き出している。
「シュート、あれに掴まれ!お前は捕まったらもう二度と出られねぇんだ!」
頭上から狙撃されてすぐ真横の地面に弾が降ってくるが、俺たちはとにかく走った。
結局、なんとか俺たちのしがみついた護送車がボロくなってた裏門を破壊して、多分200人近い囚人たちが外へ出た。その後にもまだ走ってる奴らがいたから、総勢ではもっと多いかもしれねぇ。
「どうせこの車はすぐパンクさせられて格好の餌食だ。降りるぞ」
ある程度走った所で俺はシュートの肩を掴んで護送車から転がり落ちた。人里離れた所にある監獄からの脱獄ルートは首都方面に向かう道かスラムへ向かう道のどちらかしかない。追手はその道で護送車を捕まえるだろう。
こんな何もない草原で降りたってどうしようも無いとは分かっていたが、とにかくシュートを捕まえさせたく無かったんだ。
「電話さえあれば……」
車の音やヘリコプターの音がする度に身を潜めて、もうすっかり日も暮れた頃、祈りながら歩いてると潰れたダイナーが見えてきて俺は思わずシュートと肩を組んで喜んじまった。
「大体こういう場所には電話があんだよ!」
見張りがいるかもしれねぇから慎重に辺りを確認してから、ダイナーの前に設置されてる公衆電話へ走る。
監獄内で本当に安い仕事を少しでもやっておいてよかった。ポケットに入ってた小銭でなんとかオンボロは動いてくれた。
「よお兄弟、俺だ、マウロアだ。ああ……シュートも一緒だ。手紙に書いてた奴だよ。うん、すぐ迎えに来てくれ、そう、そこで待つ」
脱獄はニュース速報になってたらしく、話は早かった。俺がスラムの方向へ移動してる事も分かってくれてて、警察の目を掻い潜れそうなルートで落ち合える事になった。
「シュート、もう少しだけ歩こう。そこまで俺のファミリーが迎えにきてくれる」
その時、何か嫌な予感がして俺は咄嗟にシュートの腕を引き寄せた。するとパンと乾いた音が鳴って、腹が熱くなった。
「あ……」
真っ暗な国道沿いで、油断した。暗視ゴーグルを付けた警察が潜んでいたらしい。それにしても容赦なく撃たれたな。
「ロア?」
「シュート、このまま……まっすぐ走れ。黒い車が、すぐに来る」
ガサガサッと音がして何人かに囲まれているのが分かった。俺は思わず諦めかけたけど、シュートはどうやら完全にキレたみたいだった。
「ロア、ロア」
抱き起こされて目を開けても辺りはやっぱり真っ暗であまり何も見えなかったけど、静かになっててシュートがこうして立ってるって事だけは分かった。
「お前って、やっぱハンパねぇ……」
肩を借りて歩き出す。まだ死ねねえ。こいつだけは絶対に逃してやる。
俺は朦朧としながら「いざとなったらお前だけでも逃げろ」「親父に会わせてやるからな」と繰り返した。シュートを励ましているかのようで、自分を鼓舞してたんだ。
無事に迎えにきてくれた車と合流できて乗り込む。
「ロア、撃たれたのか」
「ああ……親父に笑われるな」
「傷は」
「もうダメだ、自分で、分かる……助からねえ」
隣にいるシュートにも意味が伝わっちまうかなと思ったけど、ただ心配そうに見つめられて「大丈夫だ」と頭を撫でてやった。
「あ、れ……お前、目が」
その時、その左目から血がボタボタ流れてんのに今更気がつく。まさか。
俺の大好きな宝石みたいなシュートの左目がすっかりダメになっちまってた。
「ちくしょ……ひでぇこと、しやがる」
「ロア、眠る?」
うまく話せなくて呂律の回らない俺を眠いんだと勘違いしたのか、シュートは下手な子守唄を歌い始めた。
――ねんね ねんねよ ぼうやをあげよう だれにあげよう ようせいにあげたら よいこにそだつ そしてあなたは 眠りにつく――
「……シュート」
俺はお前が心配だよ。俺は……ここでもう眠って、それで終わりだけどさ。
「シュート、お前を愛してくれる奴が、きっといる」
「?」
「お前も、そいつが大事だと思ったら……ちゃんと、言葉で伝えるんだ。『愛してる』って」
「ロア、もうすぐ首領と合流できるからあまり喋るな」
フワフワしてるけど、まだそんな簡単にくたばらねーから安心しろ。こいつの事を親父に託すまでは死ねねえ。
「わかったな」
「あいしてる?」
「そうだ。本当に好きで……大事な奴、に……言う言葉だ」
体からどんどん血が流れ出していくのを感じて、目の前が真っ暗になった。
その時、車が止まって誰かに抱きしめられた。きっと親父だ。懐かしい匂いがする。
――親父、意地張ってごめん。俺このファミリーが好きだよ。こいつ、シュートっていうんだ。数えきれねぇくらい、こいつに救われたんだ。バカだけど、とにかく良い奴で……すげー純粋だから、悪い奴に利用されねえよう、面倒見てやってくれ。幸せを教えてやってくれ。
頼むよ。なあ、こいつのこと、頼むよ……親父――
ちゃんと全部声になってたか、もうわかんねぇけど……最後に親父に抱きしめられて嬉しかった。
▼36 少しずつ家族になる
ふと目を覚ますと背中にピッタリくっつかれてて、首の下に右腕、腰には左腕が巻かれてた。外は薄明るくて、早朝みたいだ。
「……?」
目を開いただけなのに俺が起きた気配を敏感に感じたのか、遠慮なくぎゅうと抱き寄せられて驚く。下着だけ履いた状態だったから素肌同士が密着して、背中越しにトクトクと心臓の鼓動を感じた。
「おっ……どした、ショット?」
グス、と鼻をすする音が聞こえて、泣いてんだと分かった。また嫌な夢でも見たか、何か思い出したか。
「どうした」
それぞれの手に指を絡めて、なるべく優しい声で話しかけた。
「ロアが、死んじゃった」
そう言いながら左手が解かれて、ショットの指が俺の腹の銃創痕をなぞる。
「ちゃた……ずっと一緒にいて」
「ああ、ここにいるから安心しろ」
マウロアのこと、思い出すのは辛いか?と聞けば首を振るのが分かった。それでも寂しいんだろう。こいつは人間初心者だから、そういう感情がこうやって外に出てくるようになっただけでも成長だなと感じる。
「どんな奴だった?」
「……」
いっそもっと思い出して、思う存分泣いてみるのもいいんじゃないかと思った。こいつの中で燻り続けてる悲しみを燃やし尽くした方がいいんじゃないかと。
「ロアいっつも怒る」
「お前のこと?」
「うん」
だってお前バカだもんな……と笑う。きっと昔はもっと酷かったんだろうな。
「ドタドタ歩くなって言った」
「お前粗雑だもん、今でもそうだけど」
振り返ろうとしたけど、より強く抱きしめられて身動きが取れない。
「……おれのこと、シュートって呼んだ」
そうか、マウロアが名付けたのか。なんとなく動揺してしまって、俺は何の反応もうまく返せなかった。
その前にはなんて呼ばれてたんだ?なんて聞きたくなって困る。こいつの古傷を抉るような好奇心なんか捨てちまいたいと思ってるのに。
「会いたいか?」
「死んだら、もうあえない」
「……そういう事はちゃんと 理解 ってんのな」
どうせなら本当に何も分からなかったらいいのに。そしたら、ロアは別の所で元気にやってるよって言ってしまえるのに。俺は何も言えなくて、ただグスグス泣いてる声を黙って背中で聞いてた。
「ちゃた」
「なに……」
「おれのこと、おいていかないで」
その声が涙に濡れてて、抱きしめてやりたいと思う。前に腹を撃たれた時にもこんな風に思ったな。
「おねがい」
「ショット、そっち向きたい」
力を緩めてくれと言えば素直に腕が離されて、一旦体を起こして固まった関節を伸ばしてるとショットが腰に巻きついて甘えてきたから頭を撫でてやった。
本当に今のコイツは小さいガキと一緒だなと思う。死の概念を理解して、孤独を理解して、親のベッドに潜り込んで死なないでって急に泣き出したり。そんな可愛い時期が俺にもあったような気がする。
「なあ、お前のこと抱きしめたいんだけど」
「して」
あと半裸だから寒い。俺は毛布を肩から被ってショットを巻き込みながら寝転がった。
「ここには俺もいるし、シドもいるだろ」
「うん」
濡れた頬を拭ってやるとその手にキスされたから俺はお返しと額に口付けてやった。
「明日もそのまた明日も、そのまた明日もずっと一緒だ」
「うん」
「はは……バカ」
悲しい時は泣いてもいいけど、俺がいなくなる事を勝手に想像して泣くのはよせよと抱きしめた。
「ほら、次は悲しい夢は見ねぇから、もう少し寝とけ」
俺はそろそろ起きてシドニーの朝飯を作ってやらなきゃならねえ。
「いやだ」
「すぐ戻るって」
それともたまには一緒に行くか?と冗談混じりに誘えば「いく」と脊髄反射的に返事が来た。
「え、まじで?」
「いく」
***
今日はショットも一緒にお見送り行くんだって、と伝えたらシドニーは飛び上がって喜んだ。
「やったぁ!学校まで!?」
「騒ぎになりそうだから、残念ながらゲートまでだな」
「そうだよねぇ……」
朝メシのパンに目玉焼きを乗せて渡してやると二人とも同じようなポーズで食べるから思わず笑っちまった。
「一緒に暮らしてると似てくるモンなのかな」
「ととととーちゃんも似てるよ」
「え、俺こんなに頭悪そう?」
「そういう事じゃなくてさ」
たまに同じポーズで寝てると言われたけど、そういやシドニーとショットもたまに同じポーズで寝てる。
「目撃者がいないだけで三人揃って同じポーズしてる時あるかもしれねえな」
「なんかそれ、すごく幸せって感じかも」
「そういう幸せにちゃんと気が付けるお前は最高だな」
着替えてくる、と二人を残してクローゼットに向かいながら「幸せね……」と呟いた。全く、どんな姿でどんな場所に転がってるかわからねぇモンだな。
俺やシドニーにとっての幸せってのは"フツーの人"からしたら一刻も早く抜け出すべき場所で一刻も早く逃げるべき相手と共同生活を送る事だ。
「なあシドニー、ショット、こういうのなんて言うか知ってるか?」
「んー、ストックホルムシンドローム?」
「なんで知ってんだよ!?」
「クラスメイトのシェリーが言ってた。あなたたちってまるでストックホルムシンドロームねって」
マセたガキがいるもんだ。
「やっぱり外から見たらそうなんだよな」
実家に行った時、母親にも「脅されてるの?」って言われたし。どっちかというと俺が押しかけて始まった共同生活だから、全く違うんだけど。
てか誰と暮らしてるのかクラスメイトに言ってるのか。親や教師にまで知られたら厄介な事になるんじゃねーの?と思うが、そこんトコは聡明なシドニーの判断に任せておこう。
ちょっと眠そうにしながらもショットはまじでシドニーの見送りについてきた。
「じゃあなシド、今日は5限までだよな?」
「うん!とともありがとう!」
元気に走ってく背中が見えなくなるまで眺める。
「んじゃ帰るか。お前もまっすぐ帰る?」
「ふわ……」
あくびをするショットに笑って「早く帰って二度寝しようぜ」と言えばじっと見つめられた。これは喜んでるな。最近はそういうのも分かるようになってきた。
シドニーのお迎え準備を開始するまで逆算して5時間はある。今日は気の済むまでたっぷり甘やかしてやろうと決めて帰路を急いだ。
▼37 用法容量をお守りください ※R18
「料理ぃ?出来んの?」
「する」
晩飯の準備をしてるとショットが珍しく料理してみたいと言ってキッチンを覗き込んできた。いったいどういう風の吹き回しだ。
「シドニーと遊んでろよ」
「……」
「ああもう、危ないから勝手に触んな」
包丁を使ってるってのに、考えナシに手を伸ばしてくるからピシャリと叩き落とした。
「わかったよ、じゃあ……コレの皮剥けるか?」
そう言って適当に玉ねぎを手に持たせると「なんかこういうの違う」とワガママを言いやがる。
他にさせられる事なんかねーし…… ラッサム を煮てたから、コレかき混ぜといてくれとレードルを持たせておいた。かき混ぜる事に意味はねえけど。
「な?それ重要だから。頼むよ」
「うん」
そう言っておけば納得して、気合いの入った様子で鍋をかき混ぜ始めた。こいつ、こういうトコほんと可愛いんだよな。次に街に行ったら子供用のケガしない包丁でも買ってやろう……なんて考える。
こいつが気にしないとしても、血液の混ざった料理をシドニーに食わせるわけにはいかねえ。
「とーちゃん、見て見てこれ!」
「ん、どうした?」
呼ばれてリビングに行くとシドニーは何か絵を描いたみたいだった。
「家族の絵を描きなさいって言われたから」
「犬なんか飼ってねえぞ?」
「想像でもいいんだって」
「複雑な家庭環境のガキが多そうだもんな。大した配慮だ」
じゃあ俺は猫が好きだから猫も描いてくれよ、と頼んだりしてるとキッチンから変な匂いがしてきたから慌てて駆け戻った。
「おい火ぃ強くしてんじゃねえよ!焦げてるって!」
「んん」
バカ!と馬鹿の頭を殴って押しのける。鍋の底に焦げついちまったみたいだから、これ以上はかき混ぜずに上の方だけ食えばいいや。
「スープ皿わかるか?3つ取ってくれ」
「おれそっちする」
「料理にはもう触んな!禁止!きーんーし!」
「ちぇ」
「あ?」
ちゃんと深い皿を渡してきたのでそれはちゃんと褒めてやった。
なんかちょっと変なニオイがするけど、焦げたせいかなと思ってスープを一口食べると、やっぱりなんか変な味がした。
「ん?シド、ショット、待て」
「どうしたの?」
二人には食べないよう言って、俺はもう一度スプーンを口に運ぶ。
「悪くないんだけど……なんか妙だな」
もう少し食べてみたところで、やっぱりおかしいと俺はキッチンへ向かった。そこで目にしたのは空になったスパイスの瓶。まさか、ショットの野郎……。
「おいショット!これ全部入れたのか!?」
「うん」
「バカお前……食ってねえだろうな、吐け吐け」
ショットの手からスプーンを奪い取って口に手を突っ込もうとしたら拒否された。
「おれまだたべてない」
「シドニー、悪い今日の晩メシはパンだ」
「それはいいけど、とーちゃん大丈夫?」
シドニーにストックのパンを渡して、水をがぶ飲みした。
「どうだかな、さっき食べた分にどれくらい入ってたんだか……」
「何が入ってたの?」
「ナツメグってスパイスだ。入れすぎると刺激が強すぎる」
まあ食べれるレベルの味だったんだし、大丈夫だろ……なんて思って油断してたのが、間違いなく"死亡フラグ"ってやつだったワケだ。
***
シドニーにシャワーを浴びさせて、二人に歯を磨かせて、ベッドに入ってからしばらく。あの問題のメシを食ってから3時間くらい経ったか、俺は酷く汗をかいて心臓がバクバクして、とても眠れそうになかった。
「あー……」
今は吐き気はないけど、やっぱ食べてすぐに吐いておけば良かったなと後悔する。そのうちフワフワと妙な高揚感に襲われて、水を飲もうと立ち上がった。
「……あ。あれ?」
キッチンに行くつもりが廊下にいて、部屋に戻ろうとしたけど扉にバカみたいにデカい蜘蛛が張り付いてたから無理だった。
それどころか階段の方から蛇が現れたから、俺はとにかく奥の部屋に駆け込んでベッドに潜り込んだ。
「はぁっ、はぁっ」
息がしにくい、口が渇く。窓の外に何かがいる気がして、カーテンを閉めたかったけど、ウチにはカーテンなんか無い。
「はぁ、はっ、あつ……」
服に火が付いてるみたいで、布が触れるとピリピリしたから脱ぎ捨てた。でもそしたら体に蛇がまとわりついてたから、慌てて引き剥がそうとするけど、うまく掴めない。
「ッくそ」
「ちゃた」
ムキになって自分の腕に爪を立てようとした瞬間、ショットの声が聞こえて手を掴まれてハッとした。俺、いま普通じゃなかったな。
「水が、飲みたいんだ。ここは熱くて」
ともすれば支離滅裂な事を言ってしまいそうで、落ち着いて言葉を選んだ。それにしても酷く熱い。幻覚だとわかってても、肌の上を蛇や虫が這ってるみたいで掻きむしりたくなる。
「あ、う……あ……っ」
それが不快すぎて、俺はほとんど反射的に首に爪を立てた。でもすぐその手を捕まえられて、ベッドに押し倒される。
「ちゃた、やめて」
「うぁ、放せ、ヘビがいる」
「いない」
そのうち気持ち悪い感覚は全身に広がって、皮膚の内側から虫が俺を食い破ってるみたいだった。
「やめろ!放せ!!」
自分の声や激しい呼吸が頭の中でめちゃくちゃに響いてワンワンと思考を埋め尽くす。
「ショット、ショット……!」
今、俺の手を掴んでるショットは本物なのか?これさえも幻覚なのか?分からねえけど、唯一気持ち悪くないのはショットが触れてる所だけだ。
「だっ、抱いて、くれ……っ!!」
無我夢中でそう叫ぶと首元に喰らいつかれて、その一瞬だけ身体中を包む不快感が和らいだ。
「もっと、はっ、はぁっ……強、く」
ブチブチッと首の肉と筋を噛み切られるような感覚がして、体の中に潜り込んだ気持ち悪いモノがそこから溢れ出していく。
「ちゃたケガさせるのいやだ」
ショットが何か言ってるけど、理解できない。
「早く、もっと……!う、ぁ、噛んで、くれ」
夢か幻覚か現実か分からない。とにかくショットに触れられる感覚だけが頼りで、無茶苦茶に抱いてくれと懇願した。
***
「あ、あっ、あっ!!」
四つん這いで後ろから挿入されて、体の内側に手を突っ込んで内臓を直接触られてるみたいな気分がして鳥肌が立つ。俺が自分で自分を傷つけない為か、腕はずっと頭の上でひとまとめに掴まれて解放してもらえなかった。
「あぁっ、あっ!ショット、いやだ、ひ、うっ」
繋がってる部分に意識が集中できたらいいのに、少し気を抜くとまた全身を蛇が這う。虫が歩く。
「もっ、と、もっと激しく、あっ、はぁっ、奥まで……っ」
腕や背中を引っ掻きたくて、拘束を外そうと必死でもがいたけど痛いくらいに手首を掴まれて膝立ちで後ろから責め立てられる。
「こう?」
「あっあっ、く、うぐ……っ!」
腹が破けそうだ。それでも足りない。もっと、もっと乱暴にしてかき消してほしい。
「シュート……あつ、熱い」
首の後ろに噛みつかれて、背中をぬるい血が伝う。それを舐められるとスッと嫌な感覚が薄らいでいく。
「きもちい、シュート……シュートぉ」
「うん」
なんとか手を放させて仰向けに転がると、泣きながらショットの首に両腕を巻きつけた。
「もっと食ってくれ、俺の体……ぜんぶ」
「ちゃた……っ」
興奮した声で名前を呼ばれて、ギラついた目で睨まれて、また体内にショットのブツが一気に侵入してくる。腹の中で何匹もの蛇が暴れ回ってるみたいで腰が勝手に逃げかけたけど、力任せに引き寄せられてガツガツと滅茶苦茶に揺さぶられた。
「は……あ、ぁあ、あっ、あぐっ……!!」
「ちゃたの中、きょう、あつい」
「ふ、ぅあっ、あぁ!」
肩や腕に次々噛みつかれる度にまるで本当に食われたみたいな気がして、俺は手も足も食い千切られたような幻覚の中で絶頂するのと同時に気をやっちまったらしい。
***
気が付いたら俺は血と精液だらけで床に寝転がってて、酷い吐き気と眩暈で立ち上がれなかった。
掃除が面倒と思いながらもその場で吐くしかない。吐いても血の混じった胃液しか出ないし、まだ手にウジ虫が這ってて……ああ、若干幻覚も残ってんな。
「うぅぅ……死ぬ……」
「ちゃた、苦しそう」
俺の言いつけを守って事後処理をしようとしてくれてたのか、タオルを持ってきたショットに心配そうに声をかけられる。
「わり……病院、連れてって」
「わかった」
病院に着くまでの間、ショットの背中でもゲーゲー吐いちまったけど、キツすぎて唸るしか出来なかった。
「食中毒。嘔吐による脱水。馬鹿かね君は」
「はい、ばかです……」
点滴を受けながら辺りを見回すとショットの姿がない。
「……あの、あいつは?」
「君の嘔吐物まみれで臭かったから追い出したよ。君の服も全部捨てたからね」
「うぅ……」
そうして俺はペラペラの 病衣 を法外な値段で買わされて、まだフラフラしてるのに点滴が終わったら追い出されて、何度も転びながらなんとかアパートへ帰るのだった。
▼38 当たり前の日常 1/2
セオドールはあまり喋らない子供だった。しかし、ほとんど話しかけられずに育ってきたのだから仕方がない。
ベランダに放り出されている事も多く、冬でも裸足で外をウロウロしている姿が何度も目撃されていたが、自分の生活で精一杯な人間ばかりの都会では正しい施設に保護される事もなく、いつもお腹を空かせて道端で食べられるモノを探してしゃがみ込んでいた。
6歳になっても小学校へ行く事もなく、たまに帰ってくる母親が連れて来る男に暴行を受けても誰も助けてはくれなかった。
「テッド!!勝手に外に出るなって言ってんでしょ!」
「……」
「その目で見ないで!ああもう、本当にムカつく……!!」
しかしそんな母親に対して、彼の中に"怒り"という感情は全く無かった。そもそも、怒りも悲しみも知らなかった。
ただ、ある日とうとう事件は起きてしまった。母親にまで手を上げようとした男の腕にセオドールが噛み付いたのがキッカケだった。
自分を守ろうとしたにも関わらず、男に噛み付いたセオドールに一番に激昂したのは母親だった。男に「そのクソガキを殺して」とまで叫んだのだ。
幼いセオドールにその言葉の意味は分からなかったが、大人の男に本気で首を締め上げられて、一瞬で気を失った……はずだった。
次に目を覚ました時には母親も男も首から血を噴き出して絶命していたのだ。
セオドールはそのまま「家から出るな」という母親の言いつけを守り、水だけで何日も生きていた。
餓死寸前の所で異臭による苦情を受けた大家が部屋に入り、惨状を目にすることになる。
当初、二人の死は強盗の仕業ではないかと疑われもしたが、現場検証によりセオドールの仕業で間違いないと警察は判断した。
「こんな幼い子が、まさか……」
保護されたセオドールは非常に大人しく、痩せ細り、体も傷だらけでとても大人二人を殺せるようには見えない。
保護施設の職員たちはその余りの状況を不憫に思い、涙を流したほどだった。
こんなにも幼い殺人犯をどう扱えばいいのか、とにかく体の傷が癒えて栄養状態がマシになれば、一度警察へ連れて来るようにと施設は指示を受けていた。
しかしそんなある日の夜、静かに眠っていたはずのセオドールが突然豹変したかのように暴れ、職員たちに重傷を負わせて姿を消してしまった。
そのまま道端で眠っていた所を警察に捕まり、子供だからと油断してはいけない相手だと、両手が全く自由にできない拘束衣を着せられ、足にも鎖を付けられて監禁される事になる。そこでセオドールは手も足も自由に出来ない状態で、また酷い目に遭う事になった。
ただその相手が変態だった事が、ある意味幸いしたとも言える。ストレスの捌け口と言わんばかりに気の済むまで小さなセオドールを痛めつけるだけに飽き足らず、自らの醜い欲望までをもぶつけようとした。
もう動けないだろうと甘く見て、気絶しているセオドールの拘束衣を剥ぎ取った瞬間、その男の意識は途絶え、それっきりとなった。
***
セオドールは気が付けば知らない路地裏で眠っていた。2年の時が過ぎ、8歳になっていた。精神的な自己防衛が働いたのか、その間の記憶は無い。
ただクラクラするくらい暑い夏だった。本能的に水を求めてフラフラと公園へ行くとホームレスたちが食べ物を分けてくれた。
ゴミ山から現れたゴミのようなニオイのする小さな子供にホームレスたちは" カディレ "とあだ名を付けて呼んだ。
特に深い意味はない。ここのホームレスたちの呼び名は皆そんな風につけられていた。ある者は"フェンス"、ある者は"廃車"、またある者は"缶"だ。
その公園の近くでホームレスたちと暮らした日々はセオドールにとって、初めての平和な時間だった。それから4年後、政策によりホームレスたちの|棲家《すみか》が全て奪われてしまうまでは。
「カディレ、どこに行くんだ」
「おい、カディレ」
今日からどこで眠るかと考えながら、公園で配給を待つホームレスたちはセオドールがどこかへ立ち去っていくのを心配そうに見送ったが、誰も追いはしなかった。皆、自分の事で精一杯だった。
「ねえ君、こんな時間に何してるんだい?」
「……」
ホームレスでもない"普通"の人間に"普通"に話しかけられるのはそれが人生で初めてだった。
棲家を追われ、行くあてもなく、ぼんやりと道端でただ突っ立っていたセオドールはそうして若い警察官に保護された。
***
「はい、家出か育児放棄か、分からないのですが……どうにも酷いニオイで、シャワーもロクに浴びてないようなんです。いえ、何も話してくれなくて……」
電話を切った警察官はにこやかにセオドールに向き直り、辿々しくいくつかの言語で挨拶をした。
「どれも違うのかな?やっぱり言葉はわかってるけど、話したくないだけ?耳は聞こえてる?」
「……おなかすいた」
それはホームレスたちが教えてくれた言葉だった。配給を受け取る時、この言葉を言えばご飯がもらえるんだぞと教えてくれた。
「そうだよな!そんなにガリガリで、お腹が空いてないわけがない」
警察官はすぐ自分の夜食用に買ってあったパンを持って来てセオドールに渡してくれた。
「身分がわかるようなモノも何も持ってなさそうだし、困ったな……」
結局、セオドールは記憶喪失という扱いで養護施設へ入居し、中学校へ通わせてもらえる事になった。人生で初めての"学校"だった。
その間は精神科への通院も並行して行われたが、おなかすいた、以外の言葉を話すことは 終 ぞ無かった。
当然そんな調子で学校の勉強についていけるハズもなく、社会性も皆無のため、最初は遠巻きに気味悪がられていたセオドールは次第にイジメられる対象となっていった。
どんなに酷い扱いを受けてもぼんやりと反応が薄いセオドールは何をしても反撃してこないとサンドバッグのように扱われていた。
そして中学3年生になった時、過ぎた悪ふざけで軽く首を絞められた瞬間からセオドールの記憶は抜け落ちている。
***
次に気が付いたのはスラムの路地だった。
セオドールはそれまでもそれからも、ただぼんやりと、自らに何が起きているのか常に理解が追いつかないまま生きていた。
ただ言われるがままに決まった場所に立ち、決まったモノを受け取り、決まったモノを渡していた。そうするだけで食べ物と寝床は分け与えてもらえた。
「おい、あいつは?」
「いいんだよ、話しかけても反応しねーし」
「でも使ってやってんだろ」
「頭は悪いけど、一応言ったことは理解してるみたいでちゃんと言う事きくんだよ」
スラムの人間たちはセオドールに良くも悪くも興味は無かった。ただ働いただけの報酬は与えてやっていた。
この街では薬によって言葉を失ってしまったような人間も珍しくは無く、ぼんやりと立っているだけのセオドールも不思議と自然に溶け込んでいた。
「金を持ち逃げする頭も無いみたいだし、ちょうど良いんだ」
「いいなあ、俺もそういう便利な奴隷ほしいな」
だがここでの生活もそう長続きはしなかった。
スラムに警察が本格的に踏み込み、路地裏で生きる 薬の売人 たちを一網打尽にしたのだった。
そして、この時に入れられた少年院でのマウロアとの出会いが、セオドールの人生を大きく変える事になった。
▼39 当たり前の日常 2/2
「はぁ……よろしくな。俺はマウロア」
それもまた、久々の"普通"の扱いだった。
挨拶をされている事は分かる。しかしセオドールの中にそれに対する返事の知識が無かった。
そもそも、話しかけられた事に対して返事を返すという常識を知らない。セオドールにとって会話とはキャッチボールではなく一方的に投げつけられるモノでしかなかった。
「おい聞こえてんのか?」
何を求められているのか分からないが、何やら反応を待たれているらしい事を理解する。それでも何をすればいいのかは分からなかった。
「……な……名前、なんていうんだよ」
自分の"なまえ"は知っている。しかしそれを口にする事は何故か出来なかった。名前は母親に死ぬほど痛めつけられる時に耳が痛くなるほどの声で叫ばれるモノだ。それを口にしようとすると体が震えた。
「俺はマウロア。あなたのお名前はなんて言いますか?」
名前を聞かれている事は分かっている。なのに上手く声が出せなくて、セオドールは不思議だった。
「あー……お前のこと、皆はなんて呼ぶ?」
その時、セオドールの頭にふと浮かんだのは"セオドール・A・ブラッドレイ"では無かった。
「カディレ」
反射的にそう答える。カディレと呼ばれるのは悪い気がしなかった。そんなセオドールの気持ちとは反対にマウロアは眉間に皺を寄せた。
「|カディレ《死体・ごみ》?」
それは古い言葉で"死体"という意味も含めていたので、酷いイジメのようなあだ名だと勘違いされたのだった。
「……わかった。俺はお前をシュートって呼ぶ。"カディレ"から派生して生まれた言葉のうちの一つだ。でもこっちの方がずっとカッコいい意味なんだぜ」
「……」
マウロアの言っていることの意味はよく分からなかったが、自分を思いやってくれている事はなんとなく感じられた。
***
監獄での生活は"楽し"かった。本当に人生で初めて、セオドール……シュートは"楽しい"という気持ちを知った。
マウロアは初めて出来た友達だった。シュートに根気強く話しかけてくれて、出来ないことを何度でも教えてくれて、ダメな事を叱ってくれた。眠れない夜には歌だって歌ってくれた。
シュートはマウロアが大好きになった。だから、マウロアの為に出来ることは何でもしようと思った。
複雑な感情を的確に言葉にする事は難しかったが、この頃のシュートは毎日のように"生きててよかった"という気持ちを味わっていたのだ。
だからこそ、マウロアを喪った後のシュートの喪失感は計り知れなかった。時間をかけて初めて"死"を理解した時、初めての悲しみに泣き叫んだ。
***
マウロアが連れて来てくれた"ゲートの外"はとても住みやすい場所だった。
誰もシュートに興味がなく、基本的に干渉してこない。食べるものは 首領 の部下が与えてくれて、シャワーが浴びれる場所も教えてくれた。
困ったら遠慮なく言えと言ってくれたものの、"困った"が分からないシュートは自ら頼りに行く事は無かったが、常に様子を見てくれている首領の部下が良いように計らってくれた。
たまに絡まれて何をしでかしても、この街では何ひとつとして咎められはしなかった。
そうしてここへ来てから3年ほどが経ったある日、現れたのが"ちゃた"……茶太郎だった。
シャワーを浴びたいと言われたので案内してやってからというもの、茶太郎は周辺をウロウロし始めた。人を疑う事を知らないシュートは茶太郎に付き纏われても何も思わなかった。
それが2、3日ではなく1週間、2週間、ひと月と期間がどんどん長くなって、それでも当たり前のように一緒に過ごしている事が何故なのかシュートは不思議に思ったが、マウロアと暮らしていた時のような感覚を思い出して嬉しかった。
茶太郎はシュートにとって人生で二人目の友達になった。
更に道端で暮らしていたのがいつの間にか"帰る場所"まで出来て、いつ帰ってもそこに茶太郎がいて、一緒のベッドに潜り込んで眠っても怒られない。(汚した時は怒られるが)
シュートにとっては茶太郎に出会ってから先の出来事がまるでずっと夢のようで、時々それが本当に幸せな夢を見ているだけで、ふと醒めてしまうんじゃないかと考えて怖くなるほどだった。
「……っ」
だから、早朝にハッと目が覚めた時に腕の中に茶太郎がいてくれると、胸が苦しくなるくらい、堪らなく嬉しくなる。うっかり力を込めると簡単に傷つけてしまう脆い体をできる限り優しく抱きしめた。
「ん……シュ、……ト?」
「ちゃた、だいすき」
「んん」
最期にマウロアの言った言葉を思い出す。
――シュート、お前を愛してくれる奴がきっといる。
――お前もそいつが大事だと思ったら、ちゃんと言葉で伝えるんだ。『愛してる』って。
――本当に好きで大事な奴に言う言葉だ。
マウロアのあの言葉は下手な慰めでも励ましでもなく、完全な確信だった。今まで、たまたま周囲に恵まれなかっただけで、シュートには人に愛される才能がちゃんとある。そう信じていた。
「ちゃた……あいしてる」
起こしてはいけないと思いながらも、その目が見たくてつい額に柔らかく口付ける。茶太郎は夢うつつでフニャフニャしながら「おれも、あいしてる……」と返事をした。
「……!」
その瞬間、シュートは言い表しようの無い感覚で体がいっぱいに満たされるような気持ちがして思わず身震いをした。それは初めて感じる幸福感だった。
「ちゃ……ちゃたっ!!」
「ぅおわ!な、なんだよ!?」
「ちゃた、ちゃたっ」
「な……なんだどうした」
目を覚ました茶太郎はシュートがボロボロ泣いているのを見てギョッとすると慌ててその背と首に腕を回して抱きしめた。
「おい、どうした?また怖い夢でも見たか」
「うー……ちゃたぁ……」
一瞬は焦ったものの、シュートの様子にどうも怯えているようではないなと気が付いた茶太郎は少し体を離してその瞼に優しくキスをしてやる。
「……ほら、どうしたんだ」
「わかんない」
「最近よく夜泣きするな。全く、本当に赤ん坊みたいなやつ」
寝ぼけていたが薄ら意識のあった茶太郎はその直前のことを思い出してきた。
「ショット、お前を愛してるよ」
「……」
すると腕の中でまたシュートが小さく震えるのが分かった。まだ外も薄明るい程度の早朝で部屋は真っ暗だったので茶太郎には分からなかったが、その頬は紅潮していた。
この上なく嬉しい気持ち……幸せで堪らなかった。生きてきて一度も言われたことの無かった言葉を、一番大切な相手に言われる事がこんなにも幸せなのだと初めて知った。
茶太郎はそんな事は知りもしないが、なんとなく察して何度も耳元で「愛してる」と囁いた。そして幸せに包まれたまま安心して眠りにつけるまで、ずっと頭を撫でてやるくらいにはこの純粋無垢な恋人を心から溺愛しているのだった。
「シュート?」
「……」
「おやすみ」
こんな事で二度と泣かなくていいくらい、コイツの人生を甘やかしてやりたい……と思いながら茶太郎もまた目を閉じた。
死人と死人、その養子
▼40 懐かしい名前
今朝からシドニーが2泊3日の修学旅行へ出かけて行った。
スラムの家庭事情は複雑な場合が多いので積み立てなんか出来ない世帯が多く、今まで何の案内も無かったから、先週いきなり言われた時は修学旅行なんてあったのかと驚いた。
シンプルに州都観光するだけだってシドニーは不満そうだったけど、それでも立派なもんだ。友達たちと過ごす2泊3日は楽しいぞと言えば多少は楽しみになったようだった。
「さて……」
昨晩からどっか行ってるみたいでショットもいない。夜は帰ってくるのか分からねーけど、久々にシドニーがいないって事はメシを作らなくても別にいいのか。まあショットが帰ってきたらパンでも食わせておけばいいだろ。
朝だけはゲートまでシドニーを送って行ったものの、ここから明後日の夕方まで何の予定も無いって事だ。
こんなにも"何も予定がない"なんて、当然ながらシドニーを引き取ってから初めてのことでソワソワする。ショットと二人で暮らしてた頃は何をして一日過ごしてたんだったか。掃除やら洗濯やらを済ませて、ぼんやり過ごして、夜はたまに飲みに行ったりもしてたな。
せっかく時間があるんだから、とりあえず"ヤリ部屋"のマットレスを風に当てたい。前にショットのせいで汚しちまったあのマットレスはすぐ処分して新しいのを買ったんだが、これもなんだかんだしばらく使ってる。
あんまり風通しも良くないこの部屋で何の手入れもしてないとすぐにカビちまいそうだ。俺はベッドからズルズルとマットレスを下ろして、窓際の壁に立てかけた。
「ふー……」
そうすると外からドカドカと足音が聞こえてきて、ショットだとは思うが念のために腰のナイフを確認して警戒しておく。
「ちゃたー?」
「ショット、こっちだ」
帰ってきたショットは何やらゴツい銃を背負っていた。
「ん?なんだそれまた 首領 に貰ったのか」
いつか義眼と一緒に失くしたと言っていたFN F2000ってアサルトライフルだ。あんまり撃ってる姿を見たことは無いが、どうも大層気に入っているようでいつでも背中に引っ提げてた。
「はは、なんかその姿を見ると懐かしい気分になるな」
丸みのある独特なデザインのF2000はショットによく似合うと思う。銃に似合うも似合わないもあるかとは思うが……。
「なつかしい?」
「ああ、初めて会った時を思い出すよ」
近寄ってきたショットを視線で誘えば軽くキスされて、なんか妙に甘ったるい空気が流れた。
「シドは修学旅行だって、明後日までは久しぶりにずっと二人きりだぜ」
首に腕を回してキスし返すと 擽 ったそうに笑ってから、少し考えて「ふたりっきり?」と聞き返してくる。
「そう。俺とお前だけ」
意味わかるかな、なんて考えたのは杞憂だったらしく、あからさまに鼻息を荒くして抱きつかれた。
「ちゃたとふたり!?」
「明後日までな。明日の明日まで」
普段あんまり感情が顔に出ないショットだが、嬉しそうにニコニコと満面の笑みを向けられて思わず「可愛いなクソ」と素直な気持ちが口からこぼれ落ちた。
「ちゃたひとりじめできる」
シドニーがいてもいなくても好きなだけ俺に甘えてるんだと思ってたが、コイツなりに我慢している部分はあったらしい。
「ああ、お前だけのモンだよ」
***
普段なら外から帰ってきたショットは自分の眠りたいタイミングで好きなだけ寝るんだが、今日はうつらうつらしながらも何故かリビングで起きてた。
「ショット、眠いならベッドで寝ろよ」
「んん……いや」
「いやじゃねーよ、ほとんど寝てんじゃねえか」
とはいえ俺もそろそろ寝ようかなという時間になってきた。歯を磨いてると腰に抱きつかれて、今日はシドニーもいないし甘やかしていいかと金髪を撫でてかき回してやる。
「おい、重いって」
「ちゃたと一緒にねる」
「ああ?すぐ行くから、先に寝てろよ」
そう言ってもショットは付き纏ってくる。いつまでも赤ん坊だと思ってたら、今度は親の後追いをする幼児みたいだな。
「こらズボン脱げるから離れろ」
トイレ行ってから寝ると言うと平然とトイレまでついて来ようとするから手を繋いでベッドまで連れて行ってやる。
「ほら、すぐ戻るからここでいい子にしてろ。な」
横にならせて布団を被せてみたけど、しっかり目を開いたままだから手で閉じさせた。
「目は閉じとけ」
「……」
そうすると急に抱き寄せられて顔中にキスされる。
「な、なん……ん、ショット、こら」
「……ちゃたとふたりせっかくだから、ぜんぶ一緒がいい」
「わ……わかってるってば。すぐ戻るよ」
さっきから眠いのに耐えてくっついてくるのはそういう事か。そんなにも二人きりで過ごせる時間を喜ばれてこっちまでジワジワと嬉しい気持ちが伝染してくる。
俺はさっさと寝る支度を済ませると電気を落としてベッドへ潜り込んだ。ショットの事だからもうすっかり忘れてスヤスヤ眠ってる可能性もあると思ったけど、ちゃんと起きて俺の事を待ってくれてた。
「お待たせ。じゃ寝るか」
「うん」
ショットの頭を抱き寄せると満足そうに鼻を鳴らして、背中に両腕が回される。
「おい、体の下に腕入れると痺れるぞ」
「へいき」
「俺も寝にくいし……」
そうは言いつつ押し返す事もない。ショットの額、瞼、頬にキスをすると 強請 るような仕草をしたから唇にもキスしてやった。
「んー」
「はは、アホヅラ」
くすくす笑いながら口付けあったり、手を繋いでみたり、まるで子供みたいだ。
そんな風にしてだんだんウトウトしてきた頃、ショットがポツリと呟いた。
「カディレ」
「ん?なんだそれ?」
「おれのこと」
ショットの事?"カディレ"が?もしかしてシュートって呼ばれる前のあだ名ってことか?
「あんま良い意味の言葉じゃ無かったと思うけど……」
ハッキリ思い出せないけど、落ちるとか転ぶとか……古い言葉だとしたら、もっと悪い意味かもしれねえ。
「でもおれ……おれカディレきらいじゃない」
「そうなのか?」
「ん」
眠そうにしながらも、その話口調はしっかりしていた。
「カディレよばれてた時、イヤなことなかった」
「そうか」
由来が何であれ、辛い記憶が無いなら良かったと思う。
「……ショットとカディレ、どっちで呼ばれる方が好きだ?」
「むずかしい」
別にカディレって呼んでほしいわけでもないんだな。髪をサラリと撫でてやると、心地よさそうに目を閉じてショットはまた呟いた。
「ぜんぶ言いたいと思った。ちゃたに……おれのこと」
「うん、話してくれてありがとな」
小さい事でもいいから、なんでも話してほしい。ショットの事ならなんだって知りたい。だってそうだろ、好きな相手なんだから。
「カディレでもショットでも、どんな名前で呼ばれても、お前はお前だ。俺は"お前"を愛してる」
髪を撫でてた手を頬に添えてキスをしながらそんな事を素直に言う。シドニーっていう歯止めが無い今、砂糖をそのまま食ってるような甘ったるい空気が俺たちの間に流れてた。
「……おれ、ちゃたすきでよかった」
「俺もだよ」
触れたショットの頬が熱い。嬉しくて興奮してるみたいだ。そんな反応も可愛いなとつい頬が緩む。親指でその唇を押してみると口の中に迎え入れられた。
「すき、ちゃた……」
そのまま俺の指を咥えて眠ったショットに笑う。赤ん坊みたいに吸うかなと思ってしばらく観察してたけど流石にそれは無かった。
▼41 新しいおともだち
目を覚ますとショットのモンが生理現象でデカくなってて、いっつも良いようにされてばっかの俺は驚かせてやろうとそれに手を伸ばす。
でもズボン越しに触れた瞬間、ガバッと抱き込まれてベッドに押し倒されちまった。
「っうわ!!」
「おはよ、ちゃた」
「起きてたのかよ!」
「いまおきた」
昨晩、赤ん坊みたいに俺の指を咥えて寝てた奴とは思えない目でじっと見つめられて俺がマウントを取る作戦は失敗に終わったようだと観念した。
「朝から元気だな?」
「ちゃたがさわるから」
「まだそんな触ってねーよ」
今日もシドニーは帰ってこない。つまり24時間チャレンジだって出来ちまうってわけだ。流石にしねぇけど。とはいえ俺たちはさっそく朝から"喰らい合う"という事で満場一致した。
その後もシャワーを浴びてヤッて、メシを食いながら盛り始めて、すっかり冷めたメシを後で食べて、一緒に昼寝して、目が覚めたらまた体を繋げて。時間も場所も構わず俺たちは夢中になって抱き合った。
こんなの、まるでヤリたい盛りの学生カップルのお泊まりデートだ。でも似たようなもんだろ。なんせ今日は久々に"タガ"が外れちまったんだから。
こんな風に時間を忘れてショットとずっと肌を重ねてると、怠惰すぎる生活に謎の焦燥感を覚える日もあるが「別にいいか、幸せだし」と思えてしまう。
そう、時間も忘れて……。
「やべっ!今日はもうシドニーが帰ってくる日じゃねーか!!今何時だ!?」
「しらない」
ダラダラ巻きついてくるショットをベッドから蹴り落として俺は枕元にある置き時計を確認した。
「うわーっ!お迎え行ってくる!!」
「はぁい」
***
一方その頃、ゲートで茶太郎を待つのに飽きたシドニーはゲートを覗き込みながら「どうせとととイチャイチャして時間を忘れてるんだ……」と不機嫌そうに名推理を展開していた。
「おい、ガキがこんなトコで何してんだ」
すると知らない二人組に目をつけられてしまった。知らない奴に話しかけられたら、下手に刺激せず黙ったままその場を離れろ、という茶太郎の言いつけを守ってシドニーは返事をせずに足を動かす。
茶太郎が向かって来ているかもしれない……と思うとすれ違いになりたくなくて、少し悩んだがゲートを越えて帰路を歩き出した。だがその後ろを男たちはしつこく付いてくる。
「……」
「肝試しなら早く帰れよ」
「いや、こいつショットに飼われてるガキだろ」
「あ?」
その言葉にシドニーの心臓がドキリと脈打った。この街にはシュートに恨みを抱いている人間も少なくない。
「なんだそうか……じゃあ」
走って逃げた方がいいかどうか瞬間的に思案していたシドニーの視界に妙な二人組が見えた。
「おいそこ、何をしてる」
「げ、オーサーかよ」
「弱い子イジメちゃダメなんだよー!」
それはリディアとオーサーだった。二人を見たことのなかったシドニーは快活な少女に肩車されている小さな少年の姿に、自身が絡まれていた事もすっかり忘れて頭の中が"?"でいっぱいになる。
「別にイジメてねーよ、な?」
「そうだよ、家まで送ってやろうかと」
「いいから散れ」
肩車されながら随分と尊大な態度だが、男たちは素直に言うことを聞いて立ち去って行った。どうもこの二人組は簡単に逆らえる相手ではないらしいとシドニーも察する。
「……あの」
何故か分からないが助けられたらしい、と遅れて理解したシドニーが礼を言うために話しかけた瞬間、突然オーサーが腰のホルスターから銃を抜き取りほんの一瞬だけ 照準器 を片目で確認したかと思うと迷いなく撃った。
「わっ」
驚いたシドニーがその方向を見ると、先ほどの男たちの頭上近くの看板から撃たれて割れたガラスが降り注いでいた。
「なんだよオーサー!やめろよ!冗談だろ!」
「どういたしまして」
オーサーはニヤニヤ笑いながら中指を立てて返す。どうやら先に男共が挑発して、それにやり返したらしい。
「……すごい、あんな離れてるのに」
「ガバメントMKⅣ、シリーズ70だ」
自慢げにハンドガンを見せつけるとクルリと回してホルスターに戻す。
「ようやくストック無しでも9mm弾の反動に負けなくなってきたから持ち替えたんだ」
「へえ……」
銃の事はよくわからないシドニーが生返事を返していると茶太郎が大慌てで駆け寄ってきた。
「シドニー!!」
「あ、とーちゃん」
「ちゃたろー、こんにちは!」
「なんだ、どうした、何かあったのか!?」
「呑気な奴だ。テメーの世話してるガキが死ぬとこだったぜ」
どうもオーサーたちがシドニーを助けてくれたらしいとすぐ理解した茶太郎は丁寧に礼を伝える。
「ありがとうオーサー、リディア」
「いいよぉ」
「あのクズを甘やかすのは好きにすれば良いが、子供の前ではほどほどにしておけよ」
「う……」
慌ててシャツだけを着て出てきた茶太郎は髪が乱れていて、その首にも腕にも直前までの激しい情事の痕跡が色濃く残っている。
「でも今日は立って歩けてるだけマシだよ」
「お前、保護者って言葉の意味知ってるか?」
「返す言葉もございません」
「丁度いい。おい、アレ今持ってるか?」
「はい兄さん」
そう声をかけられたリディアが腰のポーチから小振りのハンドガンを出し、何の説明もなく茶太郎の手に持たせた。
「は、いや何だよこれ!」
「お前も一応持っておけ」
俺が前に使っていた反動の小さいモデルだ。経口も小さくて殺傷能力は低いが初心者でも扱いやすいよう改造しておいた。と続けて説明され、茶太郎は返そうとする。
「まじで一回も撃ったことねえんだって、どうせ当たらねえよ」
「持ってるだけでも威嚇になる。親なら子供を守れ」
状況的に言われた事があまりに最もすぎて反論できず、後ろのポケットにはナイフが入っているのでズボンと腰の隙間に捩じ込んだ。
「普段から使うつもりでいなくてもいい。だが本当にいざとなった時は撃てる覚悟くらいしておけ」
「……分かったよ」
茶太郎は渋い顔をして、シドニーに「遅れてごめんな、帰ろうか」と声をかけると手を繋ぐ。そしてふと、この生意気なクソガキなら知ってるのでは……と振り返った。
「あのさ、オーサー、カディレって言葉の意味わかるか?カディエレ……って感じだったかもしんねえんだけど」
「死体」
「おっ……落ちるとかもあるだろ!?」
「それくらい分かった上で聞いてるんだろう」
「可愛くねぇガキ!!」
「礼も言えないのかお前は」
「ありがとよ!!」
歩き出してしばらくして、シドニーはハッとしたように振り返るとまだ道の向こうに二人がいる事を確認して声を張り上げた。
「助けてくれてありがとうー!!」
「いいよ。またなシド」
なんで俺の事知ってんの?と不思議そうにするシドニーに対して茶太郎は首を傾げて返した。
▼42 俺は死んだ人間なんだよ
「じゃあおやすみ、シドニー」
「おやすみとーちゃん」
そろそろシドニーが中学生になる。成長は喜ばしい事だ。しかし俺は頭を悩ませていた。
シドニーはスラム生まれ、法外地区育ち。このまま突き進めばストリートキッズまっしぐらなのでは……と。
「……」
それは避けたい。大事な息子に平和な人生を歩んでほしいと思うのは親として当然のことだろう。でも同時に大事なパートナーはこの街でしか生きていけないってのがこの問題の難しいところだ。
リビングに戻って、ペンを握りしめて"茶太郎"の練習をしているショットに話しかけた。
「……なあ、ショット」
「んー」
「もうすぐシドが 中学1年 になるだろ」
「んー」
「で、14になったら高校生だ。3年なんかきっとあっという間だぞ、まじで」
「んー」
「中学はいいよ、でも高校は良いトコに行かせたいんだよな……」
「んー」
手元を覗き込んで間違ってる部分を赤ペンで修正してやりながら話しかけ続ける。話しかけてるというより、相槌を打ってくれるインコに独り言を聞かせてるような気持ちだ。
「その時は寮にでも入らせてさ……ほら、 こんなとこ にずっと居させられねぇだろ」
「んー」
「でもさ、保護者として俺たちは不適すぎんだよ」
「んー」
なにしろ、俺は戸籍上は死んだ事になってる人間だ。今更生きてましたなんて出て行く気も無い。この街で暮らしてくにあたっては、戸籍なんか無い方が気が楽な気さえしてくる。
それに、俺の母親は俺の死に掛けられた巨額の保険金を受け取っちまってんだよ。
***
「 カディレ と戸籍上の死人に育てられてるだなんて、シドニーはゾンビの子だな」
シドニーを送って行きながらそんな事を言って揶揄うとイジワルな顔で見つめ返された。
「ゾンビっぽさならとーちゃんこそ。たまに顔も体も青あざだらけでさ!」
「ははは……」
ごもっとも。
アパートに戻ると床が下手な"茶太郎"でいっぱいになってた。
「上達しねえなぁ、ペンの持ち方から直すか」
「ちゃた手ださないで!」
「イヤイヤ期かよ」
いくつか良い感じの出来栄えの"茶太郎"だけ残して残りはゴミ箱に捨てる。もう少し紙を節約して使うように教えねえとな。
「一生懸命なのは可愛いけどさ、そろそろ縄張りのパトロールに行かなくていいのか?ボスネコちゃん」
「うるさいちゃたあっちいって」
「反抗期かよ」
「保護者……住所も含めて俺の母親に頼むか……」
「?」
戸籍は多分、蒸発した母親のとこにあんだろうから、シドニー自身の身分証明はなんとかなるはずだ。
それも、高校進学の話が始まるまでにはちゃんとクリアにしとかねーとな。
「それか……いや、うーん……リドルに頼むか」
「なんでアイツ」
なんの話かあんま分かってないだろうけど、リドルって名前には鋭く反応する。
「ねぇとは思うけどさぁ、ここに暮らしててまともな戸籍持ってる奴なんて」
「ダメ」
「分かってるよ……」
何にせよ、俺たち家族の問題にリドルを関わらせたくないらしい。そりゃその通りなんだけどな。
***
そんな、まだ考えも纏ってない段階で「高校生になったら寮に入らないか?」と本人にポロッと漏らしたのがマズかった。
「なんで?」
「なんでって……ここにいるより良いだろ、色々と」
「とーちゃんは俺に出て行ってほしいの?」
「違う!そういう話をしてんじゃ……」
「俺がいなかったら、ととと二人きりで楽しいもんね!」
「違うって!!」
シドニーが修学旅行から帰ってきた日、ショットと二人きりで過ごせる時間に夢中になって迎えに行くのを忘れて、危険な目に遭わせてしまった事……激しく自己嫌悪したけど、紛れもない事実だ。
あんな事があってまだ日も浅いのに、いきなり家から出て行く提案から切り出した俺の考えが浅かった。いつも聡明で聞き分けの良いシドニーが、まだ11歳なんだって事を俺はつい忘れてしまう。
「高校なんか行かない、ずっとここで生きていくから!」
「それは絶対にダメだ!!」
落ち着いて話すべきなのに、気持ちが焦ってまた頭ごなしに否定してしまった。寝室に篭ってしまったシドニーに扉越しに「気持ちが落ち着いたら改めてちゃんと話そう」と声をかけたが返事は無かった。
***
「そろそろ中学だろ、あの子供は」
「はあ」
ちょうどそんな事があった2日後、突然 首領 に呼び出されて俺とショットはまた仰々しい部屋の応接用ソファに腰掛けていた。
「とりあえずこれは入学祝いだ」
「……」
「遠慮すんな。新しい靴でも買ってやれ」
シュートの 子供 なら俺の孫みたいなモンだ、と笑う首領にどこまで本気なんだか……と思いつつも金は受け取る。確かに、新しいカバンを買ってやりたいと思ってたし、他にも教科書の購入なんかで金が入用だった。
「先の進学については何か考えてんのか?」
「あー……」
適当に誤魔化せばいいのに、まさに今一番の悩みの種を突かれて思わず言葉に詰まってしまう。
「必要なモンがあったら言え。綺麗な戸籍も用意してやるぞ」
「いえ、結構です……」
用意できる"綺麗な戸籍"ってなんだよ。絶対にシドニーをマフィアと関わらせてたまるか。
マウロアに挨拶してから帰るというショットと別れて先に帰ると、部屋の中が妙に静かで嫌な予感がした。
「……シド?」
***
朝からととととーちゃんをスーツの人が迎えに来てアパートにひとりになったから、俺は"家出"を決行する事にした。
いつか捨てられるなら、その前に出て行ってやる。もう捨てられる側なんてこりごりなんだ。
「オーサー!」
「なんだ、よくここが分かったな」
大声で呼ぶと廃ビルの屋上から顔を出したのは前に俺を助けてくれたオーサー。オーサーは俺より2歳年上で、窓枠や雨樋を使いながら降りて来て、俺を背中に捕まらせて屋上まで連れ上がってくれたお姉ちゃんはリディアって名前らしい。
ふたりは大体どこかの屋上にいるってとーちゃんに聞いてたから、声をかけて探し回った。
「頑張って探したよ」
「無闇に騒ぐとまた危ない目に遭うぞ」
リディア姉ちゃんが連れ上がってくれた屋上から法外地区を見下ろすと、今にも崩れそうな家って呼べるのかも分からないボロの小屋が、幼い子の下手な積み木遊びみたいに積み重ねられてるのがよくわかる。
とーちゃんはこのぐちゃぐちゃな景色を「バラック群ってやつだ」って説明してくれた。こんなになってて、もし火事にでもなったらどうするんだろう?
「シド?」
「……っいいんだ、俺の事なんか誰も心配しないよ」
「茶太郎と何かあったか」
聞いてほしい……ってあからさまに態度に出しちゃったな。でもオーサーは優しくて、ただただ聞き手に回ってくれる。
「うん……高校生になったら、ここから出て寮に入れって」
「お前はそれが嫌なのか?」
「ウチから出ていけって言われたみたいに聞こえちゃってさ……」
「そんなつもりじゃないのは分かってると言いたげだな」
図星すぎて素直に認めるしかない。
「……うん、分かってるよ」
そう、分かってる。とーちゃんが俺の将来の事とかを考えて言ってくれてる事も。でも本当に何が正解かなんて、その時が来てみないとわからないじゃないか。
俺はととととーちゃんと離れて暮らす事を今は考えたくない。出て行く事なんて、考えるだけでも辛い。
「そもそも、学校ってそんな行かなきゃいけない?オーサーは学校行ってないけどすっごく賢いし、ちゃんと生活もできてるじゃん」
オーサーはなんでこんなに色んなこと知ってるんだろう?どこかで勉強してるのかな?
「学校は行っとけよ。行かせてくれる親がいるなら」
思ったより"一般的"な意見が返ってきてガッカリしかけたけど、「 こいつ みたいになるぞ」と付け加えられて俺は思わず少しだけ笑った。
「 あの怖い人 よりはお勉強できるもん」
「……ととを悪く言わないでよ」
家出してきたつもりだけど、やっぱりととを悪く言われるのは嫌だと思う。
それから俺は二人といろんな事を話した。
「買い物?」
「ああ、少しデカい買い物をしたんだ」
「デカいって……家とか?」
「少しそれに近いな」
俺と2つしか違わないのに、家が買えるってどういうことなんだろう?オーサーは普段どこで何をしてるのかな?話せば話すほど謎は深まるばっかりだった。
「備えあれば憂いなしってやつだ」
「?」
「兄さんの言ってることはいつもよく分かんない!」
リディア姉ちゃんと話すと少しだけホッとする。
「二人は日給でその日暮らしだってとーちゃんが言ってたけど」
「それも間違いじゃない。日々の生活費だけはコイツに自分で考えさせて自力で稼がせてるんだ」
「しゃかいべんきょーさせられてるの!」
つまり、日々の生活費以外のお金はしっかりあるって事に聞こえる。やっぱり話すほど謎が深まっちゃった。
「ほら、夜になると危険だからそろそろ帰れ」
▼43 おれのだいじな家族 ※R18
リディア姉ちゃんとオーサーが近くまで送ってくれて、俺はどんな顔をすればいいのか分からないまま、とぼとぼアパートの前まで歩いてきた。
「……あれ……とと?」
そしたら、アパートの入り口にととが立ってて驚いた。まさかとはおもうけど、俺の事を待ってたの……?
パチッと目が合った瞬間、ととが慌てたように駆け寄ってきたからもっと驚いた。
「シド!」
「とと……」
「シド、いないの、心配する」
そう言いながら優しく抱きしめられて、今度こそ俺は驚きを隠しきれなかった。今までも俺が甘えて拒否される事はなかったけど、こんな風にととから俺に何かしてくるのは初めてだったと思う。
いや、とーちゃんの真似をして頭を撫でたりキスしてくれる事は時々あったけど……。
「とと、ちゃんと俺に興味あったの?」
「?」
全く興味が無い……とまでは思ってなかったけど、いなくなって心配してくれるだなんて、正直ちっとも期待してなかったもん。俺に興味が無いというか、"とーちゃんにしか興味ない"んだと思ってた。
「だいじだから」
「え?」
「シド、おれのだいじな家族」
その言葉に固まってると不思議なモノを見る目で見られた。ととにこんな目で見られたらおしまいだと思うのは失礼かな。
「ちがう?」
「そう、そうだよ……」
嬉しくて部屋に入る事も忘れてととに抱っこしてもらいながら泣いてると、とーちゃんも走って帰ってきた。
「シド!!よかった……帰って来たんだな」
「うん」
「はぁ、リドルんトコかと思って、行って来たんだ……ああ、シドニー、本当に無事で良かった」
「オーサーのとこに行ってた……」
「そっか。ショット、待っててくれてありがとな」
今度はとーちゃんに抱き上げられて、ギュウギュウと抱きしめられた。横からととの手が伸びて来て頭を撫でられる。二人にこんな風に揉みくちゃにされて、嬉しい。
「……心配かけてごめんね」
「いいんだ。俺こそ、お前の気持ちを考えずに慌てて色んなこと話してごめんな。ちゃんとゆっくり話し合おう」
「ううん、大丈夫だよ。俺、都会の高校を目指すよ」
「え!!無理してないか?」
とともとーちゃんも、こんなに俺のことを大事にしてくれてるって分かったから。ここを離れてちゃんと勉強した方が良いって言うのも、俺の為なんだって本当は分かってたし。
二人と離れたくない、離れるのが怖いって思ってたけど、離れて暮らしても大丈夫だって思えた。
「無理してないよ。遠くにいても、俺たちって家族だもんね?」
「そんなこと……当たり前だろ、なあ?」
「うん」
ととのキョトンとした顔が本当に「全く当たり前の事を今更どうした?」って感じがして、また嬉しくなった。
「とーちゃんが俺のことを考えてくれてる事も分かってた。ワガママ言ってごめん」
「いいんだよ。ほら、これでもう謝るのはおしまいな」
ととととーちゃんが"仲良く"してるのも、嫌だって思った事ないからねと伝えたらとーちゃんは咽せてた。
その日はととととーちゃんに挟まれて寝る事になって、照れくさいけど嬉しくて、なかなか眠れなかった。
***
そんな家出事件から数日……学校は夏休みになる時期がまたやって来た。そしていよいよ、この夏休みが終わればシドニーは秋から中学生になる。
「つーことは、三人で一緒に暮らし始めてもう1年経つのか……って思うけど、まだ1年かとも思うな」
「そうだね」
電車に揺られて流れてく景色を眺めながら、隣に座ってるシドニーとそんな事を話す。
ターミナル駅で俺はシドニーを抱きしめた。
「じゃあ俺はここで戻るよ。駅に母親が迎えに来てくれてるらしいから」
「うん!心配しないで!」
今年の夏は俺の実家にシドニーを預けて、都会での暮らしを体験させてみる事にした。
久々にしれっと母親にその事を電話で頼むと去年何の挨拶もなく帰った事を咎められたが、やはりどんぶり勘定な母親は「いいわよ、そのままこっちで育てても」とまで言ってくれたのだから有難い。
「もし辛いことがあったらすぐ帰って来ていいからな」
「とーちゃんも、寂しかったらいつでも会いに来ていいんだからね」
「ああ、そうするよ」
にしても、本格的に離れて暮らす事になる前に連絡手段は手に入れておかねぇとな……今はスラムにあるダイナーで電話を借りるしかないから、連絡はこっちから掛けるのみの一方通行だった。住所は一応存在するが、手紙なんかもちろん届くはずもない。
***
駅へ出たついでにシドニーが中学から使えるように新しい鞄を買ってから帰ると想定より遅くなっちまった。
「あれ、どっか行くのか?」
アパートの入り口でショットと鉢合わせる。
「……」
「どうした?」
「ん……おなかすいた」
「食いもんなら冷蔵庫に何かあったろ。てかどこに何を食いに行くつもりだったんだよ」
ぼーっとしてるショットに「入ろうぜ、ここは暑いよ」と声をかけると何か言いたげにしてるから急かさずに言葉を待つ。
「さみしかったから」
「遅くなってごめんな!!」
1も2もなく手を広げてやるとキュッと抱きつかれたから髪をかき混ぜるみたいにたくさん撫でてやった。
普段なら目が覚めた時に俺がいなかったとしても30分もすれば帰ってくるはずなのに、3時間経っても5時間経っても帰ってこないから不安になったみたいだ。
「朝から長時間出かける時は寝ててもちゃんと声かけるよ」
昨晩のうちに明日は遅くなるとは言っておいたんだが、こいつには難しかったかな。
***
部屋に入ると突然後ろからグイッと壁に押し付けられて驚いた。
「いて、鼻打った!なに……」
ざらりと濡れた感触に首を舐められたんだと遅れて気付く。
「あ、ぅわ?ショット、こら」
「……」
「やめっ、急に」
そのまま手が無遠慮に服の中に入ってきて、腹や胸を撫でられる。寂しかったから、俺の体温を感じたいんだろうか。
「う……」
うなじに噛みつかれて、熱い手で身体中をまさぐられて、こんな玄関先だってのに俺も"その気"になってきた。
「あ、あ……っ、待て、ショット」
待てって言ってんのに無理やり服を脱がされて、首や背中に次々と吸い付かれる。
「こら、あ、も……バックル壊すなって……」
乱暴にベルトを引っ張られて慌てて自分で外した。今までにも何本も壊されちまってキリがない。
「んげっ!」
顔を掴まれて振り向かされて噛み付くようにキスをされる。首が捻れて潰れた声が漏れたけど、全く気にしてないみたいだった。
「ん、んぅ……ふっ、ん……」
体もショットの方を向いて首に腕を巻きつけると不器用にズボンも脱がそうとするから、つい笑っちまいながらジッパーを下ろした。
「そう慌てんなよ」
首元にガブガブ噛みつきながらズボンを半分くらいズリ下ろされて間抜けな格好になる。ウチに訪問者なんか来ねーけど、もし今だれかが扉を開けたら羞恥死は避けられないな。
「あ、う……」
口に指が突っ込まれて、あーこのままここでヤることになるなと覚悟した。最近はゴムを着けさせる成功率は50%以下になってて、どんどん甘くなっちまってる自分に苦笑する。
「待て、後ろは自分で広げるから」
興奮状態のこいつを押し退けてローションを取りに行くのも難しそうだから、せめて少しでも濡らしておこうと膝をついてショットのズボンもズラして、半勃ちくらいのソレを口に含んだ。
「ん、んぅ」
「ふ……ちゃた……っ」
喉を開くようにして深く飲み込むと吐き気がするけど、最近は大分この刺激にも慣れてきた。
「ふ、ぐっ」
「ちゃたのくち、きもちい」
「ん」
ショットの手が俺の頭を掴む。好きにしていいと言うように目を閉じて力を抜くと、グッと押しつけられた。
「んっ、ぐ……っ、ん、ぶ……」
喉の奥まで異物が入ってきて体が勝手にそれを吐き出そうと痙攣するけど、ショットの足にしがみついて耐える。喉仏が内側から押される度に首の中でジュプジュプと水音が響いた。
「ん、うぅっ、んぐ、ぅ……っう」
好き勝手に喉を犯されながら、口の端から垂れた液体を指に塗りつけて後ろに突っ込む。
「ぅえ゙、ん、ぐっ」
しばらくして顎が外れそうだと思った瞬間、その唾液かショットの先走りか迫り上がってきた胃液か……よくわからないドロドロした液体で濡れたブツが喉から引き抜かれて、壁の方を向かされたかと思うと立ったまま突然挿入された。
「あ、ぅぐ……っ!ん……!!」
咄嗟に壁に手を付いたけど足がガクガク震えて今にも倒れそうだ。
「あっ、あ!く、うぁ、あっ」
「ちゃた、あったかい……」
ぎゅうぎゅう抱きつかれて、後ろのショットに体重を預けるように体を起こすとほとんど持ち上げられてるような格好になって爪先立ちになった。
「う、あっ、あっ……シュートッ、はぁっ」
体重が掛かるからか、いつもより奥まで侵入されてゾクゾクと鳥肌が立つ。
「きもちい?」
「はっ、はぁっ!あっ、ぐ……っ!」
抱きしめたまま揺さぶられて、何も言葉にならなくて、とにかく必死で頷くと満足げに頬を舐められた。いつの間にか勝手に生理的な涙が出てたみたいだ。
「ちゃたろー、すき」
「は、ぁ……シュート」
ピッタリ腰をくっつけた状態で少し動きが止まったから、上半身を捻るように振り返ってキスをする。
「俺も、はぁっ、好きだ」
お互い汗だくで、玄関で、笑えちまう。
「あ、うわっ!」
「ちゃた」
「うぁ、あっ、ぐ……ぅっ!」
腰が引き抜かれたかと思うと馬鹿力で仰向けに引き倒されて、また無遠慮に突っ込まれた。
掴まれた両腕に爪が深く食い込んで、容赦なく与えられる痛みと快感に体が勝手にビクビクと仰反る。
「あっあっ!あっ、あ……シュ、シュート……ッ」
目の前がチカチカしてよく見えない。耳元で獣みたいに唸る声が聞こえたかと思うと首に噛みつかれて、腹の中に射精された。
***
そうして俺たちは何もかも忘れて"夏を満喫した"わけだが……帰って来たシドニーは俺の様子を見て何かを察したらしく、「俺が高校生になって出て行ったらどうなるの?」と笑われてしまった。
「俺、もし家族が増えるなら弟が欲しいな」
「う……産めません……」
▼44 お前を共犯者にはさせられない 1/3
珍しくリドルが真剣な様子で「話がある」と言うから、スラムのカフェで話す事にした。
「復帰?警察に?良いじゃん」
「まだ悩んでんだよ」
「なんで?」
警察官を引退した父親から何やら手紙が届いたらしく、思う所あって復帰を考えてるという事だった。俺に報告する意味はわかんねーけど、良い事だと思う。
「もう"アイツ"に執着するのはやめて、警察官として自分のキャリアを考えて前を向けって言われたんだよ」
「ああ俺もその通りだと思うぜ」
「……」
個人的にもショットを捕まえてやるって考えてる人間がこの街からひとり消えるのは有難い。同時に友人も消えるわけだから、寂しくねえとまで言うと嘘になるけど。
「あのな、茶太郎」
「言っとくけど、俺はここで暮らしてくからな」
「こんなトコに長くいすぎただけだって、いいか?お前は犯罪者じゃないんだ。人間社会で、真っ当に生きられるんだよ」
「話がそんだけなら俺は帰るぞ」
見送りにはいくから、街から出る前に教えろよ。と席を立てば腕を掴まれる。
「茶太郎、忘れんな」
「何がだよ」
「いくら不幸な身の上だからって……あいつは脱獄事件の時になんの罪もない警察官を何人も殺してんだ」
それを言われると何も返しようがない。元はと言えば、ショットだってその脱獄事件には巻き込まれた側らしいが……そういう事じゃないのは分かってる。
「その人たちにも家族がいた。妻や子供がいた。その尊い命を奪ってんだぞ、あいつは」
「わかってる!俺だってあいつが清廉潔白だなんて流石に思ってねえよ!」
聖人だけを好きになれるなら、誰も苦労なんかしない。あいつがどんな悪人だろうが、犯罪者だろうが……。
「でも……俺はあいつを愛しちまったんだ」
「茶太郎、そりゃDV被害者と一緒なんだって」
リドルが掴んだ俺の腕に視線を落とす。引っ掻かれた痕がミミズ腫れになって、いつのモンかも忘れちまった治りかけのアザが黄色く変色してた。
「その愛情は勘違いなんだ。痛みと恐怖で感覚がマヒしてるだけだ。最初は寂しく感じるかもしんねーけど、あいつと離れて数年もすれば忘れてく、まともに戻れる!」
「……ああ、そうなのかもな。でも……一生勘違いし続けてたいんだよ」
言いたい事は分かるさ。俺だって、もしも友達が毎日生傷だらけになって「あの人の事を分かってあげられるのは自分だけ」だなんて 宣 ったら、目を覚ませと頬を叩くだろう。
「俺はあいつに与えられる痛みさえ愛してる。あいつになら殺されたって後悔しないって思っちまうくらい」
――あいつが犯した罪を一緒に背負って、地獄に落ちたって良い。
「だから俺だって共犯だ。もうそれで構わねえよ」
「構わなくねえ!お前とあいつは違う!俺の親父は運良く生きてたが……" あの 事件の時"に殉職した親父の同僚の葬式に俺も行ったんだ」
今回は本気なのか、俺がここまで言ってもリドルは引き下がらなかった。
「いくつもの棺桶の前で、何人もの人たちが泣き崩れてた、まだ若い人だっていた!」
「……」
それを目の前で見たコイツは、ショットがのうのうと暮らしてることが許せないんだろう。それも理解できる。つまり俺たちは絶対に相入れないって事なんだ。
「俺だって直接関わって、あいつが心からの悪人じゃないって事は分かったよ……可哀想な奴なんだなとは思った」
「……」
「でもな、親父から手紙が来て……改めて思い出したよ。やっぱり絆されちゃダメだ……人を平気で殺せる奴は狂ってるんだ!!」
あまりの大声にさすがに一瞬だけ周囲の視線が集中するが、すぐ興味は失われる。ギリギリと掴まれた腕が痛い。
「……熱くなんなよ。ここは 法外地区 なんだ」
俺はわざと突き放すように視線を逸らして言った。
「ゲートの内側の常識を持ってくんじゃねえよ」
俺の事なんかもうどうでもいいって、怒っちまえばいいと思った。
「お前はさっさと帰って、まっとうな生活に戻って、俺たちの事なんか忘れて、立派に頑張れ」
――でも、そんな軽率な考えで挑発したのが良くなかった。
「……気が変わった。俺は警察官に復帰するし、あいつも捕まえてやる」
「は?おい、何考えてんだ」
その言葉にサッと血の気が引く。何をするつもりだ。
「あいつは捕まれば終身刑だ。茶太郎、そうしたらあいつの事……もう諦めるしかないだろ」
「おい、やめろ!!」
腕を掴まれたまま、半ば引き摺られるように歩き出す。物凄い力で振り解けない。抵抗するとカフェの机が倒れてガタガタッと大きな音を立てたが、こんなスラムで揉め事なんか日常茶飯事だ。誰一人として気にする様子もない。
「やめてくれ、お前を本当に友達だと思ってる、リドル」
「俺だって思ってるよ」
チラリとこっちを見たその目は完全に据わっていた。
「だから、その目を醒ましてやる」
***
リドルはマジなようで、部屋に俺を放り込むと扉の前にイスを持って行って座った。
「……なあ、どうするつもりなんだよ」
「明日になればアイツが茶太郎を探しに来るだろ」
そこを捕まえるつもりらしい。
「無謀な事はやめとけ、ショットはお前の手に負える相手じゃねえ」
「だから先に茶太郎を捕まえたんだ」
手足を縛りもしないで、俺をここから逃がさない大した自信があるらしい。本気になれば窓から飛び降りるくらいの勇気、俺にだってある。
「ショットにとって俺なんかが人質になるとでも?」
「十分すぎるだろ」
「バカ言うなよ、あいつにそんな人間らしさがあると思ってんのか?」
「あのな、諦めさせようとしても無駄だ、茶太郎。お前たちに初めて会った時から俺は知ってる」
「……」
「お前がアイツの唯一の弱みだってな」
「……ああ、その通りだよ」
俺は意を決して窓に走った。鍵を開けて窓を開けて……なんて悠長な事をしている隙なんかない。飛び込んで割るしかない。
でもその直前で羽交締めにされて捕まった。いっつもダラダラしてばっかの俺は、さすが元警察官の瞬発力には敵わなかった。
「悪いけど、縛らせてもらうぞ」
「放せ!!」
「次に大声を出したら口も塞ぐ。頼むから大人しくしててくれ」
どんなに本気で暴れてもビクともしない。俺はあっという間にイスに座らされて両手両足を括り付けられて、身動きが取れなくなった。
いっつもケツポケットに折りたたみナイフを入れてる事を知ってるリドルはそれも回収してまた扉の前に座り直した。
***
翌日、ドアがノックされてリドルは銃を手に「誰だ」と返事をした。
「リドル、とーちゃんがここに来てない?昨日から帰って来ないんだ」
不安げなシドニーの声に返事をしたかったけど、次に大声を出せば口を塞がれてしまう。用意周到にもリドルは銃を持ったまますぐ貼れるよう、俺を縛り付けているイスの背もたれにテープを貼り付けていた。
「……シド……」
「シドニー、一人で探し回ってるわけじゃないんだろ。"あいつ"も来てるのか?」
「え、うん……とと?下のバーにいるよ」
「呼んできてくれ。茶太郎はここにいる」
「え!」
ドアノブがガチャガチャと鳴って、シドニーが扉を開けようとしたみたいだった。
「開けてよ!なんで!?」
「大事な話があるんだ。三人で話したい」
「……」
「一人で入って来るように言ってくれ。それから、シドニーは気をつけて帰れ。いいな。約束を守らなかったら茶太郎は返せない」
「……なんで……」
しばらく扉の前で悩んでいる様子だったが、リドルが何も返事をしないままでいると小さな足音が遠ざかって行った。
「……おい、こんな捜査手段は違法だろ」
「何言ってんだ。ここは 法外地区 だぜ」
▼45 お前を共犯者にはさせられない 2/3
馬鹿正直に一人で現れたショットはすぐ駆け寄って来ようとしたが、リドルが俺に向けて銃を構えているのに気が付いて固まった。
「扉の鍵を閉めろ。誰も入らせるなよ」
「……」
リドルが本気で俺を撃つわけがねぇだろ、言う事なんか聞かなくていいから、暴れちまえ……そう言いたいけど、ショットはきっと動けないだろう。
「その場から動かずに銃をこっちによこせ。ホルスターごと地面に置いて、こっちに蹴るんだ」
「ちゃたをはなせ」
「早くしろ!」
「……」
ショットの腰につけられたデザートイーグルと背負っているF2000が床を滑ってリドルの足元に寄越される。
「両手を開いたまま見えるようにして膝をつけ」
言われるがままにショットはその場に膝をつく。俺は何もできず、間抜けに縛られてる事が悔しくて堪らない。
「いいか?お前はセオドール・A・ブラッドレイ。何人もの罪のない人を殺した犯罪者だ」
「リドル!!頼む……それはやめてくれ!」
「うるさい茶太郎!二度目は無いぞ!」
ああ、名前がトラウマだなんて簡単に教えるんじゃなかった。こんな事になるなんて……甘く考えてた自分を呪った。
「復唱しろ!セオドール・A・ブラッドレイ!!」
「……っ」
フルネームで怒鳴りつけられて、膝立ちのショットの肩がビクッと跳ねる。顔の横に上げたままの手が小さく震えてるのが分かった。
「リドル、やめてくれ……」
黙れと言うようにゴリッと頭に銃を突きつけられて、リボルバーの 撃鉄 が起こされる。俺が殺されると思ってショットが酷く怯えているのが分かった。
「ちゃ、ちゃた……っ」
「早く言え、お前の名前はなんだ!」
「っもうやめろ!こいつの言う事なんか聞かなくていい、ハッタリだ!リドルは俺に何もしない!!わかるだろ、ショット!!」
「茶太郎、次に騒いだら塞ぐって言ったろ」
リドルは片手で銃を構えたまま、俺の口に用意していたテープを貼り付けた。心臓が激しく鼓動してるのに、鼻呼吸しかできなくなって苦しい。
「……おねがい、ちゃたを……はなして」
バカ、早く逃げろ、逃げろよ……!
「放して欲しかったら言え」
「なに……」
「さっさと言え!『俺はセオドール・A・ブラッドレイ、何人もの罪のない人を殺したクソッタレの犯罪者だ』と言うんだ!!」
やめてくれって塞がれた口の中で必死に叫んでも当然まともな言葉になんかならなくて、とにかく首を振りまくって唸り声をあげた。
「お……おれ、は……っ」
ショットの顔からはすっかり血の気が失せていて、今にも倒れそうだ。やめろ、そんなこと言わなくていいから、早く、早く逃げてくれよ……!
「セオ……ド……ッふ、ぅえ゙」
耐えきれずにショットはその場で吐いて床に手をついた。こっちにまで聞こえてくるぐらい苦しそうに呼吸が荒れている。そのあまりに辛そうな姿にズキズキと胸が痛んだ。
「……」
「はぁっ、はぁっ、う……ぅ」
リドルはそんなショットを黙って冷たく見下ろしてるだけだ。
「言えないのか」
「はっ……はぁ……っはぁ、ゔぇ……」
また嘔吐して床に蹲り、とても動けそうにないショットを見て、無情にもロープを手に近寄って行く。
「動くなよ」
背中で腕を拘束されそうになって、ショットは反射的に逃げようとした。けどその抵抗は弱々しく、更にリドルが精神的に追い打ちをかける。
「や、いや……だ」
「逃げたら茶太郎にはもう二度と会えないぞ」
「……っふ、ぅ……」
「大人しく捕まれば面会くらいさせてやる」
会わせる気なんか絶対にないくせに……俺の存在がショットにとってどれくらい大きいのか、分かった上でここまで徹底して非情になれるリドルは、もう情に訴えて止まってくれる段階じゃないんだろう。
そうしてリドルはショットを縛り終えて俺の隣に戻ると、しばらくその様子を警戒したように見つめていた。次のロープを取って、足も縛った方が良いか悩んでいるみたいだ。
「ぅぐ、う……っ、はぁ、は……っ」
「お前が茶太郎を殺されたくないと思うように、お前が殺してきた人たちを愛する人だっていたんだ」
耳元で銃声が響いて、壁に穴が空いた。そしてまたカチリとハンマーの起こされる音がする。
「茶太郎が殺されたら、お前はどんな気分になる?」
「……っや、やめ……っ」
「分かったか?ブラッドレイ、お前の侵した罪の重さが」
ヒクッとショットの喉が引き攣って苦しそうな息が漏れる。
「はぁっはぁ……はぁっ……ちゃ、た……っ」
それでも俺の心配ばかりするショットに「逃げてくれ」って叫びたくて、声の代わりに涙がこぼれ出た。酸欠で頭がクラクラする。
朦朧としながらうーうー唸ってると乱暴に口のテープが剥がされた。
「騒いだらまた塞ぐからな……」
「っは……っはぁ、ショット、ショット……!」
しばらくぶりに思い切り酸素が吸えて、指先がピリピリする気がした。俺の声に反応してショットが少しだけ顔を上げる。
「もう……もうやめてくれ、リドル……分かったよ、お前と一緒に行くから!」
「当たり前だ。その上でコイツは逮捕する」
なんとかできないのか、なんとか……。
「……頼む、絶対に反抗しないから、解いてくれ」
呼吸だけでも落ち着かせてやりたいんだ、と懇願するとリドルは床に落ちてるショットの銃を更に部屋の隅に蹴り飛ばしてから、倒れてるショットを片手で引きずり起こして俺の腕の拘束を解いてくれた。
「余計なことは一切すんなよ。俺はいつでもコイツを殺せる気構えが出来てんだ」
「分かってるから……頼むよ、もう酷いことはしないでやってくれ」
ずっと縛られてた腕を久々に動かすと関節がギシギシ痛んだ。すぐには動けない俺の様子を見ながら、リドルは保険の為かショットの頭に銃を突きつける。
「……ショット」
「ちゃ、た……っ、はぁ、はっ、はぁっ」
「ショット、大丈夫だ」
吐瀉物と涙で汚れてる頬を手で拭ってやって、キスをした。
「……っ、ふっ、ん……ふぅっ……」
そのまましばらく口を塞いで、ショットの乱れてた呼吸を整えてやる。
「もう大丈夫だから」
「ふ、ぅ……ちゃた……」
何を言い聞かせても、俺がこの空間にいる限りショットは戦えない。だったら一瞬で俺をこの場から消すしかない……その方法は、"殺す"事しか思いつかなかった。
「本当に、ごめんな……」
――お前を、愛してる。
俺は前にオーサーに渡された銃を腰から抜き取ると、躊躇なく自分の心臓を撃った。
***
ガタンと大きな音を立てて足が括り付けられていたイスごと茶太郎の体が床に崩れ落ちたのとほとんど同時に、突然扉が蹴破られてただの割れた木片となり、ガラガラと部屋の中に散らばった。
リドルは混乱しつつも反射的に侵入者に向けて銃を構える。そこに立っていたのはリディアとオーサーだった。
「……!?な、何をしに来た……クソガキ」
「少なくとも楽しい世間話をしに来たわけじゃない」
オーサーは小さな体が反動でブレないよう、しっかりと足を開き両手で体の前に銃を構えている。その目は 照準器 越しにリドルを睨みつけ、いつでも撃てる体制だった。
「あいつの縄を解いてやれ」
「わかったぁ」
「っおい、やめろ!」
「1ミリも動くなよ、バカ犬」
硬直状態の二人を横目にリディアがブチブチと腕の拘束を解いてやると、ショットは泣くわけでも喚くわけでもなく、ヨロヨロと茶太郎の体を抱きしめて動かなくなった。
「ねえだいじょーぶ?」
「……」
自分さえ死ねばショットは自分の力でこの危機を乗り越えられるだろうという茶太郎の思惑は外れ、完全に心の糸がプッツリと切れたショットは茫然自失してしまっていた。
一方、オーサーとリドルはまだ互いに銃口を向け合ったままでいる。
「やめておけ。俺とお前、どっちの銃の腕前が優れているかはよく分かっているだろう」
「……なんでコイツの味方をすんだよ」
並外れた視力と反射神経を持つオーサーはリドルが引き鉄を引こうと指先に力を込めた瞬間にその頭を撃ち抜く事が出来る。前科がつく事を嫌がるオーサーはおそらく殺すつもりはないので頭は撃たれなくとも、銃を弾き飛ばされるか、指を吹き飛ばされるだろう。
リドルは悔しくもその事をしっかり 理解 っているので、この状況はすでに"詰み"が確定していた。
「 友達 の頼みだからな」
「弱いものイジメしちゃダメなんだよ」
その言葉にリドルは眉を顰める。どうして、犯罪者を捕まえようとしてるこっちの方がまるで悪役なのだと。
「ふ、嫌と言うほど分かっただろう。ここは 法外地区 なんだよ」
そしてリディアはいつもの朗らかな表情のまま床に転がっているショットのデザートイーグルを拾い上げて何でも無い事のように軽くスライドを引くとリドルの頭に銃口をピタリと向けた。
「はい、おしまい!その銃、ちょーだい!」
「さっさとこの街から消えろ、卑怯者の負け犬め」
▼46 お前を共犯者にはさせられない 3/3
「おい、起きろ茶太郎」
ペチンと小さい手で頬を叩かれる感覚に目を覚ます。
「あ……あ、あれ!?俺、う……っいてて……」
完全に死んだと思ってたから、頭が混乱して状況が飲み込めない。撃った場所は確かに痛いし真っ赤に汚れてるけど、血は全く出てなかった。
「お前に渡した銃に入れていたのは シミュニッション弾 だ。実弾じゃないと知れば顔に出そうだと思ったから黙って渡したんだが……まさか自分を撃つとはな」
「おもちゃの銃でよかったね!」
「ふん。まあ、おかげであの バカ犬 も上手い具合に騙せて面倒な争いが省けた。どう見ても血が出てないのに、冷静じゃない馬鹿ばかりで助かったな」
「あ、そ……」
とはいえ確認すると至近距離での被弾に鳩尾は真っ赤に腫れていて、数日は絶対に青あざになるなと苦笑した。
「……っ!ショット!!」
そしてようやくショットの事を思い出して辺りを見回すと部屋の隅にゴミみたいに適当に寝転がらされてて、慌てて駆け寄る。
「ショット!どうしたんだ!?」
「ちゃたろーに乗っかってジャマだったからどかしといた!」
「退かし方ってモンがあるだろ!おいショット!!」
眠っているわけではないのか目は開いてるけど、虚ろで何の反応もない。声をかけてもピクリとも動かなかった。
「ショット、おい、おい!しっかりしろ」
「こわれちゃった?」
「わかんねぇ。とにかくここじゃ落ち着けないな……悪いリディア、こいつウチまで運んでもらっていいか?」
いいよ!とニッコリ笑ってくれたのは良いが、荷物みたいに小脇に抱えるから手と足をズルズル引きずってる。できれば背負ってやってくれと頼むと素直に聞いてくれた。
そしてその後を追おうとしたらオーサーに服を掴んで睨みつけられる。
「じゃあ、お前が俺の"足"になってくれるんだよな?」
「慎ましく車役をさせていただきます、陛下」
内心ではショットが心配で堪らなかったけど、クソガキ共がいつも通りでいてくれたから、俺の精神状態まで引っぱられずに済んでありがたかった。
***
アパートに戻るとシドニーが飛び出して来て抱きつかれた。オーサーがここで待ってろとしっかり言いつけておいてくれたらしい。
「オーサー、二人を助けてくれてありがとう」
「これで貸ひとつだ。安くねえからな」
「うん!」
「まじでこの礼は改めてする……」
「じゃーねー!ばいばい!」
帰ってったリディアたちを見送って、俺は脱力して重いショットをズルズル引きずって奥の部屋に連れてった。
苦労しながらどうにかベッドに寝転がらせて、汚れてる服を脱がしてやる。
「とと、大丈夫?」
「ああ……とりあえず生きてる。命がありゃなんとかなるさ」
酷い目に遭った……と力が抜けかけるが、休むより先にショットを綺麗にしてやりたかった。
「本当は洗ってやりてえけど、俺の力じゃ無理だから」
見ててくれとシドニーに頼んでタオルを取りに行こうとすると引き止められる。
「ん、どうした」
「とーちゃんが見ててあげて!」
「え……あ、おう」
走ってった背中を見送ってしばらくぼんやりしてしまったけど、シドニーの気遣いに甘えてショットの側にいることにした。
「……ショット」
話しかけても当然返事はなく、まるで電源の抜かれちまったロボットみたいにおとなしい。自分の殻に閉じこもって、外からの刺激をシャットアウトしてるみたいに見える……けど、ぼんやりしてる目の前に手を差し出すと一応ほんの少しだけ反応があった。
「見えるか?聞こえてるか?」
「……」
「ダメそうだなこりゃ」
「とーちゃん!濡れタオルと着替えで良かった?」
「ああ、ありがとう。それと水も持って来てもらっていいか?吐いたんだこいつ」
「分かった!」
全くの無意識では無いみたいで、顔と体を拭いて綺麗な服を着せてやると多少は協力的に動こうとする気配がある。
「とーちゃん、これ水……」
「助かるよ、ありがとな」
水を受け取ってから小さな額にキスをして、あとはしばらく二人きりにしてくれるか?と頼むとシドニーはショットと俺の頬にキスをして出て行った。
体を起こさせて口に水を流し込んでみたけどうまく飲み込めねえみたいだから口移しでどうにか飲ませて、また寝かせて手で目を閉じさせた。
「今日は疲れたろ、おやすみ」
起きてんのか寝てんのかわからねーけど。夜中に目が覚めた時にもしこいつの目が開いてたら大したホラーだな、なんて思いながら俺も簡単に体を拭いて部屋着に着替えるとさっさとベッドに潜り込んだ。
腹も減ってたし頭も洗いたかったけど、今はコイツから一秒でも離れたくなかった。
「ショット、お前は悪い夢を見たんだ。全部夢だよ。もう大丈夫だからな」
丸い頭を抱きしめて、何度も耳元でそう言い聞かせながら眠った。
***
そして翌朝、目を覚ますとショットが起き上がってたから驚いた。
「……ショット?大丈夫か?」
でも返事も反応もない。
「ほら、朝メシにしようぜ」
ぼーっとしてる手を引いてリビングに行くとシドニーがホッとしたように抱きついた。
「とと!もう大丈夫なの?」
「まだ反応は無いけど、動けてるだけ昨日よりマシそうだな」
ショックで俺の事すっかり忘れてなきゃいいけど……と不安になるが、コイツのことだし有り得なくもない。
ま、その時はまた3年一緒にいれば良いだけか。
「3年前のショットもほとんど喋らなかったし、なんとかなるだろ」
「せっかく3歳くらいのお喋りは出来るようになってたのにね」
「仕方ねえな。また人間のやり方をゼロから教えるよ」
でも今日はマウロアの月命日だから、ショットが現れなかったら 首領 が心配して探りにくるかもしれねぇな……。
今回の事が知れたらリドルはきっと"始末"されちまうだろう。それはなんとなく嫌だ。
「俺ちょっとだけ出かけてくる。シド、ショットを見ててくれるか?」
「いいよ」
またいつ"電源"が切れちまうかわからねーから、せっかく引っ張れば歩ける状態のうちにトイレに行かせて、バスルームで体を洗ってやってからシドニーに託して出て来た。
***
一人でマウロアの墓参りに行くと案の定「シュートはどうした」と聞かれたが、体調不良だと答えておいた。実際あいつも風邪ひくことだってあるし、そんな変な言い訳じゃないだろう。
「……よお」
マウロア……享年、17歳。テレビで報道されてる生まれ年が正しければ、ショットは今23のハズだ。16の時に投獄されて、その後どれくらいで脱獄事件が起きたのか俺はハッキリ知らねえけど……同い年だったのかもな。
「悪い……お前が命まで懸けて大事に守ってくれたモン、俺が傷つけちまった」
――親友を喪ってから、6……いや、7年か。
どっちにしろ、心の傷を癒すには短すぎる期間だ。昨日、あの時……本気で俺が死んだと思ったんなら……あいつ、どんな気持ちになっただろうか。
「死なないで」「おいていかないで」とガキみたいに泣いてた姿を思い出して、罪悪感でいっぱいになる。
俺はあいつの心にナイフを突き立てて、抉って、バラバラに引き裂いちまったんだろう。
それでも、どうしても守りたかったんだ。弱い俺には他の方法が思いつかなかった。
「……来たばっかだけど、帰るよ。次は絶対にあいつと来るから」
そうマウロアに軽く挨拶をして、走って帰った。
▼47 ずっと水の中にいるみたいだ
あれから1週間が経っても、ショットは心を閉ざしたままだった。俺は一瞬でもこいつを一人にさせたくなくて、リディアにシドニーの送り迎えを頼む事にした。もちろんちゃんと給料を払って、仕事としてだ。
リディアは当然シドニーを背負った状態でも凄い速さで走るし、無駄に屋根に飛び上がったりというサービス(?)もしてくれて、そんなアクロバティックな登校はとても楽しいらしく、「いっつも楽しいよ!」と明るいシドニーの様子に安心する。
「ごめんな、せっかく中学に入ったばっかなのに……俺はショットに付きっきりになっちまって」
「いいよ、俺もとと心配だもん。とーちゃん一緒にいてあげてね」
「ああ、ありがとな」
「じゃあいってきまーす!」
「いってらっしゃい」
ショットは食いモンを手に持たせたら食べるし手を引けば歩いて移動もさせられるから本格的な介護や育児よりはずっと楽だけど、相変わらず焦点の合わない目でぼんやりしてて、当人の意識はここにないみたいだった。
もしもずっと夢を見ているような状態なんだとしたら、せめて苦しまない夢であって欲しいと願う。
「さて……昼寝でもするか」
心の傷を回復させるには睡眠が一番だと思っている俺はこの1週間ずっと時間の許す限りショットとベッドに横になって、髪や背を撫でてやりながらたくさん声をかけるようにしていた。
「シュート、もう誰もお前を傷つけない。もう大丈夫だからな」
そうしてると、ぼんやりした瞳でじっと見つめられる。でもやっぱり視線は交わらない感じで、俺の事が見えてるのかどうかすら怪しい。
色んな事を話しかけてる俺に対して力の抜けたあどけない表情でゆっくり瞬きだけを返すショットはいつも以上に赤ん坊みたいだ。
「寒くないか?なあ、いったいどんな夢を見てるんだ?」
毛布を被せてやりながらそう言って笑いかけると、ほんの少しだけショットの表情も綻んだように見えた。
***
まるで水の中にいるみたいだ、とシュートは感じていた。景色はぼんやり歪んでいて、音も分厚い水の壁を通したみたいにくぐもって聞こえにくい。
この感覚を知っている。今までも、心が限界を迎えるたびにこうして外の世界と自らを隔離することで自分を守ってきた。
今どうしてこんな所にいるんだったか、何も思い出せない。ただ、誰かが優しく頭を撫でて、手を引いてくれている事だけが薄らと分かる。
何か思い出さなければいけない気もするが、このままこの水の中にいたら、悲しいことも辛いことも起こらない気がした。
ただマウロアのことを考えていた。いつでも当たり前に隣にいてくれたハズなのに、どうしてここにはロアがいないんだろう?と不思議だった。
でも考え続けるのは疲れるので、またすぐに思考はぼんやりと濁っていった。
「ちょっとズレろ」
そんな声がして、隣に誰かが座った。
「あれ、ロア?」
「なんだよ変な顔して」
シュートは何故か物凄く久しぶりにマウロアの顔を見たような気がして、まじまじと見つめてしまう。
「ロアがいる」
「そりゃいるよ。いっつも。お前の隣にいるよ」
「……うん」
変なやつ、と隣で笑うマウロアを見ているとシュートはなんだか嬉しくなって、抱えた膝に顔を埋めた。
「大丈夫か?シュート」
「ちょっと、つかれたみたい」
「生きるのってしんどいよな」
マウロアは少し考えた後に、優しく言った。
「もしお前が本当に辛かったら、もう頑張らなくてもいいよ」
「……」
「ありがとな、ここまで頑張ってくれて。お前に生きて欲しかったのは、俺のワガママだから……」
お前を外の世界に連れ出して、いろんな事を教えてやりたかった。楽しいとか嬉しいとか、知って欲しかった。その役目は"あいつ"に譲る事になっちまったけどな……と少し寂しそうに、しかし嬉しそうに呟く。
「でもそのせいで、余計に辛い思いをさせちまったのかな」
マウロアに出会うまで、ずっと水の中のような感覚で生きてきたシュートは幸せを知らない代わりに無茶苦茶な人生に対して何の悲しみも感じずにいられた。
「……わかんない」
「わかんないかぁ」
二人は並んで座って、黙ったまましばらくお互いの呼吸の音を聞いていた。
そうしてどれくらいの時間が経ったのか、不意に立ち上がったマウロアはシュートを見下ろして「でも、もうちょい生きてみたら?」と言った。
「でも、おれ……」
「怖がらなくていい。お前を愛してくれる人がいるだろ」
ほら立てよ、とその腕を雑に掴んで立ち上がらせると胸元を握った拳の側面でドンと叩いた。
「お前は何ひとつ失くしてないよ」
***
「いて……」
夜中にふと痛みを感じた気がして目を覚ますと、背中から抱きしめるように回してた俺の右手の指先にショットが噛み付いたみたいだった。
「ん、どうした?ショット?」
話しかけてみると、小さく何か言ったように聞こえた。
「……」
「なに……っ今、俺を呼んだのか?」
久々のショットの"反応"に思わず跳ね起きて、頬を掴んでその顔を覗き込む。色素の薄い青緑の瞳が動いて、その右目が俺を見た。
目が合う。明らかに今までとは違って、意識がある。
「ッショット、ショット!」
「ちゃた」
呂律があんまり回ってないけど、確かにそう言った。
「ちゃた、おれ……」
「……ああ、どうした」
「おれ、こわいゆめ、みてた」
そしてショットの目尻から涙が流れた。
「……っそうか……もう大丈夫、大丈夫だからな」
強く抱きしめてやるとまだ上手く体が動かないのか、弱々しく背中に腕が回される。
「ちゃた……ここに、いる?」
「ああ、いるよ。ほら……わかるか?」
その手を取って俺の頬に当てさせるとホッとしたように表情が緩むのが分かった。
「なんか……うまくうごかない」
「お前、心と体がバラバラになっちまってたんだ。すぐ良くなるから心配しなくていい」
感覚も鈍いのか、不器用な動きで確かめるようにペタペタと顔中を触られる。
「ゆめじゃない……?ちゃた」
「ああ」
不安そうな瞳に見つめられて、どうすれば安心させてやれるだろうかって考えて、俺自身が泣いてた事に気が付いた。
「あ……わり、これはつい安心して……」
雑に頬を拭ってると服を引っ張られたような感じがして「よんで」と言われた。
「もっとちゃたのこえ、ききたい」
すぐに思い切り抱きしめて、耳元で何回も何回も名前を呼んでやる。
「シュート、シュート」
「んん……」
そうすると背中に回されてる手に少しずつ力が戻ってくるのが分かった。俺たちは抱きしめ合ったまま、いつの間にかまた寝ちまったみたいだった。
***
結局、ショットはあの日の出来事を夢だと思い込んでくれたようで、酷い後遺症もなく次の日にはすっかり元気になった。
けど……あの銃声は間違いなく記憶のトリガーになってるだろうから、オーサーに貰った護身用の銃は別のモノに変えようと思う。今度こそ、実弾入りで。
ショットの罪を一緒に背負ってこの街で生きてくって事について、俺は認識を改めた。
本気で人を撃てる覚悟をしなきゃならねえんだ。「共犯者で良いから誰よりもショットを守りたい」って言うなら、あの時、本当に必要だったのは自分を撃つ勇気じゃなくてリドルを撃つ勇気だった。
悔しいけど、俺はまだまだ"まとも"だったんだ。人の道を踏み外す覚悟なんか、全然出来てなかった。だから「今のうちにここを出て、ショットの事を忘れて生きていけ」って言われちまうのも仕方がねえな……。
リドルが住んでたバーの上にある部屋は扉が破壊されたまま、中の荷物もそのままになってた。泥棒が入ってなくて良かった。
「……」
床に落ちてたショットの銃を拾い上げて部屋の中を見回す。そしたらリドルが持ってたリボルバーも部屋の隅に落ちてたから、俺はちょうど良いと思ってそれを拝借する事にした。
これも何かの運命かもな。コイツを撃って本当に俺が人の道を踏み外す事になったら、そりゃ大した皮肉だ。それを想像するとなんとなく気分が良かった。
俺がこんなモン撃たなくていいように、"まとも"でい続けられるように……精々守ってくれよ、お巡りさん。
***
「ただいま。見つけて来たよ、お前の銃」
「よかった」
どこにあった、なんて言わずに渡してやると呑気に嬉しそうに受け取って、いそいそとホルスターを腰に装着し直す。
「もう失くすなよ?そのうち 首領 に呆れられるぜ」
「んー」
「とと、学校のモノを壊したり失くしたりしたら、反省文なんだよ!」
「そうだな、次は反省文だな」
でもコイツにペンと紙を渡したら"茶太郎"しか書かないか……と考えて、思わず笑った。
▼48 ここで生きていくこと ※R18
自我を取り戻してからも体の調子がイマイチ戻らなかったらしいショットは一瞬このまま"不能"になっちまうんじゃねえかと思うくらい性欲が欠如してたけど、とある日の就寝前、唐突にめちゃくちゃ求められて困惑と同時に安心した。
「ちゃた」
「待て、ヤるなら奥の部屋で……こら」
「はやく」
「シャワー浴びてくるから待ってろ」
もし本当にこのままプラトニックな関係になったとしても、こいつを一生愛し続けられる自信はあったけど……それはそうとして、正直な所、俺だってヤリたい盛りの男なんだから仕方ないだろ。
「じっとしてろ。してやるから」
「ん、んん……」
服を剥ぎ取って、首筋や胸元にキスを落とす。時々吸い付いて痕をつけると擽ったいのか小さく声が漏れるが、俺の髪に触れる手は優しい。
ズボンも下着も脱がして、俺も自分の服を脱ぎながら全身を丁寧に愛撫する。肌を触れ合わせるだけでじわっと気持ちいい。
「なんかすげー久々だな」
腹を舐めて吸い付いて、更に下に移動しようとしたら髪の毛を掴んで引き剥がされた。そうだ、人の頭をそんな風に扱ったらダメだって教えとかねぇと、もしシドニーに同じことしたら困るって前から思ってたんだ。
でも、そう思いつつ……実は俺自身が雑に扱われる事はそんなに嫌いじゃないから困る。脳内で「実は、じゃねえだろ」とツッコみが聞こえた気がした。
「はぁっ、なに……」
「おれする」
「……歯ァ立てんなよ」
ショットの舌にはピアスが着いてるが、咥えられてても意外と感じない。それよりたまに歯が当たってビクッとする。さすがにいつもの勢いでコレに噛みつかれたら死ぬからな。
「ん、ふぅ……」
「やべ、すぐイきそう」
言っとくが断じて"上手"くはない。でもこの猛獣が俺の足の間に頭を埋めて、拙い舌遣いで一生懸命にご奉仕してくれてんのが堪らねえだけだ。
頭を撫でてやると嬉しいのかフンフンと鼻息が腹にかかって擽ったい。
「あ……う」
ショットにフェラされながら俺は俺でローションを付けた指を後ろに伸ばす。さっきシャワーを浴びながらある程度は"準備"したものの、久々だからキツい。
「はぁ、マジで……う、お前だけなんだからなっ」
「?」
口を離して顔を上げたショットと目が遭う。その口からタラリと唾液が垂れたから、空いてる方の手で拭ってやった。
「はぁ……っ、だから……俺が"こんな事"まで許すのは、お前だけだっつったんだよ」
「……うん」
俺の言いたい事がなんとなく分かったのか、少しだけ笑ったように見えた。そして後ろの手に手が重ねられたかと思うとゴツゴツした無骨な指がヌルッと入り込んでくる。
「ゆっ、くり……」
「うん」
また舌が這わされて、吐く息が震えた。
そんな風に前も後ろも責められて、やっぱりほとんど耐えられなかった俺はすぐ限界が近付いてきた。
「あっやば、いく、いくっ……!」
「んん」
「離せ、バカッ!あ、あっ」
耐えきれず俺はショットの口内に吐精してしまった。
「こら……も、やめっ……やめろって!」
強すぎる刺激に逃げたいのに、口を離さないまま腰を掴んで更にちゅうちゅう吸いやがるからその頭をパシッと叩いた。
「おい!おまっ……ばか、飲んだのか!?あっ、こら!」
先を舌でこねくり回されて必死で逃げようともがく。
「ふ、くっ……!うぁっあ!やめろ!」
「んー」
イッたあとのモンを容赦なく舐められて吸われて、突っ込んだ指で内側から刺激されて、ガッチリホールドされて逃げられなくて、腰が勝手にガクガク痙攣する。
「あ、あ、はぁ、もっ……出る、出るから!!」
「んぷっ」
前にも感じたことのある強烈な感覚が全身に走って、シーツを握りしめて海老反りになった。さすがに離れたショットの口からボタボタと俺の出しちまったモンが溢れ出る。それでも大半は飲みやがったみたいだ。
「ぅあ」
「クソばか、く、っう……ぜんぶ吐け、このっ、ヘンタイ……」
また"潮"を噴いちまったが、これって結局は意思関係なく噴出されちまってるだけの小便なんだろ……あー最悪すぎる。
「ちゃたのだすもの、ぜんぶのむ」
「どれも飲むな!!なんだその宣言!」
汚れてる俺の下半身をまた舐めようとするから慌ててシーツで拭き取った。
「お前ってまじ、俺から出る体液で飲んでないもの、もう無いんじゃね……」
「へへ」
褒めてねーよ、と頭を叩けば「ちゃたおっぱいでる?」と乳首に吸いつかれた。
「出るわけねーだろ、馬鹿、いてぇって」
千切れるんじゃねえかってくらい噛みつかれてもう一回頭を叩く。少し前に二人でシドニーが小学生の時に使ってた生物の教科書を眺めてるなと思ったら、また余計なことを覚えてきたらしい。
でも母乳って血から作られてるとか聞いたことあるから、実質飲んでるようなモンかもな。
「ゴム、また買っとかねぇとな」
たくさんいるだろ?と笑えば、あんま分かってなさそうだけど「うん」とヘラヘラ頷く。
座らせて装着させてやって、そのまま上に乗っかった。
「は……あ、ぁあ……っ」
体を内側から押し広げられる最初の感覚は何度体験しても慣れない。特に今日はしばらくぶりだからショットの首にしがみついて震えてると背中を撫でられて、その珍しく穏やかな仕草にホッとした。
「っく、う……」
「ちゃた、へいき?」
「ん、んっ」
少しずつ腰を落とす。胸元を舐められてゾクゾクした。
「はぁ、あ……」
「きもちい、ちゃた」
「うん……俺も」
ショットの膝の上に座る形で抱き合いながらユルユルと腰を前後に動かす。部屋にはしばらく卑猥な水音とお互いの荒い息遣いだけが響いてた。
「……ちゃた、これ」
「え、あっ」
その時、ショットの手が俺の 鳩尾 をなぞる。そこにはまだ"あの時"のアザが薄く残っていて、思わずドキッとした。
「な、なんでもない、どこかで打って怪我したみたいだ」
咄嗟に何も言い訳が出てこなくて、下手に誤魔化した。
「おれ……これいやだ」
「すぐ、消えるから……。心配させてごめんな」
あくまで俺の解釈だけど、今ならマウロアの気持ちがわかる気がする。あの時……自分の命よりもショットに自由に生きて欲しいって気持ちの方がずっと上だった。
その選択でこいつが傷つくだろうって分かってたけど、そのうちまた側にいてくれる誰かが現れて、元気を取り戻して、俺の事はただ忘れずにいてくれたら……それだけで本当に幸せに死ねるって思っちまった。
「う……っ、んっ、ショット、はぁっ」
だんだんお互いに余裕が無くなってきて、このまま好き勝手に揺さぶられて前後不覚になっちまう前に……と慌てて声をかけた。
「あ、あっ、ショ……ット……!俺、も……!」
「……ちゃた?」
「その、俺も、飲みたい……はぁ、お前、の……出したモン」
ショットはその言葉に予想以上に興奮したらしい。急に押し倒されて、鋭い目で睨まれて、腹を突き破るつもりかってくらいに激しく犯される。
「あっあっ!あ、ぐっうっ、う……!ぅああっ!」
「ちゃた……っ」
いつもよりデカくなってる気がする凶悪なペニスで直腸をぐちゃぐちゃに掻き回されて、体がバラバラになりそうなほどの衝撃にベッドの柵を掴んで耐えるしかない。
「あ、あぁっあ、あっ、ショット、待っ……!」
「ちゃた、っく、う……ちゃたろー……」
古いベッドがガタガタと壊れそうなくらいの音を立てて、あんまり騒いだらさすがにシドニーが起きちまうんじゃねえかと思ったけど、声が我慢できなくてほとんど悲鳴のような嬌声を漏らす。
ショットの額から垂れた汗がポタポタと落ちてきて、ふと見上げると快感に歪んだ顔をしてて、組み敷かれて好き勝手されながらも、どこかしてやったような気分で嬉しくなる。
「気持ち、いいかよっ……あっ、俺んナカ……はぁっ」
「んん……」
「ぅぐ、うっあっ、あ、ぁあっ!」
その時、膨らんだモノが俺の腹の中でピクピク震えてるのが分かって必死に叫んだ。
「ふぅっ、あっ口にっ……口に、出して……くれっ」
「く、う……ちゃた……っ!」
ズッと内臓ごと引き抜かれそうな勢いで熱が体の中から出て行ったかと思うと、ショットはゴムを外しながら俺の顔を跨いでソレを口に突っ込んできて、生臭くてぬるい精液が直接喉に流し込まれた。
「っん、んぐ……、っう、んん、ぐっ」
すぐ抜き取られそうになったソレに反射的に吸い付くと更にドプ、ドプ、と何回かに分けて粘性の液体が吐き出される。
「は、ちゃたっ……はぁっ、ふっ……」
「ん……」
「ちゃたろぉ……」
喉に絡みつくそれらをなんとか一滴残らず飲み下して息を吐いた。
「はぁっ、はぁ……っはは、ぜんぶ、飲んだ」
笑いながら口を開いて見せると覆い被さられてキスされて、歯と歯がガチッとぶつかって唇が切れた。
「ん、ん……んあ」
舌を吸われたから素直に伸ばしてショットの口内に差し込むと唐突に思い切り歯を立てられて、あまりの激痛にショットの腕に爪を立てちまった。
「んん゙……!い、ぎ……っ!!」
太い血管が切れたのか、口から凄い量の血が溢れ出て濃すぎる鉄の味に吐き気がする。逃げようとしても後頭部を抱き抱えられて、ちゅうちゅうと舌を吸われ続けた。
「……っ!ん、ふぅ……!」
ズキズキ痛む傷口を更に舐められて、甘噛みされて、ショットの喉がゴクと音を立てた。
酷い血の匂いと味と脳天に響く激痛にクラリと目の前が暗くなる。ああ、引っ掻いちまった所は怪我になってねぇかな……って頭の端で心配しながら意識がブラックアウトした。
***
目が覚めると清潔な服が着せられてて、舌からはまだジワジワ出血してるから口の中は最悪な味しかしなかったけど、傷も下手なりに手当てしてくれたようでベタベタと全身のあちこちにガーゼが貼り付いてた。
隣で気持ちよさそうに寝てるショットは裸のままで、その腕にはさっき引っ掻いちまった所が赤い線になって浮かび上がってた。
引っ剥がされたシーツは床に投げ捨てられてて、代わりのシーツを付けようと奮闘した形跡も見受けられる。残念ながら全然出来てないけど。
まだまだ教えるべきことは山積みだな……と思うと同時に、愛しくて堪らなくなる。
「……」
口の中も外も痛すぎて喋る気になれないから、黙ったまま「後始末してくれてありがとう」という気持ちを込めてその頭をそっと撫でた。
この愛情が誰にも理解されなかったとしても別に構わない。勘違いだって言われてもいい。ただ俺はここでこいつと生きて、その成長を見続けたいんだ。
俺は愛しのバカが風邪を引かないように毛布で包んでやって、この上なく幸せな気分で目を閉じた。
▼49 確かにそこにあった友情
春が来て、去年の9月から中学生になったシドニーは毎日楽しそうで、ゲートまでの送り迎えもまだ素直に一緒に歩いてくれる。というか、まだ道がちゃんとあるスラムはともかく、崩れかけの違法建築バラック群がぐちゃぐちゃに積み上がって道もへったくれもない こっち側
を歩く危険性はしっかり理解してくれてるんだろう。
同時に、俺よりショットに送り迎えしてもらった方が安全だとか思われてそうではあるけど。
「新しいクラスはどんな感じだ?」
「楽しいよ!えっとね、今日はね!」
並んで歩きながら聞いてみると、学校であった事をたくさん聞かせてくれる。こんなシドニーにもそろそろ反抗期とかってくるのかな。「うるせえんだよクソ親父」とか言って口利いてくれなくなったらいやだな……。
――俺、普段の言葉遣いちょっと見直そうかな。
「その時が来たら、せめてショットみたいな口調にしてくれよ」
「なにが?」
俺が何やら口うるさく注意したりして、二人から「もーちゃたうるさい」「とーちゃんあっちいって」って言われる光景を想像してみたら、あれ?それはそれで悪くないかも……とか思えた。いや、断じて俺は M じゃねえんだけど。
***
リビングの机で書き物をしてると寝室からピロピロ笛の音とケタケタはしゃいだ笑い声が聞こえてきて、いったい何事かと覗き込めばベッドの上に二人で座って仲良く遊んでるみたいだった。参加したくなって俺も靴を脱いでベッドに乗っかる。
「えらく楽しそうじゃねえか、二人でなにしてんだ?」
「あははは!とーちゃ……!見て見て!!」
シドニーはショットの手に掴まれてるフルートを奪い取って、笑いながら震える息で何やら簡単なメロディを吹いてみせた。
するとショットは音に反応するおもちゃのように首を左右へヒョコヒョコと傾けた。その仕草がツボにハマったのか、シドニーはベッドにフルートを取り落として酸欠になりそうなほど笑い転げながらヒーヒー苦しんでいる。
「おいおい、壊すぞ」
それにしても確かに独特すぎる反応だ。鳥かコイツは。
「これ何かわかるか?ショット」
「なにこれ」
シドニーは中学の音楽の授業で選んだフルートがとても楽しいようで、たまに居残りしてまで練習してるらしい。ショットが触ったら壊すかもしんねーから学校に置いとけって言ったんだけど、聴かせてみたくなって持って帰ってきたんだと。
「とと、これフルートっていう楽器だよ、フルート!」
「これフルート」
「楽器って知ってるか?」
こいつは音楽やら楽器って概念さえ知らないかもしれないな。俺の地元に行った時、ショッピングモールでBGMなんかは耳にしたハズだけど……ザワザワした場所で情報量が多すぎてあんま聞こえてなかった可能性もある。
「ここに息を入れたら音が鳴るんだ」
俺もやってみたけどスカッた音しか出ない。「貸して!」とシドニーがまた吹いてみせると、また首を傾げて心底不思議そうな顔をした。
「あははは!!」
「それにしてもやっぱ音に敏感なんだな」
「あはは、あは、とと目まんまるなんだけど」
「こぼれ落ちそうだな」
しばらくシドニーの拙い演奏とショットの変な動きを堪能してから、俺は立ち上がって寝室を後にした。
***
リビングに戻って作業の続きをしようとしたらシドニーがついてきて俺の手元を覗き込んでくる。
「とーちゃん、なにそれ?」
「手紙書いてんだよ」
「誰に?」
「ヒミツ」
「ふぅん……」
"あの事件"からそろそろ半年くらい経つし、どこにいるのかわかんねーけど、俺はとりあえずリドル宛に警察署へ手紙を書いた。 まあ、名前さえきちんと書いておけばきっとどうにかして届けてくれる事だろう。あいつがちゃんと警察官に復帰してたらの話だけど。
――クソッタレのリドル・J・J・クーパー殿
なんか色々ごめんな、騙すつもりは無かったんだけど、俺は運良く生きてた。だから、あんま気にすんなよ。
でも、もうここには帰ってくんな、俺たちは絶交だ。お前が立派な警察官になって、しっかりやる事を祈ってる。
これ以上、罪のない人が傷付かないで済むように俺は俺であの猛獣の手綱をなるべくちゃんと握っておくからさ。
……まあなんか、そういう感じの内容だ。
あんな事があったけど、別にリドルを嫌いになったりはしてない。むしろ、あいつの言ってる事は全部正しいと思ってるからな。でも、正しい事だけが心の正解ではないから、人間って複雑なんだよ。
「……」
せめてもの救いは、あいつの親父をショットが殺して無かった事だけか。もしそうだったら、あいつはなりふり構わず逮捕どころか復讐としてショットを殺そうとしたかもしれない。でも、そんな勢いで現れたらそもそも初対面の時にショットが返り討ちにして終わってただろうな。
"たられば"の世界線について思考を巡らせても仕方がない。あいつは最後までショットを許せなかったけど、それとは無関係に俺たちの間には確かに友情があった。それだけが事実だ。
「……あ、そうだ」
俺はそのついでにもう一通、追加で手紙を書いた。
「シド、ショット!俺ちょっとポスト行ってそのまま買い物してくる」
「はぁい、いってらっしゃい」
「ショットが壊す前にフルート片付けておけよ」
「うん」
見送りに来てくれたシドニーの頬にキスをして、俺は扉を開いた。
***
ウチには当然ポストなんかねえし、あったとしても回収に来てくれるわけもねえから、スラムにあるラクガキだらけのポストに「本当に回収されんのか?」と不安になりつつ手紙を投函した。
追加で書いた方の手紙は入れず、ポケットに入れる。
「……さて」
こういう時、どこからともなく現れてはギャーギャー騒いで、結局一緒にカフェに行ったり買い物に行ったり、そんなお供がいなくなっちまったんだなと痛感する。
数少ない友達だったのになあ。それでも俺は安心して普通に暮らしていける人生より、 あいつ を選んだ。それについて、後悔なんてこれっぽっちもない。
とはいえシドニーにはこの街から出て行けるように教育しときながら、俺って自分に都合の良い奴……と笑う。
用事を済ませてゲートを抜けると住み慣れた法外地区に気の休まる感じがした。この4年間で、すっかりここが俺の帰ってくる場所になったんだな。
「ただいまぁ」
「おかえりとーちゃん!」
「おかえり」
部屋に入ると二人に抱きつかれる。それにも驚いたが、何よりも……。
「え!?ショット、今お前、おかえりって言ったのか?」
「俺が教えたんだよ!」
「なあもう一回言ってくれ」
「なに」
意味が分かってなさそうなショットの頬に手を当てて「ただいま」ともう一度言うと、首を傾げながら「……おかえり?」と言われて、俺は思わず抱きついてキスをした。
俺とお喋りしよう ※58〜準備中
▼50 お前が生きてた事の証明
また少し時は遡って、ここからの話は俺の自殺未遂とショットの心身離脱事件から少し経って、いつもの日常が戻ってきた頃。
俺が死んだと思ってんだろうし、もう少し気持ちの整理がついたらリドルに手紙でも出してやろうとは思ってる。
「……ん」
目を覚ました時に隣で寝てるショットの寝顔が穏やかだと、それだけで幸せだと本気で思う。大人しくしてる時のコイツは本当に静かだから、ちゃんと生きてるよな?と寝息を確認してからそっと部屋を後にした。
「とーちゃん、おはよ」
「おはよう、すぐ朝メシにするからな」
「それがさ……今日、早く行かなきゃいけないの、忘れてた」
「まじか、もう出る?」
「うん」
わかったと返事をして簡単に身支度をすると、棚にあったパンを持ってアパートを出る。
「これ持っとけ。腹減るだろ」
「ありがとう」
最近のシドニーは少年って感じから青年らしくなって少しずつ身長も伸びてきた。関わる人間の数も種類も増えたはずだが、今のところはまだまだ素直に甘えてくれる。
「あ、しまった」
「どうしたの?」
「そのまま買い物して帰りたかったけど、ショットに何も言わずに出て来たから一回帰らなきゃな」
まだ早い時間だから起きてないだろうが、念のために一度帰るだけで寂しい思いをさせる可能性が消せるなら安いモンだと思う。
「とーちゃんって、カホゴだよね」
「面倒見が良いって言ってくれ」
部屋に戻るとやっぱりショットはまだよく寝てて、慌てる必要もねぇから俺もベッドに戻って一緒に二度寝する事にした。
「んん、ちゃた」
隣に潜り込むと嬉しそうに擦り寄ってくる。
「くっついてても汗かかない季節になったな」
コイツは年中いつでも汗とか気にせずにベタベタしてくるけど。
「のどかわいた」
「あー?」
もー、と言いつつすぐ起き上がって水を取りに行く。やっぱ面倒見が良いんだよ、俺は。な。
「おい持ってきてやったぞ」
「ん」
ショットは全く起き上がる気がなさそうな様子でゴロリと仰向けになる。飲ませろって事か?
「鼻から出るぞ」
「でない」
面倒見が良い俺は口に水を含んでコップをサイドテーブルに置くとショットに覆い被さった。少しずつ流し込んでやると上手く飲んでたが少しだけ口の端から垂れた。
「ほらもう」
拭ってやると抱き寄せられて頬を舐められる。
「俺もうちょい寝るから」
「おれも」
頬に当ててた手を取って人差し指に食いつかれたから口の中をグイと押してやると「おえ」と言いつつ離さない。その時、指先に固い感触があってふと気になった。
「そういえばこのピアスってなんなの?」
「 首領 がした。バチってなった」
「ふぅん、痛そ」
「ちょっといたかった」
抱きつかれたまま横になるがしつこく顔を舐めたり噛まれたりして、気まぐれにチロッと舌を出してやると案の定それも舐められる。
「もう噛むなよ。まじで痛かったし1週間くらいメシ食うのも大変だったんだからな」
「んーちゃたべーして」
「お前って俺のベロ好きな」
「ちゃたぜんぶ好き」
「知ってるよ」
俺がもし死んだら、骨は砕いて粉にして、内臓や肉と混ぜて焼いてコイツに一つ残らず食ってもらおうか。その時は俺の左目をくれてやるから……そうして、お前とひとつになって、同じ 景色 が見れるなら最高の死だな。
……なんて考えてたら。
「クソ、ムラムラしてきた」
「?」
「さっさと寝るぞ」
ショットに背を向けるように寝転がるとやっぱりくっつかれて、背中があったかいなと思いながら俺はウトウトと心地よく二度寝を堪能した。
***
買い出しを終えて帰路につくと突然真横に黒塗りの車が止まって扉が開いた。何事かと身構えたが、そこに乗っていたのは首領だった。
「よぉ奇遇だな。帰る所か?まあ遠慮せず乗れ」
「び、ビビるんすけど……」
「そういや、ショットの あれ なんなんすか?」
「純金で出来てる。売るなよ」
「売りませんよ」
車に乗せられ……乗せてもらって、隣に座っている首領に聞いてみる。意外と小さい車に乗ってるんだなと思ったけど、思考を読み取られたのか「派手なのは好きじゃねえんだ」と先手を打たれた。
「あいつに恨みを持ってる人間がもしあいつを殺すような事があれば、人間と判別できる形で見つかるかどうかも怪しいだろ」
「はあ、まあ……」
そんな事にはなってほしく無いが、言う通りその可能性はゼロではない。
「最初はドッグタグでも付けさせようかと思ったんだが、無理そうだからな」
「一瞬で失くすでしょうね」
そうか、死を判別するため……。
突然帰って来なくなって生きてるのか死んでるのか分からなくなったとしても、あのピアスが付いた肉片さえ見つかれば……。
「……」
「耳なんかはいつ切り落とされてもおかしくねえから、死ななきゃ取れねえような場所に目印を付けとこうと思ってな」
いっそそんな印なんか無ければ、形も分からねえくらいにされて殺されたとしても、俺はその死を知らずに、いつ帰ってくんのかなってずっと思っていられる。
――でも、そうだよな。
「ファミリーの刻印が小さく入ってるが、別にあいつをウチの所有物扱いしてるわけじゃないから許せよ」
「それは正直、あんま面白くない情報ですけど……」
この街じゃピアスの付いた肉片くらい、たまたまショットの居所が分からないタイミングで見つかったってそれほどおかしくはない。本人かどうか判別する方法は必要だろう。
「まあ俺も、もしあいつが死んだらちゃんと見つけて葬ってやりたいし、そういう事ならいいです」
「着け換えさせてやろうか、ブツにでも」
首領はよほど面白い冗談を言ったつもりなのか、肩を震わせてくつくつと笑うが、冗談じゃない。俺は笑えない。だって正直、クソほど 唆 る……と思っちまったからだ。
「け、結構です」
咳払いで誤魔化して、煩悩を頭から追い出した。すると車は俺の住むアパートへ向かう道を素通りして直進して行く。
「 あいつ も墓参りに来てるだろ、ウチに寄ってから二人揃って家まで帰してやる」
「あ、そうか今日は月命日……」
「いや、"命日"だ。10月28日」
「え……」
それを聞いて驚く。確か去年、初めてマウロアの事を話してくれて一緒に墓参りに行ったのもこの日だったはずだ。
――じゃあ、あの時に墓参りに誘ってくれたのって、命日だったからか……。
***
揺れる車内、隣で眠るショットをぼんやりと見つめる。あんまり俺とは接触させたくないみたいだが、こうして油断した姿を見せられるくらいにはやっぱり コイツら にも気を許してはいるんだろう。
その両目で見つめられたら、どんな気分がしたんだろうか。正直な所、マウロアが羨ましい。これからどれだけ一緒にいてもそれだけは絶対に叶わないんだから。
「……なあ、もし俺が先に死んじまったらこの左眼をやるから、反対にお前が先に死んだら……その右眼は俺にくれよ」
そっと左目のケロイドに触れながら呟くと首領の部下が「左はウチのロアがあの世に持って逝っちまったからな」と運転席から言う。
――そうか、それならきっと良い景色を見せてもらってるに違いない。
「マウロアにあの世で会うのが楽しみだな」
それまでは俺とこの世で生きる時間を楽しんでくれよ。
▼51 似たもの同士、気が合うのな
この辺りの地域は一年を通してそんなに激しい季節の変化は無いものの、そろそろ冬支度だな……と思いながら家の用事をする。
「くあ……」
すると急に眠気がきて、あくびが出た。暑くも寒くもなく、ちょうど良い空気につい一日中ウトウトしてしまう。 普段からダラけてばっかなのに、このまま拍車が掛かったら俺は本当にダメ人間になっちまう……と思いながらも、瞼は重くなっていった。
ガタン、ゴトゴト、と物音で目を覚ます。ショットがどこかから帰ってきたみたいだ。
「うー、だる……」
シーツを取り替えながらいつの間にか寝ちまってた。変な体勢で寝たせいで固まってる首を回しつつリビングに行くと、ショットが見たことのないクッキーをボリボリ食べてた。そんなモンを買い与えた覚えはない。
「あれ……それ誰にもらったんだ?」
「リディア」
思わぬ名前が飛び出してつい興味が湧いた。
「なになに、お前らって仲良いの?」
「しらない」
知らないと言う割には名前をちゃんと覚えてるあたり、こいつの中で他人よりはランクが上なんだろう。
「さっきそこで会って、げんきになったってきくから、なんでおれずっと元気なのに、変なのって、それでこれくれて、それでおれ……」
「待て待て待て!」
急にペラペラ喋り出したから思わずビックリしてその腕を掴む。
「なに」
「いや……お前……その」
こいつがこんなにも"文章"らしく話すのを本当に初めて聞いた気がする。
「……もっと話してくれ、なんでもいいから」
「もうない」
「なんでもいいよ、今日あったこと」
「ぜんぶ言った」
「じゃあ明日も聞きたい」
「いいよ」
そしてハッととある事を思いついた俺は慌ててショットが練習に使っている紙とペンを持ってきて『茶太郎』と書いた。
「お前……もしかしてこれ、読めるのか?」
書いてるんだから当たり前だろう。でも、なぜか俺の中でそれがピンと来てなかった。
「ちゃたろ」
この文字が茶太郎って読めるんだと、こいつの中で繋がってることが嬉しい。
「そう……これが『ちゃ』で『た』で『ろう』な。これ3つの文字が並んでるんだよ」
「わかんない」
「これひとつで『ちゃ』」
「ちゃ」
茶を見つめてるショットに「ブラウンって意味だよ」と教えてみたけど俺の声は右から左へ素通りしてるみたいだった。
「ちゃ……」
「なあ、じゃあこれは?」
試しに『シドニー』も書いてみたけど、ショットは不機嫌そうに紙を持った俺の手をやんわり押し退ける。
「もうべんきょういやだ」
「ああごめんごめん」
俺が矢継ぎ早にどんどん質問ばっかするから嫌になったみたいだ。寝室に逃げ込んじまった背中を慌てて追いかけてく。
「ショット、もう難しいこと言わねえから」
一緒にベッドの上に座って靴を脱がせてやりながら「リディアとどんなこと話したんだ?」「クッキー美味かったか?」とひとつずつ尋ねるとぽつぽつ答えてくれる。
「お前、まじで話すの上手になったな」
ずっと一緒にいるから気付きにくかったけど、最近は随分と会話が会話らしくなった。
「これちゃたの」
そんな事を考えてしみじみしてると、ゴソゴソとポケットからもう一枚クッキーを出して渡された。
「いいよ、お前が食いな」
なんか汚そうだからやめといた。
***
翌日、窓からボーッと外を見てるとリディアとオーサーがどっかの屋根の上を飛んで移動してるのが遠くに見えた。
オーサーだったら気付くかな、と思って軽く手を振ってみるとやっぱりしっかり見えてたらしく、こっちに向かってくる。呼んじまったのは俺だから、仕方なく下に降りて二人を出迎えた。
「こんにちは!ちゃたろー」
「おう、この前ショットにお菓子くれてありがとな」
「いいよ!」
「呼んだからには買うつもりなんだろうな」
「押し売りするなよ。今日は何してんだ?」
「今日はなんにもないの。だから、お話を売ってるよ!」
「はあ?」
お話ってなんだよ……とオーサーに視線を投げるがニヤニヤ笑うばかりで答える気がなさそうだ。
「わかったよ、いくらだよ」
「10ドル!」
「高ぇよ!」
ガキに小遣いをやってるようなモンだなと思いながらもポケットに入ってた札を手渡してやる。
「まいどあり!じゃあ何のお話がいい?」
「なんだよ、人魚姫の話でも聞かせてくれるのか?」
だったらショットに聞かせてやってくれ、情操教育になる……と言えばオーサーは意味深に指を立てた。
「10秒以内に、今一番お前が詳しく知りたい人物の名前を挙げろ」
「は、はあ……?あ、いや、待て!」
オーサーは皮肉は言うが嘘は言わない。何をどこまで知ってる?何が聞ける?お話って、情報のことだったのかよ。頭が混乱してたがとにかく口を動かした。
「シドニーの母親のこと……」
「兄さんの言ってたとおり!ちゃたろーってたんさいぼー!」
「ああ、だが賢い選択だ」
「え、偉そうに、このクソガキ」
思わず手が出そうになるが大人としてグッと堪える。
「本名ジェニー・ウィリアムズ、18で あいつ を産んで、今は29……お前と同い年だな」
名実共に父親になってやればどうだ?なんて言われて今度こそマジで殴ってやろうかと思った。
「なんで俺の年齢まで知ってんだよ」
「企業秘密だ」
「ありきたりなファミリーネームに ジェニー とは。自分の不始末で作った借金で首が回らず、男に目が眩んで子供を放り出し、捨てられれば手のひらを返して子供に会いに帰って来る……それの繰り返し。まさに"ありきたり"な転落人生だな」
10ドル払ってそれだけか?と睨めば「慌てるな」と余裕そうで、まだ何か知ってるみたいだ。
「去年の春にシドを置いて男の所に行ったものの、案の定長続きしないで今年の夏にスラムに戻ってきてる。身勝手にも小学校に息子を探しに行ったようだが……卒業後で特に情報は得られなかったみたいだな」
ただ母親という事もあり学校も守秘義務には当たらないとして、そのまま同地区の中学に進学したという情報は手に入れたらしい。
「放置して出て行った手前、まだ警察に捜索願は出さずに自力で探してるみたいだ。まさか こっち にいるとは思ってないのか、スラム地区ばかりをな」
「でも、探してるって……中学校の前で待ち伏せされたら!」
「既に目撃情報はある。西門と東門があるのが幸いしてるのか、まだ見つかってはいないようだがな」
だからなんでそんな事まで知ってんだ……と気になって仕方がないが、今はそれよりもシドニーの事だ。
「いくら子供を放置して出て行ったクズだとはいえ、相手は正式な"親"だ。訴えられればお前たちは誘拐犯……不利な立場になる」
「……それに、そんな親でも親なんだ。シドの本心はわからねぇ」
どんなに俺たちに懐いてくれてても、実の母親は特別だろうと思う。
「ああ。厄介な事になる前に話し合っておけ」
立ち去りかけたオーサーたちをつい呼び止めて「追加で"買える"か?」とまた10ドルを手に取る。
「ショットの事だ」
「もう金はいらん。そうだな……お前が逆さまに立っていられた時間だけ追加で話してやる」
「無茶言うなよ!」
「やるのか?やらないのか?」
逆立ちなんか体育の授業以来やってない俺が1秒も耐えれずに撃沈したのをクソガキ二人は散々大笑いして、まじで何も教えてくれずに立ち去って行った。
▼52 誘拐だなんてとんでもない 1/2
タイミング良くシドニーが休みの今日、ショットが起きてきたのを捕まえて「家族会議をしよう」とリビングに二人を座らせた。俺はショットの隣に、シドニーと向き合うような位置関係で座る。これはいつも食事をする時の席順だ。
「どうしたの?とーちゃん」
「大切な話があるんだ。ちゃんと三人で話し合わなきゃいけないことでさ」
もちろん、昨日オーサーから"買った"情報に関する事だ。母親が探していること……シドニーはどう思うだろうか。
「えっと」
望むようにさせてやりたい。でも、もしその目が嬉しそうに煌めいたら……傷付かない自信は無かった。
「その……」
机の上に組んだ手に手汗が滲んで、どう切り出せばいいのか分からず言い淀む。
「ちゃた」
「え、あ」
心配そうにショットが手に触れて、顔を覗き込んできた。そうだ、俺がこんな深刻そうにしてたら、シドニーも素直な気持ちを話せなくなるかもしれない。
「その、シドのお母さんがな、シドの事を探してるんだって……」
「えっ」
俺がそう言った瞬間、シドニーの顔がパッと嬉しそうに明るくなった。
「そう、なんだ……」
シドニーが嬉しいなら、それは喜ぶべき事のハズなのに……やっぱり俺じゃ親の代わりにはなれないんだ、と思うとどうしても辛かった。
嘘を 吐 くのは苦手だ。だから俺は気持ちがバレないように、ショットの視線から顔を逸らして「もし会いたかったら……」と続けた。
「会いたくない」
でもその言葉に驚く。
「な……なんで、いま嬉しそうに」
「会ったら気持ちが揺らぐって分かってる。血の繋がった母さんなんだもん」
揺らぐっていうのは、母親のした事を許すか許さないかって事だろうか。許したくないけど、会えば許してしまいたくなる……そういう事なんだろう。
「でもさ、 こんな 事……初めてじゃないんだ」
「シド……」
「俺は何回も置き去りにされて」
母親をどう思ってるのか、今までもずっと気になってたけど聞けなかった。本当は一緒に暮らしたい、俺たちよりも母親と一緒の方がいいって言われるのが怖くて……。
でも、シドニーの心には俺が思ってる以上の傷があったみたいだ。
「男に捨てられたら、また帰ってくる」
まだ11歳なのに。何度もこんな思いをさせられて、大人の汚い部分をたくさん見てきて。それなのに、母親を憎みきれないんだろう……血の繋がりって、本当に恐ろしいモンだ。
「そうしたら、ごめんねって謝って、抱きしめて、たくさんキスしてくれる」
話しながらシドニーはため息を漏らす。
「それで、もう二度と離れないって言うんだ。でも、言うだけなんだ」
「そう、か……」
「でもその度に俺は今度こそ本当かもって期待して」
シドニーの目に涙が溜まってくのが分かって、ショットに繋がれたままだった手をそっと外した。
「期待して……また裏切られる」
「うん」
「期待するだけ、前よりもっと傷付くんだ……」
俯いたままそう続ける。本当はまだ心のどこかで母親に期待してるんだろう。でも、それと同じだけ、傷付く事を恐れてる。
「もういやだよ」
「シド……」
「捨てられるのは、もういやだ」
とうとうポロポロと泣き出したシドニーを抱きしめようと立ち上がりかけた瞬間、ショットの方が俺よりずっと早く動いた。
「ぅわ!!」
ガタァンとあまりにも派手な爆音に何が起きたのか分からなかったけど、気が付けば机が斜め前方の壁際に吹っ飛んでて、ショットがシドニーを抱きしめてた。
「シド、泣いてる」
「と、とと……」
「だれが泣かせた?」
キレてる馬鹿を落ち着かせる事は後回しにして、俺も立ち上がってショットごとシドニーを抱きしめる。
「決めた。シドは俺たちの息子だ」
「……うん」
「さっき話してくれた事……辛くなかったら、手紙に書いてくれるか?俺は、お前と母親を直接会わせたくない」
こっちだって誘拐犯にされちまうかもしれねぇが、あっちだって立派な 育児放棄 をしでかしてる。裁判沙汰になれば、お互いに無傷じゃ済まない。
話し合いで解決できれば、それが一番だと思った。
「シドの気持ちを伝えて、シドが自分自身で色んな事を決めて、金を稼いで、ひとりで生きていける年齢になるまでは会わせられないって伝えてくる。それでいいか?」
「うん」
「その時になったら、母親と和解するのか縁を切るのか、お前が決めていい」
「うん」
ショットは話が難しくてよく分からないのか、とにかくおとなしく黙ったままシドニーの頬に流れる涙を甲斐甲斐しく服の裾で拭ってる。
俺の事は遠慮なくベロベロ舐めまくるくせに、こういう涙の対処法も知ってるには知ってるんだよな、一応。
「俺たちは絶対にそれまでもそれからもシドを裏切らない。だって家族なんだからさ。本当の家族は切っても切り離せないモンなんだ」
「血が繋がってなくても?」
「当たり前じゃねぇか。世の中の"親子"は繋がってるケースが多いけど、"夫婦"は全員血は繋がってないんだぞ?でも家族だ。俺たちもそう。一緒に暮らしてても離れて暮らしててもそうだ。その事は前にだって話したろ?」
他人同士から始まって、時間や体験を共有するうちに、家族になっていくんだと俺は思う。
「ショットと俺だってそうだ。最初は完全に他人だったんだぜ」
「おれとちゃた?」
「そう。はじめは知らない人から始まって、何年も一緒にいて、今があるんだよな」 「よくわかんない」
「頷いとけ」
「うん」
間抜けなやり取りが面白かったのか、シドニーはようやくクスクスと笑って笑顔を見せてくれた。
「泣いたりしてごめんね、とと、心配させちゃった」
「シドもう元気なった?」
「なった!」
「謝らなくていいんだ。辛い時は泣いていい」
シドニーを抱いてるショットの反対側から俺も腕を回して、二人で挟むように抱っこする。そのまま頬にキスするとショットも真似をした。
「オーサーに聞けばきっとすぐにでも居場所が分かるハズだ。明日にでも早速話をつけてくる」
「ありがとう、とーちゃん」
それからシドニーは母親に伝えたい事を手紙に書いて、ショットとしばらく遊んで、疲れたのか晩メシを食うとすぐに寝ちまった。
「ショット、ありがとな。シドと遊んでくれて」
「なに」
「明日、会いに行ってくるから」
「ちゃた、へいき?」
自分で自分がどんな顔をしてたのか分からねえけど……心配そうに見つめられて、思わずホッとしたような気分になって、ショットに抱きつく。
「はー……癒される……」
「?」
今まであんま気にした事なかったけど、嗅ぎ慣れたショットのニオイがして、めちゃくちゃ癒された。
▼53 誘拐だなんてとんでもない 2/2
深夜、ごそごそと何かが動いてる気配に目を覚ますと背後からショットの腕が回されて股間を 弄 られてた。片腕は俺の頭の下にあったから、イタズラしてやがったもう片方の腕を慌てて両手で掴む。
「ちょ……こら!何してんだ!」
外はよく晴れているみたいで、窓から差し込む月明かりでぼんやりと部屋の中は薄明るい。
「あ、やめ、おい!」
けど俺が反応したからか仰向けに転がされて、ショットは馬乗りになってもう片方の手も服の中に突っ込んできた。
「こら、寝込みを襲うのはやめろ」
「?」
「たとえパートナー同士でも、相手の同意なく性行為に及ぶのはマナー違反なんだぞ」 「……」
目を見てキッパリとNOを示すとショットはちゃんと止まってくれた。多分意味は分かってないけど、俺がノリ気じゃない事は伝わってると思う。
「今日は気分じゃないんだ」
「……ちゃた、いや?」
「えっとな……」
嫌だと言うと、またコイツは極端に捉えて「嫌われた」とか言い出さないかな……って心配だったし、別に嫌ってわけではない。
「シドの件で頭がいっぱいなんだ……疲れてるんだよ」
「つかれた?」
「うん。だから今日は寝よう」
手繋ぐだけでもいいか?と聞けば素直に頷いてくれた。でも、コイツもコイツなりに心配や不安があって、俺と肌を触れ合わせたかったのかもしれないな。
「……ごめんな」
「なに」
「応えてやれなくて」
やっぱりなんとなく気になってきて「手で抜いてやろうか?」と聞けば首を振る。
「遠慮すんなよ」
「ちがう」
「ん?」
何か言いたげに見えたから、言葉が出てくるのをじっと待った。
「きょう、あったこと、はなすって言った」
「……あ!」
確かに、昨日リディアとの出来事をたくさん話してくれたのが嬉しくて「明日も聞かせてくれ」って頼んだんだった。
「え、覚えててくれたのか?」
さっきまで眠かったのに、眠気なんかすっ飛んじまった。
「でもきょう、シドとちゃたといろいろはなして、シドとあそんで、ねて、それでおわったから、なにもなくて」
「うん、うん」
「ちゃたにはなすこと、ずっと考えてた」
「そうか、それなのに俺が先に寝ちゃったんだな」
繋いだ手に少し力を込めるとショットも握り返してくれる。それから額にキスされて、妙に照れ臭くなった。
「ちゃたのこと、ずっと考えて、さわりたくなった」
「そ、そうか……」
「ここに」
そう言いながら空いてる方の手でスルリと腹を撫でられる。
「はいりたくて」
「……っ!」
本人はただ素直な気持ちを話してるだけなんだろうが……今サラッととんでもない事を言われた気が。
「ねる」
それだけ言い残してあっさり目を閉じちまったショットに今度は俺の方がムラムラしてしまったけど、夜這いを 嗜 めて手を繋いで寝ようなと言った手前、今更やっぱりヤろうなんて言えもせず。
それに、明日のことを考えれば何もせずに寝るのが一番なんだ。全部解決するまでおあずけだ。
「うぅ……くそっ……」
俺は誰にともなく小さく悪態を 吐 いてショットの胸元に頭を寄せると、とにかく目を閉じて無理やり眠るしかなかった。
***
翌日、俺は早めの時間にシドニーを中学の入り口まで見送り、それらしき女を探した。ひとまず朝の時間に見つからなければ、オーサーに情報をもらいに行こうかと。
でもどうやらその必要は無かったらしく、しばらく西門と東門を行き来してみた所で怪しい動きをしている同年代の女を見つけることができた。
他にも子供を見送りに来た親たちはいくらでもいるが、無事に到着し別れた後はさっさと帰って行く。しかしその女だけはひとりで門の付近をウロつき、まるで誰かを探すように生徒の顔をチラチラと眺めている。
「アンタ、ジェニーか?」
「っ!」
警察だとでも思ったのか、強い警戒を感じた。
「突然だが俺はシドニーを保護してるモンだ、今日は……」
「他人が首を突っ込まないでよ!早くあの子を返して!!」
シドニーから手紙を預かってる……そう言おうとした矢先に怒鳴り散らされて続ける言葉を忘れちまった。
「あ、あのなぁ、俺は」
「この誘拐犯!あの子は私の子なの!ちょっと留守にしてただけなのに、勝手になんなの!?警察に言うわよ!!」
「落ち着いてくれ」
まともに話が出来そうにない。だがここは中学校の目の前だ。周囲の視線が俺たちに突き刺さる。
「ここじゃ目立つ。お互いの為に移動しよう」
「……」
「アンタの 育児放棄 も把握してる。本当に警察が来たら、困るのはお互い様だろ」
そうして俺たちは無言のままゲートの近くにあるコーヒースタンドへやって来た。別に秀でてコーヒーが美味いわけでも無いんだが、なんとなく俺は誰かと会話をするというとこの店を選びがちだ。
その事を アイツ は知らないと思っていたんだが……誰かから聞いたのか、本当にたまたまか、俺たちが「じゃあ改めて話そうか」とコーヒーを注文し終えて店の前のテラスに出たタイミングで唐突に現れて、同じテーブルにバンと手をついた。
「……っ!?」
ジェニーはその正体にすぐ気が付いたみたいで、悲鳴を上げかけた。
「騒がないでくれ!」
慌てて制止してショットへ向き直る。
「おい馬鹿!何やってんだ こんなトコ でっ……!」
「ちゃた、きのう変だったから」
「心配しなくていいから、早く帰るぞ」
慌てて腕を引いてもショットは動かなかった。混乱してるわけでも興奮してるわけでもないのに俺の言う事を素直に聞かないなんて珍しくて驚く。
「ショット……?」
振り返るとジェニーに対峙してて、何をするつもりかと一瞬慌てたけど、落ち着いた様子で「シドはうちのこだから」とハッキリと言い放った。
「お、おい」
「うちでそだてます」
別に銃を向けられてるわけでもないのに、ジェニーは怯えた様子で静かに何度も頷いた。殺人鬼に息子が攫われた……なんて警察に飛び込まれたらたまったモンじゃないなと思ったが、もうやっちまったもんは仕方がない。
「あー……そういう事なんで、シドが独り立ちして、自分でアンタとの事をどうするのか決断するまではうちで預かります」
投げやりにそう伝えつつ、シドニーの書いた手紙を差し出せば引ったくられた。
「わ、分かったわよ!あんなクソガキくらい……あんたたちにくれてやる!!」
「言うに事欠いてそれか……」
早足で立ち去る背中を睨みつけて、女だろうが一発殴ってやれば良かったと思った。
***
ショットとアパートまで帰って来て、むしゃくしゃした気分で昼飯のパンを食う。 「時々お前って、どこで覚えてくんの?ってコト喋るよな」
「なに」
「さっきの『うちのこ』とか『うちで育てます』とか」
「ロアが言う」
「おい、おい怖い話すんなよ、苦手なんだよ」
いつも通りに笑ったつもりだったけど、困ったような顔をしたショットに抱きしめられて驚いた。
「なん……どうした?」
「ちゃた、おこってる……おれが行ったから?」
「……っ違う、それは違うから!」
悲しそうな声音に慌てて背中に手を回して撫でる。
「腹が立ったんだ、あの身勝手な女に……お前に対して怒ってんじゃねーよ」
「……」
「ごめんな、嫌だよな」
お前のせいじゃないのに、ずっと怒った顔しててごめんな、ともう一度言えばショットはおずおずと体を離して不安そうに見つめてきた。
「キスしていい?」
「いいよ」
心配させて、不安にさせて、悪かったな……と首に腕を回してキスに応える。そしたら苛立ちに加えて昨晩我慢した分のムラムラが急激に舞い戻ってくるのを感じた。
「ちゃた……?」
「あー……悪い、こんな……お前が不安そうにしてんのに」
落ち着かせてくる、と便所に向かいかけるとその手を取られた。
***
帰ってきてそのまま"準備"もしてない俺たちは一緒にシャワーを浴びながら互いに触れた。
「ん、ん……もうちょい、ゆっくり……」
「こう?」
「はぁ、あっ」
最近の俺はショットに触られてるとすぐ堪んなくなっちまうから、その手を掴んで一旦離させる。
「ちゃた?」
「イッたら……疲れちまうから……」
若いお前とは違うんだよ、と言いながらショットの胸元にキスをして、舌を這わしながら床に膝をついた。
「ん……ぅ」
「はぁっ、ちゃた……っ」
まだ多少持ち上がってる程度のそれを掴んで丁寧に舐める。昨日してやれなかった分も可愛がってやりたいと思いながら。
「ちゃた、う……きもちい……」
手の中でどんどん太くなってくのが分かって嬉しい。今更だけど、コイツ、俺に欲情してんだよな……。
「んっ、ん」
口を大きく開けてすっかり大きくなったモンを迎え入れると待ちきれないようにグッと突き入れられた。
「ん、ぐ……っ、う……」
でもグイグイ押されても角度的に上手く奥まで飲み込めなくて、以前のショットなら無遠慮に引き倒されてたハズだが、俺が苦しんでるのを見てすぐ動きを止めた。
「っぷぁ、あ……っわり、うまくできな」
「ちゃた」
もう一度と口を近付けたが腕を掴んで立たされる。
「ぉわっ……どうした、良くなかったか?」
「んん、きもちかった」
「あ……っはぁ、あっショット……っ」
そのままショットは掴んだ俺の左手の指や甲に甘えるように噛みついてきて、お互いのモノを合わせるように腰を擦り付けてきた。
壁に追いやられて背中が一瞬冷たかったけど、喰らいつくようにキスされて一緒に 扱 かれて、すぐそれどころじゃなくなった。
「んっ!んん……っふう、ぅ」
「ちゃた、きもちい?」
「ああ、きもち……あ、すぐいきそ……っ」
立ったまま全身に快感が駆け巡って仰け反り、思わず爪先立ちになる。覆い被さるように首筋に噛みつかれて、ショットの背中に腕を回した。
「はっぁ、あっ!あ、くっ……」
ショットもイキそうなのか、首に歯が食い込む。
「ふっ……ふぅ……っ」
「遠慮、すんなっ……思い、きり……噛んでい、から」
グルルと少しだけ唸る声が耳元で聞こえて、ああこいつも気持ちいいんだなって思うと下腹部にズンときて歯止めも効かずその手の中に吐き出しちまった。
「あ、ぁあっ、はぁ……っクソ」
コイツより後にって思ってんのに。でもそのすぐ後にショットの体もビクッと震えて、腹にぬるい精液がかかる。
「はぁ……、はぁ、ちゃた」
「んん」
腹をモゾモゾ触られてると思って視線を落とすと、お互いのソレをショットが指で絡めてた。
「なにして……」
「くち、あけて」
「あ、ちょっ」
片手で顎を押さえられて、精液のついた指を突っ込まれた。ショットのはともかく自分のは舐めたくない……と思いつつキスされて舌を絡められて、もういいか、単なるタンパク質だと思うことにした。
「ちゃた……もうおこってない?」
「すっかり忘れちまったよ」
風邪ひくから、とサッと汚れたところを流してから脱衣所に出てタオルを巻きつけてやると嬉しそうにキスしてきたから、好きなようにさせながら体を拭いてやった。
「お前がいて、シドもいて、みんなで暮らせて……不機嫌にしてる時間が勿体ねえよな」
あんな女のことなんか忘れちまおう……と言いたいとこだが、それでもやっぱり、シドニーにとっては唯一の肉親なんだ。
今日あったことの全ては伝えず、成人するまでは俺たちの庇護下にいてくれと話すに留めよう。俺はそれ以上、踏み込めはしない。もどかしいけど……。
左手についた噛み痕が目に入ると少しだけ気持ちがホッとするような気がした。今も M になったつもりはねえけど、これもショットとの繋がりだとか、あいつなりの愛情表現かと思えば、まあ悪くないって思えちまうんだから仕方がない。
「……シドを迎えに行ってくるよ。今日の晩メシは豪華にするからな」
「ん」
眠そうなショットをベッドに寝かせて、その頬にキスすると部屋の電気を落としておいた。
▼54 二人なら地獄に堕ちるのも悪くない
その日は何故かやけに眠くて、俺はシドニーを連れて帰って来た後は晩メシ手抜きでいいかと二人に相談して部屋で寝かせてもらってた。
「……ん」
どれくらい経ったのか、気付けば窓の外はすっかり暗くなってて、さすがに寝過ぎたと慌てて飛び起きたら立ちくらみがした。
「う……」
「とーちゃん?」
転びかけて扉に手を付くとガタッと音が鳴っちまって、リビングへ入るとシドニーが心配そうにこっちを見てた。
「わり、立ちくらみだ」
寝過ぎたかな……と笑えば手を引いてイスに座らせてくれる。優しい自慢の息子だ。
「あいつは?」
「出かけちゃった。ととって外好きだよね」
「ああ、俺なんか用事が無ければずっと家にいるけどな」
ショットは基本的に外をウロついてるか、寝てるか。ここにいる時はメシを食うか、俺に甘えてるかだ。
定期的に体を洗う事、歯を磨く事、服を着替える事は覚えてくれてるから助かったが、ホームレス時代はきっとそんな事も知らなかったろうと思えば、あいつにとって少年院が学校みたいなモンだったのかもなと予想する。
「マウロアは苦労したんだろうな、あいつのしつけ」
「だあれ?」
「んー、ショットの兄貴……みたいなもんかな、多分」
「?」
不思議そうなシドニーの頭を撫でながら「俺もよく知らねえんだ」と笑う。
「とにかく、あいつの大事な人ってこと」
「とーちゃんとどっちが?」
「うーん……比べるモンじゃねぇんだ」
その存在を知った時は俺も嫉妬したわけだから、偉そうに言える事はなんもねーけど……。
「なんかやだな、俺……ととの大事な人はとーちゃんだけがいい」
「お前も大人になれば分かるさ」
ちょっとカッコつけてそんな事を言ってみるとしばらく複雑そうにしてたが、宿題するから入ってこないでね!と部屋に閉じこもっちまった。
いよいよシドニーにも思春期が来たのかな……なんて下世話な事を考えながらパスタを茹でる。ショットがいたら食べさせるのが面倒だから麺類は避けるんだが、茹でてオイルやガーリックと和えるだけのアーリオオーリオは手軽で美味い、最高な献立だ。
メシにするぞと声をかければ、しばらくしてご機嫌そうなシドニーが出てきてホッとした。
***
翌朝、ベッドにショットはいなかったが帰って来てはいたみたいで、リビングに置いておいたパスタは無くなってた。うまく食べれたのかなと心配するが机も床も汚れてはいない。
「うー……風邪ひいたかな……」
昨日から妙に頭が重い。
「とーちゃん、大丈夫?」
「うん、熱もないし早めに寝るよ」
季節の変わり目だからな、と上着を着てアパートを後にする。ウチからゲートまでは徒歩で20分くらい、更に中学まではそこから25分くらいかかるから毎朝シドニーは本当に偉い。
雨なんかの時は学校の前まで送る日もあるけど、「ひとりで歩くのには慣れてるから」と言うシドニーに甘えて俺はいつもゲートで引き返してる……でも、もしかして遠慮させてるのかなってふと思った。
「じゃあ……今日も頑張ってな」
一瞬、学校まで行こうかなと思ったけど今更でなんとなく気恥ずかしくて立ち止まる。
「あ!とーちゃん!」
「ん?」
「忘れることだった、はいこれ!」
突然手渡されたそれは手作りらしい封筒だった。ご丁寧に糊付けまでされてキチンと封がされてある。
「なんだよこれ?」
「お手紙!受け取りのサインちょーだい!」
「手紙に受け取りのサインなんかいらねぇだろ」
そう笑いながらもシドニーの可愛いごっこ遊びに付き合って差し出された手作りの伝票にサインをしてやる。
「それで?何を書いてくれたんだよ」
「俺が書いたんじゃないよ!ととからだよ」
「え」
その言葉に驚いて思わずバッと封筒の宛名を見ると確かにそこには見慣れた下手な"茶太郎"の字があった。送り主の名前は書かれていないが、ウチでこんな汚い字を書く人間はひとりしかいない。
「ま、まじで?」
「まじで!」
「……」
心臓がドキドキしてる。毎日一緒にいる人間から届いた手紙にこんなにも胸が躍るなんて、我ながら単純すぎて恥ずかしい。
「どうぞごゆっくり!」
シドニーはそんな俺の反応にニヤニヤしながら去って行った。
「まじ、かよ」
手紙?あいつが?俺に?いったい何が書かれてるんだよ……"茶太郎"以外も書けるようになってたのか?いや、シドニーに教えてもらって見様見真似で書いたんだろう。
それはどうだっていい。シドニーの言い方からして、中身の文章を考えたのもアイツって事だ。
体調が優れなかったことなんかすっかり忘れて、ほとんど走ってる勢いで早歩きをして、俺は10分くらいでアパートまで帰って来た。
「はぁ、はぁ……」
リビングに入ってすぐ、馬鹿みたいに緊張しながらポケットのナイフを取り出し、傷をつけちまうのが勿体無いような気持ちでその上部を薄く切り取る。
中には一枚だけ便箋が入ってて、そこには下手な字で
――茶太郎が好きです。
――いつも一緒にいてくれてありがとう。
S
……それだけが書かれていた。
シドニーに教えてもらったんだろう、きちんとした文法で、辿々しい線で……それでも時間をかけて丁寧に書いた事が分かる。
どんな 経緯 で俺に手紙を書こうって話になったのかはわからねーが、こういう内容にしたいってアイツから言ったのかな。だとしたら嬉しすぎる。
「まじかよぉ……」
いつだってアイツの隣にいてやりたいと思って、それをなるべく体現してること……ちゃんと気が付いてたんだなって思うと嬉しくて、照れくさくて。
二人なら、地獄に落ちるのだって構わない、とか。前にも思ったような事を改めて真剣に思っちまうくらいには俺はもう、とっくにどうかしちまってんだ。
感情が大渋滞を起こして処理しきれなくて、俺はその手紙を持ったまましゃがみ込んでしばらく固まってた。
「ちゃた、なにしてる」
「うわ!」
いろんな事を考えていっぱいになってると、いつの間に帰って来たのか後からショットの声がして慌てて立ち上がった。そしたらまた立ちくらみがしてグラリとよろけたけど、すぐ腕を掴んで抱き寄せられる。
「っと……わり、昨日からちょっと貧血気味っぽくて」
顔を上げると心配そうな瞳と目があって、さっきの手紙の内容を思い出すとカッと顔が熱くなるような気がした。こいつと"そういう"関係になって、もう1年以上経つってのに……今更なんでこんなドキドキしなきゃなんねえんだ。
「ちゃた顔あかい、ねつ?」
「いや違う、心配すんな」
そう言ってんのに問答無用で担ぎ上げられて寝室に連れ込まれた。手に持ったままだった手紙を落としそうになって咄嗟に掴むと軽く握りつぶしちまった。
「お姫様みたいに扱えってワケでもねーけど、テメェもリディアも、人をモノみたいに持つな!」
「なに」
「お、わっ」
雑にベッドに落とされて、これ以上潰してしまう前にサイドテーブルの引き出しにすぐ手紙をしまい込んだ。
「ねる。ちゃたも」
「わかったよ」
靴を足だけで脱いでベッドの下に蹴り落とすとショットも真似をする。こういうのをシドニーも真似したらいけねぇな……と思いながらも一度横になるともう起き上がりたくなくなっちまった。
「ショット、手紙……読んだ。ありがとな」
「ちゃたはやくねて」
「聞けよ」
心配するように頭を撫でられて、もう少し話したい事もあったけど今は大人しく目を閉じることにした。
▼55 こんなふうにしたくないのに
キッチンで晩メシの準備をしてると部屋の方からきゃあきゃあとシドニーの笑い声が聞こえてきて、ドタバタ足音が近寄ってきた。
「なんだどうした」
「へへ」
振り返ると珍しくニコニコ笑ってるショットがキッチンに飛び込んできてぶつかった。
「おい、火使ってるから」
「ちゃたきいて、シドが」
「あ、ばかっ」
何も確認せずに作業台に手をつくから、カットボードが傾いてガタッと音を立てる。
「おっと」
バランスを崩したショットが俺の上に倒れ込んできて、二人揃って転んだ頭上に火にかけてたフライパンが降ってきた。
「ショット!!」
「?」
反射的にショットを下敷きにするように体勢を反転させて右手で後頭部を庇うとその手の甲に熱せられた鉄がぶち当たってジュッと皮膚の焼ける音がした。
「あ、ぐっ……!」
すぐ壁際に向かって振り払い、ショットに怪我がないか確認する。
「このばか、ケガしてないか!?」
「ちゃた手みせて」
ガランガランとデカい音が鳴ったから、驚いたシドニーが慌ててキッチンを覗き込んできた。
「とーちゃん、どうしたの!?」
「ああ大丈夫だから、心配すんな」
「大丈夫じゃない!ちゃた痛いかおした!」
手を取られそうになって咄嗟に避けた。今こいつに握られたら焼けて浮いた皮膚が剥がれちまうかも。
「軽いやけどだよ、しばらく冷やすしかない」
立ち上がって水道で冷水をぶっかけると手の甲から手首の辺り全体がヒリヒリと痛んだ。
「いてて……」
せっかく楽しそうにしてたのに、シドニーもショットも黙っちまって気まずい。
「ほら、もういいから。二人はあっちで遊んで来い」
「……おれ、こういうの……いやだ」
「お前にケガさせたくないんだよ」
「もうしないで」
「やなこった」
「ちゃたのばか!」
「ああ馬鹿で結構、次もその次も同じようにするぞ俺は!」
語彙力が壊滅的なショットの悪口のレパートリーは「ばか」しか無いらしく、気持ちを上手く言い表せなくてもどかしいのか顔面を両手で押さえながら「ばか、ばか、ばか!!」と叫んで俺の寝室に閉じこもった。
「あの辿々しい喋り方で大声出されても、正直俺は全然怖くないんだよな……」
「とと、とーちゃんが心配なんだよ」
「分かってるさ」
床に落ちたフライパンと散らばった食材を片付けてくれるシドニーに礼を言って、もう少し手を冷やしてから俺は閉じこもってるショットのトコに向かった。
扉をノックすると「ちゃたいや」と返事がある。いやって言われてもなあ。別に鍵も掛からない扉なんだから勝手に開けてやった。
「そうやって閉じこもっても気持ちは伝わらねえぞ」
ベッドに座って向こうを向いたままの背中に話しかける。
「あっちいって」
「お前にそんなコト言われる方が、怪我するよりずっと悲しいんだけど」
悲しいなあ、ともう一度言ってみるとクルリとこっちを見て、不安げな右目と視線が合う。
「かなしい?」
「ああ、お前にあっち行ってって言われると悲しい」
「ごめん」
「いいよ」
後ろ手に扉を閉めて近寄るとベッドに座ったまま腰元にしがみつかれた。
「お前はケガしなかったか?」
「うん」
「なら良かった」
「おれ、ちゃたとこんなふうにしたくない」
"こんなふう"ってのは言い争いの事だろう。
「俺だってお前と喧嘩したくないよ」
「……」
「な。仲直りしよう」
「する」
つむじにキスすると顔を上げてくれたから額にもキスを落とす。
「とーちゃん、とと、長引きそうだったら先にご飯食べてからにしてもらってもいい?」
いつの間にか入り口に立ってたシドニーが開けた扉をわざとらしくノックしながらそう言うから、俺は照れ笑いながらリビングに戻った。
***
作ってた料理はひっくり返ってダメになっちまったし、手もヒリヒリ痛むから今日はレトルトのパスタに変更になった。
「こぼれてる」
「ん」
前にも言ったようにショットは麺類を食べるのが下手だ。スプーンを使って食べるモンはほとんど問題なく食べられるけど、麺を巻きつけるのは難しいらしい。
「スプーンも使うか?ホラこうやって支えて……」
「できない」
「頑張れって」
「とーちゃん、二人も子育てして大変だね」
「シドニーはほとんど手が掛からねえから、実質ガキはひとりだよ」
口元を拭ってやるとその指にかぶり付かれたから頭を引っ叩いておいた。
「ととととーちゃんがケンカしてるの、久しぶりに見た」
「え、俺たち喧嘩したことあったか?」
「うん、前にリドルがウチに来た時……」
そうだ、そういえばそんな事もあったな。俺がちょっとリドルの味方をしただけでショットが確か「ちゃたおれのこと嫌いになった」だとかギャーギャー騒いで。
懐かしくて思わず笑う。リドルの名前にショットは少しムッとしてシドニーはハッと気まずそうにした。
「シド、こいつあん時のコトほとんど覚えてねーから」
多分こいつは最近あの顔を見なくて嬉しいなくらいにしか思ってないだろう。
「え、そうなの?」
「なに」
「お前は気にしなくていいよ」
そんな事を話してるとシドニーは不意にクスクス笑い出した。
「ん、どうした?今そんな笑うとこあったか?」
「えへ、最近気がついたんだ。ととの『なに』って口グセだよね」
「ああ……」
そう言われると確かにそうかもしれない。なに?じゃなくて、なに。って感じで特徴的だ。ショットを見ると「なに」ってまた言われた。
「っぶふ」
だからなんだって話だけど、そう言われてから聞くと妙におかしくてつい笑う。
「なに」
「あはは!」
「ちょっ!はは……っま、待て」
自分が「なに」と言う度に笑われるのが分かってなんとなく面白くなかったのか、ショットはムッとした顔をして黙り込んじまった。
「ごめんごめん、悪い、可愛くてさ」
「おもしろくない」
「ごめんって、バカにしたんじゃねえよ」
食べさせてやるから、とパスタを口に運んでやれば大人しくパカっと口を開く。
「ねえ、ととって知らない人に差し出された食べ物も反射的に食べちゃいそうだよね」
「そうなんだよな……知り合ったばっかの頃から、金くれって言えばいくらでもホイホイ出すしさ」
「とーちゃん、そんな事してたの?」
ドン引きした目で見られて、確かにどっからどう聞いてもカツアゲしてたような発言にしか聞こえなかったなと慌てる。
「いやあの頃はまじで仕方なかったんだって!」
てかまあ、今も生活費はもらってんだけど。ショット越しに首領からな。
「16の時に売人してて捕まったのも、誰かに何か言われるがままに働かされてたんだろーな……お前」
「なに」
「これからは知らない人についてっちゃダメだぞ?」
「?」
▼56 親しき仲にも礼儀あり ※R18
――無償にムラムラする。
朝からシドニーを送った帰り道、コインランドリーで洗濯を済ませて帰路を歩きながらそんな事を悶々と考えた。
あいつとそういう行為に及んだのは確か先々週くらいか……俺がやけどをした後に仲直りと称して抱き合ったのが最後だ。
25だろ?真っ盛りなハズだろ?ほとんど毎日のように同じベッドで寝てて、2週間なにもナシってありえんのか?やっぱ"あの事件"から調子狂ってんのかな。あの事件の後は3週間くらいパッタリで、割と本気で不安になった。
理由はどうあれ、俺は健全な成人男性なんだから、ンな頻度で耐えられるワケがねえだろ。
「んー……」
もちろん、ヤリたいなら俺から誘ったっていいんだけどさ。なんていうか、あいつが俺に好きだとか言い始めた頃にこっちから誘って 悉 く空振りした思い出が蘇っちまって。
つまりビビってんだよな。誘いを断られるってのはめちゃくちゃ自信なくす出来事なんだよ……。いや、俺だって断る日はあるんだけど。悪いとは思ってる。
「……」
とりあえず、虚しくセルフで抜くか。
***
シドニーを迎えに行くまで余裕があるし、そんなワケで俺は昼間っから自分の寝室で"コト"に勤しんでた。ショットは昨日からどっか行ってるし。
「はっ、はぁ……う……っくぅ……」
でも完全に油断してたその時、不意に扉が開かれた。
「ちゃた?」
「うわーっ!!」
「ちゃたなにしてる」
せっかくもうすぐってトコだったのに。まさかこんなタイミングで帰ってくるとは。つい夢中になって帰ってきた物音に気付かなかったらしい。
「なにしてる?」
「……っ見りゃわかんだろ!抜いてんだよ、出てけよ!」
出て行けっつったのに、ショットは当然のような顔で部屋に入ってこっちに近寄って来る。
「出てけ!」
「なんで」
「恥ずかしいから!」
「もうおれちゃたぜんぶ見た」
「全部見られた仲でも見られたくない事はあんの!」
「なんで!」
「これは完全なプライベートタイムなんだよ!」
「わかんない!」
「出てけ!!」
すっかり気の削がれた可愛いムスコは可哀想にションボリしちまって、俺は吐き出せなかった欲求不満をぶつけるように馬鹿の頭をスパンと叩いた。
てか、俺が何してるのか分からないってことはコイツ、やっぱヤッてない間に自分で処理したりしてないって事だよな。
「なんでおこる」
「あーもー落ち込むなよ……俺、今すげー間抜けな状態だから」
全然出て行かないショットに笑っちまいながらとりあえず下着とズボンを拾い上げようと手を伸ばす。
「ちゃた……」
「なんだよ、お前ぜんっぜん出て行かないじゃん」
俺が笑ったから安心したのか、少しずつにじり寄って来るので「もういいよ」と言えば抱きつかれた。
「ちゃたなにしてた?」
「ムラムラしたから抜いてたんだよ」
「なに」
「一人でヤッてたの!」
膝立ちになって下着を履こうとしたら唐突にそれを奪われて驚く。
「おい返せ」
「これちゃたのちょーだい」
「何を欲しがってんだテメーは!おいおい嗅ぐな!!」
今朝履き替えたからそんなに臭くないとは思うが、自分のパンツを嗅がれて良い気分のする人間はいないだろう。いないよな。いない。
「おい……お、わっ」
奪い返そうとしたらその手を掴まれてじっと見つめられた。
「ショット?」
よくわからねぇけど、どうやら俺のニオイで興奮した……のか?視線を落とすと明らかにズボンが膨らんでやがる。
「なんだよ、お前ってどこにスイッチあんの?」
まあいいか、コイツがその気になったなら俺も願ったり叶ったり。反対にちょっと俺の気分は萎えてるけど、なんとか盛り上げよう。
俺の下着を返すつもりは無さそうだからもう好きにしろよと投げやりに言ってショットのズボンに手を伸ばした。
「ちゃたしてたのみたい」
「はあ?」
「みせて」
まさか、俺がオナってんのを見たいって言ってんのかコイツは?俺のパンツ嗅ぎながら?
「何バカな事を言ってんだお前は?」
引き続きショットのズボンのジッパーに手を伸ばしたが問答無用で抱え上げられて、向かい合わせになるように座らされた。
「みたい」
「……まじ?」
「まじ」
こんな状況で勃たせんのも一苦労だったが、かつてない圧に負けて俺は何をやってんだと思いながらもブツを 扱 く。
「はっ、はぁ……、なあ、そんな見んなってば」
穴が開くんじゃねえかって思うくらい見つめられて、羞恥でまた萎えかける。
「見てんなら触ってくれよ……っ」
コイツの方がめちゃくちゃに興奮してるクセに、一切触ってこない。相変わらず手には俺の下着を掴んだまま、ふぅふぅと鼻息を荒くしてる。
「あ、くっ……はぁっ、なあって……」
「だめ」
文句を言ってても仕方がねえ。我慢できなくなるくらい、コイツをその気にさせるしか。せめて俺ももっと入り込めたら良いんだけど……。
「はぁ、分かったよ、じゃあ俺には触らなくていいから……お前もやれよ」
キツいんだろ、お前も。そう言えば思ったより素直に前を寛がせてギンギンになってるブツを取り出す。向き合って自慰を見せ合うって、それこそ何のプレイなんだよ。
「んん」
「へえ、そこが好きなのか?」
もどかしそうに自分のを弄るショットの様子を見てたらようやく俺もちょっと気分が上がってきた。
「ちゃた、ちゃた……っおれ……」
「っん、ふ……ふぅっ……」
コイツって、これから一人でしたりする時があるとしたらオカズも俺になんのかな……そうだよな、俺しか知らねぇんだし。俺は普段一人で処理する時はなんとなく女体を思い浮かべちまうんだけど。
「はぁ……っ、ショット、気持ちいいか?」
「ん、ちゃたは?」
「やばい、意外と……」
視線を上げるといつの間にか手に持ってた俺の下着をまた嗅いでやがって、でも今は俺もスイッチが入ってるから、そんなショットの姿にまで興奮できちまう。
目が合うとようやくショットは手に持ったモンを放り投げて、俺の頭を掴んでキスしてきた。俺も応えるように舌を絡めながら手を動かす。
「なあっ……このまま終わんのか?それとも」
「?」
「"入りたい"のか?俺ン中……」
前に言われた言葉を借りて挑発してみると早速押し倒されそうになって、ヤリ部屋でちょっと待ってろと立ち上がった。
「用意してくるから、良い子にしてろ」
とんだ変態じみた前戯に我ながら呆れつつ、一旦落ち着かせて準備をする。まあ世の中には野外フェラを楽しんでからホテルに行ったり|スワッピング《パートナー交換》してから更に本番をするような"上級者"たちもまだまだいるわけだし、俺たちのやってる事くらい至ってノーマルの範囲内だよな。
「……ノーマルではないか。男同士の時点で」
いや、そこを今更気にする必要あるか?と思いながらヤリ部屋に行くとショットはご機嫌そうに銃の手入れをしてた。
「さて」
ベッドに乗っかってその頬にキスをするとサイドテーブルに銃を置いてすぐ抱きしめられる。
「仕切り直すか。ノーマルなプレイで」
「なに」
シャツを引っ張って脱がせると自主的にズボンも脱ぎ始めたから、これってほんと大した成長だよな。
ようやくお互いに触れ合って、すぐにデカくなったショットのモンにゴムとローションを着けさせると背を向けてうつ伏せになる。
「ちゃた、こっち」
「え?っうわ」
でもひっくり返されて、正常位で挿入された。今回はしっかり準備しておいたから、久々だけど抵抗もなく簡単に先が入り込んでくる。
「あ、あっ、ぅあ」
「ふ……っ」
「あっ、あ」
久しぶりに感じる腹の奥を押し広げられる感覚に足が勝手にビクビク痙攣して、不意に掴まれたかと思うとガバッと開かされた。
「待っ!あ……ぁあっ!」
体重をかけて更に深くまで侵される。
「う……ちゃた、せまい」
「はっ、あっ、わり……力、抜けね……」
必死でふぅふぅ息を整えてると頬にキスされて、指を絡められた。こんな風に優しく抱かれると安心するのと同時に、あんま慣れてないからすげぇ恥ずかしくなる。
「あ……う、ん……」
「へいき?」
「ん、気持ち、い」
俺の反応を確認するようにゆっくり揺すられて、コイツは満足できてんのかなって心配になってきた。別に前後不覚になるくらい激しくされんのが好きってわけじゃ全くないんだけど。
「ショット、い……からっ、好きに、動けよ……っ」
「いい。ちゃたがきもちいのうれしい」
そんなん、俺だって一緒だっつーのに。
「ぅあ、あっあ……!」
「ちゃた、もっと声ききたい」
「っんぅ……んっ、あ!」
大切そうに触れられて、いつもよりずっと穏やかなのに声が勝手に出て止まらないくらい気持ちよくて。
「シュート、あっ、きもちい、きもち、いいっ」
「うん」
本当に今日はそのまま俺がイくまでとにかく丁寧に大事に抱かれて……こういう事をする関係になってからもうすぐ1年経つ今更、俺たちは流血も失神もしない至って健全なノーマルプレイを経験する事になったのだった。
***
そろそろシドニーを迎えに行く準備を始めねぇとな……と思ってたら「なにこれ」と背後から声が聞こえたので視線を向けた。
「ん?ああちょっと前に 首領 に渡されたんだよ。助けてって伝えるボタンなんだ」
ベッド脇の壁に貼り付けておいたそれは緊急信号の発信が出来るボタンだった。
「こんなモン使わねぇでいれたらそれが一番なんだけどさ」
ショットが無意識の時に動き回ったり、凶暴化してしまう時がある事を首領も把握していた。もしセーフワードも効かず、本当に手もつけられないような危険な状況になっちまったら……これを押せばあのファミリーのとこにSOSが送られる事になっている。
「やっぱ設置しとくならこの部屋かなって……」
もちろん それ 以外にも緊急事態が起きれば遠慮なく押せと言われて、有り難く受け取っておいた。
「お前もさ、俺のこと傷つけたくねえだろ?」
「……うん」
「でも、もしお前が上手く自分をコントロール出来なくなって本当に危なくなっちまった時はこれで対処な」
なんとなくシュンとしているショットの気分が良くならねえかなとなるべく明るく話してみる。
「ほら、ウチにはシドだっているし、強盗対策も兼ねてな!親として安全策は用意しておかねぇと」
「……」
でもダメだったようで、しょぼ……と下を向いちまった。
「ショット、あのな、これはあくまで……」
「おれ、しってる」
「ん?」
「ねてるとき、うごくこと」
意識のない時に自分が動いている自覚は既になんとなくあったらしい。そりゃそうか、気がつくと全然違う場所にいたりするんだから、さすがのコイツでも分かってたはずだ。
「ちゃた、いっぱいケガさせた……おれが」
その手が俺の右鎖骨に触れる。一緒に俺の実家に行った時、色んなトラウマが蘇ったストレスのせいか凶暴化させちまって、噛み砕かれたんだった。
あの時のショットは完全な無意識では無かったけど、やっぱり本人の記憶は曖昧になってたみたいで、後から自分がやったって事に気付いたらしい。
「こン時は俺も悪かったんだよ、お前にたくさん嫌な思いさせちまって……」
「……」
「お前だけのせいじゃない。わかるか?」
自分なりに調べてみたけど、夢遊病は精神的なストレスが引き鉄になってる場合が多いらしい。つまり一緒に生きるって決めて、面倒を見ている俺にもその責任の一端はあるって事だ。
こんな風に落ち込ませない為にも、いざとなればこのボタンは遠慮なくキチンと使おうと思う。
「な。これはお前と一緒にいるためのモノだから」
「ん」
でもこれからずっと今日みたいな、文字通り"愛し合う""確認し合う"ようなセックスが出来るなら……こんなモンはきっと永遠に使わなくて済む。そう思った。
▼57 お前が幸せならそれでいい
二人がコインランドリーの2階で暮らし始めてから少し経った頃……シュートにとって初めての、"ひとりじゃないマウロアの命日"がやってきた。
親友を永遠に失った事を理解してから毎日を生きる事がただ辛くて、シュートは終わりの見えない地獄の底でなんとか自分を手放さずに生きているだけの状態だった。
ただこの3年間、毎月28日が来ると足が勝手にマウロアの墓へ向かった、その日以外は墓場に来るなと首領に言われて、とにかくマウロアの近くに行けるその日だけを心の頼りに生きていた。
――ここにマウロアが埋まってる。
そう初めて説明された時は全く意味が理解できなかった。この下にマウロアがいる?じゃあ早く連れてきて、会わせてほしい。シュートはただそう思った。
それから"死ぬ"という事を教えられて、マウロアが死んだのだと言い聞かされて、その事を理解するのは本当に辛かったが、目を逸らしはしなかった。
「ロア、おれ……」
"あの時"はこんな未来が来る事を知るはずもなく、初めて味わう悲しみと孤独がこのまま死ぬまで続くのだと、足元が崩れ落ちるような気がするほど絶望した。
今、茶太郎が隣にいて、いつでもそばにいてくれて、毎日が楽しい。楽しいけど……"自分だけがこんなに楽しくていいのか"という事に、シュートは悩んでいた。
「……」
罪悪感……それもまた初めて知る感情だった。しかしこの時のシュートにはまだそれを言語化するだけの語彙力さえなく、とにかく正体の分からない不快な気分に、悶々と悩んでただ墓の前で黙り込む。
もしもマウロアがここにいれば、「バカだな、シュート」と笑っただろう。シュートが自分の人生を心から楽しめる事……それこそが、マウロアが一番望んでいた事だった。自分に遠慮して悪く思うなど、言語道断だ。
やがて陽が落ちて、あまり長居している事がバレると首領に怒られると知っているシュートは墓場を後にした。
何か落ち着かない気持ちだが、それを上手く頭の中で整理できない。特にこの頃はこんな風にどんどん溢れてくる様々な新しい感情に対して言葉の成長が全くついて来ず、いつもモヤモヤしていた。
「……」
少し前にアパートで住み始める直前にリドルと出会って茶太郎を殴って気絶させてしまった時にも、"心配"や"不安"という知らない感情でいっぱいになった。
今まで"話す事"や"言葉"に興味さえ無かったが、そういったもどかしさを繰り返して、シュートは自分の気持ちを知って心の中を整理したり、人に気持ちを伝えたりする為に言葉があるのだという事をなんとなく理解し始めたのだった。
***
「ちゃた」
「ん、どうした?」
リビングで座ってゆっくりしてると、後ろから出かける準備を済ませたショットが抱きついてきて、右手に持ったコーヒーをこぼしかけた。カップを机に置いてから首だけ振り返ると頬にキスされる。
「なんだよ、シドがまた あっち に帰っちまったから寂しいのか?」
「んー」
「またしばらくは二人きりだな」
今日はマウロアの墓参りに行く日のはずだ。11年目の命日だから。
「うん……」
「ショット?本当にどうした?」
ちょっと寂しいだけかと思ったが、やっぱりそれだけじゃなくどこか様子がおかしいから心配になって、体ごと振り返る。
「きょう、ロア……」
最近のショット更に話すのが上手くなったと思ってるが、まだこうしてなかなか言葉が出てこない時はある。そういう時は大抵、ネガティブな気持ちになってる時なんだと俺は知ってる。
「ああ、そうだな。今日は命日だろ?」
その左手を握ってみると指先が冷たい。相変わらずの無表情ではあるが、泣きそうなように見えて胸が苦しくなった。「どうした」「何が不安なんだ」と聞きたくなるが、こういう時は質問するほどに追い詰めてしまう事も知ってる。
もう8年もずっと一緒にいるんだ。こいつのこと、誰より理解してるのは俺だって自惚れたって流石に構わねぇだろ。
それでもこんな時は寄り添う事しか出来ない。自然と話したい気分になってくれるまで、ただ側で安心させてやる事しか。
「俺も一緒に行こうか?」
「……うん」
こうして心の頼りにしてくれるだけ良かったと思う。俺の知らない所でこいつが泣くのだけは本当に嫌なんだ。
***
マウロアの墓に着いてもやっぱりショットの様子はおかしくて、早めに帰るか?と聞いても微妙な反応しか返って来ない。
「ゆっくりでいいから、思ってる事……話せるか?」
「うん」
俺はその場にショットと並んで座って、何か言葉が出てくるのをひたすらに待つことにした。
「ちゃたがいて」
すると少しして、ポツリとそう呟く声が聞こえた。
「シドも、いて」
「そうだな」
「おれ、まいにち、しあわせで……」
そう呟くショットの声が暗く沈んでて、言葉を間違えたのかと思って確認する。
「ん?毎日幸せなのか?」
「……うん」
それって良い事なんじゃね?と思ったが、ショットの目にじわじわと涙が溜まってきたから焦った。
「ショット、幸せなのになんで泣くんだ」
「ロアのこと、わすれるのこわい」
その言葉に驚く。咄嗟に手に触れると思いきり握られて痛かったけど、黙って我慢した。
「ロア、いないのに……おれっ……」
「ショット」
「ずっと……たのしい、の……っこわ、くて」
ポタッと涙の粒がこぼれ落ちて、思わず笑う。
「何を心配してんだ、お前がマウロアを忘れるわけねーだろ」
「だって、おれ、ばかだから」
ポロポロと涙が止まらないショットの頭を抱き寄せて肩に押し当てると背中にしがみつかれた。その事がずっと心につっかえてたのか、吐き出して感情のダムが決壊したように俺の胸元でえぐえぐと嗚咽を漏らす。
「ったく……28の泣き方じゃねぇよ」
まあ、マウロアに出会ってから人間になったと思えばまだ12か。なら仕方ねーか。
「泣け泣け、すっきりするから」
こいつがこうして色んな事を考えて、笑ったり怒ったり、悩んだり悲しんだり……本人は至って真剣なわけだから笑っちゃいけねぇとは思いつつ、俺は顔が綻ぶのを抑えられなかった。マウロアだって絶対に「バカだな」って笑ってると思うし。
「心配すんな。お前がバカなのはマウロアの事を忘れない為に脳みその容量を使ってるせいだよ」
「でも、おれだけ……」
こいつが毎日幸せな事、マウロアも嬉しく思ってるに違いない。だって 首領 がそう言ってたじゃねえか。マウロアが「幸せを教えてやってくれ」って言ってたって。幸せで何が悪いんだよ。
そういった事を優しく言い聞かせてもガキみたいに泣いて聞いちゃいない。言葉が前よりも使えるようになって、自分の気持ちを具体的に言い表せられるようになって、感情の表現が前より豊かになったんだろうな。
「……マウロア、悪い。また来るよ」
首領の部下が庭の入り口に見えた。ショットのこんな姿を街中で晒しながら帰るわけにゃいかねえから、ご厚意に甘えて送ってもらう事にしよう。
「また泣いてんのか、シュートは」
「また?」
「もう11年前だけどな」
初めてマウロアの死を理解した時、ショットはひとりでここで何時間も泣いてたらしい。酷い雨の中、ずぶ濡れになって。
「あの時……俺はシュートに何をしてやればいいのか分からなかった。俺だって、本当の弟みたいに可愛がってたロアを亡くしたばっかりだったんだ」
「……」
「だが……今はコイツが泣いてても隣にお前がいてくれて、本当に安心してる」
出来る事なら11年前のその日に遡って、独りで泣いてる背中を抱きしめてやりたいと本気で思った。
***
散々泣いて疲れたのか、部屋に着くとショットは靴も履いたままベッドに撃沈して寝ちまった。モタモタと靴を脱がせながら俺も疲れたのか瞼が重くなってきて、カクッと自分の首が揺れたのを自覚する。
「シュート」
あれ?俺の声か?意識せず勝手に口が動いたような気がした。
「シュート、ありがとな」
やっぱり俺だ。俺が喋ってる。でも俺の意思じゃない。右手も勝手に動いて、ショットの頭を乱暴にわしわしと撫でる。
「……ろあ?」
するとショットの目が虚ろに開かれて、俺は驚いた。その両眼が青緑色にキラキラ輝いてたから。
「もしお前が俺を忘れちまったっていいんだ。時々思い出してくれたら、本当にそれで充分なんだぜ」
これは夢なのか、現実なのか、頭がフワフワしてよく分からない。ただ口から勝手に声が出る。
「それだけ今お前が幸せだって事が嬉しんだ、俺は。わかるか?」
「……うん」
その瞳をもっと近くで見たかったけど、ふと気が付いたら俺はショットに抱き込まれるような格好で寝てて……。さっきのは、やっぱり夢だったんだろうか。
「……」
でもすやすやと眠るショットの寝顔があまりにも安らかで、こいつも同じ夢を見たならいいと思った。
▼58 おれにあいをくれるひと
内容
▼59 二度と戻らない時間
内容
学力向上 大作戦 ※準備中
▼60 始まったな、情操教育ってやつが
内容
▼61 おべんと持って出かけよう
内容
▼62 お前も割と変わってるぞ
内容
▼63 死にそうだって言ってんだろ ※R18
内容
▼64 誰か助けて
内容
▼65 なんなんだろうこのひと
内容
▼66 生きていく為の力 1/4
内容
▼67 生きていく為の力 2/4
内容
▼68 生きていく為の力 3/4 ※R18
内容
▼69 生きていく為の力 4/4
内容
お前の為に出来る事※準備中
▼70 お店屋さんごっこ
内容
▼71 あいつの人生には関わらせない 1/2
内容
▼72 あいつの人生には関わらせない 2/2
内容
▼73 冷たくするなんてできねぇよ
内容
▼74 俺が死ぬのはお前に殺される時 ※R18
内容
▼75 退屈しのぎにちょうど良い 1/3
内容
▼76 退屈しのぎにちょうど良い 2/3
内容
▼77 退屈しのぎにちょうど良い 3/3
内容
▼78 家族と離れて暮らすこと
内容
▼79 ケンカの後は仲直り ※R18
内容
怖がらなくていいよ※準備中
▼80 その笑顔に弱いみたいだ
内容
▼81 5回目の秋
内容
▼82 そういう機能だけにしてくれ
内容
▼準備中
内容